第25話 愛しき戦死者

「……冥門ダークプリズン”……?」


 私がそう聴くと黒い狼獣のヘルハウンドは、ブルル……と、拘束から解かれた事を認識したのか、全身を震わせた。

 自由になった事を再確認したのか、その舌で右前足をぺろっと舐めた。


「“罪人の墓場”。つまり……“アルティミスト”に要らない存在。それが逝き着く先だ。」

 ヘルハウンドの視線が私ではなく……遠方を見つめていた。


 そう。ブラッドさんだった。

 血を流し倒れ……流血の中にいる彼を。


「……彼奴も残念ながら……聖神アルカディアが統括する“この世界の天国”。聖界ルピュノス”には除外されただろう。冥門ダークプリズンに堕ち……転生も、“蘇り”も赦されぬ。」


 ヘルハウンドはその大きな黒い毛の頭を伏せた。鼻を地面に擦りつけるほど、伏せるとその紫玉の瞳を閉じた。


「待つのは……闇。無の闇、そこで苦しみを与えられる。二度と……生きようと思わない様に。二度と神に逆らわない様に。魂は削られる。死んでラクになる訳ではない。そこから始まる。拷問が。」


 私は……絶句だった。

 だが、気になった。


「何故だ? ブラッドさんはドワーフだ。だけど、何かをした訳じゃないだろう? これまで、彼は鍛冶屋として戦争の償いをして来た筈じゃないのか? 戦争に加担した多種族は沢山いると聴いてる。何故、ブラッドさんがそんな辛い目に遭わなきゃならないんだ?」


 そう聞いた。

 するとヘルハウンドは瞳を開けた。


「お主……まだ……行っておらんのか?」

 と、そう強い眼差しを向けた。

 私を威嚇する様な眼だった。


「え?」

 私は聞き返した。


月雲の里つくものさと“の遺跡……。つまり、お主らの生誕の地。“月雲の都”。」

 ヘルハウンドはそう聴いてきた。


「いや……行こうとはしていた。だが、道中色々とあったんだ。」

 本来ならそう“ライム”と言う歴史探索人と会うはずだった。それが、こんな事になった。


「……なるほど。まずは……そこに行き……、我等の言葉よりも見るのが先か。」

 ヘルハウンドはそう言うと大きな頭を上げた。

「その前に“そなたの戦士”を弔うのが先だ。」

 と、彼の紫玉の眼はブラッドさんに向けられた。

「……ヘルハウンド……、ブラッドさんは私の戦士ではない。私はただの“生き残り”だ。」

 何となく……そう言いたかった。ブラッドさんは、誰のモノでもなく彼の生きる道を生きて来た者だ。私の……と言うのは、酷く虫唾が走った。

「……ああ……すまぬ。」

 ヘルハウンドはそうは言ったが、私を見る強い眼差しは変わらなかった。とても、謝罪してる様には思えなかった。


「なんだよ! なんか勝手に消えたんだけど!?」


 ルシエルはそう怒鳴った。


「今のは……ヘルハウンド。そなたの力か?」

 蒼き光を纏う美しい女神は、そう言った。蒼く光る神剣を持ち、氷に包まれた愁弥の前で。


「……“闘いの女神レイネリス”……。お主は何故、この者たちを救うのだ? 本来なら敵であろう?」

 ヘルハウンドはそう言ったのだ。

 だが、私達の少し後ろからだった。

「瑠火殿!」

 レオンの声が響いたのだ。

 振り返れば……ブラッドさんの身体が、神々しく蒼き光に包まれていたのだ。


「ブラッドさん!」

 私は駆けつけた。

 何故かその光が消えてしまった彼の灯火を……、どうにかしてくれるんじゃないかと思ったからだ。


 私がブラッドさんの傍に駆けつけしゃがむと

「突然……光が彼を……」

 レオンはそう言った。

「ブラッドさん!」

 私は彼の肩を掴んだが、鎧からでもわかる。冷たい。氷の様であった。

 青白い顔……、けれどその胸元は一層、光輝いた。


 彼の銀鎧から光に包まれ……“白き盾”が、現れた。それは最初こそは小さな盾であった。掌サイズだ。だが、彼の胸元から離れ宙に浮くと大きな盾になった。


 私の身体などすっぽり覆ってしまうほど、白き盾は、頭上に煌めいた。


「まさか……“守護の盾ガーディアン”。」

 そう言ったのはレイネリスだった。


「え?」

 私は彼女を振り返り聞き返した。

 だが、目の前で白き盾は宙に舞い、パンっ!! と、弾け飛んだのだ。


 眩い光が私達を襲った。何も見えないほどに。私は反射的に目を瞑っていた。


 やがて……光が消えた頃


「愁弥!!」

 ルシエルの声が響いたのだ。


「!!」

 ようやく目が開いて……薄暗い牢獄の中が見えた。だが、目の前にいた筈の“血だらけのドワーフ”はいなかった。


「ブラッドさん??」

「“冥門ダークプリズン”に堕ちたのだ。」

 私の声にそう言ったのはヘルハウンドだった。

「え?」


 目をやっと開けられた私は、その声に聞き返した。ヘルハウンドは はぁ。と、ため息ついた。


「もう二度と……“守護の盾ガーディアンブラッド”は、この地に現れない。お主は知ってか知らぬかではあるが……“戦士”を1人喪った。それは憶えておくがよいぞ。」


 私は……ただ、目を丸くしていたであろう。何を言われているのかわからなかった。


 ただ、ヘルハウンドの“ブラッドさんがこの地に現れない”。それが、確実に彼は死んでしまったと……、心に焼き付いただけだった。


 目の前にいた彼の姿が失くなってしまった事も、私に現実だと突きつけた。


「おお。愁弥! そなた! 無事か??」

 だが、レイネリスの声に私は顔を向けた。

 ルシエルとレイネリスに寄り添われながら、愁弥はいた。


 地面に膝をつき荒く息をしながら、彼は


「あー、、、死んだかと思った。」

 と、そう言っていた。

「良かった……。無事な様ですね。」

 そう言ったのはレオンだった。

 私は駆け出していた。


「愁弥!!」


 わからない。

 ただ、彼に受け止めて欲しかった。今のこの私の心情。何もかも。


「瑠火!!」


 愁弥は……飛びかかり抱きついた私を受け止めてくれた。しっかりと背中を抱きしめてくれた。


 強く熱い……抱擁。

 生きてる。良かった。

 愁弥の胸元から感じるその鼓動……。それが、私を安堵させた。ドクドクと……彼の生きる鼓動は耳に伝わったからだ。


「どうして助かった?」

「わかんねーよ。ただ、“生きろ”って……ブラッドさんに言われた。」


 私は顔を上げた。


「ブラッドさんは……死んでしまった……。」


 愁弥の瞳を見上げた。

 彼は酷く辛そうな……遣る瀬無い様な顔をしたが、私を ぎゅっ。と、抱き締めた。


「……俺が……もっと強ければ……。」

 耳元で聴こえる刹那いその声に、私は彼の胸元に顔を埋めた。

「……もう……誰も喪いたくない。」

 自然とそう言葉に出ていた。

 愁弥の右手が私を強く抱くのを感じた。

 彼の声が耳元で響いた。

「……わかってる。」

 そう……聴こえた。

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