第10話 瑠火姫、気になる。〜ハーベスト〜

 ーー陽は昇る。常に美しく広がる空に、白い光を放つ陽光。


 太陽が朝を告げる。とても爽やかでいて出発には、いい日和なのだが……。

 

 私は宿の前でじ〜っと。愁弥を見ていた。特にいつもと変わりはなさそうだ。眠そうな顔もしていない。あーすっきり。よく寝た! と言う顔でもない。いや? 少し……不機嫌か?

 

 「ん? なに? どーした? 瑠火。」

 「いや。」

 

 私はそう聞かれたが、じ〜っと。見る。

 

 愁弥の首筋を。

 

 「瑠火ちゃん? 顔がおっかねぇけど。」

 「ついてないな。」

 「は?? なにが?」

 

 前に……愁弥に始めて会った時だ。右の首筋にアザみたいのがぽつん。とついていた。それも二つ。

 

 ケガをしたのか? と聞いたら、妙に慌てて手で隠したのだ。私はそれを思い出した。アレは“怪しい証拠”なのだ。絶対。今ならわかる。愁弥は、その時は聞いてもすっとぼけていたが。

 

 私も久しく忘れていたが、今朝は思い出した。

 

 

 「瑠火?」

 「そうか。首じゃない。と言う事もあるのか。愁弥。服を脱げ。」

 「はぁっ!?」

 

 私の一言に素っ頓狂な声が返ってきた。さらに

 

 「瑠火。なにを言ってるんだ? 朝っぱらから。しかもこんな街中で。おバカさんにも程があるぞ。」

 

 ルシエルが檻籠の中から深いため息をついた。朝の街中だ。周りは人が大勢行き交う。だが。私は気になるのだ。気になると止まらないのだ。

 

 「なぁに? どうしたの?」

 

 と、リデアが宿屋から出てきた。

 

 「そこへ直れ。二人とも」

 「え? なぁに? 瑠火? 顔がコワい」

 「なんすか? なに? どーした??」

 

 怪しい。狼狽える愁弥がなおさら怪しい。

 

 これは確信犯だ。とりあえず二人は並んだ。

 

  

 何も……人の大勢いるところで、男を素っ裸にしようとする趣味は、私にはない。と思う。最近の私は、歯止めの効かないサディスティックな自分がいる事を知った。なので、と。思う。しか言えない。

 

 だが、これには理由がある。

 

  昨夜の事だ。

 

 私達はこの、ダルムの港町で一泊した。その時に、リデアと私は同じ部屋。愁弥とルシエルとは別れたのだ。部屋に行き……リデアが、聞いてきたのが、始まりだった。

 

 

『いつもはどうしてるの?』

『一緒だ。』

『え? なんで?』

『愁弥が……“勿体ない”。そう言うからだ。』

『え?? てことは二人はすでに……そうゆう関係?? なによ! 言ってよ〜! あたしとルシエルが同じ部屋になれば良かったわね。』


 と、何だか嬉しそうに言っていたのだ。


 が。


『どうゆう関係なのかわからないが……連れがいる時は、こうして連れに合わせる。いない時は、勿体ないから一緒だ。』


 と、私が答えたら……豹変したのだ。


『どーゆうこと!? 一緒にいて何もないの!? なにそれ!? それで愁弥はあの感じ!? 構ってくる溺愛系!? ありえない!!』


 と……なったのだ。そしてそのまま……部屋を出て行った。暫くすると、ルシエルが部屋に入ってきたのだ。

 

 「うるさいからここで寝る」

 

 と。

 

 私もいつの間にか寝てしまった。かなり遅くまで待ってはいたのだが……。朝起きたらリデアは隣で寝ていたが、ルシエルはいなかった。

 

 

 「リデア。」

 「はい?」

 「昨日は随分と遅くまで、愁弥の部屋にいたみたいたが、何をしていたんだ?」

 

 私がそう聞くと、リデアと愁弥は二人そろって目を見開いたが、直ぐに笑った。二人そろって同じリアクションをするのは、尚更あやしい。

 

 

 「あら。これはこれは」

 「へー。嬉しい誤解だな。」

 

 私の問に二人はにやにやと笑った。

 

 「何がおかしい? 答えろ」

 

 イラついたのでそう聞いた。するとリデアはくすっと笑ったのだ。

 

 「姫様。何もしてません。誓います。」

 

 右手を胸元に充てた。これは神や王に敬意を払い、嘘偽りの無い事を示す所作だ。だが、顔はとってもにやにや。としている。

 

 「誤魔化すな。私は神でも王でもない。愁弥。まさか……リデアと……」

 「へいへい。何もしてませんよ。瑠火姫。いつもそうやって積極的だと、助かるんすけどね。」

 

 愁弥はにやっ。と笑うと右手をリデアと同じ様にしたのだ。イラつくな。このにやり顔は。それにその言葉も! だが! 気になる!

