第12話 トレセンの親子

 ーーカサンドラ大陸から転移の石。


 “風の通り道アエラロード”を通り、セルフィード大陸へとやってきた私達は、ドワーフのブラッドさんと共に、トレセンと言う街に訪れた。


 トレセンはここセルフィード大陸の田舎方面にある街とのことで、丘と草原。更に山に囲まれた大陸の西南地域にあった。


 この大陸は山々に囲まれた自然に溢れ返った大陸だった。野花咲く草原の中に、その田舎町はあったのだ。


「なんだか穏やかな感じね」


 街並みは家屋ばかり。大きな建物と言えば街の奥にみえる教会だろうか。


「そうだな。」


 これまで見てきた街とは少し違う。農地や畑なども広がっていた。


 通りを行き交うのは馬を連れた荷馬車。それに大きな布袋を抱えた人など……、街の生活感が滲み出ていた。店先で話をしている人もいる。


 ガラガラ……


 何やら物音がした。何かが転がった音だ。


「いい加減にしろ! このガキ! 人が黙って聞いててやればつけあがりやがって!」

「エルフなんてのはな! 聖神戦争で神に味方して、大陸から追い出された種族なんだよ!」


「違うわい! 父ちゃんが言ってた! エルフが悪いんじゃない! 神が勝手にエルフを巻き込んだんだ!」


 何やら揉め事の様だ。


「またか……。すまんな。瑠火。これから会うヤツのせがれじゃ。ちょいと……寄り道するぞ。」


 ブラッドさんはため息ついたのだ。


「せがれ?」

子供ガキってことか?」


 私が言うと愁弥は首を傾げた。


「エルフ……って聞こえたわね。」


 リデアの声に私は頷き、通りから裏道へと歩くブラッドさんに付いて行くことにした。


「ケンカ! ケ〜ンカ!」


 ルシエルは檻籠の中にいる。街に入ったからだ。そこから嬉しそうな声を出した。


 店の並ぶ表通りから裏道。そこに入ると怒声と殴る音が聴こえた。


「待たれよ。その辺で勘弁してやってくれんか?」


 ブラッドさんは男たち二人にそう言った。冒険者の様だ。軽装の二人組。


 ブラッドさんの声に振り返った。身体を動かした事で、男に掴まれて殴られていたのだろう。子供の姿が見えた。


 若草色のローブ。それにブロンドの髪。一見……子供。そう見えたが彼の耳はぴょこんと、長く尖っていた。顔つきも人間と言うより猫。そんな風に見える。


 ただ色白でそこまで獣人と言う顔立ちではない。猫っぽい顔なのだ。


「なんだよ。今度はドワーフか?」


 チッ……と、子供を掴む男は舌打ちした。野蛮そうな男たちには見えないが、殴られた子供の顔は腫れ上がっていた。


 野蛮だな。


「もうよせ。血がでてる。」


 私は口元から血を垂らしている子供を見て、そう言った。


「……人間か?」


 そう言うと男はローブの胸元から手を離した。


「やりすぎじゃね? 何があったのか知らねーが。」


 愁弥は落とされた子供の傍に近寄った。子供の腕を掴み立ち上がらせたのだ。


「絡んできたんだよ。ソイツが。」

「エルフは人間の救世主だとか何とか。ったく。酒がマズくてかなわねぇ。」


 男二人は苦い顔をしながらそう言った。愁弥はローブの裾をぱんぱん。と、はたいていた。


「お前たちがエルフが役立たずの腰抜けだと言ったんじゃないか! 神に味方したのは半分だ! エルフの民は人間の味方もしたんだ! 知らないクセに勝手なことばっか言うない!!」


