第16話 ナディア魔道学士館を目指して
ーートリアノン皇帝からの依頼(強制命令)が降りた。
一、神器収集継続。
ニ、ウェルド王国の潜入調査。
三、フェヴェーラ王国の状況把握。及び調査。
四、禁区調査。
との事。
「ふざけた野郎だな。人をなんだと思ってんだ。」
愁弥はそれを言い渡され……かなりご立腹。不機嫌そのもの。勿論。トリアノン皇帝にも噛み付いたが、そこは皇帝。
上手くあしらわれた。愁弥の様な人間の扱いには、慣れているのだろう。似ている箇所があるからか。
「まあ。そう言うな。どちらにしても目的は変わらない。ただ……依頼主が現れた。って所か。」
「なんかイラつくんだよな。王だの国から言われると。飼われてるみてーだ。」
愁弥の気持ちもわからなくはない。それでも……破壊神絡みとなると……国も動く。と言うところか。
「にしても……。フィルさん。いいのかよ? 一発、ブッ飛ばしとけば良かったんじゃねー?」
愁弥は城門に向かいながら、前を歩くフィル親子に、目を向けた。
「構いませんよ。人間のいる大陸には近づかない。それが約束事。それを破ったのは僕だ。あの街も、村長が好意で置いてくれただけ。本来なら王国に突き出されてもおかしくはない。」
フィルさんはそう言ったのだ。
「善意は金に変わったがな。」
「俺様は肉の方がいいな。」
愁弥とルシエルの声だ。拘るな。愁弥……。
「でも……冒険者の中には、エルフもいるわよ? 何度か会ったわ。」
「それは“居住権”を持ったエルフじゃよ。人間に味方したエルフ達は、大陸にいても大丈夫なんじゃ。」
リデアの声にブラッドさんはそう答えたのだ。
「へー。けど、エルフってのはかなりいるんじゃねーの? イチイチ確認すんの大変じゃね?」
「エルフは寿命が長い種族です。ドワーフもですが。軽く千年単位で生き永らえますからね。今生きてるエルフ達の殆どが、戦争経験者ですよ。」
愁弥の声にフィルさんはそう言ったのだ。
「え? まじ? 千年っ?? てことは……バスク。お前も歳いってんの?」
「おいらは三百五十歳だ。」
「さ……三百……っ!? 悪い……。言われてもケタが違いすぎて……想像できねーわ。」
バスクは愁弥を見るとぷっ。と、笑った。コロコロと笑顔を弾けさせた。
子供ーーにしか見えないが、私達よりはるかに生きているのだ。
「ねぇ? てことはコッチの大陸にいるエルフ達は、故郷の森には行けないの?」
リデアは何か考えていたのか、そう聞いていた。
「いえ。自由ですよ。」
「そうなんだ。でもどうやって識別するの?」
「居住権の証。指輪をしています。戦争終結後に、配られたものです。」
リデアの声にフィルさんはそう言ったのだ。
「指輪か。考えてんな。」
「ブラッドさん達もそうなのか?」
私はブラッドさんにそう聞いた。
「ワシらドワーフは連帯責任でな。代わりに騎士達や人間の為の武器防具作製。つまり、鍛冶屋じゃな。それをやる事を条件に自由に彷徨いておるわい。」
ブラッドさんは顎を擦りながら、そう言ったのだ。
「ああ。だから色んな所にドワーフがいるのね。」
リデアはそう頷いた。
「そうじゃ。人間よりもドワーフは手先が器用でな。元々……ドワーフの神と言われる“アルシオン様”が、神に贈ったネックレス。それの評判が良く、ドワーフに装飾品を頼む者が増えたのが、始まりじゃ。」
ブラッドさんは何だか懐かしそうに、話はじめた。
「今では、殆どの鍛冶屋がドワーフじゃろ。人間も弟子入りしとるらしいぞ。」
「へー。まじ? すげー。」
愁弥の声に
「おっちゃん。俺様にもなんか作ってくれよ。俺様は、肉のカタチした愁弥みたいなピアスがいいな。」
と、ルシエルが尻尾を振りながらそう言ったのだ。
「良いぞな。」
ウホッ! と、ブラッドさんの声にルシエルは、嬉しそうな声をあげた。
「瑠火。フェヴェーラ王国だが……、メイフェイア大陸に言っても……情報は入らない。さっきも言ったが、殆どが支配下になっている。クチを割らない。」
フィルさんは楽しそうに話すブラッドさんと、ルシエル達を横目に、そう言ってきたのだ。
「……フィルさん。調べたのか?」
