第6話 エルフェン王国の悪夢②

 ーー崩れ落ちた王城。闇に染まる騎士のゾンビの様な、異様な召喚獣。


 上空には小振りの黒龍。子供龍に見える。その背に乗るのは、白銀のローブを着た銀髪の男。


 銀色のロッドを振りかざし、暗黒の番人ダークバモスに、


「この者達を消してしまいなさい!」


 そう叫んだのだ。


 ダークバモスの口元に、光る蒼白い球体。だが、その周りにはモヤの様な黒い影が覆う。


 更に巨体の繭、それに似た姿は硬く閉ざされたミノの様に、両翼を折り畳んでいた。大きな身体をまるで包む様にして、そこに立っているのだ。


「下がれ!!」


 ルシエルだった。


 珍しく表情が堅い。私達にそう言うと地に足を踏ん張り、まるで力を溜める。そんな風に身体を屈めた。


 頭を低くしたルシエルから黒い湯気の様な影が、湧き上がる。


 目の前で見せつけられる強力な力に、立ち向かおうとする。そんな力が感じられた。


 だが、ルシエルは右の前足を踏ん張りながらも、爪をたてていた。


 地面に爪が食い込んでいた。ガリッと。


「くそっ!」


 ルシエルのその悔しそうな声は、何を意味したのかはわからなかった。


 でも、それは直ぐにわかる事になる。


 ダークバモスの口元から球体は、大きな黒い波動砲になって放たれた。


 王城を崩壊させたあの凄まじい力だ。


 ルシエルは波動砲に向けて、黒いオーラを纏いながら、口から波動を撃ったのだ。


 ぶつかり合う波動砲と波動。だが、その力の差は歴然だった。ダークバモスの波動砲に覆われてゆく。まるで、消し去られそうだった。


 ルシエルは更に、アォォォンンン!! 上空に向かって吠えた。まるで遠吠えだった。


 上空が渦を巻く。黒い雲が覆った。


 渦を巻く黒い雲から一筋の光。黒光りする閃光が、巨体のダークバモスに撃ち落とされたのだ。


 まるで天からの怒りの一撃。そんな風に見える波動だった。


「うわ!」


 私達はその閃光と突風。それに吹き飛ばされていた。


 辺りを覆う眩しい閃光と、爆発音。それに爆風。前を見れない。


「ルシエル!」


 私は……叫んでいた。


 やがて風と光が止むと、静けさ。それが訪れた。


 ルシエルは目の前に立っていた。


 あの波動砲はどうしたんだ?


