第21話 ナディアの怪

 どのぐらい経ったのだろうか。


 この地下牢に閉じ込められて。流石だと思ったのは、この牢の壁は剣撃に耐え、私の術すらも打ち消してしまう。

 聖霊力チャクラ。それが私の力だ。魔法ではない。けれど、この地下牢は私の力は効かない。


 石壁に傷1つ入らない。真っ暗な闇の底。窓も光もない。扉もない。ただ、給餌の時にうっすらとフタの様な物が開く。それが唯一の光。そこから鉄仮面の鋭い眼が覗く。ぐっ。と押しやる給餌の鉄のトレー。押しやる時に開いたその隙間から、鉄仮面から覗く冷たい眼が、私にとって唯一の人間との“対話”だ。言葉は交わさないが、人の存在を知れる瞬間。

 話そうと口を開くと、そのフタは閉じてしまう。代わりに、真っ暗だった部屋は灯りが灯る。

 この、飯の時の灯りだけは不思議だ。石壁のこの部屋がぼんやりと明るくなるのだから。


 美味しそうな匂いが漂う訳ではない。硬いパンに、腐った様な匂いの白い液体。そこに赤い木ノ実をすり潰したジャムの様なもの。

 舐めてはみたが、苦くてどうにも食べれない。ルシエルがこれを食べたらキレるだろうな。と、毎回思う。


 ただ、私の不安はそれではなく。“愁弥しゅうや”だ。異世界から来た人間。ここまで徹底して他所者を隔離するなら、彼は酷い仕打ちを受けているのではないか? と、私は思ったのだ。


「瑠火殿っ!!」

 そんな声が聞こえた。


 誰?


「瑠火殿!!」

 更にもう一度聞こえた。

 この声は……“レオン”??


「レオンか!? 私はここだ!! 愁弥を! ルシエルを! リデアを、ブラッドさんを助けてくれ!」


 私は懐かしい声にそう叫んでいた。

「レオン殿!!」


 え?? ブラッドさん??


 その声の後だった。

「“聖騎士奪破《バスタード》”!!」

 白い光の刃。

 それが、鉄壁の石壁を粉砕したのだ。

 真紅の髪に碧の眼。美しい青年は白銀の鎧を着ていた。いつか見た凛々しさよりも、逞しく気高いペガサスの様に見えた。

 まるで化身の様に颯爽とこの堅き砦を蹴破ったのだから。


「レオン!!」

 私はその姿に叫んでいた。

「瑠火殿、ご無事ですか?」

 白銀の鎧を着た青年騎士は剣を降ろした。

「瑠火殿!!」

 その隣にはブラッドさんもいた。赤もじゃの髪と髭。小柄なのにどうにも親父顔。ドワーフは不思議だ。けれど、その瞳はいつも温かい。

「ブラッドさん!!」

 村長みたいだ。私をいつも心配してくれていた。白雲しらく村長……。


 ぶち壊された壁の穴から入って来たブラッドさんに、私は抱きついていた。

「瑠火殿、ご無事でなにより。」

 ブラッドさんは私を抱き締めてくれた。頭を撫でてくれたのだ。

 その少し嗄れた声が何よりも安心した。


「急ぎましょう。ナディアは占領されてます。愁弥殿が心配です。」

 レオンの声に私は顔を上げた。

 碧の眼は、私を見つめていた。

「ここに来るまでに少しですが、仕入れた情報ネタがあります。皆を助け、その後でお話します。とにかく、ナディアから出ましょう。」

 レオンはそう言ったのだ。

 私はそれを聞き、ブラッドさんから離れ、双剣を抜いた。

 レオンの顔に刃を向けた。

「信用出来るのか? 何故ここに来た?」

 私がそう言うと

「瑠火殿! 今はそれどころではない! ルシエルもヘルハウンドも捕まっておる! リデア殿も愁弥も!」

 と、ブラッドさんは言ったのだ。

「ブラッドさん……待って。なら、貴方は何で無事なんだ?」

 私は……言いたくはないが、ブラッドさんに刃を向けた。

 ブラッドさんは、顔を伏せた。

「……ある“御方”に頼まれたのだ。」

「え?」

 私はブラッドさんを見つめた。

 ブラッドさんは、目を伏せたまま応えた。

「………“アスタリア聖国 国王”。」

 待って……。

 言うな。

「……クロイ殿に頼まれたのだ。」


 何故だ!!


 私はブラッドさんに双剣を突きつけた。

「何故だ! レオン! まさか! お前もか!」

 ブラッドさんもレオンも悲しそうな顔をしていた。

「……始まるんです。瑠火殿。僕は……“聖国騎士”です。」

 と、レオンはそう言ったのだ。

「は?? 聖国騎士??」

 わからない。

 何がどうなってるのか。

「瑠火殿……、聖国アスタリアの末路、レドニーの末路……。全てが今の世界の混沌の始まり。誰もが……“トレアノン皇帝”の様な一途な世界統率を望んでないのだ。それは破滅を産む。巻き込まれるのは望んでない。昔のように。」

 ブラッドさんは……酷く哀しい顔をしていた。

 私は言葉を発せなかった。だが、レオンは言った。

「……救えなかった命を救おう。その誓いを元に、“聖騎士”とは違う“聖国騎士”が集いました。“神殿”を護る国々です。残念ながら、ここナディアは堕ちました。“破滅国”に。」

 レオンはそう言ったのだ。

「待て……それは……“ウェルド国”か?」

 私は双剣を引いた。ブラッドさんから。

「いえ? 彼等は勝手に殺戮してるだけ。その裏にいるのは、“フェヴェーラ王国“。人外の地を統括してる国ですよ。」

 レオンはそう言ったのだ。


 それは……トレアノン皇帝も言っていた。信用していいのか? 調査をしろと言われてはいる。けれど……クロイも関わってきた。


 レオンは……“聖国騎士”と言った。つまり、神を護る騎士。王を護る騎士とは違う。信仰が異なる。


 それなのに、王を護る地の騎士と同意見? 何かがおかしい。本当に……“人外の地”が敵なのか?


 この世界で……何が起きてる?


「瑠火殿! 早く、愁弥殿を!」

 私はブラッドさんの声にハッとした。

「話はあとにしましょう。ともかく、愁弥殿を!」

 レオンもそう言ったのだ。


 私は……何か引っかかったが、とにかく、愁弥が心配だった。地下牢を抜け、レオンとブラッドさんに案内されながら、愁弥のいる独房に向かったのだ。

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