 

 「だからウソをつくな。バカにしてるな? 何も知らないと思って。」

 「あら? あたしの首も見る? ないわよ。キ○マーク。」

 「そんなのわからない。見えない所かも。」

 

 キ○マーク?? そう言うものなのか。なるほど。

 

 「瑠火。ハナシをしてただけだ。なんもしてねーよ。」

 「そうそう。バカにはしてないわ。カワイイと思うけど。」

 

 バカにしてる! 私が何も知らないから姫だの何だのと、いっつもバカにするんだ。

 

 何処かにそうゆうのを教えてくれる場所は……無いのだろうか?

 

 「瑠火。愁弥は大丈夫よ。それにちゃんとそのうち、話をしてくれるわ。ね? ナイトさん。」

 

 ぽんっとリデアは愁弥の背中を叩いたのだ。

 

 愁弥はそれには答えなかったが、私を見ていた。真っ直ぐと。少しだけ微笑んでいた。

 

 「……もういい。」

 

 何だか怒っているのがバカらしくなってしまった。愁弥の真っ直ぐな眼を見たら。それに……あの優しげな微笑えみは、私の好きな愁弥の表情だ。それを見たら……どうでも良くなってしまった。

 

 愁弥とリデアが何を話したのかは知らない。でも……私は、自分の感情を知った。例え……リデアでも、私以外の女の人と二人だけになるのは……嫌だ。と。

 

 見えないのが……イヤだった。

 

 

 ✣

 

 ハーベストはダルムの港町から直ぐだった。大きな街ではなく、古き良き街。煙突から煙があがり、美味しそうな薫りが漂う。


 クロスタウンは、“ターメル石”と言う鉱石を家屋などの土台に使用していたが、ここでは“カフス石”と言うらしい。


 愁弥が言うにはレンガ。それにとても良く似ているそうだ。大陸によって採掘される鉱石が異なる。

 

 それを、長方形に研磨し泥と“サンド”と言う粘着素材。それを使い組み立てて、建物を造る。愁弥の世界では、セメントと言うものに近いらしい。


 建物の色彩が異なるのは、鉱石によるものだと……シャルムが教えてくれた。どうやらここの大陸は、褐色系が多い様だ。建物自体はそこまで高さはない。二階建てや三階建て。ただ円形の建物ばかりだ。屋根は無く円筒の家の上から、四角い煙突がちょこんと乗っかっている。


 可愛らしい街並みだ。


「コーラルだったな? まだ朝だ。酒場にいんのか? ブラッドさん。」


 愁弥は街の中を見回しながらそう言った。炭鉱の男たちが多いのか、浅黒い肌をしたガタイのいい男たちが多い。忙しなく通りを歩く男たち。ルシエルは檻籠の中にいる。

 

 入れておいて正解だった。人が多い。これから仕事なのだろうか。


「でもいつもいる様な事を言っていたわよね? とりあえず、行ってみる?」

「そうだな。」


 街の奥には大きな煙突が建っていた。長細い円筒。そこから黒い煙がモクモクと空に立ち昇っていた。


 何かを燃やしているのだろうか?


 “コーラル”に行くと店の中は、朝だと言うのに賑わっていた。酒を飲む男たちが大勢いた。

 

 不思議だな。仕事ではないのか? 街の奥にある煙のあがっている建物。あれは……工場ではないのか? 砕石場かと思ったのだが。

 

 

 その一角に、カウンターを設けた店の様なものがあったのだ。


 その上には“職人ブラッドの店”と、木枠の看板が添えられていた。


 カンカン……


 音が鳴っていた。何かを打ち付ける鉄の音。それが少ししか聞こえないほど、店の中は男たちの笑い声に包まれていた。


「ブラッドさん!」


 私達は奥にあるその店に向かった。カウンターの奥。小さな窯だ。そこに火が燃やされていた。更にその前では、斧を金槌で打つブラッドさんがいたのだ。


「おお。瑠火。愁弥! ルシエル!」

 「おっちゃん!」

 「ルシエル。元気そうじゃな。」

 

 ルシエルは檻籠の中からそう叫んだ。嬉しそうだな。


 ブラッドさんは笑っていた。懐かしいこの笑み。ホッとさせてくれる優しい笑みだ。それに作業を止めてカウンターに、出てきてくれた。


 赤み掛かったもじゃっとした髪。ブラッドさんはそれを、後ろに一纏めにしていた。この前見た時は、降ろしていた。肩より少し長いだろう。


 黒に近いブラウンの瞳。もじゃっとしたヒゲは口の周りを囲む。そして初老近い男顔。なのだが、とても優しそうでいて、渋みもある。

 

