第13話 エルフの親子とご一緒に
ーーセルフィード大陸。トレセンと言う街の丘の上。そこにはエルフの親子が住んでいた。
小屋の裏手は森。表には少しの林。そして脇には教会。静かな場所だ。街から離れているのも……エルフ。と言う種族の違いからそうせざるを得ないのか……。
私には……哀しい現実としか思えなかった。人間は聖神戦争で……どうしても異種族に、危惧の念を抱いたのだろう。共に戦った仲間でもあったはずなのに。
それほど……凄惨な戦争であった。そう思う。
ーー私はフィルさんの話を聞いたあとで、少し疑問に思った。ルシエルの頭を撫でるフィルさんに、投げかけてみた。
「フィルさん。これは私の……気になる性質。だから……不快に思ったらすまない。何故……
どうにも気になってしまったのだ。巡礼の為の転移の石だ。と言うことは……神殿の近くにあると言うことだ。
つまり……“神器”のある神殿。そこにも行けるはずだ。
するとフィルさんは、ルシエルから手を離したのだ。
「神器って? 神の“魂”だっけ? 父ちゃん……」
心配そうな顔をするバスク。お父さんが好きなんだな。不安そうに見上げている。その顔を見ると……悪い事をしている気になる。
だが……。
「なるほど。貴女方は……」
と、フィルさんが言った時だった。
コンコン……
扉を叩く音がしたのだ。
「フィルさん。いるかい? ワシだ。」
扉の向こうから老人の様な男性の声が聴こえた。
「“ダルク村長”だ。おいら出るよ。」
バスクは少し晴れやかな顔をした。椅子から降りようとしたのだ。だが、その腕を掴んだのはフィルさんだった。
「僕が出よう。何も聴こえないかい? バスク。」
と、フィルさんはそう聞いたのだ。微笑んでいるが……明らかに雰囲気は変わった。警戒している様子だった。
「え? なにも聴こえないよ? 父ちゃん。」
バスクは縦に長い両耳をピクピクとさせた。まるで、獣が辺りを伺うかの様に横に動いたのだ。耳を開くかのように。
「そうか。僕は少し……耳が悪くなってしまっているからね。」
フィルさんはそう言うと椅子から立ち上がったのだ。心眼と言っていたな。その影響なのだろうか? 聴覚が衰えてきている。と言うことなのか?
「瑠火。裏を見た方が良いかもしれんな。」
ブラッドさんはそう言うと椅子から降りた。私もその声に降りると部屋の窓に向かった。扉とは逆の窓だ。
フィルさんは扉を開けた。
「ダルク村長。」
「おお。すまんな。フィルさん。出掛けるのは明日と聞いておったからな。少しいいかな? 会わせたい人がいてな。」
そんな会話が聴こえて来る中、私とブラッドさんは窓から家の裏手を見たのだ。裏手は森になっている。
「バスク」
私はバスクを小声で呼んだ。扉の所にはフィルさんが立っている。なので村長とやらの姿は見えない。
「なんだい?」
「何か聴こえないか? 私では見えないし物音が聴こえない。」
私はそう言いながら窓を覗ける様に、バスクを抱き抱えた。少し背が足りない。
「ん〜? 聴こえないなぁ。森の中には人影もなさそうだよ?」
バスクは森の方を見ながらそう言った。鬱蒼としている森だ。木々が多い。陰に隠れていてもここからでは、見えないだろう。
「気の所為か。」
ブラッドさんは窓から離れたのだ。
私はバスクを降ろした。だが
「……待って。姉ちゃん。おっちゃん。人の……話し声……父ちゃんを……待ってる……」
と、突然だった。そう言ったのだ。
「バスク。どこから聞こえるかわかるか?」
そう聞いたのは愁弥だった。いつの間にか……彼は、バスクの前にしゃがんでいたのだ。
