第2話 フェルメール神殿>>神器を追い求める者

 ーーヤンバル。そこは私の想像していた域を、越していた。


 大きな港町。


 何よりも白い巨塔が建ち並ぶ街であった。更に街の奥からは、王城が姿を見せていた。高い監視塔らしき建造物。それらの建ち並ぶ街の奥で、褐色だ。


 大きな城が聳えていたのだ。


「でけー街だな。」


 港に降り立ちその広さにも驚いた。愁弥しゅうやは、街を眺めそう言った。


 大きな門。灰色の石門だ。港から街への入口。そこに建つ。どうやら王城へ行く道と、街に入る道は別の様だ。


 離れた所に王城への坂道。そこへ続く門も建っていた。どちらも監視塔が建つ。


 海上騎士団の船。バトルシップ。それはこの港に停泊した。流れ着いた船を見ると、少し薄めの水色。アイルトーンブルー。その軍服に身を包んだ男達が、出迎えたのだ。


「私はこれより“エルフェン城”へ出向く。瑠火。愁弥。神殿へ向かえ。」


 少し暗めのネイビー。長めの前髪から覗くパープルアイ。それが私達を見据えた。


 クロイドは、シャトルーズの海上騎士団。それも団長だ。だからーーではないな。この男の性格だ。少々、傲慢であり威圧的だ。


「あーうるせー。欲しけりゃてめーで行け。」


 そこに……金髪でシルバーのピアスと、イヤーカフ❲と、言うらしい❳が両耳につく、このやんちゃ坊主愁弥。


「愁弥。」


 私が軽く制する様に呼ぶと、フン。と、鼻で笑う。


 船の中でもこの様子。不機嫌そのもの。クロイドと睨み合う。ので……二度ほど、面倒臭いから雷を落としておいた。二人に。


 お陰で後半は優雅な船旅であった。二人とも。寝てくれていたからだ。


 まぁ。“小僧”。そう言うのを止めたのは、進歩だ。


「クロイド。船は停まっているみたいだが、港は動いてないんだったな?」


 私は、出迎えた水色の軍服騎士たちも気になったが、港に停泊している多くの船。それらを見て聞いた。人はたくさんいる。その中には、軍服姿の男たちもいる。何やら話をしている様だ。


 余りいい雰囲気ではなさそうだ。船の辺りに集まっている。


「ああ。北門でアスドラに聞かなかったか? 商船がこの付近の海で襲われた。沈められた。」


 クロイドはそう言った。


 沈められた?


「魔物か?」

「それがわからんから、こうして出向いている。オルファウス大陸に来るはずだった商船だ。それも三艘。」


 私の問いに呆れた様な返答。なかなか……人の感情を、逆撫でしてくれる男だ。


「嫌われてんだろ。行こーぜ。瑠火。」


 愁弥は両手をふいっとあげると、そう言った。しかも、さっさと歩きだした。


 コイツはこいつで……ガキだな。反応が。と言うよりも、気に入らない奴。それには徹底している様だ。とことん嫌う習性があるらしい。


「小僧……」

「クロイド。終わったら王城に行けばいいのか?」


 また、いがみ合いが始まりそうだったので遮った。本当に面倒臭い男どもだ。


「ああ。わかる様にしておく。」


 クロイドとそこで別れ、私達はこの近くにあると言う……十二の護神の一人。女神フェルメール。その神殿に向かうことにしたのだ。


「リデアはもういないのか?」


 私は港の船。商船を眺めながらそう言った。


「あー。どーだろうな?」


 街に入る門を通ろうとした愁弥は、そう答えた。不貞腐れているのは明らかだ。


「瑠火! 愁弥!」


 そんな女性の声が聴こえた。門を潜ろうとした時だった。


「リデア! 無事だったか?」


 アイスブルー。白の混じった淡い水色の長い髪。更に深みある蒼。インディゴブルーの眼。すらり。とした細身の女性ではあるが、冒険者と言うだけあって、身体はそこそこに鍛えあげられている。


