第14話 エルフの親子の秘密

 トレセンの街を出てからも、私達への警戒は緩まなかった。騎士達に囲まれて歩かされる。


 ルシエルは檻籠の中に入れておいた。


「なんで? 今こそ俺様の出番だろ。」


 と、私の腰元でゆらゆらと揺れる黒い檻籠の中から、小さな狼犬はそう言った。


「下手に暴れられても困る。」

「暴れないよ〜。わかってないな〜」


 呑気な回答。だがもごもごとしているので、声がこもる。ぶつぶつとうるさかったので、おやつの骨付き肉の燻製。それをあげたのだ。


 それさえ渡しておけば、とりあえず機嫌はいい。今は満足そうに齧っている。


「まさか……金。貰ってるとはな。」


 隣で愁弥はとても不機嫌だ。アッチもこっちも短気で困る……。


「頼まれた。そう言っていたが……脅しだった訳だな。それに報酬もチラつかした。」


 村長と……冒険者たちは、あのあと“スカール“と言うシエラパールの男から、金を渡されていた。


 村長はそれを受け取ると申し訳なさそうな顔から一変。上機嫌で街に戻って行った。


 フィル親子に声をかけることもなく。なんとも現金な態度だと呆れた。


「アイツら騎士団なんだよな?」

「ああ。シエラパールの騎士団だそうだな。スカールと言う男は“皇国補佐官”だと言っていたが。」


 はぁ〜……愁弥はため息ついた。


「ありえねー。」


 そう言ったのだ。


 フィル親子は騎士達に囲まれながらも、平然として歩いている。バスクはリデアとブラッドさんと、話をしながら歩いていて……少し、元気になった様だ。


 それにしても……フィルさんは足取りも変わらない。両目が見えないのを本当に感じさせない。きっとこの状況も把握しているのだろうな。


 エルフの親子が皇帝に脅される。その事情はまだわからないが……何となくは予想がついた。




 ーー暫く森を歩き荒野に出ると、そこには巨大な城が聳えていた。


 城門は高く天高く聳える塔の数々。立派な白い巨城は姿を現したのだ。


「ようこそ。シエラパール皇国へ。」


 城門の前でスカールと言う男は振り返った。にっこりと笑ってはいるが、信用ならない雰囲気を出している。


 裏と表の激しそうな気質。それがもう伺える。





 ーー騎士達に囲まれながら門を潜り、私達は城内に案内された。


 広く長い通路には敷き詰められた赤い絨毯。その脇には、ずらっと白銀の鎧を着た騎士達が並んでいた。


 スカールはその中を颯爽と歩く。奥にある大きな扉に向かって。


 城の外側には国旗はなかったが、この通路には壁と言う壁。そこにずらっと縦に長い旗が掛けられている。


 金枠の紅い国旗。その中に碧色の三叉の槍に似た紋章。それを囲む蛇と鳥。何とも勇ましい国旗だ。


 それを背に碧混じる白銀の鎧を着た騎士達が、ずらっと横一列に整列しているのだから……豪快だ。


 じろじろと私達を見る訳でもなく、一点を見て静かに立つその姿は……申し訳ないが、鎧のオブジェにしか見えない。


 大きな扉を開けたのは、槍を手にしていた騎士達だった。


 王座。いや。ここは皇帝の間だったな。


「よく来た。ご苦労だったな。スカール。」

「はっ。」


 スカールは深々と頭を下げた。


