第24話 血印〜哀しき別離〜

 私は双剣を腰に戻し、レオンとレイネリスと“破壊神メシアの遣い”。龍姫メデューサから離れ、破滅の幻獣ルシエルと、地獄の番犬ヘルハウンドの元へ向かった。紫電で彼等は縛り付けられ拘束されているが、今は少し緩んでいた。

 ルシエルも大きな黒毛の身体を、伏せていた。さっきまでは“待て。くれ。”状態だった。


「ルシエル……。」

 さぞ、血だらけなのかと思えば……彼の身体は何一つ傷がついていなかった。だが、未だ苦しそうに眉間にシワを寄せていた。獣狼たちはどうやら力を抑えつけられていて、身動き取れない状態。だが、それも苦痛が伴う拘束なのだと、私は知った。

 私が彼の力を抑える為に使ういつもの“黒い檻籠”。手乗りマスコットサイズになる“抑止”とは異なる。アレはただ、力を抑制させ閉じ込めてるだけだ。苦痛などない。けれど、今の状態は苦痛を伴う。これが……“拘束術”の本来の力なのだろう。


「ルシエル……。大丈夫か? ヘルハウンド。」

 私は彼らの前に座り声を掛けた。

「……瑠火……? 俺様の肉は? ハラ減ったんだけど……」

 バチバチと未だ紫電で放電されその巨大な身体は、満足に動けそうもない。だが、拘束が緩みルシエルは伏せまで出来る様だ。そんな軽口まで叩ける様だ。

「ルシエル……。右前足……出せるか?」

 動かすのも辛そうだ。だが、賭けてみるしかない。私とルシエルを繋ぐのは“互いの血”で結んだ血印。

「ん? なに?」

 ルシエルは苦しそうだが、それでもギギギ……と、拘束されてしんどい前足を差し出した。


 はー。はー。と、荒い息を吐いている。


 私は右手の人差し指を彼の右前足に差し出し、つけた。紫色の光が私達を包んだ。


『瑠火……“禁呪”だ。忘れるな。』


 ハッとした。私の頭の中で白雲村長の声が聴こえたのだ。


 ああ。そうだった。私は彼に……教わっていた。もしも……“自身の幻獣が略奪された時に奪還する術”を。


 ルシエルの右前足をぎゅっと握った。私にも紫電の放電はビリビリと容赦なく伝ってくる。全身が何千本と言う剣で突き刺されるかのような痛みだった。


 だが、それでも!


 そんな事はどうでもいい。ルシエルは私の可愛い“下僕”! 何人たりとも支配していい筈がない。私だけが愛でるのを赦される存在だ! 誰にも傷つけさせない!


奪還アポリア!!」


 白雲村長の教えの言葉。私はそれを唱えた。カッ!! と、私とルシエルの右前足と右手から放たれたのは紫色の光。それが、神々しくルシエルの身体を覆った。


 弾け飛んだのは彼を拘束していた紫電の縛り。ルシエルは、更にその身体に黒い蒸気を纏った。伏せをしていた彼はゆらりと立ち上がった。


(まさか……力まで戻るのか?)


 そんな事を思ったのは、立ち上がった黒毛の狼は鋭気を持っていたからだ。復活したのがわかる程、殺気立っていた。ふー。と、鼻息も荒い。


 ハッとしたのは、私の腰元に“黒い檻籠”が戻ったことだ。円球のルシエルが入る檻籠だ。まるで消えてたのが、そこに復活したように現れた。ちゃんと、ベルトに引っ掛けられて。


「ルシエル……。」

 私は拘束を解かれ自由になった巨大な狼犬を見つめた。


「愁弥は? なんであんなとこにいんの? なに? 俺様……」


 ルシエルは獰猛な顔をして、ガルルとその牙を剥き出しにした。


「キレていいんだよな?」


 低い声が響く。更に彼は頭を低くして、完全な狩りの獣状態。獰猛な眼はメデューサを睨み、その前足は地面を踏み潰す程、力が籠もっていた。


「……好きにしていい。」

 そう言うと、ルシエルは駆け出した。私はそれを横目に、ヘルハウンドに目を向けた。未だ、彼は拘束されている。


「すまない。大丈夫か?」

 ヘルハウンドは苦しそうな顔をしながら、目を開けた。


(ああ……そうだった。私が彼を……。いや、ヘルハウンドを見た時にルシエルと同じ……紫玉の眼。だから……、彼を信用したんだ。)


 ヘルハウンドはルシエルと同じ紫の眼だ。その眼差しも穢れない。強い。敗けてない。だからといって、目の前の私を敵視しない。


 ルシエルもそうだった。

 悪態はつくが、歯向かおうとはしなかった。私はその同じ眼にやはり、興味を唆られる。


「ヘルハウンド。私と血印を。喪いたくない。」


 私は彼の前で人差し指を噛み、とにかく血を出す程度噛みつき、彼に見せた。


「……月雲の民だったんだな。そうか……。ルシエルが傍にいるのがわかる。」


 ヘルハウンドは苦しそうな顔をしつつも、凛々しい眼を向けた。


「……アルティミストと……“月雲の民”。我等の様な“神の遣い”は、切っても切れぬ。瑠火……。お前に遭ったのも縁だ。この命……、もう一度……、アルティミストこの世界に賭けよう。」


 ヘルハウンドはそう言うと自身の黒き右前足を噛み付いた。牙が彼の足の指の付け根に入り、紅い血が滴る。


 私は紫電で縛られた黒きもう一頭の狼犬の右前足に、自身の人差し指をつけた。


 血の滴る指が彼の鮮血に触れた時、バチバチっとまるで静電気の様に身体に伝わる。


 血印が施された瞬間であった。


 更に、カッ!! と、彼の身体を蒼い光が包んだ。だが、どこからともなく黒い蛇の様な影が彼の全身に食いつこうと飛び掛かって来たのだ。


『唱えよ!!』


 白雲村長の怒鳴り声が聴こえた。

 私はハッとした。


「“奪還アポリア”!!」


 紫色の光がヘルハウンドの身体を包む。黒い蛇の様な影達はその光で消滅した。


 拘束されていたヘルハウンドは、雄叫びをあげた。


 ウォォォォォッッッ!!!


 頭を低くして、彼の獰猛な口元から黒い円球は溜まる。私はその力の爆風で吹き飛ばされた。


「“獄門スチール”!!」

 ヘルハウンドの口元から放たれたのは、黒い光。黒龍、更にメデューサのその頭上から、漆黒の闇が大口開けて彼等を飲み込んだ。


 いや。齧り付き飲み込んだのだ。


「え……?」


 私は瞬殺。まるで、ブラックホール。メデューサも黒龍もヘルハウンドの黒い光に吸い込まれ消えたのだ。


「殺したのか?」

 私はそう聞いた。

「いや? そんなに甘くはない。“獄門の島プリズンゲート”に、今は逝けない。だから、第2の地獄。冥門ダークプリズンに贈ってやった。あそこは神が支配するんじゃなく、幻獣が支配する世界だ。」

 ヘルハウンドはそう言ってから、あ。と、首を傾げた。


冥門ダークプリズンは、お前達の管轄だ。いるんじゃないのか? 仲間が。」


 と。


「え?」


 私は……驚いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る