第7話 崩壊の中の希望の光

 ーーすべてが失くなった世界は……哀しみしか残らない。


「ルシエル……。大丈夫か?」


 地面にフセて目を閉じているルシエルは、私が駆けつけるとぴくっ。と、右耳あげた。


 片目……右目が開く。


 ルシエルの黒く大きな身体。それを覆っていた白い光は、消えていた。更にシャルムの姿も無かった。


 様子からして怪我の治癒は無事に済んでいる。それはわかったのだが……やっぱり。心配だった。何しろ、ルシエルがこんな風に深手を負うことは、先ずあり得なかったからだ。


「瑠火……。少し疲れた。寝る……」


 そう言って右目を閉じてしまった。紫色の輝きは、強かった。だからホッとはしたのだが……、何とも疲れきったその声に、思わず頭を撫でていた。


 図体だけはデカい……子犬に見えてしまった。


「檻に戻る?」

「……このままでいい。」


 フゥ……。


 強い鼻息が黒い鼻から吹きこぼれた。撫でた頭はとてもあたたかった。


 声も苦しそうではない。いつもの低い獣の声だ。横向きの身体。お腹辺りは完全に綺麗な状態だった。


 スゴいな。治癒力ヒーリングは。傷がふさがってる。


「大丈夫そうだな。」


 ふと、そんな声がしたので振り返ると愁弥がいた。隣にはクロイドもいる。私は二人を見て……少し驚いた。


「二人とも無事そうだな。良かった。」


 そうなのだ。クロイドは少し怪我をしている様子だったが、愁弥は全くの無傷。ダークバモスとの一戦後とは、思えなかった。


「ああ。アイツ。なんだったんだ? いきなり止まったんだ。なんもしてこなくなった。」


 愁弥は腰に手を充てとても不思議そうな顔をしていた。首を傾げたのだ。


「いきなり?」


 私が聞くと隣にいるクロイドが、腕を組んだ。黒い軍服は、右肩が少しだけ破れていた。


「ああ。突然だ。まるで“停止”したみたいだった。あれも召喚獣の特性か? 悪いが……俺は召喚獣も幻獣も、戦争で何度か戦った事があるだけだ。さっきの奴みたいに無法で暴れるのは、始めて見た。」


 クロイドの紫玉の様な瞳は丸くなっていた。


 そうか。さっき……『幻獣と召喚獣は人間に歯向かって来ない。』彼はそう言ったが……戦争以外で、遭遇した事がない。そういう意味だったのか。


「私も……正直、召喚獣と戦うのは始めてだ。幻獣もルシエルと戦ったのが、始めてだったし……」


 そう。禁忌の島に幻獣や召喚獣など現れた事はない。ルシエルが封印されていた。それが、私にとっても始めて……幻獣と言う存在を、目にした瞬間だった。



「召喚士だったな? 聖国アスタリアで見た召喚士と召喚獣みたいに、“指示”が必要なのか? てことは……瑠火と戦ってたから、それが出来なかった。ってことだよな。」


「だと……思うんだが」


 見れば、愁弥はやはり……不満そうだ。私にしても愁弥にしても、わからない事が多い。この世界を見るのは、私も始めてだ。話には聞いていても、実際にこうして世界を巡ると……理解してない事が多い。



 それはとても良くわかった。島に隔離されていた。それが情報を遮断させていたのだ。



「愁弥くんの考えが……近いだろうね。召喚獣と召喚士は、“呼応”の関係です。互いに共鳴し合い、それが“力”に関係する。そう……聞いた事があるよ。」


 白いマントをひらつかせながら、歩み寄って来たのは、シャルムだった。


 相変わらず……この世界の騎士の着る鎧は、不思議な色合いを持つ。素材は銀や銅、鉄。などなのだろうが、シャルムの鎧は紫が混じって光っている。


「呼応?」

「ああ。召喚士と召喚獣の関係性は、心の繋がりだ。それを呼応と呼ぶんだ。」


 シャルムはルシエルの傍にしゃがむと、大きな腹の脇を撫でた。それはとても優しい眼差しで、見つめていた。


「でも……ちょっと違う気もしたな。“あの召喚士と召喚獣の関係性”は、呼応ではなく……まるで“主従関係”。そう見えたな。」


 と、そう言って立ち上がった。


 主従関係……。完全に召喚士が支配している。そう言うことか。


「クロイド殿。少し見て回ったが……案内したい所がある。」


 シャルムはそう言った。その表情は一気に険しくなっていた。



 ✢


 シャルムと共に来たのは、王城だ。だが、崩落したガレキの山。褐色の気高き城は、崩れ落ちていた。土台から2階辺りまで……かろうじて、カタチは残っていたが、その上はもう何も無い。


