第8話 一つの流れ

 ーーエルフェン王国騎士団は、ほぼ壊滅。更に王族の姿もなく、王城が落ちた時に全て破壊された事がわかった。


 これから……“光”となる筈であった騎士団たち。更に、その彼等の未来を開き育成し、世界を護ろうとしたセブール王一族。


 先駆けとなるであろうエルフェン王国は……この日。壊滅したのだ。


 港で戦っていた海上騎士団たちは無事。エルフェン王国も、シャトルーズの者たちも生き残っていた。


 だが……犠牲は多かった。


 夕暮れ……“騎士団創世の意志を継ぐ者の一人”。セブール王の弔いの儀は行われた。


 無念なことにセブール王しか……遺っていなかった。王族たちの亡骸は今も……ガレキの中であろう。


 エルフェン王国 国王“セブール・エルフェン”。71歳の最期には、オルファウス帝国の皇帝。“サイフォス皇帝”。更に……騎士団たちも集まっていた。


 それにシャトルーズ王国の王。“ライノス国王”。騎士団と海上騎士団も……姿を現したのだ。


 崩壊してしまった王国での静かな弔い。


 誰もが哀しみに暮れていた。



 弔いの儀の最中であるが、私達はガレキに囲まれた少し開けた場所で対面した。


 シャルム、クロイド、そしてリデア。サファリ。


 そこに、オルファウス帝国皇帝サイフォス。まだ血気盛んな40代だと聞いて驚いた。サイフォス皇帝の父……、先代皇帝は早くに亡くなったそうだ。


 そのせいか……今まで見た王。とはやはり異なる。銀髪混じりのラベンダーの髪。それにフレイル達の着ている鎧とは異なる銀の鎧。


 だがその鎧もまたうっすらとピンクが混じる光沢を放っていた。


「では……今回の件は……“ウェルド王国”。その者たちの仕業。そう言うことなのだな? シャトルーズ海上騎士団長クロイド。」


 大柄でガディスはそこそこ風格があるが、更に上回っていた。“皇帝”。その名に相応しい男であった。威圧感と言うよりも気迫。全身から滲みでるそのオーラは、異様。


 男臭さの滲む風貌。クロイドを見る淡い薄紫の瞳。


「はい。それだけではありません。ミントス王国同様。“神器”が絡んでる模様です。独断で調査をしていましたので……」


 クロイドはそう言うと私達に視線を向けた。


「この者たちが見ております。神器を狙う者の姿を。」


 そう言ったのだ。


「うむ。そなたらは……“月雲の民”か? そっちは……どうも違う様だが……。」


 片や……クロイドの国。シャトルーズの王ライノスは、穏やかな顔つきをした男性であった。こちらもまだ50手前だとか。


 蒼いローブに金色のサークレット。冠の様な太めのものだ。細い目が印象的な優しそうな男性であった。ただ、シワ一つなくその細い眼の眼光は、時折尖くなる。


 愁弥を見ていた淡い水色の瞳が、一瞬だけ丸くなったが直ぐに聡明な表情になった。


 ふぅ。


 と、息を吐く。


 腰まである濃いめの蒼い髪。クロイドの髪の色に似ている。ネイビーに近い。


「“神国ミューズの戦士”に、黒き姿……“破滅の幻獣ルシエル”。クロイド。何者だ?」


 やはり尖さが増した。声も目つきも。


「“北の墓場”の魔物討伐をした勇敢な冒険者だと、伺っております。」

「なに? それではこの者たちが……“ガディルの青年騎士団”たちの言っていた者たちか。そうか……」


 ライノス王は途端に穏やかな顔つきになった。私達を見つめると、にっこりと笑った。


「礼を申す旅の者。」


 ライノス王は深々と頭を下げたのだ。


「いえ。たまたまです。」


 拉致られそうになった事は……言わないでおこう。


「姉ちゃん達は……何目的なんだ? 魔物追いかけて神器も追いかけてんの?」


 そう言ったのはここに参列しているオルファウス帝国騎士団。


 シュヴァルだ。深い翠の色をした髪。更に冷たそうな水色の眼をした男だ。相変わらず軽いな。


 その横にはフレイル。更にガディスもいる。


「え? なに? 瑠火。オルファウス帝国の騎士団の事も知ってるの?」

「たまたまだ。」

「だから。絡んでるからね。とっても。」


 リデアとの会話に水を挿す男シュヴァル。全く! 声がデカい。


「それで? 王達の手前で恐縮だが……口を挟ませて貰う。いにしえの民……」

「瑠火だ。フレイル」


 混じりの無いビュアーブルーの髪をした男フレイル。相変わらずなブラックトルマリンの様な瞳は、一瞬泳いだ。