 ダークバモスは悠然と立っていた。両翼すら傷ついてる様子がない。


 私がそんな事を思ってる時だ。ルシエルの背中が震えた。更に大きな黒い毛に包まれた身体が、ぐらっと揺らぎ、どたん。


 地面に倒れたのだ。


「「ルシエル!!」」


 私と愁弥は駆けつけた。


「馬鹿な幻獣だ。たった一人でダークバモスの力を、受け止めるとは。」


 そんな男の声が……上空から聞こえたが、


 ゴホッ……


 倒れたルシエルの口から紅い血が、吐き出された。


「ケガしてんな。ルシエル! オイ! しっかりしろ!」


 苦しそうな息を吐くルシエルに、愁弥はその背中を擦っていた。


 ルシエル……。


 私は腹に傷を負い、血に染まる真っ黒な毛。それを前に……しゃがんだまま動けなかった。


 こんな……苦しそうに倒れ……背中を擦られるルシエルなんて見た事がないからだ。


 横向きで背中を震わせ、更に口からゴフッ……と、大量に血を吐いたのだ。いつもなら真っ直ぐと私を見る……紫の眼。


 それすらも虚ろだ。


 何よりも呼吸がぜー……ヒュー……と、苦しそうだった。


「ルシエル!!」


 私は……叫んでいた。手がルシエルの背に動いていた。無意識に擦っていた。柔らかなその毛を。


「肺をやられてるかもな。やべーな。食えるのか? “幻獣のおやつミラクルボーン”」


 愁弥の声が聞こえる。


 ヒュ〜……ヒュー……


 虚ろな眼差しで何処を見てるのかわからない眼。でもこっちを見てる気がした。それに……苦しそうな息を吐きながらも、呼吸をやめない。


 ゴフッ……


 喉に突っかえる様な咳。吐血は紅く……濃く……多い。


「ルシエル! しっかりしろ!」


 あったかいんだ。まだ。この身体は……。死ぬな。頼むから。


 お願いだ。ルシエル……。ずっと傍にいると、見ててやると……言ったじゃないか。


「その状態では無理でしょう。俺に任せてください。」


 私の傍に近寄る気配。しゃがんだのはシャルムだった。彼は、ルシエルの腹元。大きく傷ついた前腹に右手を翳した。


 ポウッ……白く光る。


 シャルムの右手は、まるで柔らかな光が彼の手を包んでいる様だった。


「……治癒力ヒーリング……?」


 白く光る手はルシエルの身体に向けて翳された。


「ヒーリング。」


 シャルムはそう呟いた。


 すると……ポウッ。


 ルシエルの身体は白い光に包まれた。抉られた様な傷のある前腹。そこが異様に強く白く光る。


「……俺達は……“卒業試験の一貫”で、ヒーリングを習います。大丈夫ですよ。少し深い傷と、幻獣なので……少し時間は掛かるかもしれませんが、治ります。」


 シャルムは柔らかな笑みを浮かべていた。


「ヒーリングか。いいな。それ。」


 愁弥の声が聴こえた。


「君は騎士ではない。“魔道学士館”に行けば習う事が出来るだろう。」


 シャルムの右手はずっと光っている。ルシエルのお腹もだ。白い光に包まれていた。


「……し…愁弥……。くれ……。クッキー……」


 ルシエルは、苦しそうな息をしながらも時折、咳込みながらも、顔を少しあげた。


 なんだか……笑っていた。治癒されているのが、わかるのだろうか。安心した様な顔だった。


 そう言ったのだ。


「あ。食うの?」


 愁弥は目を丸くしていた。でも、笑っていた。


 ルシエルは地面に顔をつけながらも、擦りつける様に頷いていた。うん。と。


「ルシエル……。」


 それは私達への必死な……気遣いだろう。


『俺様は大丈夫だ。早くアイツをやっつけろ。』


 まるで、そう言われてる気がした。シャルムも少しだけ微笑み


「それだけ心が強ければ……直ぐだよ。ルシエルくん。」


 そう言ったのだ。


「……くん………言うな………」


 ゴホッ……ゴホッ……


 咳込んだ。


「喋るな! バカ狼!」


 私はルシエルの背中の毛を……ぎゅっ。と、握っていた。


 シャルムがいなかったら……。


 私はこの時……恐くなった。足りないものを……手に入れないと……喪う。


 治癒力……。


 治療されるルシエルを見ながら、そう思っていた。効いてきたのか……ルシエルは、穏やかな顔をしながら目を閉じた。



 ✣


「不死身じゃないのか。幻獣は。」


 クロイドは剣を握っていた。


 私達はダークバモスと召喚士を前にしている。


「わからない。ルシエルは……どうなんだろうか。」


 私は何も知らない。ルシエルの事を……。


「治療薬のミラクルボーンが、売ってんだから不死身じゃねーだろ。」


 愁弥は神剣を振り下ろした。


「つーか。あのバケモンはどーすれば倒せんだ? 騎士の兄さん。知らねーの?」


 右肩に剣を担ぐ様に置くと、クロイドを睨んでいた。


「幻獣と召喚獣については、詳しくは知らん。人間に歯向かってくる連中など、いなかったからな。」


 クロイドは愁弥の事を見ようともしない。ムッとしてるのは、わかる。


「へー。万能じゃねーんだな。騎士ってのは。」

「小僧。殺されたいか?」


 何故……このタイミングで……ケンカが出来るのだ? コイツらは。まるで火と水だな。


「恐らく……召喚士。それを引きずり落とせば……ここから逃げるだろうな。」


 私はそう言いながら、上空を見上げた。悠々と黒龍の背に乗り、こちらを見て笑っている男。


 アイツを地面に叩き落とせば、あの怪物を連れて逃げ出すはずだ。


 私は……双剣を握る。


 許さない。


 別に……そこまでたいして……可愛くはないが、だが。気に入ってるんだ。私は。


 あの……カワイイ手のひらサイズは。


 大事な……私のルシエルを傷つけた。引き摺り落として、地に頭擦りつけてやる。


 その綺麗な顔を泥だらけにしてやらないと、気が済まない!!