 あの立派な塔ですら地面に倒れ、円塔の上部はが転がっていた。


 そのガレキの中には、やはり水色の鎧を来た騎士たちが埋もれてしまっている。焼けた身体や、潰されてしまった身体。大勢の騎士たちが……、城の礎の中に沈んでいた。


 まだ火が消えてないガレキの山。そこにシャルムは、立ったのだ。


 ガレキは高く積み上がり、地面には火がついている。鎮火しそうではあるが、城壁を焼いたのだろう。壁の石は真っ黒になっていた。


「まさか……」


 私達もクロイド同様。


 息をのんだ。ガレキの傍には水色のローブ。それを纏った白髪の男性。かなりの老人だ。だが、その鮮やかでいて滑らかな布地。


 明らかに高貴な者。その格好だった。


 クロイドは地面に力なく……しゃがんだ。さすがは元騎士だ。片膝つき……倒れ臥す老人の前にしゃがみこんだのだ。


「エルフェン王で間違いないと思われる。謁見の時に見掛けたお姿だ。それに……」


 シャルムはクロイドの後ろに立っていた。白髪の老人は細い手を、腹の前で組みその左手の薬指には、水色の宝石のついた指輪を嵌めていた。


「ああ。これは……“王石”。エルフェン王国の国宝。何と言う事だ。“これから”と言う時に……」


 クロイドは頭を擡げた。それは落胆しているのが、わかるほどに。


「見て回ったが……王しか見つけられなかった。王妃様や王女様。騎士団長の“ハスメル御子息”。彼等は……」


 シャルムは右手を握り、項垂れた。


 王族が……全滅。私は目の前に積み上がったガレキを、見つめていた。エルフェン王は確かに、顔などは煤汚れしているが、綺麗なままだった。


 ただ、水色のローブは腹元。手の置いてある辺りは、紅黒く変色していた。深い傷を負い血を流したのだろうが……、ここが最期の時では無いのかもしれない。


 シャルムが運んだのか。エルフェン王の身体の下には、血が溜まってはいなかった。



「……生き残りはいないのか?」


 クロイドは頭をあげた。少し低く響く声。


「騎士団が数人。今……手分けして生き残りを探している。エルフェン王国は……残念だが……。壊滅だ。騎士団も……死体ばかりだ。」


 シャルムはそう言ったのだ。


「瑠火! 愁弥!」


 リデアの声だった。


 隣にブロンドの髪をした青年がいる。あれは、サファリ。クロイドの部下だ。


「クロイド様! ご無事で!」


 サファリは翠の瞳で、立ち上がるクロイドにそう声を掛けていた。


「サファリ? お前こそ……運だけは、いい男だな。」


 とは言いつつも、ホッとした様な顔をしている。ひねくれ者だ。サファリは……慣れているのか、へへっと笑った。


「はい。リデアさんに助けて貰ったんです。俺は助かりましたが……一緒にいた、“タナー”はガレキに潰されて……」


 サファリはそれ以上……言葉が出なかった。俯いてしまった。海上騎士団たちも……かなり……犠牲になった。


「彼もそうだけど。何人か生きてるわ。街の人や

 騎士団。エルフェンの海上騎士団の人たちと、救助してる。」


 リデアがそう言うとクロイドは、視線を向けた。驚いた事に姿勢を正し、頭を深々と下げたのだ。


「助かりました。リデア殿」


 言葉は短い。だが頭はずっと下げたままだった。リデアは少し微笑むと


「お互い様よ。」


 そう言ったのだ。


 私達はその後……生存者を探すことにした。そんな中で……今回、亡くなってしまったエルフェン王の話を、シャルムがしてくれたのだ。



「エルフェン王国の王……は、この世界の騎士団創世者の一人なんだ。」


「騎士団を創ったのか?」

「青年騎士団、騎士団。その仕組みと役割を創ったのは、エルフェン王とオルファウス王。そこから各国の王達が協力し合い、今の“王国騎士団”が出来上がったんだ。」


 愁弥の問にシャルムはそう言った。そのまま、続けたのだ。


「創世者の王達が退冠されてからも、その意志と創造は引き継がれ……新たに“聖騎士”と言う称号を、生み出そうとしていた。この世界の為に。それが、亡くなってしまったが“セブール王”だった。そこに賛同したのがオルファウス王国の王“サイフォス王”。シャトルーズ王国の王“ライノス王”だ。」



