第22話 全ての始まり

 ドワーフのブラッドさん、それに……“レオン·ギルバート”。彼は遠い国、今は復興で大変❨で、あろう。❩な王都ミントスが管理する騎士団だ。私達が出逢った頃は、“ハーレイ騎士団”と言う名称であった。王都の護衛を任務とする街の青年騎士団達を統率する者達だ。だが……、彼は“聖国騎士団”と言った。

 神殿を護る国々の騎士団……だと。


「ここを下ります。」

 白銀の鎧を着た……数ヶ月振りに見た青年は、とても逞しく成長していた。紅い髪に碧の眼。それは変わらぬが、凛々しく気品すら滲んでいた。いや、それよりもこの“威圧感オーラ”だ。あの頃も騎士団長となり、背負う者たちへの重圧をその肩に……、真っ直ぐと前を見てる気高き男だった。だが、今はそこに“気迫”を感じる。もっと大きなモノを抱えている。そんな逞しさを感じた。


 彼は、洞穴の様な狭い石造りの階段を降りたのだ。どうやら私の居た地下よりも、さらに奥深くに掘られているらしい。

 点々と淡いオレンジのランプが照らす。愁弥しゅうやが教えてくれた煉瓦。その造りに似た洞穴だ。そこを更にレオンがランタンを手に先導してくれているのだ。


「レオン、ミントスは大丈夫なのか? ザックやガライは? それに……“十字架の街クロスタウン”の者達は?」

 彼等を救う事が出来なかったのは、私も知っている。けれど、それは……レオンの所為ではない。


「ええ。大丈夫ですよ。」

 レオンは私を振り返り笑ったのだ。だが、その笑顔は……、私がここずっと見て来た“男達”…、いや、“戦士たちの不敵な含み笑い”であった。違和感を覚え……、更に何か奥深く……、強く何かを思っている誤魔化しの笑み。


 自身の感情を誤魔化そうとする笑みだ。


「……レオン、何があった? ハーレイタウンは? クロスタウンの者達は……本当に大丈夫なのか?」

 私はそう聞いた。とても大丈夫だとは思えない。

「大丈夫ですよ。この国の周りに、騎士団は揃ってます。が合図すれば攻め込みます。」

 レオンは私を真っ直ぐ見つめた。

「護れる命を護る事が出来るんです。今のは。」


 私は……何も言えなかった。ただ、彼が深く傷つき葛藤し、この歳月を過ごして来たことはわかった。それ故の決断。更に……聞かなくてはならない。


「……レオン……、王族は?」


 わからない。

 聞かなくてはならない。それしかなかった。彼の真剣なその目、その“覚悟”……。私には聞くしかなかった。


「……断罪を。“神の罰”を受けて貰いました。彼等は“人の命の上に立つ罪人”だ。」


 私は……傷ついたミントス王の傍で、騎士団を睨む少女を思い出した。強く蔑むブロンド髪の王女。彼女は彼等を睨んでいた。救ってくれた事への感謝の眼はなかった。

 これを……予測していたのか。と、私は思ったのだ。自身の地位を剥奪される。そう……彼女は、予感したのかもしれない。


「……そうか。ミントスは……もう。」

 無いのか。と、私は言えなかった。


「ご安心を、瑠火殿。クロスタウンもハーレイタウンもミントスもあります。ただ、“王国から聖国”へ、戻っただけです。あの地は元々、“神の棲む地”ですから。」


 レオンは笑ったのだ。


 ブラッドさんは、私の隣でため息ついた。

「すまぬな。瑠火殿。お主たちを何も危険な目に遭わせるつもりはない。クロイ殿もそれは望んでいない。」

 と、刹那げな瞳を向けた。

「だが……わかってくれ。ここからは“立ち位置”。お主らはもう……“混沌の渦の中に居る”。特にお主は“月雲つくもの民”……。」

 私達は足早に階段を下る。ブラッドさんの言葉も気にはなる。しっかりと聞きたいが、それどころではない。


 愁弥……。みんな……。

 リデアは冒険者。たまたま憑いて来ただけだ。それなのに酷い仕打ちを受けてないといい。穢れのない優しい娘だ。傷をつけて欲しくはない。


 それに……愁弥だ。

 彼も巻き込まれただけだ。本来なら、“高校生“とやらをやっているのだろう。そこには仲間もいて家族もいる。もしかしたら……“大切な人”も。この世界に来なければ……、こんな大変な目に遭わなくても済んだんだ。まるで……囚人の様に扱われなくても済んだのだ。


