最初の関門
2-1
「そうだよ、どうしても無いっていうなら、作ればいいんじゃん! あ~、なんでこんな簡単なこと、すぐに思いつかなかったんだろ。あたしって馬鹿だな~」
倫は一人盛り上がり、楽しげにくるくると回っている。その横で、面食らいっぱなしのアーニャは、瞬きを何度かすると、はっと意識を取り戻したように顔を上げて、慌てた様子で言った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ごめんなさい、全然頭の整理ができていないんだけれど……⁉ まず、ここと違う世界から来たって、どういうこと⁉」
「あ、やっぱりそこ引っ掛かっちゃう?」
「そりゃあ、そうでしょう‼ 確かに出自がふわふわしてし、やけに世間知らずな子だとは思っていたけれど……それ、本当なの?」
訝しげに聞くアーニャに、倫は目を丸くすると、思わず笑みをこぼした。
「あはは。アーニャって、本当に優しいね」
「はっ?」
「だって、こんな変な話をしても、絶対嘘だって言わないじゃん」
「え……だ、だって、リンがそんな嘘吐くとは思えないし、第一、そんな嘘を吐く意味が無いもの。……それに、リンが持ってきたこれ……この世界の全てのものが集まるミンデルンでも、見たことがないから」
アーニャは俯いて、手にした生理用品を、不可思議なものをみるように、まじまじと見つめる。
「じゃあ、信じてくれるの?」
「……にわかには信じがたいことだけれど、とりあえずは、リンの言葉を信じるわ。でも、あとで色々聞くからね!」
その言葉に、倫は笑みを深める。
「えへ、ありがとう。でも、アーニャがそんなにびっくりするってことは、そんなに珍しいことなんだね。魔法が当たり前にある世界だから、あたしみたいな人、もしかしたらいるのかなとも思っていたけど」
緊張感のない倫を強く否定するように、アーニャは首をふるふると振った。
「珍しいもなにも、魔法で別の世界から来た人間の話なんて、聞いたことないわ。少なくとも、庶民の私はだけど」
「……どういうこと?」
やけに意味深な言葉に、倫は思わず問いかける。アーニャは言いづらそうに口ごもりながら言った。
「これはただの噂よ? ……昔から、王宮や魔法学術院は、私たち国民に隠れて何か怪しい実験をしているって言われているから、もしかしたらなって……」
そういうアーニャの表情が曇っていくのを、倫は見逃さなかった。なんだか自分も嫌な予感がしてきて、こわごわと問いかける。
「アーニャ、なんか怖いんだけど……」
「……このことは誰にも言わない方がいいって思っていたから、リンは今まで話さなかったのよね?」
「え、うん。だって、これが珍しいことなら、いくら優しいアーニャたちにも、変人扱いされて追い出されちゃうかなって……」
「それは正解だったかもしれないわね。……でも、もしそれを言いふらしていたとして、危機づけた王宮や魔法学術院の誰かが、それを本気にしたら、って考えると……」
神妙な顔をして、それ以上は言いづらそうにするアーニャに、倫はぎょっとする。
「……えっ、もしかしてあたし、実験台にされてた⁉」
「そ、そこまでは言わないけど! どんな扱いを受けるかわからないし、黙っておいた方がいいってこと!」
「ま、まあそうだね……皆、アーニャみたいに優しいわけじゃないだろうし」
倫は残念そうな顔で、アーニャの隣に腰かける。
そんなリスクがあるのなら、自分の出自を隠していてよかったと思いながらも、それをずっと隠しておかなければいけない罪悪感がずっと続くのかと考えると、少しだけ胸が苦しくなった。
すると、その横顔を見たアーニャは、何かを決意したような顔をして、倫の手を握った。
「私、神に誓って、リンの秘密を守るわ。約束よ」
「……うん! ありがとう、アーニャ。大好き!」
倫は満面の笑みを浮かべて、勢いよくアーニャに抱き着く。
それをなんとか受け止めたアーニャは、照れくさそうに笑い返して、倫の背中をぽんと優しくなでてくれた。
その手の温かさがとても心地よくて、倫は、この世界に来てから初めての、深い安心感を得られたような気がして、目の奥がじわりと熱くなった。
倫が思う存分ハグしていると、アーニャがふと問いかけた。
「それはそうと、リンが持ってきたその……あれが、どうやって作られているか、勿論知っているのよね?」
すると、倫はアーニャからぱっと離れて、彼女を真っすぐ見据えると、妙に自信のある顔で言った。
「それは、全然わかんないけど!」
「わからないの⁉」
「ぜんっぜんわかんない! 本当にもうマジで、これがどうやって出来ているのか、何もわかんないけど、まあなんとかなるでしょ!」
「……頭が痛くなってきたかも」
先程の穏やかな顔はどこへやら、本当に頭が痛そうな顰め顔を手で押さえるアーニャに、倫は慌てて付け加える。
「いやいや、そんな絶望しなくても! 第一、私は使う側であって作る側じゃなかったから! それにほら、これをお手本に何か作れるかもしれないじゃんっ?」
「まあ、それはあるかもしれないけれど。とにかく、何か考えがあったわけじゃなくて、勢いで言ったのは、よくわかったわ」
「う、ううーっ……」
痛い所を突かれてしまい、倫はうめき声をあげる。確かに思いつきによる行き当たりばったりの発言だったので、弁解の余地もなく、倫は咳払いをして、露骨に話題を変えた。
「で、でも、どっちみち、この紙ナプキンをそっくりそのまま真似するのは無理な気がするなぁ。作り方もそうだけど、そもそも材料がないもん」
「えっ、これ、紙でできているの? 凄いわね……こんなに柔らかいのに」
アーニャはまじまじと紙ナプキンを見つめる。手触りが不思議なのか、開いた所を指でなでては、首を傾げていた。
「紙ナプキンが無理だとすると、あとはタンポンかな。でも、あたし使ったことないから、どんな風な形なのか知らないし、ちょっと衛生面が不安だなー」
「たん、ぽん? なぁにそれ」
「んーとね、簡単に言えば、血が出るところに綿みたいなのを詰めて、吸収してもらう道具みたいな?」
「そんなものもあるの?」
「うん。でも体内に入れるってなると衛生面が気になるし、万が一中に入ったまま取れなくなっちゃったらって考えると、自作はちょっと怖いなぁ」
ううん、と倫は首を捻る。思いついた時は妙案だと思ったが、ふと冷静になって考えてみると意外と壁がある。
素材が手に入りやすく、かつ作りやすく、そして衛生面もある程度クリアしなければならない。そうなると何がいいかと、倫は頭を巡らせる。
すると、アーニャが何か思いついたようにぽつりと呟いた。
「リンが持ってきたこれ……おむつみたいに、布で作ることはできないかしら。それだったら材料も手に入りやすいし、作るのもそう難しくないんじゃない?」
その言葉に、倫はバッと顔を上げた。
「布! それ、いいかも! 布だったら何度も洗って使えるし! アーニャ、よく思いついたね!」
名案だと何度も頷くと、倫はふいに振り返り、とあるものに目をやった。
「ねぇアーニャ、ちょっとこの花瓶の水もらってもいい? あと、鋏も!」
「え、いいけれど……?」
倫が目を向けていたのは窓枠に飾られていた花瓶で、倫はありがとう、と言い、渡された鋏と共に手にして、ベッドから降りると床に胡坐をかいた。
「さぁて、実験の時間だよ!」
倫は楽しそうに呟くが、一人ぴんと来ていない様子のアーニャは、不思議そうに首を傾げた。
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