 エルフーーなのか。はじめて見た。そうか。この鼻周りの顔つきの違いと、尖った両耳。これが……種族の見分けになるのだな。


「“バスク”。やめんか。」


 ブラッドさんはそう強く言った。するとバスクと呼ばれたエルフは


「……おっちゃん……」


 と、少し悲しそうな顔をしたのだ。


「あ〜あ。うるせーガキだ。」

「飲み直そうぜ。」


 男達はため息つくとその場から離れた。


「お前……はじめてじゃねーな? ったく。やめとけ。酒飲んでる奴に絡むの。」


 愁弥はバスクを見ながら立ち上がった。


「言わなきゃ……ずっと言われるんだ。間違ってるのに。」


 バスクは俯いてしまった。


「どれ。怪我の手当てもせんとな。“フィル”の所へ送って行こう。」


 ブラッドさんはそう言った。


 フィルーー、と言う男の家は丘の上にあった。街の奥だ。その脇には教会が見える。白い教会は大きな鐘を屋根につけていた。


「大丈夫? 治療薬使う?」


 リデアはひょこひょこと歩くバスクにそう言った。足首までのブーツに若草色のローブ。汚れてしまっている。


 こうして見てると本当に子供だ。背格好からして、人間の六〜七歳。そのぐらいに見える。小柄で可愛らしいが、歩くと両耳がぴんぴんと動く。


「大丈夫だ。いつものことだもん。」


 バスクは笑った。八重歯があるのか。にこっと笑うと見える。


 丘の上の小屋。こじんまりとしたその小屋につくと、バスクは木の扉を開けた。


 心地よい風の吹く高台。街が見下ろせる。


「父ちゃん! ただいま〜」


 扉が……この子には小さいのか。両手で引いた。


「バスク? 姿が見えないと思ったら……?」


 小屋の中にいたのは椅子に腰掛けた男性だ。だが、両目は閉じていた。


 それにバスクと同じ……両耳は長く尖り、顔は人間と同じだ。バスクは猫っぽい鼻周りだが……この人はすっとしている。


 長いブロンドの髪にグレーのローブ。振り返ったが、私達に気づいたのか……言葉が止まった。


「ブラッド……? それに……見た事のない人間。それから……黒髪に真紅の眼……。幻獣……?」


 両目は開いていない。顔を向けて伺う様にしながら、そう言ったのだ。まるで……私達が見えているかのようだ。


「わかんのか?」

「わかるよ。僕は……“心眼”で見えるからね。」


 くすり。と愁弥の声に笑った。不思議だ。まるで見える者同士が普通に対話している様だ。


「フィル。突然すまんな。そろそろここを出ると言っておったじゃろ?」

「ええ。北に向かうつもりでいる。」


 フィルさんは椅子から立ち上がった。バスクは小屋に入るなり奥にあるキッチン。そこに向かっていた。


「お茶を沸かします。皆さん。座ってください。」


 と、木の踏み台に乗りながらそう言った。


「バスク……。そのケガ。また絡んだのか? 人間に。」

「アイツらが悪いんだい!」


 見えてる……。スゴいな。


「何度も言っているだろう? エルフは大陸には余りいない。姿を見られれば絡まれる。余り……人間の傍に近づくな。」

「ミルクとパン。それを買う為に行ったんだ。そしたら……聴こえたから。」


 と、バスクはポットを火にかけながらそう言った。


「お前……わざわざ、酒場まで乗り込んだのか? 店は酒場の隣だったよな?」


 愁弥は良く見ている。通りの店をきっと……見ていたんだな。


「聴こえたんだ!」


 バスクがそう言うと


「エルフは……耳が良くてな。遠くの音や声も聞こえるでな。人間の聴覚の倍以上はあるんだ。」


 ブラッドさんはため息ついた。


「バスクにとっては良くない。」

「特技がもったいねーな。」


 フィルさんの声に愁弥は苦笑いしていた。



 私達は、フィルさんとバスク。その小屋でテーブルを囲み話を聞くことにした。


 ルシエルも小屋の中なので……出させて貰った。エルフを見たい! と、騒いだからだ。


 どうやらフィルさんに興味があるらしく、ずっと隣にいる。大人しくおすわりしてくれているが……匂いを嗅ぐな。


「ああ。アエラロード。その事を聞きにきたのか?」


 フィルさんはカップですら……至って普通に取り、口に運ぶ。両目が見えなくても何ら不自由無さそうで……驚いた。心眼とは凄いものだな。


「ええ。“転移”と言う力について追っています。それを知りたい。」


 私は……とにかくそれを優先させた。あの黒い力も気になるが……、今は愁弥が元の世界へ帰れるかもしれない。その手掛かりが先だ。


「転移……。アエラロードは我らエルフの民と、“時の神ツァイト”で造ったものだ。」

「時の神?」


 フィルさんはリデアが聞き返すと頷いた。


「そう。エルフの持つ風の力で運び時を進める事で、空間転移を行える様にしたんだ。時短装置と考えて貰うとわかりやすいかな?」


 と、フィルさんはそう言った。


「時短装置……。つまり、転移した間も時間は流れていると言うことか?」

「そう言うことだ。普通なら長く掛かる移動時間。それを短縮させて目的地に瞬間移動させる。時の神の力とエルフの風を利用した事で、行える様になったんだ。」


 私の問いかけにフィルさんはそう答えた。


「……だから……“風の通り道”か。風の力で飛ぶから。」


 愁弥はそう言った。


「その名前は人間がつけたんだ。まるで風に運ばれたみたいに……あっとゆうまに目的地に着く。その事から付けたんだろうね。」