「聖騎士? なんだそれ。」


 と、そう聞いたのは愁弥だ。


「“魔術”と治癒力。剣術。それらを使える“護れる騎士”の事だ。今の騎士たちは、“守りよりも攻める意志”が強い。」


 ふぅ。


 シャルムは息を吐いた。


「“王国の盾”。それになり己の道は突き進むこと。その為に出来たのが“陣形技”。多人数での突撃技だ。そこに戦い方。と言う概念がない。生き残る。その意志もない。共に朽ちよう。この命尽きるまで。騎士道がそうさせる。だから、セブール王は、“己を護れん者は他者を護れん。”それを伝えようとしていた。」


 シャルムは愁弥を見ると


「さっきの治癒力ヒーリング習得ですら、断念する者が多い。騎士団の中にも、習得出来ず、嘆いている者も多い。本来なら卒業出来ない筈なのだが、それでも人手がなくて、騎士団として入団許可されている。」


 そう言ったのだ。


「あー。攻撃は最大の防御って言うしな。それに、待ってらんねーのか。よーは、余りにも緊急事態すぎて。」


 愁弥はそう頷いていた。


「そう言うことだ。」


 シャルムは歩きながら、息を吐いた。


 私はーー、少しわかる気がした。守りの為の術。と言うのは気が進まない。守護の術ですら、とても大変だった。


 人を助ける、護る。イメージがつかない。思い描けず……術を習得するのが大変だった。特に治癒。一点集中し、相手の事を思い念じる。


 たったそれだけの事なのだが、私は……相手を思う。それが“苦手”だった。子供には上手くいったのだが……、助けたい。良くなってほしい。どうなって欲しいのか。


 それを描けなかった。


 剣を持ち火を放つ。これほど簡単なイメージは、無かった。敵をどうしたいのか。それも直ぐに浮かんだ。


 人に対するイメージは……難しかったのだ。


「“セブール王”は護れる騎士を創る為に、“聖騎士”と言う騎士の中の最高峰の称号。それを創り、ゆくゆくは“王国ではなく世界を護る聖騎士団”として、育成しようとしていたんだ。最近の魔物増加。これに対応する為に。」


「あー……モチベーション上げる感じか? よーは、やる気出させようってことか。役職与えて。出世か。なるほどな。」


 愁弥の声に、私とシャルムは顔を見合わせたが……

 彼は……、ぶつぶつと言っていた。



「王国騎士団、青年騎士団は自国を護る事に専念し、更に手を貸せる“聖騎士団”を作り、若い命を護ろうとしていたのだ。今の状態では、他国からの援護を待つしかない。だが、他国もまた国を護る事に必死だ。」


 シャルムの言葉に、私は納得していた。


 確かに街の青年騎士団。彼等は若い。少年たちだ。魔物討伐で命を落とす者もいる。そう……クロスタウンの様に……、助けられる騎士団がいなかった。王が……認めなかったからだ。


 そうか。“王国騎士”ではなく……“アルティミスト専属騎士団”。それがいれば……クロスタウンの青年騎士団たちの様な事件は、起きない。


 それが……“聖騎士団”。


「手始めに“大陸”ごとに“聖騎士団”を創る予定だった。俺は……その事で謁見に来たのだ。我が“ヘルズウェイ陛下”の賛同の意志を伝える為に」


 シャルムがそう言うと、愁弥が


「あ。剣術だっけか? 魔術と合わせて使う騎士を見たことあるが、あれはなんなんだ?」


 と、そう言ったのだ。


 するとシャルムは


「それが、“聖騎士”だ。聖騎士団として活動はしていないが、騎士団の中にはもう既にその称号を得てる者もいる。でなければ、聖騎士団など夢物語になる。彼等が先駆け大陸の聖騎士団を創る。それが……叶うはずだったのだ。」


 そう言って……空を見上げた。


 ダグラスの事であろう。彼は雷を使った剣術を用いていた。そうか。彼は聖騎士。


 もしかすると……フレイルや、シュヴァル。ガディスもそうなのだろうか。


 ハーレイ騎士団のレオンやザックは……どうなのだろうか。


「シャルム。耐性魔法はどうなんだ? 騎士は誰でも使えるのか?」


 私の問いかけに、シャルムは少し驚いた目をした。


「それは“騎士道館”に入る為の試験だ。魔道士の加護。つまり魔力を与えて貰う試験に、適合しない者。それは騎士道館には入れない。見事、加護を受けた者は、耐性魔法の訓練を受ける。魔物はあらゆる属性攻撃をしてくるからな。」


 だが、そう言ったのだ。


 なるほど。入団試験か。だからレオンは耐性魔法は、心得ている。と、そう言っていたのか。


 騎士について……会っては来たが、私はただ王国を護り戦う者たち。そう認識していただけだ。だが、こうして聞いてみると……やはり、深い


 だが……その事で、何となく……この世界を覆う闇が、見えて来た気がした。


 渦巻くものは………過去。そして人。


 神。卓越した力。更に……騎士。

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