第19話 地獄の番犬ヘルハウンド

「今のは何だ??」

 ルシエルがそう叫んだ。

 私にもわからない。ただ、彼女を護らなければと思っただけだ。


「瑠火!!」

 叫び声が聞こえた。愁弥しゅうやの声だった。目の前に“フォレスキラー”と言う魔物がいたのだ。狼の様な姿はしてるが、半分は骸骨。まるで、狼犬の死骸ゾンビ。それが牙を剥き出しに喰らいつこうと私に何頭も飛びかかってきた。野生の狼の倍はあるその巨体で。

「“森羅万象”!!」

 何故だかわからない。さっきと同じだ。私は術語を叫び、双剣を土の地面に突き刺していたのだ。襲いかかる魔物たちの身体を、地面から這い出て伸びた樹木の根は、まるで槍の様にその身体たちを串刺しにした。

 ギャーッ!!雄叫びとも悲鳴とも言える魔物たちのその声は響く。串刺しにされた魔物たちはボンッと腹から破裂した。地面からうようよとまるで蛇が立ち上がる様に樹木の根は、這い出てきたのだ。

「え? なに? なんなの?」

 ルシエルの声だった。

 だが、私はそれよりも未だ数多く周りを囲むフォレスキラー達に目を向けた。

 後退りしている様にも見えた。目の前で仲間たちが次々と死んでいるのだ。魔物の危険予知は発動したのかもしれない。

 私は双剣を森の地面から抜いた。不思議な事に私が剣を抜くと、地面から蛇の様にうようよと伸びていた樹木の根たちは、潜ったのだ。

 太い根が穴蔵に帰るように。

「瑠火殿……、お主らの一族はもしや……」

 と、ドワーフのブラッドさんが言った時だった。馬の駆ける足音が響く。それも何頭といるだろう。

 更に、

「“地獄の番犬ヘルハウンド”!!」

 そんな青年の声が聞こえた。馬たちの足音よりも速く、風の様に駆け抜ける物音。更に少し荒い獣の息遣い。草を掻き分け走ってくるその獰猛な獣は、怯む魔物たち目掛け奇襲の様に駆け抜けた。魔物たちは彼の身体を覆う旋風に吹き飛ばされ、宙に舞う。

 紅黒い毛に覆われた獰猛な狼犬。それは、意外にも吹き飛ぶ魔物一頭を咥えたのだ。まるで、猫に食われるネズミの様にフォレスキラーは牙剥き出しの大きな狂犬に身体を咥えられ、そのまま噛み砕かれた。

 ぐしゃっとまるで、潰れた果実の様にフォレスキラーの身体は噛み砕かれた。噛み砕いた獣のの獰猛な紫色の眼が、私達を見据えた。

 ガルル……

 森の中に唸り声が響く。

 その唸り声に私の前にいるヘルハウンドは、森を見つめた。

「やっと会えたな。“破滅の幻獣ルシエル”。」

 私には見えないが、その口はフォレスキラーの血で滴っているだろう。きっと。

「会いたくない! え? なんでいんの??」

 不思議な光景だった。大きな黒毛の狼犬の巨体の、尻が2つ、私の前にあるのだ。

 それもふさふさな毛の尻尾を振っている。

 壁の様で前が見えない。


 え? 邪魔。


 と、私は思った。


「知り合いか? ルシエルの。」

「さぁ? 私も良く知らないんだ。アイツの事は。」


 聞いてきた愁弥に私はそう応えた。本当のことだ。彼の事は良くわからない。ただ、一緒にいるだけだ。

「お主ら。何故ここにいる!?」

 その声に私は顔を向けた。

 白銀の天馬に乗った青年が、そう言ったのだ。

「あ。ペガサス。」

 そう言ったのは愁弥だった。クロイのいる“聖国アスタリア”。そこで見た幻獣と同じだったのだ。

「幻獣って同じのがいるんだな。」

「あー、、、アレじゃね? 種族なんだろ。きっと。」

 愁弥のその声に私は聞いた。

「え? なんで知ってるんだ?」

 そう聞くと愁弥は笑った。

「街中で見たし。同じ様な奴ら連れてんの。さすかにルシエルに似てんのは見てねーけどな。」

 愁弥はそう言って笑ったのだ。

 私は途端に……思った。彼は私の知らない所で、観察してるのだと。異世界と言う自分の居た世界とは違う世界に来たのに、客観的に見れてこうして笑って話してくれる。何でもないことのように。それは強さ。

 私は“敵わない”と思った。

「そっか。」

 同時に嬉しかった。

「あ! すみません! “クリュト様!”」

 と、そんな声が後ろから聞こえたのだ。

「スティル、、、ここは禁区だ。近寄るなと言っておいたはずだ。」

 ペガサスに乗ったエメラルドグリーンの髪をした青年は、そう言った。

 ローブでもなく格闘服の様なものを着ている。

 私は、“トリアノン皇帝”の教育係スカールを思い出していた。

 彼も格闘服の様なものを着ていたからだ。トリアノン皇帝は、騎士の鎧ナイトアーマーだったのだか。

「違います! 私が誘ったんです! 魔法を使いたかったから!」

 そう叫んだのはミントだった。必死にスティルと言う少年を庇う様に前に出たのだ。

 私は……彼等が眩しいと思った。

「どうでもいいけど? 食い散らかしていいの? 瑠火。さっきから睨んでるんだけど?」

 と、ルシエルがそう言ったのだ。

 フォレスキラーは未だ健在。魔物の棲息地は、魔物を産み出す。それが何故なのかは根本的に解っていない。禁区は特に多種の魔物が沸いて出る地。そして、それはこうして人間の住む地の周りに多く存在している。

「愚かな。ヘルハウンド!」

 青年、クリュトはペガサスに跨ったまま、ロッドを向けた。未だ、森の中で戦闘態勢の腰を屈めた狼犬の死骸ゾンビたちに。

 ヘルハウンドは大きな黒毛の頭を上げた。

 口を大きく開き、まるで遠吠えする様な体制だった。

「“地獄の業火ヘルフレイム”!!」

 そう叫んだのはクリュトだった。

 その声と共に、ヘルハウンドの口から黒炎の噴射は放たれたのだ。

 炎は森の樹木も目の前に構えていた魔物も、一気に燃やした。

 爆風が襲う。

「瑠火!」

 私はその声と同時に肩を抱かれ引き寄せられたのを知った。

 猛風の中で、彼の腕の中にいたのだ。

「“月下の涙屑ムーンティアネス”!!」

 ルシエルの吠える声が聞こえた。

 天から注ぐ光の雨。それが、炎で焼かれる魔物と辺りに沸く魔物に降り注いだ。

 眩い金色の光。

 私は愁弥の腕に護られながら、魔物が消滅していくのを見ていた。

 爆風の中で消滅していく魔物たち。

 もう、襲って来る気配すらない。今、この場にいたであろう魔物たちは、ルシエルとヘルハウンドの力で消滅したのだ。

 白銀の毛並みをした美しい天馬、ペガサス。スフィトはそれから降りると

「お前たちは何者だ?」

 と、そう言った。

 周りにいたペガサスに乗っていた白と金色混じりのローブ姿の青年たちも、馬から降りた。

 私達は一気に……“悪者”にされたみたいな眼を向けられたのだ。

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