第4話 ウェルドの男たち>>破壊と言う戦士たち

 ーー港には多くの海上騎士団の者と、この“ウェルド王国の者達”が、戦乱の如く闘っていた。


 私の目の前には黒い鎧を着た男。ブロンドに蒼い眼。長剣片手に笑っている。


「“火煉かれん”!!」


 私の身体の周りに浮かぶ紅炎の玉。無数に囲む様に浮かぶ。炎の玉を纏い……男に向かい突っ込む。


 向かえ打つつもりか。なめてるな。完全に。



 男は左手をあげた。くいくい。と、まるで挑発する様に手を曲げた。



 こうゆう奴には“おしおき”が必要だ。その性根、叩き直してやる!

 


「|雷槌らいづち!!」


 私は男の頭の上から稲妻を、突き落としてやった。


「は?? 火じゃねーのかよ!」


 男は頭の上に稲妻をくらい吹っ飛んだ。


 フッ……。


 思わず笑っていただろう。私は。驚きつつ吹っ飛んだ男に、心底嬉しかったのだ。こうゆう奴の意表をつくのは、心地良い。


 ざまあみろ。


 そう思った。


 人をボールの様に蹴りつけた罪は……重い!


 吹っ飛んだ男だったが、立ち上がると向かってきた。黒い鎧にまだ雷の電撃が、バチバチしている。


 それでも向かって来ていた。


「なめた真似してくれるじゃねーか。それでこそ、愉しみ甲斐があるってもんだ。」


 やはり。耐性。術と魔法に強い防具。だが、完全にはね返す訳では無さそうだ。


 憎たらしい表情が、余計に腹立たしい!


 ここはやはり……斬撃と炎だ。


 鎧は狙っても意味が無さそうだ。あのムダにキレイな顔。それを斬り捨てる!


 私は飛び上がると男の右肩。そこに先ずは一刀。振り下ろした。


 ボンッ!


 剣が触れると紅炎の球は破裂する。鎧の上からだが、少しは衝撃を与えられるだろう。


 爆破だ。


 ちっ。


 舌打ちが聴こえた。男の顔の側で爆破した。


「!」


 斬り上げ! 


 私は右手の剣が斬り上げて来るのが、見えた。その“紅黒い刃”が。


 咄嗟に飛翔。それを使い跳躍。


 くるっと回転しながら、男の背に回り込む。卑怯だ。姑息だと言われても、これが私達……“月雲つくもの民”の、戦い方だ。


 背後! 取れる!


 私は首元を狙った。


 双剣を逆手持ち、交差で斬り落とそうとしたのだ。


「甘めぇな。」


 男の声が聴こえた。


 身体を反転させた。


 右手の剣が薙ぎ払うかの様に、空を舞う。


 私は後ろに飛翔で避けていた。


 ゆっくりと男は、身体を向けたのだ。


「スピードは認めるが……防具つけてねー首を、狙ってくるのは予想がつく。お前のこの爆撃か? 蹴りみたいなもんだ。」


 地面に足がついた。


 私は男の蒼い眼から目が反らせなかった。


 反らしたら……何かが飛んでくる。そんな気がした。それだけ……気迫漂う表情だった。


「こんな傷み……幾らでも受けてきている。効かねーな。」


 この時……知った。


 その低い声と冷たく笑う男を前にして。


 経験の差がある事を。それは……戦いにおいては、実力の差ともいえる。


 だが……負けるつもりはない。


「いいね。その歯向かおうとする姿勢。なかなか俺好みだ。絶望を与えて泣かしたくなるね。」


 突っ込んでくる!


 私が向かって行くのと少し……差はあった。だが、男は右足。地面を蹴り直進飛びで突っ込んできた。


 突き! 


 剣で貫くつもりか!


「“ガルシオン”!!」


 それは避ける間も無かった。


 突きつけられた刃。そこから紅黒い影が向かってきたのだ。


 更にそれはスネークヘッド。大蛇の頭の様なカタチをし、牙をむいたのだ。


 斬撃だ。それも三撃。頭の上から縦に三撃喰らっていた。


 それだけではない。


 剣術。それも全身を電流が流れる様な痺れが、襲った。


「うっ!」


 私は後ろに倒れこんだのだ。


 全身が痙攣しているのがわかる。身体が熱い。まるで、焼ける様だ。それに斬撃。


 斬り裂かれてはいない様だが、頭から爪先までビリビリと痺れる様な痛みが、襲っていた。


 地面に仰向け。動けない。


 足音が聞こえる。


 かつかつと……冷たく響く足音だ。鉄の音とはまた違う。石に反響する足音。


 そして気配も。


 ゴフッ……


 動こうとしたが、咽返った。


 また……血を吐いたな。


「へぇ? 息してんな? それなりに防護されてるワケだ。その薄っぺらい服。」


 男の声だった。


 見下ろしている。更に剣の刃。その切っ先が、私の胸元に向けられていた。


 にやけるその顔。


 私は……ぐぐぐっ。と、痛む右手をあげた。ゆっくりではあったが、動いた。そのにやけた顔が更に笑う。


「お? なに? 素直に落ちるか?」


 覗き込む蒼い眼。やっぱり……このにやけた顔は……腹が立つ。


「……“火炎焦かえんしょう”……」


 ボッ!!


