第23話 破壊神の遣い

「ブラッドさん!! ダメだ! ブラッドさん!!」


 私は彼の身体を抱いた。

 けれど……彼は……治療薬すらも拒否し、その命を……消した。


 “懲り懲りだ……。”


 その言葉が私の心を占めた。彼はずっと……

 この世界で苦しみ、哀しみ、何かを護り生きてきたのだろう。それが、もう……疲れてしまったのだ。わからない。彼がどれ程の時間を費やし……生きて来たのか。人間よりも遙か……寿命は長い。その間にそれ程あったのだろう。彼を疲れさせる何かが。活力を奪う何かが。


 けれど……、ドワーフのブラッドさんは微笑んでいた。


 私の胸の中で。


「うあっ!!」


 ハッとした。

 その悲鳴に。

 私はブラッドさんを地面に寝かせた。ルシエルが……紫電で苦しんでいた。


 そこに気を取られ……私は、やっと………この地下牢を見据えたのだ。


愁弥しゅうや!!」


 彼はいた。

 いたが……、白雲村長と同じ様に樹氷の槍の中だった。

 その前には蒼い光に包まれた美しい女神、“闘いの女神レイネリス”がいたのだ。


 玉ねぎ頭の老女、“カルラ”は既に得体の知れない異形な者になってしまっている。だが、その脇に黒龍は姿を現した。煙に包まれ黒き龍が2体。姿を現したのだ。


「黒龍……」

 私の記憶にある……月雲の里を滅ぼした龍。その者であった。


 ぐるっと長く伸びた首を捻じ曲げながら、笑うのは、このナディア魔道士館の統帥だ。骨と皮の魔物になった彼女は、にたぁと笑う。


「お前の仲間はここで終わり。お前は孤独。生きてる間、お前に関わった人間は死ぬ。お前は厄災。最凶。生きていていい理由はない。」


 骨と皮のまるで骸骨。

 けれども頭だけは白銀の玉ねぎ。それでも、乱れたその髪を揺らしながら、うようよと私の前に近づく。

 けれど、間合いは詰めない。近づくが、私が双剣を構えると、瞬時に退く。


 気味が悪い。


「皆を離せ! リデアはどこだ!?」

 そう、私が言うと目の前の骸骨の様な女は、身体をくねらせた。


 大蛇。

 正に顔と上半身は未だ気味の悪い骨と皮の女性だが、下半身は大蛇になった。


「なんだ? コイツは!」

 レオンが長剣を構えそう叫んだ。

 え? 魔物じゃないのか? と、私は思ったが、彼の動揺っぷりに違うんだと認識した。


月雲つくもの姫……。」

 蒼い光に包まれた女神レイネリスは、私を見た。美しく気高いその顔は、人を魅了するだけの神々しさを放つ。何よりもその強き眼差し。人間よりも大きな身体とかそうゆうものではない。その眼。彼女の強き眼差しが、こちらの感情全てを静止させる。

 私は惹き込まれていた。


「愁弥は大丈夫だ。何かわからないが、彼を護っている。ここにいれば彼は傷つかない。」

 レイネリスは右手に神剣を握っていた。それは愁弥が持っていたものだ。

「貴女は何故……現れたのだ?」

 私はそう聞いた。

「……神剣を持つ者……つまり、“私の神器”。彼はその持ち主。私の命そのものだ。」

 レイネリスはゆらりと白き布を纏い、神々しい光を放ち愁弥の前に立った。

「……彼等に拷問を受け……彼の身体は酷く傷んだ。だが、彼は……“生きよう”とした。どうにか自身の力で拘束を解こうと、私を呼んだのだ。」

 レイネリスは自身の持つ神剣を見つめた。蒼き光を放つその刃を。

「……そなたの名を呼んだ。」


 え……?