「……こっちに向かって来るよ。父ちゃんを待ってる。人数が多そうだよ。なんかガシャガシャ聞こえる。」
と、バスクは愁弥の顔を見ながらそう伝えた。両耳は器用に見開きする様に、動いていた。まるで察知するかの様に……音のする方に向いているようにも見えた。
「ブラッドさん。少し動いて貰える?」
「ん? ああ。」
私の声にブラッドさんは腰を捻った。右に左にと。するとガシャガシャと音がする。
「あ。コレだ。この音だよ。鎧?」
バスクがそう言った時だ。
「すまんな。フィルさん。」
と、そんな声がした。
ガタッ……と、椅子が動いた音がしたのだ。振り返るとリデアが立っていた。
「瑠火! 愁弥! 伏せて!」
外を見ていたリデアはそう叫んだのだ。
ヒュン……ヒュン……
風を切り裂く様な音が聴こえた。と、同時だった。がしゃん。と、小屋の閉まっている窓ガラス。それが割れた音が響いた。
「きゃあっ!」
リデアの悲鳴ーー、窓ガラスを撃ち破り飛んで来たのは、火矢だった。
「フレイムボウか……」
ブラッドさんの声が聴こえたが、火矢は次々と乱射の如く小屋の中に飛んできた。矢自体が紅炎を纏っている。
扉の所にいたフィルさんは、ルシエルの陰にいた。咄嗟にルシエルが彼を守ったのだろう。
小屋の扉の所にいたはずの老人の気配はなく、代わりに開放された扉からも火矢が、飛んで来ていた。
「父ちゃん!」
「大丈夫だ! バスク! しゃがんでろ!」
後ろでバスクと愁弥の声が聞こえる。乱発されて飛んでくる火矢。このままでは小屋の中が燃えてしまう。
「
水の発動を放った。湧き上がる流水の滝。壁の様に小屋の中に立ち昇る。これで、火矢からは防げるはずだ。
飛んで来る火矢は流水の渦の中に、吸い込まれる様に消えてゆく。窓からと扉から入ってくる火矢を、水雨が防ぐ。
その間に小屋の中に飛んできた火矢に、フィルさんは
「“
まるで小屋の中をモヤが覆う。碧風のモヤが覆い静かに火矢の燃える炎を消したのだ。
荒い風ではなかった。とても穏やかでいてまるでそよ風だ。不思議な力だ。
だが、ジュッ……と、火矢は沈下し消失したのだ。
私の水雨は乱発される火矢がなくなると消えた。扉の向こう側が見える。
表には雑木林。そこから人影がちらほらと出て来たのだ。
「隠れてたな。」
ルシエルは牙を剥き出しにしながら、小屋に近づいてくる男たちを見たのだ。
私はーー、小屋から飛び出していた。
「瑠火! バスク! お前はここにいろよ!」
「あ! また勝手に!」
直ぐに愁弥とルシエルが飛び出して来たのは……、いつものことだ。
男たちはずらっと十人近くはいるか。弓を持ち小屋を囲む様に立っていた。
軽装ーー、バスクの言う鎧の音をさせた者達ではないのか。
「何者だ?」
私はそう聞いた。
見たところ……胸当てと膝当て。冒険者か。それにしても火矢を放ってくるとは。
「まさかこんな変な客人がいるとはな。」
「頼まれたんだよ。そこのじーさんに。」
男たちはにやついた顔をしながら、そう言ったのだ。若者から少し中年に近い男までの集団だった。
じーさん? ああ。村長か。
私は小屋から離れている老人に視線を向けた。火矢に当たらない様に、逃げていたのだろう。華奢な人の良さそうなお爺さんに見えるが……。
「なんなんだ? お前ら。」
愁弥は隣で神剣を抜いた。
「それは……じーさんに聞いてくれよ。オレらはこの家から炙り出せ。としか言われてねぇよ。」
そう答えたのは深い緑色の髪をした男だった。手には皆……同じだが、火に包まれた弓を持っている。これがフレイムボウとやらか。
じっくり見たい所だが……今はそれどころではない。
「ワシだって頼まれただけじゃ!」
白髪の男性はそう叫んだ。