 男の身体に紅炎の放射。


「うわ!」


 火炎放射が吹っ飛んだ。同時に男もふっ飛ばされた。


 至近距離だ。さすがの男も驚いた様だった。


 私は何とか手を動かし、腰元の布袋。それに手を伸ばした。


「クソっ!」


 火に包まれているのだろう。男の声が聞こえる。


 今のうちに……回復を。


 耐性が効いているのだ。あの男は。死にはしないだろう。


 私は布袋に手を突っ込み硬い感触。指にそれが当たると、ホッとした。


 “チップ”。治療薬だ。


 それを抜き取り口に咥える。小さな板程度の齧るタイプ。


 甘いのが……今は、ホッとさせる。


 少しずつだが身体の痛み。痺れ。焼ける様な熱さが、薄れてゆく。


「“魔法無効リジェクト”!!」


 男の叫ぶ様な声が聴こえた。


 間一髪ーー、私の治療も終わった。


 間に合った。


 術や魔法。それらをはね返す魔法を、男は使ったのだ。これをさっさと使われていたら、私は殺されていただろう。


 助かった。


 起き上がり、地面に転がる双剣を掴む。


「ふざけやがって! ブッ殺してやる!」


 男の顔つきが変わった。


 煤だらけの顔でキレていた。


 ドォォォォォンンン………。


 大きな轟音が響いたのだ。揺れではなく音だけ。だが……凄まじい破壊音。


「何だ?」


 音のした方を見ると、黒い噴煙が立ち昇っていた。港から見える筈の……あの褐色の王城。


 それが……崩れ落ちていた。


 大きな塔。正面に聳え気高く建っていた王城だ。それが、半分以上……崩落していた。


 黒い噴煙に包まれる崩壊した王城。


「やっと来たか。」


 さっきまでキレていた男だったが、それを見ながら笑ったのだ。


「バカな。あんな大きな王城をどうやって!?」


 砲撃で何発も攻撃するならわかる。だが、破壊音はたった一度だけだ。


 それで半分以上も城を……破壊したのだ。灰色の煙まで上がっていた。


 港は騒然としていた。


 戦いが中断するほど、街の奥に見えるその惨状。誰もが釘付けだろう。


 現に……私は、巨大な建物が半壊するその力。それが、何なのか……。


 目を凝らしていたのだ。


 黒い噴煙の影から姿を見せた者がいた。


 真っ黒な身体。大きな巨体は煙の中で崩壊した王城の、背にいた。


 紅黒い顔。右半分は銅のヘルム。だが、不気味な大きな口元までだ。左半分の顔はまるで亡者。


 騎士のゾンビ。そんな顔をしていた。


 更に身体を覆うのは鎧ではない。甲虫。それに似たサナギの様な両翼。


 それを巨体に巻きつけ立っていたのだ。


「あれは何だ?」


 あんなのは見た事がない。


 左眼の紅い眼。それがギョロっと動く。


「“暗黒の番人ダークバモス”だと。さて。ここまでだな。」


 男はそう言うと、剣を腰に挿していた。


 暗黒の番人ダークバモスだと? それはなんだ? 召喚獣なのか?


 あの……亡者の様な奴も。


「召喚獣なのか? お前達の目的はなんだ? 戦争をするつもりなのか? 神器を追ってるのは何故だ?」


 私はそう聞いた。


 男はにやり。と笑う。


「色々と聞きたいのはわかるけどな、俺達の目的は、“国盗り”じゃねー。“破壊”だ。神器は勝手にやってる事だ。俺は興味がねー。」


 男は意外にも……あっさりと答えた。


 だが、その顔は満足そうに笑っていた。


 更に踵を返し海の方を向いた。


「あの状態じゃ、王城は悲惨だな。王族は全滅。この国は終わった。俺達の“目的”は終わりだ。」


 淡々とそう言うと、振り返る。


 まるで目的遂行。それを満足に語る。そんな顔だ。


「ま。この感じじゃ、また会いそうだな。歯向かって来るなら……俺は殺す。それだけだ。」


 不気味に笑うその口元。


「逃げられると思うのか?」


 私はそう言った。


 だが、背後だ。


 ドォォォォォン! 