 大きな広間の奥。そこに座っているのは、鮮やかな碧色の鎧を着た男だった。随分と若い皇帝。


 私はその印象が残った。


 紅い髪をした男は武骨そうだが、幼さ残る顔をしている。


 スカールが脇にずれると、トリアノン皇帝は、口を開く。


「さて。早速だが……エルフの民よ。お前に聞かねばならない事がある。」


 さすがは皇帝。若そうだが、気迫はある。その声も低くはあるがよく通る。


「何用でしょう?」


 フィルさんは私達より一歩前に出ると、毅然とそう答えた。


風の通り道アエラロードはご存知かな?」

「……エルフを捕まえてその問いは、愚問ですよ。トリアノン皇帝。」


 やはり……。アエラロードの事だったか。


 私は確信した。二人の会話を聞いて。


「では単刀直入に申す。なにゆえ……利用価値の無い閉ざされた道を、開き歩くのか? そなたが渡り歩きアエラロードを解放しているのは、わかっている。」


 トリアノン皇帝は少し前屈みになると、じっ。と、フィルさんを見たのだ。


 口調こそは穏やかでいて丁寧だが、その表情はさっきから“好戦的”だ。


 若さが滲む……威嚇。堂々としている。敵意を丸出しだ。表情と口調が合ってない。


 愁弥の様に乱雑な口調がこの表情には合う。だから、とても異質だった。


「神殿への通り道……。それを復活させて歩くのはなにゆえだ?」


 一気に核心に迫った。腰元に長い剣。直ぐにでも手が伸びそうな勢いだ。


「……信仰厚い人間も数多いですからね。少しでも役に立てればと思いまして。」


 フィルさんは……“静”だ。全く変わらない。穏やかな口調そのもの。微動だにしない。


「誤魔化すか?」

「……真実です。」


 空気がーー、変わった。殺る気か?


 張り詰めた空気が広間を漂う。びりっとした緊張感だ。私もいつでも建を抜ける様に身構えていた。


 だがーー


「わぁ! なにすんだよ!」

「ちょっとやめて! 乱暴しないで!」


 しまった。


 背後からバスクとリデアの声がしたのだ。フィルさんとトリアノン皇帝に、気を取られていた。


 見れば騎士がバスクを抱えていた。リデアよりも背も高く大柄な男だ。


 腕に抱えられたバスクは、じたばたと足を動かしている。


「子供には手を出すな。」


 フィルさんの声が響く。


「もう一度聞く。なにゆえ……アエラロードを解放して回る?」


 トリアノン皇帝は肘掛けに肘をつき、頬杖ついていた。


 フィルさんは少し……間をおいたが


「ご想像通りですよ。“神器”を……護る為です。」


 そう言ったのだ。


 すると、トリアノン皇帝はくいっ。と、頬杖ついたまま顎を突き出した。


 まるで指示をするかのように。


 がしゃ。と、音がすると


「父ちゃん!!」


 バスクが私の横を駆けてきたのだ。


 解放……してくれたのか。


 騎士は後ろに下がっていた。


 フィルさんは足元にしがみつくバスクの頭を撫でた。


「すまん。バスク」


 バスクはしがみつきながら、頭を横に振っていた。


 この親子は……神器を集めて回ってるのか? こうゆう事になるかもしれないと、わかっていて。

 何故だ?


