第5話 エルフェン王国の悪夢

 ーーエルフェン王国。首都ヤンバルは突如として“悪夢の街”と化していた。


 港にはたくさんの人間たちがいたが、ここは……“死の街”だ。


 灰色と黒の入り混じった噴煙。それらが沸き上がり、街の中の至る所で埋もれる建物のガレキ。


 噴煙はそれらから上がっていた。更に地面の石畳は崩れている。そこから立ち込める火。その側には、多くの軍服姿の者達が臥していた。


 白き大きな塔が建ち並ぶ美しい街並み。来た時に、港から見えたあの面影は今は無い。


 白き塔たちは全壊ではないが、今にも崩れ落ちそうだ。円塔。その半分は崩落していた。


 店や家屋などは殆ど見る影もない。


 ただの石の山。埋もれた塊。それが続いていた。


「何と言う……破壊力。」


 歩く度に崩れそうな石床が音をたてる。ジャリジャリと。更に爪先に引っ掛かる。


 破片とヒビ割れ。それらが足場を悪くしていた。


「全滅……じゃねーよな?」


 愁弥は黒煙と灰煙。それらが包む街に倒れ臥す騎士たちを見ていた。


 しゃがみ……口元に手を翳していた。少し……落胆の色。その表情が物語っていた。


 もう……事切れている。


 私はガレキに埋もれてしまい、かろうじて上半身だけ。その姿が見える騎士。その者の傍に近寄る。


 碧の軍服。これはウェルド王国の者達が着ていたものだ。


 頭から血を流し……地面にも大量にその真っ赤な水溜りは、広がっていた。


 この青年も……動いてはくれない。


 周りには碧。水色。蒼。色の違う軍服姿の騎士たちが、倒れている。更に……水色に煌めく鎧を着た者達。


 息をしていそうな者がいないほど、その身体は傷つき……壊れてしまっていた。


 爆撃でやられ吹き飛ばされたのか。下半身の壊れてしまった者もいる。


「敵も味方も関係ないのか……」


 私の口から零れたのはそんな言葉だった。


「お願い! しっかりして! 大丈夫だから!!」


 こんな状況の中でも生命の灯火は消えていない。


 生き残り……。


 私と愁弥はその声に顔を見合わせた。


「貴方は生きてる! だからこれ食べて! お願いだから!」


 そんな悲鳴に似た声だった。


「リデア!!」


 ガレキの山に囲まれた所。少し離れた場所だ。広場。そこにアイスブルーの髪が見える。


 しゃがみ込み腕の中には碧の軍服を着た青年。抱き抱えて口元に、治療薬のチップ。それを充てていたのだ。


「瑠火! 愁弥! 無事だったのね……」


 リデアは駆けつけた私達を見ると少しだけ、微笑んだ。


 崩壊した中では表情も堅まってしまう。


「生きてんのか?」


 愁弥はリデアの腕の中でぐったりとしている青年の傍に、しゃがみこんだ。


「ええ。生きてる。ここら辺はまだ……被害が小さかったみたい。生きてる人が多かった……」


 リデアの声に私は辺りを見回した。


 ガレキに寄りかかり座っている者。騎士。鎧を着ている。水色の鎧だ。


 更に地面に腰掛け項垂れる軍服の騎士たち。


 動いてはいないが、皆。綺麗な姿だ。チップを使ったのか。だが、その表情は誰もが……落胆。動きだす気配すらない。


「う……」


 その声に目を向けた。右手を腹に置いた血だらけの青年の口が、もごもごと動いていた。


 リデアは口から手を離していた。


 どうやらチップを食した様だ。


 酷いケガだ。右腕は半分……崩れてしまいそうなほど……砕けていた。


「瑠火。この人はウェルド王国の人……。でもあたしは……命は平等だと思う。だから助けたの。貴女は……やっぱり……許せない?」


 不審な顔をしていたのだろうか? 私は。リデアがそう言ったのだ。


「いや。生きてる命は皆……同じだ。それに……助かるなら助かって欲しい。そう思う。」


 これは虚言ではない。本心だ。


「そう……。良かった。あたしは……この思考が受け入れられないの。なかなか。だから……一人なんだけどね。」


 リデアの言葉に、私は妙に納得した。悲しみの現状を前にすると……心の奥底にある“悲哀”。その感情が巻き起こる。


 普段なら言わないであろう感情も、余りにも酷い悲しみの状況を前に……吐露したくなったのだろう。


 不安や……悲しみに心が動かされる。いつも以上に、敏感に感応してしまう。


 ぽんっと、愁弥はリデアの左手にブラウンの布袋を置いた。


 いつも腰に提げてるものだ。


「え? なに? 愁弥。」


 丸み帯びた布袋。それを手に乗せられたリデアは、とても驚いていた。


「チップが入ってる。それで生きてるヤツに手を貸してやれよ。」


 愁弥はリデアに笑いかけたのだ。


「え!? でも愁弥は? それに……」


 リデアは私に目を向けた。真っ直ぐでいて混じりの無いインディゴブルー。その瞳を向けたのだ。


「私が持ってる。リデア。私達は王城に行く。」


 強い眼差しを見つめた。私は。


 美しい心を持つこの人の。


 リデアは布袋を……ぎゅっ。と握りしめた。


「わかったわ。ありがとう。使い切っちゃったから、どうしようかと思ってたの。魔法使えないし。」


 リデアがそう言った時だ。


 街の奥……王城のある場所。今はあった場所。となるが……そこから、轟音が聴こえた。