「ああ。だが……街の者たちはおろか近隣国の人間たちも、誰一人としてフェヴェーラ王国については、語ろうとしなかった。恐れているのかもしれないが。」
恐怖の支配。そう見て間違いなさそうだな。困ったな。ウェルド王国に潜入しろ。と言われている。その時に、フェヴェーラ王国にも入ってみるつもりだったんだが……。
「コッチで聞き回った方が良さそうね。瑠火。」
「ああ。」
リデアの声に私は頷いた。
「もう一つ……。神器だが、僕もこのまま集めようと思う。分散して持っていた方が安心だ。」
フィルさんはそう提案してきた。
陽光神の神器はトリアノン皇帝が持っている。強制的に奪われていた。
私は……アプサリュートの神器を持っている。
確かに。それぞれが持っていた方が何かあった時に、安心だ。
「わかった。でも気をつけてほしい。相手は得体が知れない。」
エルフの長なのはわかるが、やはり心配だ。
フィルさんはにっこりと笑いかけてくれた。
「大丈夫ですよ。それに……エルフの一族にとっても、この戦いは他人事ではない。アルティミストは……我々の世界でもあるのだから。」
そう言ったフィルさんの表情は、とても厳しいものだった。人間の為だけの世界ではない。
そう言われた気がした。
「姉ちゃん。また……会えるよな?」
「ああ。必ず。」
私はバスクの頭を撫でた。見上げる笑顔はとても可愛いらしいものだった。
フィルさん親子はーー、北へ向かった。
最後にフィルさんが
『君に会えたのは……
と、そう言っていた。
✣
「ルシエル。セルフィード王国に魔導士の集まる国があると、言っていたな?」
私はーー、少し前のハナシになるがルシエルがそう言っていたのを思い出したのだ。
「ん? あー。あるよ。“ガンダリオン共和国”。そこにアレがある。なんだっけ?」
ルシエルは首を傾げながら、愁弥を見たのだ。
「ハイハイ。ちょっと待ってろよ。あー……とな。」
愁弥は荒野を歩きながら、地図を広げている。
「共和国ってなに?」
「王のいない国じゃよ。市民政治の国じゃ。」
「へー。なんか楽しそうね。」
リデアとブラッドさんは、そんな会話をしていた。
「お。あった。“ナディア魔道学士館”。これのことだろ? ルシエル。」
「ああ。そうそう。それそれ。」
愁弥の声にルシエルは、大きく頷いた。
「魔道学士館か。聖魔道士の事がわかるかもしれないな。」
「あ! そうね。魔法の事はプロに聞くべきよね?」
「それではこのまま……魔道学士館じゃな。」
リデアとブラッドさんも暫くは、つき合ってくれることになった。リデアに至っては、どうにもウェルド王国。それが気になっているらしい。
潜入するならあたしも行くから! と、張り切っていた。ブラッドさんはメイフェイア大陸に行くなら、国を案内してやる。と、案内役を買って出てくれたのだ。
私としても心強い。大陸の事もわからないのだ。
ルシエルはーー、この通り。アテにならない。
「そんじゃ。行きますか。」
「肉肉っ! にくくく!」
「嗅ぐな! 俺のアタマは肉じゃねー。」
駄目だ。本当に。ルシエルは肉しか頭にない。愁弥の頭をふんふん。嗅いでる。
「瑠火。“イズナの森”だ。」
愁弥は深そうな森を前にそう言った。
「“禁区”……」
私は立ちはだかる森を前にすると、それだけで寒気がするのを知った。明らかにさっきまでの荒野とは、空気が違う。
「魔物の巣窟ってわけね。」
「禁区指定されておる森や草原は、冒険者や旅の者にとって重要な通り道だったりする。ナディア魔道学士館も……この森を抜けんと辿り着けないんじゃ。」
「それはそれで……厄介だな。ルシエル。番犬やれば? 稼げんじゃね?」
「やだよ! 面倒くさい!」
森へ進みながらの会話。どうにも賑やかになったな。にしても……。ルシエルの番犬? 絶対イヤだな。肉代の方が高くつきそうだ。
「禁区ってのは魔物が多いんだったな? てか、それを調べろ。ってのもどーゆうことだ?」
「殆ど見回りの様なものじゃな。」
トリアノン皇帝か……。なかなか厄介だな。まさか。魔物の巣食う禁区の調査まで……頼んでくるとは。
「きゃあっ!!」
悲鳴?
