第9話 アルティミストの情勢

 ーーダルムの港町は、エルフェン王国の領地だ。とは言え……商業の要らしく、冒険者や商人が集まる街のようだ。


 王国が壊滅したにも関わらず、街も酒場も賑わっていた。他国からの者達の溜まり場の様だった。


「ウェルド王国だって?」

「無法者の集まりで、禁区の大陸に国を構えてるってハナシだよな?」

「本当なのか? その話」

「噂だよ。でも地図にも乗ってないんだ。メイフェイア大陸ぐらいしか、思いつかないだろう?」

「禁区の大陸か。人外の地に国を構えて何がしたいのか。」

「エルフやドワーフもいると聞いてる。メイフェイア大陸なんて名前も、やっとわかった所だろ?」

「地図には大陸は載ってたがな。その名前すら、最近だったな。」

「群島諸国がやられたからだろ? やっと大陸の存在を認めたんだ。世界は。」

「最新の地図には載ってるな。メイフェイア大陸。だが真っ赤だ。禁区の大陸。それしかわからん。」

「大陸の存在は認めたが、そこにどんな世界が広がってるのかはわからないんだ。わかってて隠してるのかもな。」

「は? 誰が??」


 ダルムの港町。そこの酒場。私達は夕食の為にその店にいた。


 そこには沢山の冒険者、商人たちがいた。店は、メイフェイア大陸のウェルド王国。その話で持ち切りだった。


 聞きたくなくても聞こえてくる。


「スゴいわね? 店中がエルフェン王国とウェルド王国の話よ?」

「ああ。こんなに広まっているとは思わなかった。」


 私達はそんな賑わう店の片隅。幻獣用のスペースのあるテーブルにいる。ルシエルは、そこで肉をがっついている。


 リデアはルシエルに肉を与えながら、そう言った。


「神器が盗まれたってよ。」

「神の……なんだっけ? 宝だったっけか?」

「違うよ。神の器だ。神の魂だろ?」

「会話が出来るとか……なんとか。」

「それ。売れるのか? なんの価値があるんだ? 神と会話して何が面白いんだ?」

「たしかにな。それで強くなる訳でも、大金持ちになる訳でもないしな。」


 ガッハッハ……


 大笑いするテーブルから聞こえてきたのは、そんな会話だった。神器の事も……もう噂になっているのか。


「神器を狙って王国破壊? まるで昔だな。」

「え? なんの話だ?」

「聖神戦争だよ。人間が神器を兵器だと思って、神に戦争ふっかけたんだろ? 盗もうとした。って話じゃないか。」

「それは噂だろ? 本当かどうかわからないらしいじゃないか。」

「聖神戦争なんて、オレはまだ産まれてない。」

「たしかにな。俺もだ。」

「どっちにしても……神絡みとなると、戦争になんのかね?」

「エルフェン王国としては、ウェルド王国を許せないだろうな。」

「壊滅したんだろ?」

「だから。出てくるだろ。“サイフォス辺り“が。」

「オルファウスか。てことは、シャトルーズもだな。親交国だろ?」

「聞いたか? オルファウスが兵士募集掛けてるらしいぞ。冒険者の待合所ショットに、話が舞い込んでるってさ。」

「それ。あれじゃねーの? エルフェン王国の再建の人手だろ? 都合良すぎだな。オルファウス。」

「聖国アスタリアを滅ぼして……レドニーも見殺しだ。未だにレドニーには人手募集も掛けてないらしいな。」

「え? そうなのか? レドニーを見殺しにしたのはアスタリアじゃないの?」

「それ言うなら、ミントスだろ。再建から何から騎士団任せらしいじゃないか。王は死んだ様になってるんだろ?」

「酷い話だよな。その癖……国が困ると他国に人材募集だ。一般庶民まで巻き込まれる。」

「そうそう。挙げ句の果てに名誉の死だ。お前らは神かよ?」

「人間が支配しようが、神が支配しようが幻獣が支配しようが、誰が支配しても世界は変わらない」

