第3章 アルティミスト〜謎追いし者たち〜

序章 ガディル>>ヤンバル

 ーーガディルの街。そこで、私達はカイト。グレン。ルーン。アーク。そして……スナフさん。


 青年騎士団とポタモイの船首と、別れる事になった。彼等はこれからシャトルーズ王国に行く。


 魔物討伐をし、ガディルの閉鎖中の港。それを騎士団と王に直訴に行くのだ。


 スナフさんは、ポタモイの補償。これは愁弥が提案した。


 私と愁弥。更にルシエルは、食堂で遅めの昼食を取った。


 食堂から出て、街中の商店。食材のお店だ。いつもの様に、愁弥が立ち寄るので、私とルシエルは、店の前で待つ。


 檻籠の中にいるルシエルに、私は声を掛ける。さすがにここで、ルシエルは出せない。


「ルシエル。お腹いっぱいになった?」

「足りませ〜ん。」


 ルシエルは檻籠の中で、ふんっと横を向いた。


 店の中で、私と愁弥は肉を与えていたのだが……。どうやら、彼はこの手のひらサイズ。


 檻籠の中のサイズだ。それになっても食欲は、変わらない。大きな時のまま。なので、私達があげる檻に入る程度。その肉では足りないのだ。


 なので、いつでも欲しがる。それが最近。わかった事だ。


「悪い。待たせたな。」


 愁弥は店から出て来た。


 だが、私は彼が街に寄る度に、こうして店を回る理由。それを知っている。


 なので待った。とは思わない。寧ろ……嬉しい事。


「待ってない」

「俺様は待った! 愁弥! はやく! は〜や〜く!」


 私は首を横に首を振ったが、ルシエルはこの感じ。そう。おやつだ。


 それを待っているのだ。


「わかってるよ。なんかすげーいいヤツだって。」


 愁弥はそう言うと、骨に肉がたっぷりついた燻製。それをパキッと、折った。


 そのまま檻籠の中に突っ込む。


 ルシエルは……へっへっ!! と、舌だして大喜びだ。突っ込まれた燻製をがぶり。


 咥えた。


 愁弥は半分を檻籠の中に、押し込んだ。


「焦って食うなよ。」

「フガッ! ふんふん!」


 もう何を言っているのかはわからない。夢中になって、齧る。とにかく齧る。


 愁弥はルシエルの檻籠の前で、私に紅い果物。それを手の上に、ぽんっ。と、置いたのだ。


 そう。これを……彼はいつも、買って来てくれるのだ。


「ありがとう。」

「ん。けど、もう時期じゃねーんだって。この店も出てるだけで、終わりだと。」


 私は手の平に納まる程度の、ハート型。それに似た紅い果物を見つめた。


 薄皮でいて少し硬め。だが、丸かじりすると蜜が、たくさん。


 とても甘くて中は柔らかく、一度食べたら虜になってしまった。何より……もう既に、甘い香り。持ってるだけで、食べたくて堪らなくなる。


 ある意味……“魔性の果物”だな。


 私はその香りに負けた。かぷっ。と、齧りついた。


「柔らかい」

「熟れてんだろ?」


 愁弥も隣で齧りついた。


 本来ならしゃりしゃりと音をたてる“シードルスカッシュ”。でも、今日のは柔らかく歯応えはないが、甘みがすごい。


 ジュースになる理由がわかる。


「美味しい」

「その代わりと言っちゃなんですが……、“ヌーベル”ってのも買ってきたんで。こっちはまだ先まで、採れるらしい。しかもアマいんだと。」


 愁弥は立ち上がる。


 かぷっと、シードルスカッシュを齧りながら。


「ヌーベル?? 聞いたことない。」


 私はそう言った。


「だから。買ってきました。後で食おうな。」

「うん……。」


 楽しみだ。それは。


 私は愁弥のシードルスカッシュを齧る顔。それを見つめていた。


 愁弥はこうして……私の好きなものを、買ってきてくれるのだ。探してくれるのだ。好きそうなものを。


 こんな風に……一緒に、楽しんでくれる人。買って来てくれる人。探してくれる人。


 そんな人はいない。



 >>>


「ヤンバル? それは無理だ。」


 そう言われたのは、シャトルーズ王国の管理する北の国境でだった。


 ここは北門。


 私達は通行証を貰う為にここに来たのだ。


 通行証はこのオルファウス大陸では、国境の砦でも、貰えるらしい。海上騎士団のいる海国。つまり、この大陸の大国に、通行証を貰う船が殺到するのを回避する為だとか。