「ええ。無事なのはいいんだけど、船が出なくて。仕事は終わったんだけど、ここから出れないのよね。」


 彼女はこの街に魔物討伐。その仕事をしに来ていたのだ。



 >>>


 カース島にある港町エレス。そこで乗った商船。リデアと出会った場所だ。


 ヤンバルから出る商船を襲うと言う魔物。それは討伐したそうだ。だが、帰って来たらあの様に、足止めされてしまったらしい。


 あのままヤンバルに居ても仕方ないので、リデアも同行することになった。


「戻って来たと思ったらああでしょ? また魔物かと思ったけど、わからない。って言うし。エルフェンの海上騎士団は。」


 リデアと私達は、大きな街ヤンバルを出て森の中にいる。そこを歩きながら、彼女は話をしてくれていた。経緯を。


「シャトルーズの海上騎士団が出向いている。調査はされるだろうが……時間は掛かるだろうな。」

「困っちゃうのよね〜。次の仕事も決まってたのに。」


 リデアはため息ついていた。


「魔物退治か? リデア。」


 後ろからルシエルの声だ。街を出たので闊歩している。隣には愁弥。


 どうやらまだ不貞腐れている。雷を落とされた事と、更にクロイドの存在だろう。


 大人しいのはいい事だが。


「そう。“アレスタイン”って言う街があるの。このカサンドラ大陸に。そこで魔物討伐の仕事があるのよ。鉱山に住み着いてるんだって。」


 リデアは後ろをちらっと見ながら、そう言った。


 すると、ふいに私の腕を掴み顔を近づけてきた。何だかとても……にやけているが……。


「ねぇ? 愁弥。あたしが瑠火のこととっちゃってるから機嫌悪いの?」

「は……??」


 何が? 