 上空に閃光が走る。


 ここからでは城の下までは見えない。あったであろう城が崩れダークバモス。その姿だけが、見えたのだ。


「ルシエルか?」


 私がそう言うと


「クロイドもお城に向かったの。瑠火。エルフェンの騎士団たちがいる。そう言ってたわ。」


 リデアが私を見たのだ。


「わかった。」


 私と愁弥は王城に向かった。




 ✣



「ルシエル!!」


 王城に向かい目に飛び込んできたのは、ルシエルがクロイド、それに鎧を着た騎士を口に咥えていた。襟を咥えられたクロイドと、マントを咥えられ宙に浮く二人。


 ルシエルは彼らを咥えたまま、飛んでいた。


 ちょうど……私達の前に降り立つ。


 騎士とクロイドは降ろされるが、とても驚いた様な顔をしていた。


「だから! そんな剣を持ってウロチョロされても邪魔だ! 護るコッチの身にもなれ! 怪我人の所にでも行ってくれ!」


 ルシエルの本当に……困惑した顔。更に怒鳴っていた。


「誰も護ってくれ。とは言っていない。」

「あーそう!! 目に入っちゃうでしょうが!!」


 お前は愁弥か?


 クロイドの淡々とした言葉に返すルシエル。その口調が、愁弥に似ていた。


 興奮しているのだろう。


「ルシエル! クロイド! 無事だったのか?」


 私と愁弥は駆けつけた。


「あ。瑠火。愁弥。肉ない? ないの? 連戦で、ハラ減ってるんだけど。」


 ルシエルは振り返ると、呆れた様な顔から一転。うほっ。と、口を開けて笑った。


 勇ましさの微塵もない。


「お前なー。」


 愁弥は呆れていた。


「クロイド。騎士たちは………」


 私はそう言ってから、辺りを見て思考が止まった。


 街よりも更に酷い状態だった。崩れ落ちた王城のガレキの山。埋もれた騎士たち。まるで……ガレキに挟まれた人間のタワーの様だった。


 それらがこの辺りを囲んでいる。


 地面にも騎士たちは倒れている。皆……水色の鎧を着た騎士たちだ。


「エルフェンの騎士団の者達です。」


 そう言ったのは、紫の交じった光を放つ銀の鎧。それを着た騎士。ルシエルに咥えられていた白いマント。それを揺らしていた。


 リデアと同じ様なアイスブルー。だが、少し紫が交じった髪。


 勇ましい騎士。凛々しい顔立ちをしている。


「こちらは……隣国“ヘルズウェイ王国”の騎士団長。“シャルム殿”だ。」


 クロイドはそう言いながら、隣のブラウンの瞳をした騎士を見たのだ。


「近海警備の事で謁見に来る予定でした。まさかこんな事になってるとは……」


 綺麗なその顔は一瞬で、曇った。


 立ち寄った際に遭遇したのだろうか。


「どうでもいいけどさ! 敵! いるから。 話は後にすれば!? 呑気でやんなっちゃうよ!」


 ルシエルの怒鳴り声が聴こえた。


 そうだ。目の前にはダークバモスがいる。近くで見るとやはり……巨大だ。


「ルシエル。コイツも幻獣なのか?」


 愁弥は既にルシエルの隣で、神剣を握っていた。出遅れた私も……双剣を構える。


「そうだ。“闇”の幻獣たちだ。」

「召喚獣なのか? ルシエル。術者は?」

「いるよ」


 私がそう聞くと、ルシエルは頭を上げた。空を見ろ。そう言うかの様に。


 視線をあげる。


 空には翼を羽ばたかせた黒い者。その背にローブを着た者が見えた。


「あれは……“黒龍”!」


 身体は小振りだ。子供龍なのかわからない。でも、忘れもしない。これは……里を襲った黒龍。獣に似た顔をした同じ者だ。


「アイツが……里を!」


 背に乗っている男。白銀のローブ。手に持っているのは、ランスに似たロッド。銀色に光る。


 更に長い銀色の髪が風に揺れていた。


「首を見てみろ」


 ルシエルの声だ。私はその声に黒龍の首元。長いその首には、紅い首飾りがついていた。


 まるで拘束具。そんな風に見えた。


「あれは何?」

「飼われてるんだろうな。アイツは。里を襲った黒龍と一緒かどうかはわからない。だが、あの黒龍は、あの召喚士みたいなヤツに飼われてる。」


 ルシエルはそう言った。


「飼われてる? ペットか。ドラゴンペット。エサ代、スゴそうだな。」


 愁弥の呑気な声だ。


「アイツがあの化け物みたいのを、召喚してるのか?」


 私がそう聞くと


「ああ。そうだ。港でアイツが空にいきなり出てきたんだ。そしたらダークレイが消えた。俺様は、アイツを追って来たんだ。」


 ルシエルは頭を上げたまま、そう言ったのだ。


「召喚士……」


 だが……聖国の召喚士とは違うのだろうな。この幻獣も……彼らが、共に戦っていた者達とは違う。“闇の力”を使う者達なのだ。


 黒龍に乗った者は、ダークバモス。銅の片面ヘルム。それを被った騎士のゾンビ。そんな顔をした者だ。


 その傍で空に浮かび、私達を見下ろしていた。


「さて。ダークバモス……。この者たちを消してしまいなさい。」


 男の声が響くと、オォォ……。まるで唸るような声をあげるダークバモス。


 真紅の眼が私達に向けられたのだった。

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