 色々と考えてるものだ。と、私は驚いた。



 本来ならカサンドラ大陸には、ガディルから船で行ける。だが、魔物のせいで今は港がストップしている。


 カイト達は港を再開させる為に、シャトルーズ王国に行ったのだ。


 なので、私達はここで通行証を受け取り、エルデンの様に大陸を渡る船の出る、大きな港。


 ステルスに行くつもりでいた。


 監視塔の下で、私に通行証を渡してくれた銀色の鎧。全身鎧を着た騎士がそう言ったのだ。


「無理とは? 何かあったのか?」


 私はブロンズ製のメダル。金貨ほどの大きさ。そのネックレスを、頭から通した。


 赤黒く紫混じりのキレイなメダルだ。


「商船が襲われた。ついさっきだ。それで、船を出すな。そうお達しが着たところだ。」


 騎士は、ヘルムを被っているが、鼻元まである。銀のヘルムは少し変わったカタチをしていた。三角兜。目元だけは開いていて、中の黒い瞳が見える。


 男はかなり大柄だ。ヘルムの下から覗く赤茶の髪。肩まである。


 腰に提げた剣は、長剣みたいだ。長い。


「襲われた? 魔物か?」


 愁弥がそう言うと、騎士は太い腕を組んだ。


「わからん。北の墓場付近でも魔物が出ると言われていて、ガディルも閉鎖中。それと関連しているかどうか、ヤンバルのある“エルフェン王国”。調査に乗り出しているそうだ。」


 騎士の声は低く太い。少し掠れている。酒焼けか?


「……リデア……」


 私はアクセルと言う商人の船で、出会った冒険者。彼女の事が心配になった。


 彼女は単身、魔物討伐に行く。と、ヤンバルに出向いたのだ。


「行くにはどーしたらいい? ステルスから船は出ねーんだろ?」


 私がそんな事を思っていると、愁弥がそう聞いていた。



「“アスドラ”? どうした?」


 そんな声が聴こえたのは、その直ぐ後だった。


 途端に目の前の騎士は、腕を降ろして直立不動。姿勢を正した。


 私はその変わり様に、声のした方を見た。


 この騎士の上。それなら話を聞いて貰えるかもしれない。そう思った。


 水門の下。私達はそこにいる。船もここを通る。海流が後ろに流れている。


 声の主は、水門に近寄ってきた。


 黒い服。軍服みたいだが、長い。膝下まである。更に深いネイビーの髪。少し長めの髪だが、前髪はセンター分け。青みはあるが、かなり黒に近い。


 くっきりとした顔立ちに、パープルアイ。紫宝の瞳が煌めいた。


 美しい男。だが、何処か冷たい印象があった。


「“クロイド様”」


 騎士はそう言うと、私達から離れた。


 一歩引いた。


 この男は……かなり上の者か? 王国の者か?


 私はそんな事を考えていた。


「よせ。もう“騎士団”ではない。それよりも……どうかしたのか? アスドラ。」


 笑った……。のだが、微笑んでいるだけ。少し違和感のある笑みだった。


「はっ。」


 アスドラと言う騎士の男は、少し頭を下げた。軽くだ。


 騎士団の礼儀作法も……様々なのだな。まるで、相手が王様の様だ。


「この者たちは冒険者。ヤンバルに行きたいそうです。」


 アスドラは、威勢と言う言葉を失くしてしまったかの様だった。さっきまではとても凛々しく、強い門番。そう見えたが、今は……縮こまってしまっていた。


 心做しか……肩が震えている?


「そうか。ヤンバルか。それは少し難しいな。どうだろう? 旅の者。私と共に行かないか? これから行く所なのだ。」


 クロイド……と言う男は、微笑んでいた。それはとても優しい笑み。この柔らかな口調。


 良い人……。そう思える。だが……。何故か不気味だ。


「いや。俺らだけでどーにかする。悪かったな。」


 愁弥だった。


 驚いてしまった。


 しかも、私の手を掴んだ。


「行くぞ。瑠火。」


 愁弥はそう言うと、私の手を引き歩き出そうとした。国境の向こう側にある、ステルスに。


「無駄です。既にこの辺りの港には、と……言っても大陸の橋渡しは、そんなにありません。船は出ませんよ。」


 冷たい声だった。


「あーそうかよ! それなら飛んで行く。どっちにしても、お前の世話にはならねー。」


 は?? 