 私はリデアの言葉に驚いてしまった。


「ん? 違う? なんか片時も離れたくない。そんな風に見えたから。あの船で。」


 リデアはするり。と、私から腕を離した。


「気の所為だ。」

「またまた〜。わかってるクセに〜」


 つんつん。と、腕を肘で突かれた。


 そんな事あるわけがない。子供じゃあるまいし。


 フェルメール神殿は、森の中にあった。細道を通ると開け、大きな白い神殿は姿を現したのだ。


 三角屋根。像などはなく大きな円柱。それらが並び、入口を覆う。


 だが、その様子が異様。

 それは直ぐにわかった。


 バサッ……


 黒い羽根。それを広げ神殿の周りを彷徨く者たち。


 紅い呪印が身体を覆う。


「魔獣!」


 私は大きな翼広げる怪鳥。それらを前に双剣を抜いた。本来なら美しく聳える白き神殿も、黒い影。それに包まれていた。


「ちょっとどうゆうこと?」


 隣で、リデアも剣を抜いた。彼女も双剣使い。片手剣ではあるが、少し長めで細い刃。


「神殿に誰かいんのか? まさか……神器狙いか?」


 愁弥も剣を抜いた。


 黒光りする怪鳥の眼。それは私達を捕らえていた。


「かもしれないな。」


 私は答えつつも、“ハクライの森”。マリファス神殿にいた魔獣を思い出した。


「瑠火! 突破して神殿に向かおう。魔獣はきっと中にもいる。それに……今回はいるぞ。多分。」


 ルシエルだった。


 この魔獣を操り……神器を狙う者か。


 私はそう思うや否や、踏み込んだ。神殿周りにいる魔獣たち。それらは見張りなのか、そこまで多くはない。


 中にもいるのだろう。侵入を阻む為に用意された兵士。まるでそんな役目をする、この魔獣たちが。


「“水雨”!!」


 私は突っ込み怪鳥たちが、向かって来る前に水の発動。地から噴き出す滝。それらで覆った。


 怪鳥たちを覆い、この水流の中に閉じ込めるものだ。その中で溺死させる。


双剣の疾矢ツインアロー!」


 リデアは双剣を交差させる様に、振り下ろす。その刃は閃空を切り飛ぶ太刀。


 三日月の様な太刀が二つ。怪鳥の身体をまるで斜め十字。斬り裂いた。


 大きな怪鳥の身体は真っ二つ。ボロッと崩れ落ちたのだ。


 ルシエルがまるで一掃するかの様に、黒い波動を放つ。先陣はとりあえず。数の少ない事もあり、愁弥の出番なく……事なきを得た。


 私達は魔獣を斬り捨て、神殿内部に踏み込んだ。


「いない!」


 神殿の中はひっそりとしていた。リデアは通路。そこを見るとそう言った。


「待ち構えてるのかもしれない。気配を感じ取ったかも。」


 ルシエルだ。頭を低くして中を見回した。魔獣の姿はない。


「奥だな。瑠火」


 愁弥は通路の奥を見つめた。


「ああ。」


 通路の奥……。明らかに雰囲気が違う。円柱に囲まれ光は入るが、その奥だけは黒い影。それに包まれていた。


 まるで……魔獣が待ち構えている。そんな気配を漂わせていた。


 私達は、奥に突き進んだのだ。


 祈りの間。そう呼ばれる広間だ。


 そこには黒い怪鳥たちが群れをなしていた。


 広間の中心。そこには白い石像。美しい女神が手に水瓶。それを抱え岩であろう。腰を落とし座る様子。その姿が彫られたものだった。


 石像の奥には石の台。そこにいたのだ。


 金色の水瓶。それを手に抱えたその者は、手にロッド。更に黒と金。装飾施されたローブ。それを着ていた。


 フードは被っておらず、紅に近いピンク。その色彩をした髪。それは纏めてあり額には、サークレット。碧色の宝石が並ぶ王冠に似たものだった。


 オールドマイン。正方形のブリリアントカット。大きな宝石たちが、額の上で煌めく。


 首飾りの様な細い形状ではない、ゴツゴツしたサークレット。金色で何とも……派手だ。


 更に、両耳から提げる大きな宝石のついたイヤリング。紅く煌いていた。


「ご登場って訳ね。」


 若そうな女性だ。私やリデアと変わらなそうだった。だが、不気味に光る銀色の眼。


 更に手に握る銀色のロッド。先端は円形だが、何やらリングの様なものをじゃらじゃらと、つけていた。


「それはコッチのセリフだ。ようやく……辿り着いた。」


 私がそう言うと、女性はフッと笑った。紫色の口元。リップが煌めく。


「どうかしら?」


 と、そう言った時だ。


 ドォォン……と、轟音。


 それは私達の来た方から響いて聴こえた。


「なんだ?」


 愁弥は振り返った。


 ここからでは何も見えない。広間は壁と天井。空間が開いているのは、石像の後ろ。この女性のいる上だ。そこだけは、天井と壁の間に空間がある。そこから光が射し込み、女神を照らしている。


 音だけは聴こえたが。


「ここで……この私と一戦交えるのも良いとは思うけど……。ヤンバルは沈むわ。」


 女性は冷たく笑ったのだ。


「ヤンバル? さっきの音はヤンバルから? 一体、どうゆうこと?」


 リデアは女性の方に振り返った。


「まさか……。商船を襲ったのは……」


 私はそう聞いた。


「御名答。そう。“私達”よ。さぁ? どうする? 月雲の民。海上騎士団たちだけで、抑えられるかしら? “暗黒の使者ダークレイ”を。」


 女性はそう言うと、手に持っている金色の水瓶。それを少し上にあげた。


 煌めくその水瓶は宝石が散らばり、美しい神器だ。


「それとも……“聖水の女神フェルメール”。この神器を守る?」


 この女性は……恐らく……“闇魔道士”だろう。これだけの魔獣を従えているのだから。


 何故なら魔獣は、私達にも彼女にも襲いかからない。つまり……この女性が、従えている。


 ダークレイ。それはミントス王国。ハーレイタウン。そこを襲った召喚獣だ。


 使い手がいないのに勝手に動き回り、姿を消した。この者は……それすらも可能にするのか。わからないが……。


 それとも他に召喚獣を操る召喚士がいるのか?