 そのクールそうな表情も崩れた。


 ごほん。


 フレイルは咳払いしたのだ。気まずそうに。


 フッ……焦ったな。いきなり名前を呼ばれて。なかなかこの澄ました顔が、崩れるのは面白い。何度も見たくなるな。


 どうやら私は……少々サディステイックな傾向がある様だ。お陰で自分を少し知れたな。


「瑠火。まるで血の匂いを嗅ぎつけるかの様に現れるのは、どう言う事だ? とてもじゃないが偶然とは思えない。ミントス、アスタリア。エルフェン。王国崩壊に出会す理由はなんだ?」


 少し……かちん。ときた。ので、敢えて言う事にした。サイフォス皇帝はいるが。


「聖国アスタリアを壊したのはお前達だ。私達じゃない。失礼にも程があるぞ。フレイル。」


 私が言うとあちゃ〜……と、頭を抑えたのは、ガディスだった。深いヴァイオレットの髪が揺れた。


「姫さん。それは自由すぎるぞ。ガキ……しつけしとけ。」

「ガキじゃねー。おっさん。」


 あちゃ〜……と、頭を抑えたのはシュヴァルだった。


「わ。コッチも?? 幻獣ちゃん。ちゃんと躾しないと。」

「ちゃんをつけるな! 様をつけろ! つけるなら。」


 ごほん。


 ルシエルとシュヴァルの声のあとに、咳払いしたのはサイフォス皇帝だった。凛々しい顔がとても気まずそうになった。


「フレイル。失言だ。瑠火殿がそう捉えても致し方無い言い方だ。それに……瑠火殿。“攻めなくてはならない時もある”のだ。勝手だと思うかもしれんが……“民を救う”。それには手段が無かった。」


 サイフォス皇帝の瞳は揺らいでいた。それは哀しみに潤む瞳でもあった。苦渋の決断であった。その言葉が、嘘とは思えなかった。


 会うまでは鬼畜なのかと思っていたが……。そうか。この人はアスタリアの民を……救いたかったのか。食糧すら無いあの国の民を。


 滅んでいく国の者たちを。


「いえ。失言でした。すみません。」


 私はそう言った。


 ごほん。


 と、サイフォス皇帝は咳払いした。すると隣にいるフレイルが、とても気まずそうな顔をした。


「こちらも失言だった。すまない」


 なかなか素直な男だ。従順なのだな。騎士団長。


「サイフォス皇帝。ライノス王。我が……“ヘルズウェイ国王陛下”……ファルガ様も今回の件で調査に乗り出す方針です。」


 シャルムだった。軽く頭を下げてからそう言ったのだ。うむ。と、頷いたのはサイフォス皇帝だった。


「ウェルド王国……。謎に包まれた国だ。わかっているのは、西の大陸……“未開の大陸と呼ばれるメイフェイア大陸”。そこにあるであろう。それだけだったな。」


 サイフォス皇帝は隣にいるライノス王に話しかけた。すると


「地図にも乗らぬ国……“ウェルド王国”。名が聞こえてきたのはここ数年の事。我等の知る大陸にその様な国はない。あるとすれば未開の大陸メイフェイア。そう……決めつけているだけではあるが……」


 頷いてからそうライノス王は答えた。どうにも本当に知らない様だ。クロイドやシャルム。それにフレイル達も表情が暗い。


「勢力伸ばしてるってハナシなんだろ? どっかの国もツブされてんじゃねーの?」


 と、そんな重苦しい空気のなかでいつもどおりの愁弥の声が響いたのだ。


 ぎょっとしてるのはフレイルとクロイドだった。


「小僧。王の手前だ。言葉に気をつけろ」

「あーうるせーな。俺は国のモンじゃねーし。もっと言えば……。あー。まーいっか。」


 この世界の人間じゃねー。と言いたかったのだろうな。クロイドはきょとん。としていたが。


「良い。彼は“神国”の民だ。崇拝してるのは闘神。致し方無い。」


 あっさりと認めたのはライノス王だった。なるほど。信仰の違いは理解されているのだな。あ。愁弥は違うが。


「俺は無宗教。無派閥。で? どーなんだ?」


 愁弥の声に え?? と、全員が聞き返していたが、


「海上騎士団の話では……今の所、大国が狙われたと言う話は聞いてない。だが……付近にある群島諸国。こちらは制圧された。そう聞いてる」


 クロイドが仕切り直すかの様にそう言った。愁弥は腕を組む。


「群島諸国ってのは……けっこうあんの?」

「小さな国が幾つも集まって出来ている国家だ。それらを全て制圧したとなると……一つの大陸分にはなる。」

「なるほどな。」


 一つの大陸か。それはかなり大きいな。だが、未開の大陸とは一体何だ?


