第11話 フィーネ海岸>>トレセン

 ーーフィーネ海岸。ハーベストの街から程近くにある海。ブラッドさんはそこに私達を、連れて来てくれた。


 この海岸に来る間に、あの日ーー。禁忌の島で出会ってからのいきさつを話した。


 ブラッドさんは時折……とても、難しい顔をしながらう〜む。と、唸りつつも聞いてくれた。隣を歩くルシエルが、合間に余計なハナシをしてくるので、中々……ハナシが進まなかった。


 全てを話し終えたのは、フィーネ海岸の洞窟。そこに辿り着いた頃になってしまった。


「………なるほどな。“神器”か。それに……“メイフェイア大陸”……。」


 ブラッドさんは紺碧の洞窟の中を歩きながら、そう呟いた。


「ルシエルの話だと、そのメイフェイア大陸にドワーフの国と、エルフの森があると聞いた。ブラッドさん、本当か?」


 そう聞くとブラッドさんは、銀の鎧をガシャガシャと音をたてながら歩き、振り返った。


「うむ。ドワーフ帝国とエルフの森は実在する。ついでに……“ヴァルナ族”も住んでいた。今はおらんがな。」


 ブラッドさんが言うと


「そこに“ウェルド”って国があるらしいんだ。ブラッドさん。知ってるか?」


 愁弥しゅうやはそう聞いたのだ。


「あるな。最近出来た国だ。メイフェイア大陸には、大国が一つしかない。後は小さな国がいくつかある。ヴァルナ族の住む村……“スピカ”は、既にもうない。皆……世界に“騎士や戦士”になる為に、出てしまったからな。」


 ブラッドさんは言いながら、薄暗い洞窟を先導してくれている。隣にはルシエル。私達は薄暗さはあるものの明るい洞窟の中を、付いていく。


 紺碧の岩壁に真っ白な砂の地面。まるで砂浜が続いている様だ。


「そのスピカって村が……大国だったのか?」

「いや。“フェヴェーラ国”と言う国が、メイフェイアの大国だ。そこに最近……加勢するかの様に出来たのが“ウェルド王国”だ。」


 愁弥の問にブラッドさんは、そう答えた。だが、その声はとても低かった。余り良さそうな雰囲気ではない。


 フェヴェーラ……。


「聞いたことないわ。」


 リデアが隣で首を傾げた。


「元々……メイフェイアは“人外の大陸”。魔物とワシらドワーフ。それにエルフの民。ヴァルナ族。彼等に至っては巨体。と言う意味で人間とは異なる。その見方が多くてな。人外扱いされとるが……」


 産まれながらに身体が大きいと言っていたな。だが、“巨人族ギガース”では無いと聞いている。ギガースは魔物に程近い存在だ。ただ、人間にも近い姿をしている。


 なので、そう呼ばれている。


「人間が立ち入らない大陸。その為……余り知られてはおらんだろう。」

「ああ。そう言ってたな。大陸の名前も最近、わかったんだろ?」


 ブラッドさんに愁弥はそう言った。


「……。人間よりも先に生きていたのは……ワシらの方なんじゃがな。まあよい。話の流れから行くと……ここに、来て良かったな。」


 気持ちの良さそうな話ではなさそうだ。怒っている様にも聞こえた。


「なにかあるの? ブラッドさん。」

「行けばわかるぞな。その前に仕事をさせては貰うぞ。ついでじゃからな。」


 リデアの声にブラッドさんは、少しだけ明るい声で返してくれた。


 仕事……。貝殻だろうか?


 その答えは直ぐにわかった。洞窟の奥。そこに行くと、真っ白な砂浜が地面を覆い光輝いていたのだ。


「これ……全部……貝殻なのか?」


 私はまるで発光している様な砂浜に、しゃがんだ。不思議だった。洞窟の中なのに開けたその場所は、一面。真っ白な砂浜が広がっていたのだ。


 それに……星型のカタチをした小石や小岩程度のものが、地面を覆っていたのだ。


「そうじゃ。ハンナ貝殻じゃ。」

「まじか。砂じゃねーのか。」


 愁弥もしゃがみ、小石程度の星型のハンナ貝殻を拾っていた。白い貝殻は表面はつるつるとしている。石の様だ。


 カタチはみな星型だが、大きさは様々だ。それが、地面を白く光ながら覆っていたのだ。


「ねぇ? ブラッドさん。これって海水? 池じゃないわよね?」


 リデアはその砂浜の前に広がる紺碧の水面。それを見てそう言ったのだ。


 洞窟の奥にまるで小さな湖岸。それが目の前に広がっているのだ。私達のいる砂浜の先に貯水湖の様な水面が漂う。


「フィーネの海水じゃ。海底で繋がっておる。元々は、この洞窟も海だったんじゃが、歳月と共に海水は引き陸が現れた。洞窟はそのままじゃが、海水はここにしか流れ込んで来ない。湧く。と言う表現が正しいかもしれんな。」