 「はて? お嬢さんは始めてじゃな?」


 嗄れた声は酒焼けであろう。ドワーフはお酒が大好きなのだ。と、リデアを見るとそう言った。

 

 リデアはカウンターの前に立つと屈む。少し低いのは、ドワーフの背格好に合わせているからだろう。

 

 「はじめまして。リデアです。瑠火たちと少しだけど一緒に旅してる冒険者です。」

 「おお。そうじゃったか。リデア。ワシはブラッドだ。宜しくな。」

 

 リデアとブラッドさんは握手したのだ。ドワーフの背格好は、私達より低いが手は同じだ。少しブラッドさんの方が大きいかな。

 

 土職人と呼ばれている彼等は、手が命だ。この少しごつっとした職人さんの手が、様々な武器、防具、アクセサリーを産み出すのだ。


 

「ブラッドさん。店やってんのか?」

「ああ。そうじゃ。ここは炭鉱の街でな。武器ではないが……“炭鉱斧”が必要なんじゃ。最近は深くまで掘るでな。強靭さが求められとる。」


 そう言うと……私達の腰元ぐらいまでの背丈。ブラッドさんは、低いカウンターのテーブルに、斧を置いた。

 

 「ブラッドさん。不思議なカタチだな? 槍か?」

 

 私はカウンターの上に置かれた銀色の斧を見て、そう聞いた。先がとても尖っているのだが、通常の斧よりも細く長い。まるで鎌の様だ。

 

 「ツルハシだな。この尖った先で岩を掘るんだろ? にしてもすげー鋭いけどな。槍みてーだ。」

 

 愁弥は木の持ち手を使むとそう言った。

 

 「よくわかったな。ツルハシを少し改良したものだ。今までのは、太くて短くてな。奥深くまで入らんし力も必要だった。抉る様な物で軽いのが欲しいと、言われてな。これにしたんじゃよ。」

 

 ブラッドんはツルハシとやらを触り、尖端を指で突いたのだ。本当に鎌みたいだ。尖端は少し丸くなっていて、穴を掘ることも出来そうだ。

 

 「鉄じゃねーの?」

 「ここら辺で採掘される“ハンナ貝殻”と銀で合成したものだ。」

 「え? 貝殻なのか?」

 「そうじゃ。尖端が細く長いからな。鉄で造ると重くてバランスが悪い。貝殻を使うと軽量化される。そこに銀を使い強度を上げたのじゃ。因みに……“騎士たちの防具”や剣にも用いられとる手法じゃよ。」

 

 ブラッドさんはそう言ったのだ。愁弥もとても驚いていた。へー。と、白銀の刃を見ながら目を輝かせた。

 

 「俺様も見たい! 瑠火!」

 

 ルシエルがそう騒いだので、私は檻籠を腰から外しカウンターの上に置いた。

 

 「興味があるのか? ルシエル。」

 「あるある! 愁弥。これなら敵も倒せるぞ。槍の先と同じ鋭さだ。」

 「ああ。それにすげー軽い。俺の神剣みてーだ。」

 

 愁弥は斧を手にして眺めている。指で刃先を摘んだりしていた。ルシエルはそれを眺めていたのだ。

 

 「ブラッドさん。騎士団の鎧はそれで不思議な光沢が、あるのか?」

 「そうじゃよ。ここらで採れる“貝殻”は“白っぽい”んだ。大陸や近海に寄っても異なる。それぞれ近い海の貝殻で造るんじゃ。騎士団の武器も防具もワシらが、造るんじゃよ。」

 

 私の問いかけにブラッドさんはそう言ったのだ。

 

 「え? まじ? ブラッドさん達が造ってんのか? アイツらの鎧とか。すげーな。」

 「そうなんだぁ。知らなかったわ。騎士団の防具も貝殻を使ってるのね。」

 

 愁弥とリデアは目を丸くしていた。


 

 なるほど。騎士団の鎧の不思議な色彩は……大陸にある貝殻と、銀や鉄、銅を合成して作製されたのか。

 

 「気になるか? 見に行くか? ハーベストから近い海にあるぞ?」

 

 ブラッドさんの一声に……私達は全員頷いた。

 

 「「行きたい!!」」

 

 そう答えたのはルシエルとリデアだった。声が揃った。ブラッドさんは顎を擦り

 

 「よし。行くぞな。」

 

 と、笑ったのだ。

 

 

 

 

 

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