“全ての答えは……百聞は一見にしかず”。


 階段を降りた私は、その広い煉瓦造りの空間を見て、息を呑んだ。


 独房とは異なる部屋だ。

 地下の一室に、黒く靄が掛かりバチバチと紫電で縛りつけられているルシエルと、ヘルハウンドがいた。まるで、百舌の早贄の様に身体を拘束されていたのだ。


「ルシエル!」

 私が叫ぶとその紫電は流れているのか、

「ぐあっ!!」

 彼の大きな黒い身体が痙攣し、苦しそうな声を上げていた。紫電がまるで全身を縛りつける鎖の様だった。ルシエルは、二足立ちで前足を擡げ、まるで、肉を貰う時のように喜んだ状態で拘束されていた。その横にはヘルハウンドもいる。彼は伏せている状態で紫電に縛られ、電流を食らっていたのだ。


「やめろ!!」


 私は双剣を抜いた。


 ふふっ。

 フフフフ……あっはっはっ!!


 奇妙に笑う白銀の玉ねぎ頭の老女。だが、その姿は、黒い靄が掛かる。背は低いが小太りなその老女の姿が乱れた。

 あやつり人形の様に狂ったダンスを舞う。有りえない程、彼女の身体は引き伸ばされ……、140程度の身長が2メートル程度まで伸びたのだ。


 それは奇妙に骨と皮が伸びた状態になった。


「なんだ??」

 私は思わず叫んだ。

 すると、ブラッドさんが背中の両刃の斧バトルアックスを抜いた。


「いかん! 下がれ! 瑠火殿! レオン殿!!」


 ブラッドさんは私とレオンの前に立ちはだかった。その瞬間……、奇妙な形をした骨と皮の老女から黒い爆風が放たれたのだ。


 私達は、その爆風に弾き飛ばされた。煉瓦の壁にぶち当たり、背中を打った。突拍子も無い突然の攻撃。だが、彼女は何もしていない。ただ、何やら奇妙に变化しただけだ。


「うあ!」

 それでもその衝撃は強かった。壁に打ち付けられ、痛みはあった。一瞬、息が止まった。

 けど……私の前にブラッドさんは立ちはだかっていた。大きな斧を持ちその体がぐらっと倒れたのだ。


「ブラッドさん!!」

 私は地面に倒れたブラッドさんに、駆け寄った。そう。彼は私とレオンを庇った。あの黒い爆風から。そのお陰で、突風に煽られただけになったが、彼は最前線。


 何を食らったのかはわからないほど、彼の斧、鎧はボロボロだった。


 更に抱き起こすと ぐはっと血を吐いた。赤黒い血が私の頬にも飛んだ。


治癒薬チップを!!」


 そう叫んだのはレオンだった。ブラッドさんの血を吐く口元に、チップを押し当てたのだ。私は、彼の身体を抱いているが、その腰元からどろどろと暖かな何かが滴るのを感じていた。彼の頑丈な鎧を穿く何か。それが、彼をこんな風にしてしまったのだ。


 鎧は頑丈。見た目では少しの傷跡しかわからない。けれど、彼の二頭身の腹元は、まるで剣で突き刺された様な傷口があった。

 そこから背中に滴るのは血だった。


「瑠火殿……、すまぬ。ワシはもう……懲り懲りだ。このまま……“アルカディア様の元へ”……。」


 ブラッドさんは私の頬に手を……伸ばした。

 彼の……“最期の言葉”だった。

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