 私は愁弥のその返しに、驚いてしまった。だが、愁弥はぎゅっ。と、私の手を強く握っていた。


「……月雲つくもの民。」


 私はその声に、振り返った。


 愁弥は手を引っ張っていた。


「瑠火!」

「愁弥。待て。」


 私は立ち止まった。


 クロイドを見ると、私を見ていた。


 真っ直ぐと見つめるその眼は、どこか……強く、更に、刺す様だった。


「話を聞きたいならどうぞ。私の船で、お送りしましょう。“ヤンバル”へ。」


 クロイドはそう言ったのだ。


「瑠火。やめとけ」


 愁弥の声。


「瑠火。ロクでもないぞ! やめとけ!」


 ルシエルの声。


 止める二人の声を聞きつつも、私は


「聞かせて貰おうか? お前は“何者”だ?」


 クロイドにそう言っていたのだ。


「どうぞ。」


 クロイドは微笑むと、海の方に手を差し出した。まるで、案内する様に。




 >>>


 クロイドの船は見事な軍船。バトルシップだった。それも大きな船だ。


 船体は白いパールの様な煌めき。船首には巨大な大砲。甲板では、巨大なマスト。更に黒に赤の縦縞。三角帆が揺れる。


 派手。と、印象があった。


 軍服を着た男たちが、甲板で海を見張っている。蒼い軍服。膝丈にその下は白いズボン。


 皆、腰元には剣を挿していた。


 歩く旅に姿勢を正し、クロイドに敬意を表するのか、胸元に拳握り当てる。


 整列はしないが、振り返りみんな。その所作をするのだ。


 これが……海上騎士団。




 私達は、船内に案内された。甲板から階段で降り、更に通路を渡り奥の部屋。


 そこは窓のある広い部屋。


 アプサリュートの船。そこで見た様な船室とは、違う。壁に地図やメモの様な物が貼られ、机にイス。


 通信機器だろうか? 何やら計器みたいのもある。


 碧色のドーム型のガラス。それが、目の前にあった。目が入ってしまった。


 円形のテーブル。そこにそれはあった。


 クロイドは、部屋に入るとドアの側にいた騎士たちに


「この者たちは客人だ。話がある。席を外せ。」


 と、そう言った。


「「はっ!!」」


 騎士二人。頭を下げると部屋を出て行った。


 誰もいなくなると、クロイドは碧色のドーム型。そのガラスの前に立った。


「これが何かわかるか?」


 と、そう言ったのだ。


 私はそのドーム型のガラスを覗きこんだ。


 淡い光。それを放っていた。


 私はそのドーム型のガラス。その下に丸く描かれた表示版。それを見て……ハッ! としてしまった。


「やはりな。わかってるか。」


 クロイドの声はとても冷たかった。


「これは何なんだ? なんの用だ? 胡散臭せーんだよ。最初っから“瑠火”狙いだろ? バレてんだよ。さっさと話せ。」


 隣でそう言ったのは、愁弥だった。


「瑠火。 俺様を出せ。良く見えない」


 その後でルシエルがそう言った。


 私が檻籠を見ると、ルシエルはもう牙をむきだし。檻に顔を近づけていた。


 これでもか。と。


「………」


 私は檻籠に手を掛ける。


 私の右人差し指。そこに紫の一文字の印。それが浮き上がる。これが、“血印”。


 ルシエルとの契約の証。それと、この素さか捕縛の檻。それを、開閉する鍵でもある。


 この檻籠は私にしか開けられない。


 檻を開くと黒い光に包まれ、ルシエルは飛び出す。


 手の平サイズではなく、体長五メートルは超す幻獣の姿を、現すのだ。


「なるほど。噂通り」


 クロイドの眼は、やたらと鋭く光る。パープルアイが、不気味に光る。


「なんなんだ? お前。」


 愁弥は神剣に手を持っていった。


 だが、クロイドは笑った。


「やめておけ。戦うつもりはない。寧ろ……“協力”。これは“コンパス”。さっきの顔じゃ、見た事あるみたいだな。」


 私に向けられるその冷たい視線。


 そう。円卓テーブルの上にあるのは、海王神アプサリュート。その神器。コンパス。それを大きくしたものだ。


 全く同じもの。それを作ったのだろう。形態模写の様に。ただ、拡大されている。


 愁弥は隣で、神剣を抜いた。


「答えになってねーよ。何目的だ?」


 こんなにキレている愁弥は、始めてだった。それに、ルシエルもだ。


 私より前に立ち、クロイドを睨みつけ口を広げ、牙をむきだし。


 今にも喰いかかりそうだった。


 フッ。


 クロイドは笑い、腕を組んだ。


 余裕のある笑みだ。私達三人。それを前にして、この部屋から人払いまでしている。それでも、余裕だ。


「何が知りたい? 悪いがそのコンパスについては、何も知らない」

「いや? どうやって手に入れた? 十二の神器の一つ。アプサリュートのものだ。どこにあった?」


 クロイドは、私の声にそう言った。


 そしてーー、


「お前達……“月雲の民”は、何者だ?」


 そう言ったのだった。

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