「あの石があるから人間はラクになったんだ。それもエルフの風の力のお陰だ! 救世主なんだ! なのに馬鹿にして!」


 隣でむすっと頬を膨らませたのは、バスクだ。治療薬を使わず、フィルさんに手当てをして貰い、絆創膏だらけの顔だ。


 フィルさんはそんなバスクに顔を向けた。頭を撫でると、


「今は使われていないからね。もうその言葉はやめなさい。我々は救世主ではないよ。神の味方についた裏切り者でもあるんだから。」


 と、そう言った。


「それは民の半数だ! ドワーフだってそうだろ? なぁ? おっちゃん!」


 バスクは直ぐにブラッドさんを見たのだ。ブラッドさんは腕を組むと……う〜む。と、唸った。


「そうじゃな。あの時は仲間内でかなり揉めたな。そのせいで……種族は分裂した。エルフもそうじゃったな。」


 と、そう言ったのだ。


「……聖神戦争は良くも悪くもこの世界に、影響を与えた。その事で……風の通り道アエラロードも廃れた。時の神ツァイトが追放されてしまったからな。」


 フィルさんはそう言ったのだ。


「と言うことは……ツァイトと言う神はまだ、生きているのか?」

「ああ。獄門の島ブリズンゲートにいると聞いている。」


 私の問にフィルさんはそう答えた。


「フィルさん。その転移の力は……例えば……、異世界から人間をこの世界に連れて来ることも出来るのか?」


 私がそう聞くと


「……異世界? それはまた……妙な事を聞くね?」


 フィルさんはとても驚いた様な顔をした。私は……話す事にした。


 愁弥のことを。




 ーーなるほど。と、フィルさんは話を聞き終えると、深く頷いた。


「残念だけど……僕の知る限りでは……“異世界転移”とやらは聞いたことがない。アエラロードの力も、この世界のみでそれもあの“石”が無ければ発動しない。あの石が“時の神ツァイト”と、エルフの力を合わせたものだからだ。」


 フィルさんはそう言ったのだ。


「異世界なんて聞いたことないよ。おいら。兄ちゃん。すごいんだなぁ。」


 バスクは目を丸くしながら、愁弥を見ていた。


「まーな。なかなか貴重な存在だろ? 俺。」


 愁弥は頬杖つくとバスクに笑いかけた。子供が好きなのだな。愁弥は。


「そっか。と言うことは……愁弥の世界に行ける方法って……わからないのね。それに異世界を知ってる人がいるかどうか。これも問題ね。あたしも始めて聞いたけど。」


 リデアはそう言うと私と愁弥を見たのだ。


「そうじゃな。転移魔法とは違うのじゃろ? フィル。」

「そうだね。あれは……アエラロードを元に……魔道士たちが編み出した魔法だ。瞬間移動。これは、少し先の時間に飛ぶイメージを練る。」


 ブラッドさんの声にフィルさんはそう説明してくれた。


「少し……先?」


 私が聞くと


「そう。原理はアエラロードと同じ。今いる所から目的地に飛ぶ。瞬間移動の魔法は、現時点から自分の行き着く場所を、見える範囲でイメージする。そこに瞬間的に飛ぶんだ。これも時を進めている事になるね。」


 フィルさんはそう言った。カップを手元から少し前に移動させながら、説明してくれたのだ。


「なるほど。見える範囲なら可能なのか?」

「可能だよ。ただ熟練は必要だ。慣れるまでは自分の周りぐらいしか、イメージして飛べないだろうね。」


 フィルさんの声に私達は顔を見合わせた。


「難しそう……。やっぱり魔法は苦手だわ。」

「イメージってのがおっかねーな。どこ行くかわかんなそうだな。俺がやったら。」


 リデアと愁弥は軽く笑っていた。


 あの聖魔道士。あの男は使っていたな。瞬間移動を。


「フィルさん。転移の石が使える所と使えない所があったんだ。それに……黒い光の様なもので包まれている所もあった。」


 私はそう聞いた。


 するとフィルさんは


「それは封印だよ。」


 と、そう言ったのだ。


「封印?」

「そう。使えないのは機能していないから。使える所は、僕が解放したからだ。でも中には時の神ツァイトが封印した石があってね。それは解放しないとわからないんだけど……。黒い“呪印”で封印されているんだ。」


 そうか。だからあのレドニーにあった石は、近づけなかったのか。あれは時の神の封印なのか。


「なんで封印してあんだ?」

「君達が見たのは何処だ?」


 愁弥の声にフィルさんが聞いてきたので、私は答えた。


「レドニーです。彷徨う洞窟にあったんだ。」

「ああ。レドニーか。聖国アスタリア……。“レイネリスの神殿”があるね。」


 フィルさんは強く頷いた。


「レイネリスの神殿に行けない様にしたのか?」

「レドニーのアエラロードは、その先が“生命の女神ルカーナ”の神殿がある地に繋がってる。ルカーナは、聖神アルカディアの妻だ。十二の護神ではないけどね。」


 私の質問にフィルさんはそう答えた。


「あ。そう言うこと。ルカーナの神殿に行かせない様に封印されたってこと? でも……行けるわよね。神殿への道は閉ざされてないんだもの。」


 リデアがそう言うと


「ツァイトの抵抗だろうね。聖神アルカディアの縁の者。その近くの石は封印されているみたいだ。僕も幾つか見かけたよ。」


 フィルさんはそう言った。


 なるほど。あれは聖神アルカディアの縁の者。つまり……特別な存在の者たちを護る為の封印だったのか。


 少しだったがーー、謎が解けた出会いだった。

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