第四話 サーティワンのアイスクリーム

 真夏――

 俺は炎天下の街をふらふらになって歩いていた。

 暑い。

 もうじき九月だというのに、ひどい残暑だ。節電なんてクソくらえ、クーラーをがんがんに効かせた喫茶店で休みたい気分だ。

 しかし――

 喫茶店の店頭に貼られた〈節電中〉という紙。

 どこもかしこも……。

 レストランなら少しはましかもしれんが、昼飯は二時間前に食ったばかりだ。

 ああ、だめだ。マジでどこかで休まないと、倒れてしまう。どこかに涼しいところはないのか。

 前方に目をやった俺は、サーティワンの看板を発見して小躍りした。こんなところに店舗ができていたのか。

 まさに砂漠にオアシス!

 俺は駆けこむようにして店に入った。白を基調にした内装。ひんやりとした空気と、「いらっしゃいませ」という涼しげな店員の声が俺を迎える。

 ああ、白いなあ。

 喫茶店の内装はたいてい暗いイメージがあるが、そのせいで暑苦しく感じる。こんなに明るくて白いと、それだけで涼しく思えてくるじゃないか。

 思い出すなあ。二〇年以上前、まだ京都に住んでた頃、河原町にあるサーティワンによく通ったもんだ。中毒とまではいかないまでも、かなりのマニアだったぞ。全フレーバーを制覇したりな。

 若い頃のときめきがよみがえるようだ。

「お持ち帰りですか?」

「いえ、こちらで食べます。スモールサイズのトリプルを」

 スモールサイズができたのは嬉しいな。普通サイズのトリプルは、さすがに量が多い。

「コーンですかカップですか?」

「カップで」

 昔はコーン派だったが、今はカップ派だ。コーンではゆっくり食べられないからな。

「フレーバーをお選びください」

「んーと……」

 俺は冷凍ショーケースを覗いて思案した。

 サーティワンと言えばチョコレートミントだ。これははずせない。俺の中ではサーティワンの主役はチョコレートミントなのだ。だからいつも最初に注文する。カップの底に位置して、最後に食べられるように。

 そこから先が問題だ。

 暑いから爽やかにポッピングシャワーも味わいたい気分だが、同じグリーン系のものは避けたい。同系統の色を重ねるのは、俺の美意識が許さない。ここは間に茶色系のフレーバーをはさむのが定石だろう。

 しかし、ただのチョコレートアイスなら他でも食える。サーティワン独自のフレーバーを味わいたい。

 チョコレートチップはだめだ。チョコレートミントと味がかぶる。

 キャラメルリボンやオレオクッキーアンドクリームも好みだが、バニラ味だからな。チョコレートミントやポッピングシャワーが甘いから、ここは苦いコーヒー系で味のバランスを取るべきだろう。

 となるとジャモカアーモンドファッジだ。

 大納言あずきやナッツトゥーユーにも未練は残るが、今回はしかたがない。いつも多くの可能性を切り捨てなくてはいけない。それが心苦しい。

 俺は注文した。

「まずチョコレートミント。それとジャモカアーモンドファッジ。あと、ポッピングシャワーを」


 数分後、カップに盛られた三色のアイスを持って、俺は窓際の席に座った。

 どれ……まずはポッピングシャワーからだ。

 スプーンでアイスクリームをすくう。ねばっこいアイスが尾を引くように持ち上がる。納豆のような抵抗感。

 この絶妙の柔らかさがいいんだ。スーパーやコンビニで買ったアイスには、もちーっとしたこの柔らかさがない。

 最初の一口を味わう。


 ああ、爽やかだ。


 ほのかなメンソールの風味で、口の中がすっとする。暑さなど嘘のようだ。

 おっ、口の中でぱちんとはじけた。

 おおお、ぱちんぱちんと来るぞ。これはたまらん。快感だ。

 それにしても、ポップロックキャンディをアイスに入れるとは、素晴らしい発想だ。実に夢がある。開発者を褒めてやりたい。

 ふと窓の外を見ると、汗をだらだら垂らしたサラリーマンが通り過ぎる。


 ふふふふ……愚民どもめ。炎天下、ご苦労なことだな。

 俺は苦しむ貴様たちをガラス越しに眺めながら、よくクーラーの効いた室内で、美味いアイスクリームを味わっているのだ。

 羨ましいか? うわはははは!


 あれ? この感覚、どこかで覚えがあるな。

 ああそうか、コミケのサークル入場だ。

 しかし、たった四九〇円で支配者気分が味わえるとは、何とも安上がりだな。

 俺は次にジャモカアーモンドファッジを味わった。この苦みがいい。ポッピングシャワーは子供の喜ぶ味だが、ジャモカアーモンドファッジは大人の味という気がする。

 うむ、この選択は正解だ。

 いつものことながら、こりっとしたアーモンドの食感がいい。単調になりがちなフレーバーにアクセントを与えている。

 店に入ってきた中学生らしいノースリーブの女の子たちが、アイスクリームを注文している。「コーンで」と言っているのが聞こえる。

 コーンか……。

 昔はコーンがしゃれていると思っていたなあ。三段重ねのアイスを食べながら街を歩いたりもしてた。でも、溶ける前に食べなくちゃいけないのでせわしない。この歳になると、時間に追われることなく、ゆっくりとアイスを味わいたくなった。

 コーンは若さの象徴かもしれないな。

 次はいよいよチョコレートミントだが、その前に、その一部をジャモカアーモンドファッジの残りと少し混ぜよう。チョコレート+ミント+コーヒー+アーモンドというオリジナルのフレーバーだ。

 こんな風に好きにミックスして味わえるのもサーティワンの楽しさだ。

 もちろんすべて混ぜてしまわず、チョコレートミントはちゃんと残しておく。やはり主役は最後にきっちり味わいたいからな。

 さて、いよいよフィナーレのチョコレートミントに突入するぞ。

 おれはチョコレートミントをすくって口に入れた。

 ああこれだ。

 すっとする。

 昔から変わることのない、サーティワンの味。

 俺にとって、夏を代表する味は、冷やしあめとサーティワンのチョコレートミントなんだ。

 女の子たちはきゃっきゃっと騒ぎながら、アイスを盛ったコーンを手に店を出ていく。去ってゆく少女たちを、俺はウィンドウ越しに見送った。

 ああ、いいなあ。

 ノースリーブの少女にアイスクリームコーンはよく似合う。

 若さゆえのコーンだな。

 あの子たちもいずれ、カップを好むおばさんになっていくんだろうか。

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