滅ぼされた一族と考察
わたしは家出をしようとしたわけではない。
怒られることを覚悟して飛び出した。
無意識にシャロンの手を握り、ゆっくり歩き出す。
夜中の少し冷たい空気に、シャロンの手は温かかった。
「ねぇ、シャロン。あなたに家族はいるの?
」
「……もういない。アイツらに滅ぼされた」
「え? 」
淡々と応えられ、絶句する。
「あのガーゴイルは単体ではないんだ」
「だって、シャロンは不死身ではないの?
」
「少し違う。ジェニーは2回、私が死んだのを見たはずだ。あの状態で無傷で立ち上がるのは不思議だったろう」
「うん、助かる怪我じゃなかったわ」
「比較的すぐ起き上がったからな。理解し難いのも致しがたない。子を設けたり、年寄りは時間が掛かる。その間は動けないから攻撃されたらおしまいだ」
今のわたしはシャロンが言わんとしていることがわかった。
ステファンは1人だった。
一対一だったならば勝てなかった。
わたしが動かなければ、無傷とは行かずとも二人とも死んでいた可能性が高い。
いいえ、隙はあったわ。
わたしがシャロンを殺している間を利用すれば、わたしが違和感に気が付かずにステファンの言う通りにしていれば。
運が良かったのよ。
「アイツが慎重派だったなら、逃げて体勢を整えるなり出来たはずだ。しなかったのは一重に傲り。私が現れたことにより、ルーティンが崩れたからだろう」
わたしの考えはお見通しのようで、うなづいた。
「学校でも彼はそうだったように思う。毎日おなじ学食を選び、飲み物もおなじだった」
「まるで人間だな」
「人間にしか見えなかったわ……」
取り巻きが少ないときを見計らって声を掛けたつもりだった。
でもそれは違ったんだわ。
取り巻きが減っていただけ。
「シャロン、ありがとう。あなたがいなかったら、騙されたまま殺されていたわ」
「いや、私こそありがとう。私を信じてくれたからこそ倒せたんだ」
口にはしないけれど、彼にひとつだけ感謝しなくちゃ。
シャロンと出会わせてくれたこと。
ただそれだけを言えば不謹慎になる。
「ねぇ、何匹倒したの? 」
「残念ながらアイツが最初だ。人間に化けている時はキレイに隠れ蓑にしていてわからない。本当に偶然だったんだ。全部で二十は下らない。すべてこの場所にいるとは考えにくい。アイツが単独であったのが理由だ」
可能性は低い、100%ないとは言いきれないと思うけれど。
「どうしたら事前に見つけられるのかかしら」
「一緒に考えていこう」
「ええ。あ、でも何で急に……」
「ヤツが現れたのはいつで、行動を始めたのはいつかわかるか? 」
ハッとした。
そうね、わたしたちの情報を繋げていけば見えてくるものもある。
「彼が転校してきたのは大体、1ヶ月前。行方不明者が出始めたのは2週間くらい前よ」
「人数は? 」
「行方不明者は届出があっただけで十人。死体で発見されたのは数名とだけ」
「氷山の一角の可能性がある。だがひとりで行っていたと取れるから、おまえの記憶力が頼りだ」
わたしは首を傾げた。
しかし、それも一瞬。
「……わたしが被害者の顔を知っていると気がついていたのね」
「ああ。憶測の域をでないが何かを思い出した顔をしていた。状況を理解したくない気持ちと葛藤していたのだろう。騙されていたとはいえ、恋人を殺した。……すまない」
「いいえ、謝らないで。ただ、急で頭が追いつかなかったのよ。信じたくない気持ちとは裏腹に何故か色々嵌ってしまって。待って、思い出してみるわ」
わたしは努力を怠るのが嫌いだった。
見た目だけじゃなく、勉強や行儀に至るまで出来ることはなんだってしてきた。
まだ足りないとさえ思うの。
若い内でないと覚えられなくなるから、今の内にと色々チャレンジしてきた。
真面目すぎると言われても、これくらいは当たり前だと自分を奮い立たせてきた。
彼のことも、努力の結果手に入れられて、距離を縮めるための一歩のつもりだった。
表面では恋に浮かされてはいたけれど、内面ではモヤモヤがあった。
考えないようにしていたの。
あんなに取り巻きがいる人を好きになるのになんの障害もないはずがない。
きっと彼を試そうとしていた。
結果、ただのエサとして甘い言葉を言っていただけだと知った。
ひとりの人間として、個人として理解したい気持ちとの葛藤があった。
けれど彼は人間ではなく、人間を捕食する側だった。
わたしの中の歯車が音を立てて、軌道修正を掛けたの。
シャロンの言葉と彼の言葉は最初、わたしには真逆だった。
それは、知らない相手より見知った相手を無意識に優先してしまうからだ。
嘘だらけの彼と真っ直ぐなシャロン。
平等な目線で真実を知ろうと理性が動いた。
その所為で糸が切れ、クリアに聞こえたシャロンの言葉に従ったのよ、体が。
間違っていなかったからこそ、生きているのだわ。
命の恩人であるシャロンのためにわたしは今、記憶を奮い起こす。
校内、いつも彼が取り巻きを連れて歩く場所。
ストーカーのつもりではないけれど、恋に恋していた乙女とは付随した行動をとりがち。
転校初日、わたしのクラスに来た。
派手なグループ五人にすぐに囲まれていたわね。
まだあの時はキラキラしたハンサムが来たとしか思っていなくて。
一週間も経たずにクラスにいる女の子の半数を従えて、ほかのクラスの女の子と揉めていた。
わたしのクラスからはわたしを抜いて十人、ほかのクラスは学年カラーとクラスカラーで分かれているから精査しやすいはず。
わたしの二年は五クラス、合計三十人。
一年は取り巻きではなく、遠巻きだったし、昨日もいたわ。
三年は十人ね。恋人がいる先輩が多いから少ない方。でも、昨日全員登校していたわね。
ならば、被害者は同学年になる。
昨日の時点でいなかったのはどこのクラス?
わたしのクラスではずっとくっついていた女の子たちが、行方不明が出る頃には飽きて興味をなくしていた。
すぐピースが嵌らなかった原因。
それは、ほかのクラスの女の子だからだったんだわ。
話したことがないからすぐに思い出せなかったのね。
あのタイミングで見覚えがあることを思い出せた。
一回見たら忘れないから。
名前を知らなかったから一致しなかったんだわ。
昨日のニュースで亡くなった女の子の写真が公開されても、すぐに気がつけなかった。
それはいい。
昨日までにいなくなった女の子は何人?
二十人中……、十五人!
五人は昨日すれ違っているわ。
わたしをターゲットにしているなら、他を狙えばリスクになる。
安全に確実に捕食するなら、一人づつ。
おなじルートを選び、食事も毎日おなじ、髪型も変えない。
ならば───。
「届出がない、或いは開示されていないのは五人。合計十五人消えているわ。彼の行動がルーティンとわたしたちは仮定した。だから殺し方を再構築出来なかったと考えて、わたしで十六人目になるはずだった。彼は既に十五人とも……」
今更吐き気を覚え、口を抑えた。
「もういい。ありがとう」
頭がフラフラするわ。ちょっと気持ち悪い。
シャロンはまた、わたしを優しく抱きしめてくれる。
温かい、ちょっと高めの体温がわたしを包み込んでいた。
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