終章 月雲の里 瑠火と久我愁弥
ーー話を聞き終えると、グレンはオレンジ色の瞳を、丸くしていた。
「信じらんねーよな?」
「いえ。ここに愁弥さんがいるので。それにお話の内容も、とても創り物とは思えません。ですが……そうなると……。
グレンはそう言うと、私に視線を向けた。
「そうなんだ。愁弥は巻き込まれた……」
「瑠火。この際だから言っとく」
愁弥は私の言葉を遮り、立ち上がった。
「アプサリュートが言ってただろ? “俺が選んだ”。それを聞いた時に……妙に納得した。」
愁弥は腰に手を充てながら、そう言った。
「え?」
私は聞き返していた。
「俺が選んだんだ。あの店に入ることも、このネックレスを買うことも。それに……このネックレスを見た時に、“何か”を感じた。だから選んだ。それは何なのか。わかんねーけど。でも……拒否る事も出来たはずだ。でも俺は……“選んだ”んだ。」
愁弥はそう言うと、私の方に顔を向けた。
「強引かもしんねーけど、“神剣”の事もそうだ。強い力持ってる。って事は……それなりに、何かがある。それはこの世界にいてわかってきたことだ。でも……“俺はそれを持つ事”。それも選んだ。」
愁弥の表情は、とても真剣だった。
「運命とか宿命とか……あんま好きな言葉じゃねーけど。馴染みもねーしな。けど、思う。俺がここに来てここにいる。それには確かに……人の力や思いってのもあるんだろう。だが、俺の“意志”。それもちょっとは関係してるんじゃねーのかな?」
愁弥は……そう言うと笑ったのだ。
「だから……巻き込まれたんじゃねー。俺が選んだ道だ。もう……背負うな。俺のことまで。」
と、そう言ったのだ。
「……だが……。」
「瑠火。俺がいい。って言ってる。否定すんの?」
否定?
違う……。そんなつもりは……
「俺の生きる道は、瑠火にも決めらんねー。決めるのは俺だけだ。瑠火の生きる道もそうだ。支えてはやれるが、決めるのは瑠火だ。ルシエルもグレンも。あいつらも。皆、自分で決める。」
私はその声に……顔をあげた。
真っ直ぐと見つめる強い眼差し。ライトブラウンの瞳は、いつにも増して強く煌めいていた。
意志。決意。それが煌めいて見えた。
「てことで……」
愁弥はフッと笑うと、グレンの方に身体を向けた。そのまましゃがんだのだ。
「瑠火。愁弥は“覚悟”してる。それはきっと……瑠火にはわからないかもしれない。でも……俺様にはわかる。だから……“何も言うな”。アイツを見てやれ。支えてやれ。それは瑠火にしか出来ない。」
ルシエルは私の隣で、そう言うとこん。と、冷たい鼻先。それで私の頭を小突いた。
「ルシエル……」
私は顔をあげた。
ルシエルの紫の眼。それは優しい光を放っていた。その表情も穏やかで……いつものやんちゃな感じではなかった。
「この先も、俺様は見ていてやる。お前達の行く末を。」
そう言ったのだ。
こんな事を言うのは……はじめてのことだ。でも……私は嬉しかった。
「ありがとう」
私はそう言った。
「月雲の里の事は……有名なのに、文献が無いんです。ある意味……“神より謎”です。」
「けど、この世界ではみんな知ってるんだよな?」
グレンと愁弥の声が聴こえた。
「それは多くの戦争に駆り出され、月雲の民の居る軍は、必ず勝利を収めるからです。“厄災者たち”とは、最初はそれを皮肉で言い始めた事なんです。敗けた軍の言い伝えだそうです。」
グレンがそう言うと、
「文献ねーんだろ? なんで言い伝えとかわかんの? なに? お前……まじで学者?」
愁弥はとても驚いた様にそう言ったのだ。
「聞いたんです。聖神戦争について調べるには、月雲の里。さっきも言いましたが……何故? 神軍に着いたのか。人間との戦争で。そこを調べるしか紐解けないと、思ったんです。」
グレンがそう言うと
「何をそこまで拘ってるんだ? 聖神戦争なんて面白くも何とも無い。アストニア大戦! それを紐解け! 俺様の活躍だ!」
ルシエルはそう言ったのだ。だが、グレンは首を横に振ったのだ。
「僕も始めは……戦士になる為に“神”を知ろう。その程度でした。ですが……色々と不審な事が出てきて、どうも……“伝承や文献”では言い伝えられていない事。それがありそうなんです。」