「とにかく戦争にはなりそうだな。」


 ため息が聞こえてきた。


 だか……ここまでアルティミストの民の声を聞くのは……はじめてだった。


 それは愁弥も感じたことなのか……。とても驚いていた。


「なんかすげーな。ここまでザワついてんの始めてじゃね?」

「確かに。」


 私は頷いた。パンを千切り酒場にいる者達の声に、耳を傾けていた。


「情勢と情報だと思ってた方がいいわ。愚痴が半分以上だから。鵜呑みにしちゃだめよ? しょせんは酔っぱらい。」


 目の前の席で、キコキコとナイフで肉を切るリデアは、そう言った。


「ま。そーだな。神器の事もよくわかってねーみたいだしな。」


 隣の愁弥は、ルシエルから肉の催促を受けていた。こつん。と、鼻で頭をつつくのだ。


 愁弥はそれで大皿をルシエルのテーブルに置いた。


「不安……なんだろう。戦争になる。それがわかっているから。」


 大勢の人間たちで集まり、酒を飲み話す。私はどのテーブルもたくさんの人間たちで、囲まれているのを見て……そう言った。まるで、恐怖心や不安。それらを隠そうと騒いでいる。


 そう見えたから、そう言った。


「やっぱ。そうなんのか?」

「なるでしょうね。オルファウスにシャトルーズが、出てきたってことは、報復と弔い。その意を持って絶対に、戦争をするわ。それに……他国も加勢する。」


 リデアはフォークで肉を口に運んだ。


「オルファウスは強い。大きな戦争となれば、サイフォスが自ら剣を奮う。高みの見物はしない。騎士団もそのお陰で強いんだ。あの国は、この世界でも一、二を争う武勇の国だ。」


 ルシエルはそう言った。もぐもぐと口を動かす。


「ん? 他の国はやっぱ王は戦わねーの? あ。でもそうだな。言っちゃ悪いが、クロイドのとこの王は戦いそーにねーもんな?」


 シャトルーズの王。ライノス王のことであろうな。確かに穏やかそうな男であった。とても剣を持つとは思えない。


「ほとんどが“象徴”だから戦いには参加しないわ。その為に騎士団がいて、街には青年騎士団がいるのよ。」


 リデアは軽くお酒を飲んでいる。私と同い年の19だと、聞いて少し驚いた。大人っぽく見えたからだ。


「あーそうか。だからレオンとかは必死で守ってたんだな。ミントス王と王族を。」

「そうだ。王族さえ生き残れば再建も簡単だ。だが、何もかも失えばイチからやり直すしかない。その時に……苦渋を舐める。新国扱いだ。仲のいい国ばかりではないからな。」


 ルシエルはそう言うと水を飲んだ。


「新国は、潰される可能性もあるし、取り込まれる可能性もあるわ。それに、新国が立ち上がった時に、元王家の親族たちは迫害される。そこからばっさりと、区別されるの。国の中で揉め事や争い事が起きるのを防ぐ為ね。」


 リデアがそう言うと、愁弥は首を傾げた。だが


「あー……。倒産した親族会社の元役員と、社長の家族みてーなもんか。昔の奴らがいると面倒くせーもんな。確かに。」


 と、そう言ったのだ。


 とうさん?? なんだ?


 私はそう思ったがリデアは


「国が潰れる前に、どんなに大国で歴史があっても……王族と王がいなければ、ただの人間。その国の生き残りは、流れ人。優遇はされないのよ。」


 リデアはそう言うと白いナプキン。布で口を拭いた。何故……気にならないのだ?


 愁弥が異世界から来たと知ってるからか?


「奴隷ってことか?」

「それに近い扱いを受ける元貴族もいるわ。」


 愁弥はリデアの話を聞き……う〜ん。と唸った。


「王族ってのはすげーいるんじゃねーの? あの聖国アスタリアの時にも思ったけどさ、親族っての? どっかにいそうだけどな。ソイツがなるモンじゃねーの? 王ってのに。」