「なに? 誰か襲われてるの?」
「あっちじゃな。」
森の奥ーー、そこから悲鳴がしたのだ。ブラッドさんの声で、私達は森の奥に向かうことにしたのだ。
「スティル!!」
「ミント! いいから逃げろ!」
深い森の中ーー、大きな木の下にはピンクの髪をした少女と、水色の髪をした少年がいた。
二人ともローブを身にまとい、ロッドを手にしている。だが、少年の左肩からは血が流れていた。
三つの爪痕。その跡がある。
彼らの前には何頭もの魔物がいる。どうやら群れ。目の前を囲まれている様だ。
私は駆け出したまま
「“
魔物の群れに稲妻を落とした。集団に落ちる稲妻は、魔物たちを感電させる。
「大丈夫!?」
後ろからリデアの声が聴こえた。
「まだ生きてるな。」
「ああ。耐性が効いてるんだろう。」
ネイビーの体毛をした獣たちは、ばたばたと倒れたのはいいが、ピクピクと痙攣している。
愁弥は隣で神剣を抜いた。
「囲まれてるぞ。瑠火。」
ルシエルがふとそう言った。
「あの少年の血じゃな。血の匂いに誘われて出て来おったな。」
ブラッドさんは背中から
森の中で気配が感じる。私達の前にいる獣たちではなく、周りをその気配は包んでいた。
う〜と……唸る様な声をあげるその顔は、半分が骸骨の様に剥き出しだ。痩せ細った獣だが、気味が悪い顔をしている。
右半分は牛に似ていた。だが身体は獅子の様。
「フォレスキラーよ。瑠火。吸血の趣味があるわ。気をつけて。」
振り返るとリデアが少年に、
「あの……貴方たちは……」
少女が驚いた様な顔をしていた。少年の傍から離れない。その姿が印象的だった。
私達と同い年ぐらいに見える。
「通りすがりだ。」
彼女達のことを聞きたかったが、目の前の魔物たちは起き上がり、更に森の中から同じ魔物たちが姿を現した。
「なんだ? ここは巣か?」
愁弥が辺りを囲む魔物を見てそう言った。
「その様じゃな。」
ブラッドさんはそう言うとアックスを構え、全身を光らせた。それは黄色の光。
まるで力を溜めるかの様だった。
「“
ブラッドさんはアックスを振り下ろした。
魔物の地面がズズズ……っと揺らぐ。そこから土石の槍。それがまるで華を咲かせるかのように出現したのだ。
無数の土槍は魔物たちを貫いた。モズの早贄。そんな光景だった。
「まじか……」
愁弥は呆然としていた。
「ワシらドワーフは、”土を操る“でな。
ブラッドさんはアックスを肩に担ぐ。魔物の群れを一蹴してしまった。
魔物たちは粉砕したのだ。それを見ると一瞬。後ろにいる魔物たちは、怯んだ様に見えた。
「……モグラはどうかと思うが……土龍は、いいと思う。」
「そうかね?」
ブラッドさんは笑うとかわいいおじさんだ。
「来るぞ! 瑠火!」
ルシエルの声だ。
魔物たちは一斉に飛びかかってきた。
そしてーー、これが新たな旅のはじまりになったのだ。
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