「愁弥! クロイド! ダークバモスを引きつけろ!」


 私はそう叫ぶと……飛翔を使い飛び上がった。


 さすがに空を飛ぶまでは行かないが、ちょっとでも近づければそれでいい。


「おー。キレてんな。」


 愁弥の軽口!! お前も泥だらけにしてやろうか。全く!


 私は黒龍に乗る男に向けて、手を翳した。


「さすがは……“月雲つくもの民”。跳躍力が素晴らしいですね。」


 浮かんだ私に、くすり。と微笑むその男。


 あー! 忌々しい!! そのムダな微笑み!! 


「“水雨”!!」


 男の身体と黒龍を水流の滝が包む。


 頭からではないが水を掛けてやったこの爽快感は、堪らない。


 こうゆう無駄に美人顔で腐った奴には、冷水ぶっかけるのが一番効果的だ。


「“魔法無効リジェクト”!!」


 ちっ。


 水雨は消えてゆく。ざばぁっと下に引く様に。条件反射の様に、舌打ちしていた。


「“天光アルシャイン”!!」


 銀色のロッドを上空に掲げ、男が放ったのは金色と更に蒼白い光が交じった魔法だった。


 私の頭上からまるで降り注ぐ光。それは、身体を貫いた。


 無数に。


 光の雨か?


「守護の檻!!」


 咄嗟に私はドーム状の壁を放った。さっさと放ったから良かったものの、壁に無数に打ち付けている。


 どうやら刃の様な光の雨。


「そうか。お前達はそうやって自由自在な民。だったな。何と恐ろしい力。」


 くすり。と、やはり笑っている。


 光の雨は消えた。


「お前に言われたくない。有り得ない。」


 守護の檻は消えてゆく。私は男のエメラルドグリーンの瞳を、じろっと睨んだ。


 私は飛翔を使い続け浮いている。余り……長くは持たない。


 宙ではあるが、飛翔の力で踏み込み突っ込む。黒龍が頭を向けた。


 口元が開く。


 黒い火炎放射に似た波動を放った。


 私は飛翔で、飛び上がり炎をかわす。足元に噴き荒れる黒い火炎放射。双剣を逆手持ち


「“火煉”!!」


 紅炎の球。それを身体の周りに出した。


 本当なら術で、とっとと殺したいところだが、リジェクトを使われるのは尺だ。ここは斬撃で、仕留める。


 黒龍の前に飛び降りると、首を斬りつけた。黒光りする鱗を纏う細長い首を、横一直線に斬りつけた。


 硬い! 根まで入らない! 


 斬り落とすつもりだったが、刃は深く入らなかった。無理をすれば突っかかり……剣を抜くのに時間が掛かる。


 それはスキを作ることになる。


 私は浅く斬りつけた。それでも、紅炎が爆撃してくれる。


 ボンッ!


 破裂音と同時に黒龍の首に、紅炎の球が直撃。爆破する。


 キェェ! 細長い首を上にあげ痛そうにする黒龍。爆撃は、龍の身体を揺らした。


 仰け反ったことで、背に乗っていた男はよろけたのだ。落ちそうになるのを手綱を掴み、踏ん張っていた。


 首輪の様なものから黒い革の手綱が見えた。それを男は掴んでいたのだ。


 鎖かと思ったが……普通の革ではないのだろうが。


 黒龍の前から飛び上がり、背に降りようとした。


「“瞬間離脱バニッシュ”!!」


 フッ!!


 と、突然だった。


 男は黒龍と共に消えたのだ。


「どこだ?」


 目の前から消えた??


 辺りを見回すと


 バサッ……バサッ……


 羽音が聞こえた。


 男はダークバモスの後ろにいたのだ。黒龍は翼を広げ飛んでいた。


「今日のところはこの辺で。またお会いしましょう。」


 男がそう言うと、ロッドをダークバモスに向けた。


「“帰還ディノス”」


 その言葉が放たれると、ダークバモスの身体は黒い光に包まれた。


 そのまま、まるで煙が消えるかの様に姿を消したのだ。あっとゆう間だった。


「待て! お前は何者だ!」


 黒龍が浮かびあがろうとしていた。


「“聖魔道士 イーオス”」


 男はそう言うと消えたのだ。


 また……さっきの魔法か? あれは……転移か?


 辺りを見回したが……黒龍もイーオスと名乗る魔道士もいなかった。


 得体の知れない連中だ。


 なんなんだ。あいつらは……。


 私は空を見上げていた。

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