 私はきっととても驚いているだろう。その言葉に。


 レイネリスは、私を見て微笑んだのだ。

「そなたに力を借りる為の呼びではない。ソナタを思い……強く願った。」


『瑠火を助けてくれ! 頼む! 誰でもいい! 俺はどーなっても構わねーから!!』


 レイネリスが言ったのだが、その姿は愁弥だった。血を吐きながら彼がそう叫んだ姿が、私の前に現れたのだ。


 その……いつもの強い眼差しすらも。彼そのものだった。


「神は……そうゆう願いを叶える存在だ。本来は。それが変わってしまった。けれど……。」

 レイネリスは俯いた。美しき女神は微笑んだ。

「彼の願いは叶えたい。死をも恐れぬ他者への想い。わからぬが……彼を護ったのは、私だけではなく……ソナタの……“師”ではないか?」

 レイネリスの言葉に、私は愁弥を見つめた。彼の身体を覆う樹氷の槍。あれは、明らかに“白雲しらく村長”が、閉じ込められたものだ。いや、村長自らがそうしたのだ。


 それが……愁弥に? 何故? 


「美しき女神よ。お聞きしたい。アレは伝承で聴く……“龍姫メデューサ”なのか?」

 白銀の鎧を着たレオンがそう言った。


「……人間。よくご存知で。そう。彼女は“囚われた”。アレは……破壊神メシアの遣いだ。」


レイネリスはそう言うと神剣を構えた。


大蛇の下半身は1頭から8頭になったのだ。それも全て、頭身まである。だが蛇と言うよりも龍。8体の黒龍が彼女の下半身に出でた。まるで、龍を従えるかの様に彼女は骨と皮のどす黒い身体で、その右手に大きな槍を手にし、こちらを睨んだのだ。


うようよとその骸骨の様な頭から無数の小さな黒龍が髪の毛の様に生えた。まるで、彼女の毛髪全てが小さな黒龍。それも普通の蛇ほどの大きさがある。気味が悪い。


「ようこそ。地獄の門へ。さぁ、月雲つくもの民! 人間! 神族!」

ブンブンと背丈……凡そだが、3メートル近くはあるだろう。その背丈よりも長く鋭い黒槍。それをぶん回したのだ。


「纏めて……”冥門ダークプリズン“に贈ってやる!」


黒槍の尖端に紫電は集まる。それは雷鳴轟く光の球。更に両脇にいる黒龍2頭も、その口に紫電をボールの様に溜め始めた。


レオンはそれを見ると持っている長剣を構えた。聖白の光を放つその刃は見た事が無いほど、強く光を放つ。


「“聖剣来光アレキサンドライト”」

それは光の雨であった。


私達の前で聖白の光の雨が放たれた。頭上から降り注ぐその雨は黒龍、更にメデューサに霧氷のように降り注いだ。


神々しいその光に包まれ彼等の身体は発光した。だが、メデューサの8頭の龍の脚は、空に駆け昇るかの様に動き、彼等の頭上に紫電纏う円膜を放ったのだ。ドーム状の傘の様にその雨を防いだ。


「メデューサの力を侮るな! 月雲の姫! 隙きを見て破滅の幻獣ルシエルと、地獄の番犬ヘルハウンドを救え!」

レイネリスの声だった。

私は紫電に放電されている2頭の狼獣たちに目を向けた。

「……拘束が緩い……。」

そう。彼等を苦しめている紫電が少し弱まっていたのだ。

「メデューサがコチラに力を注いでいる。今なら、拘束を解ける。」

レイネリスはそう言った。

「え? だが……私にそんな術はない。」

誰かの拘束術を解けるすべを私は知らない。


だが、レイネリスは微笑んだ。


「そなたにはあろう? その指の“血印”が。ヘルハウンドとも契約を交わすのだ。彼を救いたいなら。」


レイネリスの声に私は右手の人差し指を見つめた。血の契約。ルシエルとそれを交わした。


「……わかった。レオン。」

私は隣の凛々しい騎士を見つめた。

「ここはお任せ下さい。やっと……“救える”のですから。」

レオンは力強い眼差しをしていた。


レオンとレイネリスから離れ、囚われた幻獣たちの元に向かった。彼等を救うために。

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