第25話 冥門の華リデア

 何も無い………。

そう、崩れたドーリア式の白い石柱ばかりが転がる、元は巨大な都市があったであろう緑の台地。

 私の背後には今も健在の大きな白い神殿がある、けれどもこの土地は廃墟だ。

 建造物は私の背後にある大きな白き神殿しかない。目の前には只の自然……、そして転がる石柱。建物の名残など全くない、緑の草原が広がるだけ。

 けれども私は放っていた。その力を。

 「“冥門の華リデア”!!!」

 カッ!!

 私の双剣が虹色の光に包まれ、何も無い草原に降り立つ……。そう、黒い光に包まれた闇に“捕われし者”は。

 本来なら彼女はとても美しいアイスグリーン……白碧。不思議な色合いをした髪をしている、けれども今は真っ黒な闇の色。

 すらっとした私より長身な身体、でも鍛えているからとても美しいシルエット、その身体にぴたりと付く白いV字カットのシャツを着ていて、その細い身体にとても良く似合っていた。胸元には何だか申し訳無い程度の、“銀色の胸当て”。それが右胸だけに着けられている。

 細い腰元に巻きつくブラウン皮のベルト、提げられているフォルスターの様な鞘。そこに彼女は長いレイピアの様な双剣を挿していたのだ。今はその双剣は両手に握られている。

 そして……ブルーのジーパン。膝下からのブラウン皮のブーツ……。

 ぎゅっ。

 私は双剣を握る。

(気付くべきだった………、私は愁弥しゅうやと違いこの世界の者達の“服装”など気にしてなかった。けれども……彼はきっと……ずっと、何かを考えていて……“違和感”を覚えていたに違いない。私は傍に居たのに……、彼の何1つを理解していなかった。)

 リデアは美しいままに黒い姿で目の前に浮いている。無表情で、その瞳もインディゴブルーではない。

 真っ黒で……何を見てるか解らない。けれども彼女は目の前に居る。浮いてる、双剣を握って。

 (リデア……“貴女のことも”。私は何も知ろうとしなかった。愁弥のことも、ルシエルのことも。いや、この“狂った世界”のことも。)

 そして……聞こえる。

 『瑠火! 何をしてるのです!? いいですか? 1度“冥門ダークプリズン”に堕ちた者を、“呼応”する事。それは彼女達の“拷問”を強める事になる! 貴女はリデアに苦痛を与える事になるのですよ!?』

 生命の女神ルカーナの声が……聞こえる。更に

『瑠火! 落ち着け! 直ぐに還しなさい! リデアにこれ以上の苦痛を与えるでないっ! 貴女も解ってるであろう!? リデアは“守護の盾ガーディアン”!! 何も知らぬまま殺されたのだ!!』

 女神レイネリスの声が聴こえた。

私は思う。

 (ならば………何故、言わぬのだ! それを殺されてから……喪ってから言うのは何故だっ!? この者達の存在は何だ? 女神とは、神とは……、そして……“月雲つくもの民”……、私、氷憐ひれん、愁弥は!!)

 私は目の前に居るリデアの黒い姿を見据えた。彼女は私を黒い眼で見つめていて、何も言わず無表情だ。けれども、私は彼女に言った。

 「すまない、リデア。少し付き合ってくれ。ココに“招かれざぬ者”が居る。」

 そう……ずっと感じていた。この“気配”。私を苛立たせる“気配”。それが居るのだ。この“月雲つくもの廃墟の地”に。

 私の目の前で浮いてるリデアは何も言わないが、こくり。と、頷いた。 

 私は見据える……。先を。

リデアはふわり。と、浮いて私の隣に降り立った。その気配を感じて、私は言う。

「全てが終わったら私を拷問しろ、そして…

殺せ。貴女がされた事を私に。私は……貴女の全てを奪った。知らぬとは言え……私は、貴女を殺した。だから殺せ。この世界が終る時に。」

 リデアを見れなかった。私は……罪悪感と後悔……、知ろうとしなかった私の所為で彼女を巻き込んだ。変な気遣いで私は……“この人”を殺したのだから。

 でも、彼女は真っ黒な身体をしてるのに無表情なのに……ふふっ。と、笑ったんだ。いや。声が聴こえた。

 私は彼女を見た。けれども、その表情は無表情、笑みなど一切無い。でも、リデアは言った。

 「バカね、瑠火は。憑いて行くと言ったのはあたしよ。」

 笑ってはないのに……そう言われた時に、彼女から声を掛けられた時を思い出した。アイスグリーンのサラサラのロング髪を艶めかせて、私に彼女は笑顔で右手を差し出して言ったのだ。

『あ。あたしは“リデア”。貴女は?』

『瑠火だ。』

『ルカ? いい名ね。あたしなんて“野草”の名前よ。女神“ルカーナ”みたいね。』

 それが……彼女とのきちんとした会話で、私の眼の事も髪の事も、彼女は何も指摘しなかった。そんな人は始めてで、そう、この世界で生きてる人間は、私達を“厄災の民”と思っているのだから。

 「リデア……すまない。」

 「いいのよ、だって貴女はあたしにとって初めて出来た“護るべき存在”、良くは解らないけどそれは感じてたの。貴女に逢った時から。あたしはきっと……“貴女”の為に命を懸けると。」

 私はそれを聞いて彼女を見て言った。

 「待て! それは何なんだ!? 何かを伝えられるのか!?」

 けれども、リデアは無表情で言った。

 「いいえ、“兆し”に似てるわね、解るのよ。何となく……自分の未来が。そう、“死ぬ”ことが。」

 私はそれを聞いてリデアに問う。

 「いつから!? 私と出逢って直ぐ!?」

リデアは黒い眼を私に向けた。

 「瑠火、違う。決まっていた“宿命”。貴女に出逢って“覚醒”したの。眠っていた“力”が。だから、悲しまないで。今は傍に居られないけれど、いつか絶対にあたしは貴女の傍に居て支えるから。」

 え? 私が言うとリデアは緑の草原を黒い眼で見据えた。

 「………ブラッドさんに言われたの、“黒衣の花嫁”。傍に居るから気をつけろ。って。」

 ぎゅっ。と、彼女は双剣を握っていた。

 「黒衣の花嫁……、それが私がずっと感じていた“気配”なのか?」

 「ええ、そうよ。ココに居る。」

 リデアは先を見つめていた。そして、彼女は叫んだ。

 「出て来い!! お前に瑠火は殺させないっ!!」

 カッ!!

黒い光が私達の目の前の地面から放たれる。それは噴水が沸き上がる様だった。  

  

  

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