グレンがそう言うと、愁弥は頭を掻いた。最近、少し伸びてきたブロンドの髪だ。こうしていると、グレンの色に似ているな。
黄混じりだ。愁弥も。
「歴史なんてそんなモンだろ。時が経つとあとから、出て来るからな。俺はそれが苦手なんだ。何が真実なのかわかんねー。」
と、そう言ったのだ。
なるほど。とても良くわかる。愁弥は黒か白。それがハッキリしてないと、イラつくのだ。
「それは色んな人達が色々な視点から、紐解くからです。そこに見えてくるんです。」
「どうでもいいが。話を先に進めろ。昔語りは俺様は、興味がない! 肉食いたい!」
ルシエル……。
私はため息ついてしまった。
「月雲の里と神。それは深い繋がりがありそうなんです。その歴史はとても古く、神が存在していた頃には、月雲の里も既にあったんです。それは“ライム”さんから、聞きました。」
グレンはそう言った。
「ライム? 私達が会おうとしている人だ。」
そう。転移の石。その事を聞く為にその人に会う。これはバリーから聞いたことだ。
「あ。そうなんですか? それなら話は早いです。ライムさんの話だと、月雲の里。迫害される前にあった里の遺跡。それが発見されたそうなんです。」
グレンは驚いた様な顔をしていたが、直ぐに真剣な顔をしたのだ。
「瑠火。知ってるか?」
「いや。迫害される前の民の話は、“
愁弥の声に私はそう答えた。
そうなのだ。あの里の前。光の世界にいたこと。それは里の民にとっては、辛い過去なのだ。
自分たちが迫害され極寒の地に追い遣られたこと。それが……哀しい現実。それを受け止めるしかなくなるからだ。
「そうだと思います。辛い現実と栄光の過去。それを受け入れるのは……正直。他人の僕でも、悲しくなりました。」
グレンはそう言うと、私を見たのだ。
「ありがとう。そう思ってくれるだけで、救われる。優しいな。グレンは。」
へへっ。と、ようやく無邪気な笑みが浮かんだ。
「で? なんで神について戦争したんだ? それはわかったのか?」
「わかりません。」
「は?」
愁弥の声は間の抜けた声であった。
「それを調べるには、月雲の里の事を調べるしかないんです。その為にはこの世界の“謎”。それを追求して行くしかないんです。」
グレンの声に愁弥は、ふぅ。と息を吐いた。
「てことはやっぱ……遺跡探検と? 歴史との向き合い? まじか……。先は長そうだな……」
がしがし。と、しゃがんだまま愁弥は項垂れ、頭を掻いた。
「愁弥さん。選ばれし者なんですから。」
「はいはい。わーってるよ。」
愁弥。軽いな。
「神器……。それを追いかけながら、辿るしかなさそうだ。」
「そうなるとは思ってた。俺様はな。アルティミストは……深い。そう簡単に“全ての姿”を、曝け出してはくれない。」
隣で、ルシエルはそう言った。
「だが……“必要”にはなってくる。神器と転移の石。異世界転移と月雲の里の白雲。神。謎を掻き集め、辿り着くしかない。」
更にそう言ったのだ。すると、愁弥は立ち上がった。
「だな。何もかもわかんねーんだ。手探り状態。一つずつやってくしかねーな。瑠火。」
振り向くとそう言ったのだ。
「僕も調べて“
グレンはそう言った。
「グレン。ありがとう。私達も何かわかったら伝える。」
「はい! あ。月雲の里の遺跡です。その場所は、ビルドー大陸にあります。ライムさんもそこにいると思います。ちょうど遺跡調査してます。」
と、教えてくれたのだ。
「その遺跡ってのは月雲の里の遺跡か?」
「はい。」
愁弥の声にグレンはそう答えたのだ。
ビルドー大陸。大陸越えが必要だ。そこに行くには、カサンドラ大陸。そこからセルフィード大陸に行き、船で渡るしかない。
目的地は変わらない。
だが、“旅の目的”は少しずつ変わってきた。私達は、大陸越えを目指すことにしたのだ。
その先にきっと……見えてくる。アルティミストで起きている“闇”。
その全景が。
まるで……“
この世界は、その中にいるみたいだ。
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