 ブラッドさんはハンナ貝殻を掴み、眺めながらそう言った。持ち帰るのだろう。


「つーか。なんなんだ? この貝殻。光ってるよな?」


 そうなのだ。愁弥の言うとおり……貝殻一つ一つが、白く光っている。そのお陰かこの一帯は、とても明るい。


「“人魚の石”」

「え?」


 ブラッドさんは革袋に貝殻をしまいながら、そう言った。私は聞き返したのだ。


「鍛冶に使われる貝殻は、世界各地に散らばっておる。それらはみな……“人魚の石”。そう呼ばれている。」

「人魚?? いんのか?」


 聞き返したのは愁弥だった。何だか嬉しそうだな。人魚に興味でもあるのだろうか? ん? いや。にやついている……のは、気のせいか?


「おる。“海王神アプサリュート”。彼の子と呼ばれる“海の精霊マーメイド”。それが棲む地には、こうして“貝殻”が生きておる。それを“人魚の置き石”の様だと言われたことから、そう呼ばれている。」


 ブラッドさんは星型の白く光る貝殻を持ちながら、私達の方を振り向いた。


「アプサリュートの子? マーメイドは海の精霊なのか?」

「そうじゃよ。アプサリュートと共に、冥霊を迎えに来る者達じゃ。共に生きておった。だが……聖神戦争でアプサリュートがいなくなってしまってからは、マーメイドの姿も見えなくなったな。絶滅した。とも、言われておるな。」