「それで? 神器は手にしてるのか?」


 トリアノン皇帝は親子の様子にすら……興味はなさそうだ。険しい眼を向けていた。


「……お調べがついているのでは?」

「答えた方がいいぞ。お前の荷物をここで広げて欲しくなかったらな。それとも……そこのオンナども。飢えた騎士オトコの中に放り込んで欲しいか?」


 フィルさんの答えに……明らかに苛立ち。それを滲ませたトリアノン皇帝。やっぱり若いな。短気だ。


 と、思ったら……


「あー……オイ。それは俺の前では禁句タブーだ。先に言っとく。」


 うちの短気番長が吠えた。愁弥だ。


 トリアノン皇帝は笑った。


「威勢がいいな。名は?」

「愁弥。言っとくが……瑠火とリデアに手を出してみろよ? ブッ殺す。」


「お。愁弥! いいぞ! もっとやれ! ケンカ! ケ〜ンカ!! 暴れちゃうぞ!」


 がたがたと檻籠の檻を、頭で頭突きするルシエル。煽り上手にキレ坊主。


 全く。退屈しないコンビだ。


「話の続きだ。」


 ぎろり。と、私達を睨むとトリアノン皇帝は、フィルさんに視線を向けた。


 崩れない男だな。動揺が全くない。ルシエルも大人しくなってしまった。


 ちぇっ。


「つまんないな〜。」


 と、一言は忘れない。


「……一つだけ。ですが。」


 と、フィルさんはそう言った。


 まさか……神器を持っているとは思わなかった。


 フィルさんの声に、トリアノン皇帝はほぉ? と、目を見開くと


「見せろ。」


 そう言ったのだ。


 フィルさんは息をつくと肩に掛けていた、布袋。それを床に置いた。


「……まじか。持ってんのか。」

「……フィル殿……。」


 私の隣でブラッドさんは、フィルさんを驚いた様に見ていた。


 フィルさんが取り出したのは、金色に輝くさかづきだった。然程大きくはないが取っ手が両脇に二つついた器だ。


 細く長いステム(持ち手)のついている。楕円形の器は、何やら装飾と宝石が散りばめられていた。


「それは?」

「“陽光神アラゴン”の聖杯です。陽光神の光を受ける器とされています。」


 トリアノン皇帝は聖杯を前にして、目を見開くが直ぐに笑う。


「太陽の恵みを受け入れる器にしては、お粗末だな。神の考える事は理解出来ない。」


 そう言ったのだ。


「言い伝えですよ。それでも……“十二の護神”の御霊が宿る器です。破壊神復活の鍵となる……“厄災道具“でもありますが。」


 フィルさんは聖杯を持ったままそう言ったのだ。


「俺様たちが行こうとしてた神殿だぞ? 瑠火。良かったな。無駄足になるとこだったな。」

「……良いのかどうかはわからないが。」


 ルシエルがそう言ったので、私は檻籠を覗いた。


「何でだ? 譲って貰えばいいんだ。エルフには必要ないじゃんか。あんなの。俺様もいらないけど。」


 ルシエルはきょとん。とした顔をして首を傾げた。


 譲ってくれるかどうかは……。


「で? お前の目的は何だ? 破壊神復活か?」


 トリアノン皇帝は背もたれに寄りかかり、そう聞いてきた。随分と砕けてきたな。口調が。


「まさか。それを阻止する為に集めて回ってるんです。巷で神器が盗まれた。その噂を聞きましたので。」


 フィルさんはそう言ったのだ。


 するとトリアノン皇帝は……鋭い眼を向けたのだ。


「エルフが何の為に? いや。違うな……。お前は何者だ?」


 そう言ったのだ。


「その問いに答える前にお聞きしたい。何故……神器に執着を? 集めるつもりですか?」


 フィルさんはそう聞き返した。トリアノン皇帝は、


「質問に質問か。まあいい。破壊神復活を企む連中がいると聞いている。我等は“聖騎士連合軍”でな。要請があった。」


 と、そう言ったのだ。


「聖騎士連合軍? なんだそれ。」

「オルファウス帝国とシャトルーズ王国。それに……エルフェン王国……。それらの同盟国みたいなものか?」


 愁弥の問に私はトリアノン皇帝に、そう聞いた。


「聖騎士は知ってるのか?」

「ええ。少しですが。」


 トリアノン皇帝は私に視線を向けた。トパーズの様な色をした瞳だ。


 フン……と、トリアノン皇帝は鼻で笑うと


「聖騎士連合軍は加盟国だ。この世界に聖騎士を創りあげることに賛同する国が集まっている。ゆくゆくはこの連合軍が……“アルティミスト聖騎士団”になるはずだ。」


 そう言った。


 それはつまり……あの、ウェルド王国と対立する軍団。そう言うことになるのだな。


「さて。エルフの民。答えろ。押し問答は余り好きな性格タチじゃない。」


 トリアノン皇帝はイラついているのだろう。眉間にシワがかなり寄っている。


「僕は……エルフの森の族長です。」


 フィルさんはそう答えたのだ。

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