「クロイド。未開の大陸とは何だ? 人が住んでいない。そう言うことか?」


 私の声に答えたのはサイフォス皇帝だった。


「人外の地。と言われているからだ。人を寄せ付けない大陸だと噂されている。だから人は足を踏み入れない。」


 すると黙って聞いていたルシエルが、ため息ついた。はぁぁと。


 大きなため息だ。


「それは人間が勝手に毛嫌いしてるだけだ。メイフェイア大陸は、船でだって行けるし別に人も住める。ただ、エルフやドワーフ。ヴァルナ族。それが住んでるって聞いてるから、行かないだけだろ?」


 そう言ったのだ。


「ルシエル? 知ってるのか?」

「俺様は何度も行ったことがあるぞ。ドワーフ帝国もある。エルフの森だって……」


「「早く言え!!」」


 ルシエルの声を遮ったのは……勿論。私と愁弥だ。


「え? だって聞かれなかったじゃん。」


 ルシエルはキョトンとしてしまった。あーもう! このバカ狼! なんでこうなんだ! いい加減で呑気すぎる!


「本当にエルフやドワーフが住んでるのか? それにヴァルナ族も。」


 興味を示したのはフレイルだった。ルシエルを見てそう聞いてきたのだ。


「ああ。住んでる。俺様が行った時は……そうだな。普通の人間もちょっとは住んでたぞ? “カモカの村”ってのがあった。今はわからん。俺様は五十年近く! 氷の中だ。やんなっちゃうよな〜。ホント。変な檻にいれられるし。肉少ないし……ざわモヤコンビだし……」


 ふるふると大きな頭を振った。ぶつぶつと愚痴が始まってしまった。


「ざわモヤ?」


 目を見開いたのはライノス王だった。


「気になさらず」


 私はとりあえず……ルシエルの前足を踏んづけておいた。ギャウっ! と、痛そうな悲鳴をあげ愚痴は止まった。


「姉ちゃん。相変わらず激しいな。美人なんだけどな。」

「もったいねーよなぁ。」


 シュヴァルとガディスの軽口には、睨んでおいた。


「どちらにせよ。放置は出来ん。エルフェン王国の悲劇を各国に伝え……早急に、ウェルド王国について調査を開始しよう。」


 サイフォス皇帝はそう言うとライノス王に、目を向けた。


「神器についてはクロイド。引き続き頼むぞ。こちらも各国の海上騎士団たちに、話を通し厳戒態勢で望まねばならぬな。」


 ライノス王はそう言った。


「はい」


 クロイドは頭を下げていた。


 世界が動きだそうとしていた。これが一つの流れとなればいいが。




 ✢


「国に戻るのか?」


 王達との対面のあとで、私達はシャルムと別れの時を迎えていた。


「ああ。ファルガ陛下に報告もあるしな。それに……、ウェルド王国の事も調べてみる。瑠火。愁弥。ルシエルくん。何かわかったら連絡する。」


 シャルムはそう言うと一人……エルフェン王国を、後にしたのだ。聖騎士と言う宿命を担う背中は、とても大きいものだった。


 彼はヘルズウェイ国で唯一の聖騎士だそうだ。国の垣根を越えて……セブール王とは懇意だったらしい。単身で馬も連れずここまで来た。まるで、親しい国に訪れる感覚で。


「リデアはどうするんだ? 仕事があると言っていたな。」

「ん〜……。そうなんだけど……船は出そうにないし。近くの港町まで一緒に行ってもいい?」


 私が聞くとリデアはそう言った。


「勿論」

「良かった〜。なんか一人って心細くて。こんな時は。」


 リデアはにこにこと笑うと、ルシエルと愁弥によろしくね〜と、言っていた。ようやく笑顔が戻った様だ。


 私達はエルフェン王国を出る。


 この先にも“十二の護神の神殿”があると聞いた。クロイドに。全く! 人使いが荒い!


 彼はライノス王を連れ国に帰った。それに……オルファウス帝国の皇帝。フレイルも。


 ガディスとシュヴァル、騎士団。それにシャトルーズの海上騎士団。エルフェン王国の海上騎士団たちは、このまま王国に残り救助活動と、街の再建を手伝うことになった。


 更にそれぞれが人手を集め寄越す。サイフォス皇帝もライノス王もエルフェン王国の海上騎士団たちに、そう声を掛けていた。


 一つの国が滅び……何かが動きだす。そんな予感がした。

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