 と、そう言ったのだ。私とリデアは顔を見合わせた。だが、それに答えたのはルシエルだった。


「アルティミストの王位継承権は、必ずしも血族が与えられるものじゃないんだ。愁弥。」

「へ? なんでだ?」


 愁弥はやっぱりとても不思議そうな顔をしていた。愁弥の国とは異なるのだろうか。


「王が決める。まあ、大体は第一子息。そこは多分、変わらないな。それ以外は、言い方悪いが継承権は無い。王が選ばない。例えば第一子息が継承権を破棄した。となると、王が選ぶのは“騎士団長”だ。国の為に尽力してくれた者達の、トップ。王からしたら息子みたいなものだ。第一子息がいても、騎士団長に王位継承権を与える者もいる。王のカラーが反映されるんだ。つまり好き嫌い。」


 私がーー、フレイルが王位継承権を持ち他にいない。それに驚いたのはこの為だ。聖国アスタリアに、アシュラム聖王が認めた者。


 それが、国を捨てたフレイルしかいなかったからだ。


 ルシエルはそう言ったが、私は捕捉した。


「信頼関係の問題だ。家族とは言え……上手くいかない関係性もある。それにご子息の関係性。お互いに早く死ね。と、思える関係にしたくなかったのだろう。」

「……ああ。まー……家族ってのは色々だからな。」


 ん? 私は隣でぼそっとそう言った愁弥が、少し気になった。愁弥は家族の話をしない。


 聞いてもはぐらかす。ご両親は健在。それは聞いているが……。


「ああ。それでエルフェン王国の息子ってのは、アブねーのに騎士団長だったのか。フツーなら、戦いから身を引くだろうな。と、思ったんだよな。なるほどな。」


 愁弥はそう言ったのだ。エルフェン王国のご子息“ハスメル殿”は、騎士団長であった。それも第一子息だ。


 今後……誰が王位継承するのかはわからない。


「そうね。ハスメルご子息は稀よ。余りいないわ。ご子息が騎士団になるのは。愁弥の言うとおり、アブないし、王が止める。継承者がいなくなる恐れがあるからね。エルフェン王国の王。セブール王は……それだけ、騎士に想いがあったのね。」


 リデアがそう言って、細いグラスに手を向けた。ワインレッドのお酒だ。それをくいっと飲む。


 “ガーネット”と言うワインレッドの実。それをすり潰し、“ブドウ酒”に漬け発酵させた甘酸っぱくとても美味しいお酒だ。


「それに騎士団長なら……王の名も継いでくれる。自分達が命懸けで護ってきた国だ。王族は消えても国の名は残る。血族も薄れてゆくからな。気持ちも血も。」


 ルシエルはそう言った。


「そっか。」


 愁弥は頷いたが、ルシエルが頭を小突いたので


「あ。ルシエル。一、ニを争うって言ったな? オルファウス帝国とあと、何処が強いんだ?」


 と、聞きつつ愁弥はルシエルの空のお皿に、肉を乗せた。興味があるのだな。


「ん? それは愁弥のネックレスの国だ。」

「あ?」


 ルシエルは愁弥の胸元についている金色の獅子。そのネックレスを見つめた。愁弥も視線を落としていた。


「まじ?」

「そうだ。“神国ミューズ”だ。そのゼクノスって闘神は、闘いの神の象徴だ。俺様は会った事がないが、闘神率いる最強の神。そう聞いた。」


 ルシエルがそう言うと愁弥は、金色の鎖を手にした。獅子を眺めたのだ。


「あー……だから、コレを見ると騒ぐワケだ。みんな。」

「それはそうだ。最強の闘神ゼクノスに認められた戦士。そう思ってるからな。」


 愁弥はネックレスから手を離した。


「千円で買ったんだけどな。実際は。」

「そこは伏せておけ。夢が壊れる」


 リデアは二人の会話を聞きながら、ぷっ。と笑った。


「ホント。聞いた時にはびっくりしたわ。ねぇねぇ。愁弥。異世界ってどんなとこ? 教えて。」

「あー。そうだな……こことはすげー違う。」

「俺様もあの“からあげとハンバーガーのハナシ”が聞きたい! 話せ! ウマそうなハナシ!」


 愁弥はリデアに自分の世界のハナシをした。リデアは、目を輝かせて聞いていた。


 何故か……ルシエルも目を輝かせていた。

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