「考えてる時間はなくてよ? 月雲の民。ダークレイだけ。とは、言ってないわ。」


 きらっと、耳元の楕円形の石が揺れた。


「なんなの? あんた! ハッキリしないわね! それはなに? 脅し? 大体なんなの? 神器抱えて! 何者なの?」


 リデアだ。そう怒鳴ったのだ。


「お付きの者たちの方が勇ましいわね。そこの幻獣と言い、ナイトかしら? さっきから嫌な目つき。でも何も言わない。貴女に付き従ってるのが良くわかるわ。」


 女性は冷ややかに笑っていた。


「答えは簡単だ。今を生きてる者達。私にはそっちが大切だ。魔獣を連れてさっさとここから消えろ。」


 神器……。それは確かに破壊神を生みだす恐ろしい物かもしれない。


 だが、それはまだ止める術はある。でも……ヤンバルで生きる人間たちは、今。この時を逃したら救えない。


 救える命。今を生きる者達。私にはそっちの方が、重要だ。こんな事で選択させられるのも、腹ただしいが。


 人の命を軽んじている。その証拠だ。


「正しい判断ね。良いと思うわ。それで。」


 女性はそう言うと、ふわっと魔獣の背に乗ったのだ。怪鳥たちはそれを見ると、翼を広げた。


「正直……虫唾が走る。マリファス神殿を襲ったのも、お前か?」


 私がそう言うと、くすっと微笑んだのだ。


「ええ。そうよ。これで“聖女の護盾”。“月鏡”。“聖水の瓶”は、こちらのものね。」

「お前達は何者だ?」


 私は右手を握りしめながら、そう聞いた。このイラ立たせるその女性に。


「私は“シャイア”。また会いましょう。月雲の民。」


 バサッバサッ。


 大きな翼広げ、魔獣たちを引き連れシャイア。その者は、天井と壁の間。その空間から飛び立った。


「急ぎましょう! 瑠火!」


 リデアの声が響いた。


 私は飛び立つ者達を見ていた。


「……ああ。行こう。」


 今は……考えている余地はない。ヤンバルに戻らなくては。


 女神フェルメールの神器。それはシャイアと言う魔道士らしき女性に、持ち去られた。


 だが……。神器を追う者。その影が見えて来たのだった。



 >>>


 ヤンバルに近づくに連れ、嫌な気配と嫌な予感は、色濃くなっていた。


 空に上がる噴煙。紅と黒。更に灰色の煙。あれは、燃えている証だ。


 ヤンバルの街から上がる噴煙だ。


「なんなんだ? あの女は。」

「闇魔道士だろう。間違いなく」


 シャイア……。そう言ったな。魔獣たちが従っていた。あの者が術で、幻獣たちを魔獣に変えたのだ。


「瑠火! 見て! バトルシップ!」


 森から抜け街に行く途中。少しだけ高台になる。そこから大きな海原と港が見えるのだ。


 リデアはそこでそう叫んだのだ。


 黒い船が見えた。それに揺れる国旗。


 風に乗り碧色の国旗は揺れる。金色で縁取られ双頭の蛇。それを象徴させた国旗だった。


 港全体は見えないが、それでもバトルシップはかなりいそうだ。


「どこの国?」


 リデアがそう言うと


「俺様も知らん。始めて見る国旗だ。」


 と、ルシエルはそう言ったのだ。


 ルシエルがあの氷の中にいたのは、恐らく五十年近くだ。その間に出来た……国。


 そう言うことか。


 リデアも知らないとなると……大国では、ないのか。



 ✣



 ヤンバルに降り立つと、まさに戦場だった。港から入り込んできたのだろう。碧の軍服。それを着た海上騎士団なのか。


 その者たちと、水色の軍服を着たエルフェンの海上騎士団たち。


 更に……クロイドと共に来た、シャトルーズの蒼い軍服を着た海上騎士団たち。


 その者たちが戦っていたのだ。


 街の美しい景色は様変わりしていた。建物は損壊し、炎が包む。


 その中で、皆、剣を手に戦っていたのだ。


「あ! 瑠火さん!」


 その中に一人の青年。


 クロイドの側近なのか、船の中で私の暇潰し相手をしてくれていた青年だ。


 ブロンドの髪をした“サファリ”。その者が私達に、気づいたのだ。


 彼は傷を負った騎士を担いでいたのだ。


 ぐったりとした水色の軍服を着た青年騎士。その者に手を貸しながら、近寄ってきた。


「団長が! 港にいます! 変な幻獣が来て……」


 と、サファリはそう言った。訴える様な眼だ。


「一体なにが?」

「わかりません。いきなり襲ってきたんです。この者たちは、“ウェルド王国”の者たちです。ここ数年、力をつけてきている国だと聞いてます。」


 サファリのもとに、若い青年騎士が駆けつけた。水色の軍服を着た青年を、彼は連れて行ったのだ。


「ウェルド王国?」


 ルシエルが大きな頭を傾げたのだ。


 聞いた事がないのだろう。


「まだ出来たばかりの新国です。ですが、勢力を広げているのは確かです。」

「わかった。とにかく……港に向かう。ここは大丈夫か?」


 今は……新国の話など聞いてる場合ではない。とにかく、この戦いをどうにかしなくては。


「大丈夫です。エルフェンの騎士団、青年騎士団たちもいます。それに、他の街からも直ぐに応援が駆けつけます。」


 サファリはそう言ったのだ。


「行きましょう!」


 リデアの声に、私達は港に向かったのだ。


 ダークレイとクロイド達。


 彼らを助ける為に。

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