 その破壊音は響いた。凄まじい轟音に振り向いていた。


 王城が……崩れ落ちていく。


 半壊していた城。それが更に崩落する。まるで……崖崩れだ。砂の様にあの巨城。頑丈な要塞は、崩れ落ちた。


 その後ろで、銅の片面ヘルム。それをつけた巨人の様な者。それは大きな口を開いた。


 閃光が集まる。


 眩い程の青白い閃光が口元に、球体を浮かべた。


 カッ!!


 その閃光は突風の如く、王城の下。街並みに放たれた。球体ではなく波動砲。


 最早……街の崩壊は絶対的だろう。


「な………」


 私は吹き飛ぶ爆煙。更に街の建物の損壊物。それらがまるで、ハリケーンに持ち去られたるかの様に、街の上空に浮かぶのを見つめていた。


 爆音なのか悲鳴なのか……何の音なのかわからない。それでも……街の方からは、騒がしさ。それが響いていた。


「お前たちは……」


 私は振り返った。


 だが……男はいなかった。


「退くぞ! 全員! 船に戻れっ!!」


 そんな声が響いた。


 あの声は……愁弥と戦っていた男。“ゼクト”とか言ったな。


 港は騒然としている。軍服の者達が、わらわらと動き回り、何なのかわからない。


「王城が!」


「急げ! 船に戻るぞ!」

「退くぞー!!」


 誰の声なのか……男たちの叫び声。それしか響かない。船に戻る者達と、街に向かう者達。それらで港は混乱していた。


 クロイドやリデア。その姿すら私には見えなかった。直ぐ……傍にいたと思ったのだが。


 私は双剣を握ったまま、とにかく辺りを見回した。


「ダークレイ……」


 港にいたはずのダークレイの姿はない。


 愁弥……ルシエル。


 彼らの姿すら港のこの混乱状態。見えない。


 あの巨体。ルシエルはすぐに見つかるはずだ。でもいない。怒涛。そんな人の流れ。


 海を見ればバトルシップ。


 港から早々に引き上げる軍船が、一艘。碧の国旗。紅黒い双頭の蛇。それを掲げた船は、港を出た。


 他の船も動き出そうとしていた。港から船に乗り込む碧の軍服を着た者達。


 ウェルド王国。去ってゆく一艘のバトルシップ。あれに、奴等は乗っていたのか。


 クロイドを探し追うべきか?


 いや。王城と街……。


 “暗黒の番人ダークバモス”。


 そいつはまだいる。


 私は、双剣を握りしめた。


「……!」


 いや。だが、愁弥。ルシエル。彼らを……。


 私がそう思っていた時だった。


「瑠火!」


 声がした。


 この声は……愁弥だ。


 私は声のした方を見た。


 雪崩の様に動く人達。その中を掻き分け、目の前に走り寄ってきた。


 良かった……。無事だったのか。怪我も……してなさそうだ。


 愁弥は私の前に立つといきなりだ。


 私の左頬……。手を添えた。


 見下ろすライトブラウンの瞳が、揺らぐ。更にホッとした様な顔をした。


「ケガしてねーか? 大丈夫か?」


 そう言ったのだ。


 治療薬で私は傷も服も……何もかも元に戻っている。この世界のアイテムは、魔術と原料で生成される。


 その為……強力なのだ。


 私は剣を右手。二つ持った。


 左手を……愁弥の頬に添えた。


「大丈夫だ。愁弥は? 怪我してないか?」


 そう聞くと愁弥は親指で、頬をなぞったのだ。それは、優しい所作であった。


「大丈夫だ。」

「良かった」


 ホッとした。


 戦いが終わり……ボロボロの顔。ではない。どうやら彼も治療薬を使ったのだろう。


 いつもの通り、キレイな顔をしていた。


「ルシエルはどーした?」

「わからないんだ。」


 私達はお互いに、手を離していた。


 あれだけの巨体だ。港にいれば直ぐにわかる。


 王城……。その方角から轟音が聴こえた。


 振り向くと、黒き波動。それと青白い波動。それが街の上空で、ぶつかりあっていた。


「あれはルシエルだ!」


 私はその波動の力。それを見てそう言っていた。あそこにルシエルはいる。


「行くぞ。瑠火。」


 私と愁弥は走り出していた。


 崩壊した街。


 陥落した王城。


 そして……ダークバモス。


 敵はあの戦士たちだけではなさそうだった。

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