「ダルク村長。わかりました。行きますよ。」
私も愁弥もその声に振り返った。扉から出て来ていたのは、フィルさんとリデアだった。
フィルさんは少しだけ……怒り。そんな感情を滲ませた顔をしていた。冷たい表情だ。凍りついているかの様な。
「フィルさん……。すまんな。」
白髪の男性は頭を下げた。
気弱そうな老人はーー、フィルさんを見上げると更に……
「街の為じゃ。」
と、そう言ったのだ。
✢
出掛ける支度はある程度していたらしい。翌日には、この街を出るつもりだったそうだ。
なので纏めてある荷物を取り……フィルさんとバスクは、小屋を出て来たのだ。
私達はそれを待ち、冒険者の男たち。そしてダルク村長に連れられ、待つ者の所へ向かった。
丘を下りそこには……碧色が混じった銀鎧。それを着た男たちが待っていた。
先頭にいるのは同じく碧色のローブとは少し違う装束を着た男がいた。
格闘服と呼ばれる拳闘士。それが着る様な服に似ている。襟を合わせ腰元で帯状の布を巻き着る服だ。
短髪でいておでこ丸出しのヘアスタイル。ブラウンの髪をかちっと纏めている。オールバックと言うらしい。(愁弥から聞いた)
「これはこれは。ご足労頂き誠に感謝致します。エルフの民……フィル殿。」
袖口は大きく開きローブの様だ。それをひらっとさせながら、胸元に右手をかざした。
拳を握り頭を下げたのだ。態度はとても上品だが、何ともキナ臭い。
右手首にはジャラジャラと、数珠の様なものを何重にも巻いてつけている。紫色のそれはイヤに煌めいて見えた。
「何の御用ですか?」
フィルさんはそう聞いた。男は頭を上げると
「先ずは我々の事を知って頂こうと思います。我々は、“シエラパール皇国”の遣いで御座います。是非とも我らの皇帝“トリアノン様”が、お会いしたいとのこと。ご一緒願えますか?」
そう言ったのだ。細い眼が更に細くなるほど、にっこりと微笑んだ。
シエラパール皇国……。知らない名前だ。と言うことは……後ろにいる青年たちは、騎士団か?
剣を腰に下げた男たちは微動だにしない。この男の後ろで立っているのだ。まるで……兵隊。
「荒い出迎えをしておいて、ご一緒に? だと? 良くも言えたものだ。」
「お叱りはごもっとも。」
にっこりと微笑む男にフィルさんはキツめに言ったが、お構いなしの様だ。
冷たい眼をした男だな。狡猾そう。そんな印象が強い。瞳は美しいサファイアの様な緑色だが……、とても冷たく見えた。
「宜しければそちらのお連れ様たちも、いかがですか? 最も……拒否権は御座いませんが。」
男の声と同時に……騎士達が揃って剣を抜いたのだ。
「
愁弥のキレ気味の声が響いた。隣を見れば……いつでも臨戦態勢。殴りに行きますよ。オーラが出ている。
「愁弥」
「手は出さねー。バスクもいるしな。」
私はその声にハッとした。バスクはフィルさんの足元で、後ろから覗いている。だが、とても怯えているのがわかる。
しっかりと父親のローブを掴み握りしめていた。
「ブラッドさん。リデア」
私はーー、その横でしゃがみバスクの肩に手を置いて寄り添うリデアと、ブラッドさんを見た。
「致し方ないな。」
「行きましょう。フィルさん達だけじゃ……何されるかわかったものじゃないわ。」
ブラッドさんとリデアは強く頷いたのだ。
「シエラパール?? そんな国あったっけ??」
と、ルシエルは私の隣で首を傾げたのだ。どうにもこの幻獣だけは……マイペースな様だ。
こうして私達は、シエラパール皇国とやらに強制連行される事になったのだ。
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