 ブラッドさんはそう言うと、立ち上がった。


「だが……こうして“人魚の石”はある。不思議な力を持った貝殻なのじゃ。このお陰で騎士団や戦士たちは……命を護られているのだ。」


 それは……“因果”な気もした。戦争で追いやられた者達。マーメイドもそうなのかもしれない。だが、人間はその者たちの力を借りているのだ。


 武器や鎧に姿を変えて。


 海底から湧き上がる様に浮かぶ水面。湖の様なその場所は、洞窟の奥に広がっていた。


 私達はハンナ貝殻の砂浜から離れ、更に奥に向かうことにした。それは湖の様な海水貯まり。その外側。円周の砂の道を歩く。


 真っ白な貝殻を踏みながらの前進は……少しだけ、躊躇う。これがマーメイドの石と聞いたからだ。


「マーメイドが棲んでるからこの貝殻があるのか? 運んでくるのか?」


 私は先を歩くブラッドさんの背中を見ながら、そう聞いた。円周の道は然程、狭くはない。周りも紺碧の岩壁に囲まれている。


 ただ、ゴツゴツとした地面は土とは違い、歩きづらい。愁弥は見かねたのか、私の手を引いていた。


 どうにも雪と氷の世界にいた私は、ようやく草原や土などに慣れてきたところだ。石の様な固形の道は、やはり歩きづらい。


「前に……“樹氷の精霊アウラ”に会ったじゃろ? その時に“雪樹木アウラの樹”は見ていたな?」


 ブラッドさんの声に、隣を歩く愁弥は私を見た。


「ああ。あったな。そーいえば。雪の樹。」

「あった。気になったから覚えてる」


 樹木と言うのを見たのははじめてだった。だから、覚えていた。


「あれも精霊がいる地にあるものだ。マーメイドは、海の精霊。故に“貝殻”が、樹のようなものだ。さすがに陸と違うでな。“精霊の棲家”は、樹木とはいかんのだ。」


「あの樹は精霊の棲家なのか?」

「そうじゃ。棲家に棲息しておるからそう言われておる。」


 私はブラッドさんの答えに納得していた。


「てことは……ここにも、マーメイドかいた。ってことだよな?」


 愁弥がそう言った時だった。海水の弧。それをぐるっと歩き、更に奥。開けた場所。だが、そこは行き止まり。


 紺碧の岩壁に囲まれていた。その前に蒼白く光る石柱が建っていた。


「ブラッドさん! これは!」


 私と愁弥はそれを見て駆け出した。


 そう。レドニーの街。そこにあった洞窟。その中にあった“転移の石”だったからだ。


「やはり……知っておったか。」

「え? なに? この光ってる石版」


 蒼白く光る“石版”は、紺碧の色で造られたものだった。正方形の台座に置かれた長方形の石柱。


 腰ほどの高さの石柱は、四角に削られている。石版に見える。


「前に見た時は……黒い光だったよな?」

「ああ。こんなに近づけなかった。」


 威圧される様な気配。それに包まれていて、石版に近づけなかったのだ。だが、ここにあるのは台座にも乗れる。それに石版に浮かぶ蒼白い文字。


 それすらも覗けた。何が書いてあるのかはわからない。彫られた文字が光っているのだ。


「ねぇ? どうゆうこと?」

「前に見たんだ。レドニーで。これと同じものを。その時に、バリーと言う騎士に転移の石だと教えて貰ったんだ。」


 怪訝そうなリデアに、私はそう言った。


「転移の石!? なにそれ!?」


 と、直ぐにリデアはそう言ったのだ。すると


「百聞より一見じゃ。」


 ブラッドさんは驚くリデアの手を掴んだ。


「え??」


 リデアはとても驚いていたが、台座の上に乗せられたのだ。私と愁弥、ルシエル。そしてブラッドさんにリデア。みんなが、台座の上に乗る。


「瑠火。ここのは“生きている”。右手を翳してみよ」


 ブラッドさんはそう言ったのだ。


「生きてる? 使えるのか?」

「そうじゃ。ワシはよく使うでな。」

「瑠火! 行くぞ! 何処に行くか楽しみだ!」


 ルシエルが後ろから右の前足を差し出した。蒼白く光る文字。その石版の上に手を翳したのだ。


「ルシエル!」


 私がそう叫んだ時には、蒼白い光に包まれた。



 >>>


 まるで……風に包まれた。そんな感覚だった。ふわっと身体が浮いた。そう思ったらもうすでに、足は地についていたのだ。


「え……? どこ??」


 後ろからリデアの声がする。


「さっきの場所じゃない。」


 目の前には灰色の石版だ。蒼白く光ってるのは変わらない。読めない文字も。


 だが辺りは洞窟ではなかった。石の壁。それも少し黒っぽい石だ。それらに囲まれた天井の高い空間だった。


 天井は開いていて光が射し込んでいた。長方形の高い天井。さらに辺りも四角四面の空間だ。壁にはツルやツタなどが、生えていた。


「遺跡か?」


 愁弥がそう言った。


「さて、行くぞな」


 ブラッドさんは台座から降りると、そう笑ったのだ。不思議なことにルシエルも付いて行った。少し高さのある台座。それすらもさっきと違う。


 灰色の台座から降りて、ちょっと崩れかけた様な石床を歩く。


「なんなの? どうなってるの?」


 リデアがぎゅうっと。私の右腕にしがみついてきた。空洞を歩きながら、辺りを見回している。


「昔……巡礼する民の為に造ったものだそうだ。」

「え? てことはここって誰かの神殿!?」


 リデアは壁と天井の隙間から射し込む光。それに照らされる通路を歩きながら、そう言った。


 ブラッドさんは奥にある光の方へ向っている。どうやら出口なのだろう。


「どうだろう? 石像などもないし……」


 そうなのだ。神の神殿と言うにはお粗末だ。石の壁と床。そして太陽の光。それにツタやツル。それ以外に、目ぼしいものはない。


 神殿となると神や女神の石像が置かれているはずだ。それに通路を彩る石像もない。


「遺跡っぽいけどな。」


 愁弥はそう言った。


 通路を出ると、そこには森。目の前には森が広がっていた。


 私たちのいた場所は確かに小さいが石で出来た神殿みたいな場所だった。神の棲む地とは違い、こじんまりとした建物だ。


 洞窟の入口みたいな穴。そこから出てきたのだ。

 長細い黒っぽい石で出来た建物。平坦な屋根。四角いその入口。それだけだ。


 周りには何もない。ただ森が待っていたのだ。


「“トレセン”と言う街の近くだ。ここは、“セルフィード大陸”じゃ。」


 ブラッドさんは遺跡から出ると、そう言ったのだ。


「「え?? 大陸越えた系!?」」


 そう言ったのはリデアと愁弥だった。


「スゴいな。それにルシエルで越えた……」

「失礼だな! 幻獣だって反応する! 俺様たちはちゃんとした生き物だぞ!」


 私の声にルシエルはそう怒鳴ったのだ。


「神器を護りに行くのはわかっておるが……、ここに“転移の石”について詳しい者がおるでな。だが、彼もフラついてる奴じゃ。いついなくなるかはわからん。今はまだおる。話を聞きに行くか?」


 ブラッドさんはそう聞いてきたのだ。


「行きたい。是非」


 私はーー、頷いた。


 転移の石。それが……何かのきっかけになるかもしれない。愁弥が帰るための。


「そうか。ならば“トレセン”じゃな。」


 ブラッドさんはそう言うと歩きだしたのだ。


 私たちも付いていくことにした。トレセンへ。

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