第25話 聖地マーベルアイズ>>ガディルの港

 ーー海王神アプサリュート。


 彼が消えてしまった船室で、私達は宝箱の中にある羅針盤コンパスを見つめていた。


 蒼白い光に包まれていたが、それも消えていた。


「これが……“十二の神器の一つ”」


 私はコンパスを手に取った。蒼い円球に包まれたコンパスは、針はあるが方角を示しているのか、文字は変わっていた。


「どこを指してんだ? これ。つーか方角か?」


 愁弥は、コンパスの針。☓印。それを見てそう言ったのだ。


 円を描く様に文字は並んでいる。針も二つ。それが交わっていた。見た事の無い文字だ。


「わからない。この文字は読めない。」


 私が答えると愁弥も、そっか。と、頷いた。


 だが、その時……震動がした。


 ズズズ……と、地が唸る様な音。さらに船は揺れたのだ。


「なんだ?」


 愁弥は私の身体を支えてくれていた。円形テーブルにある、宝箱が大きく揺れた。


「動くんすかね!?」


 カイトがそう叫んだ。


「まさか……」


 私がそう言った時だ。船は動いたのだ。


「う……浮きます!!」


 グレンの声だった。


「捕まれ!」


 愁弥はそう叫んだ。みんな、浮上する船の中で、何かに捕まった。カイト達はテーブルや側にある柱。それらにしがみついた。


 ルシエルはルーンとスナフさん。彼らをまるで庇うかの様に、身体を擦り寄せた。


 ルーンとスナフさんはルシエルにしがみついていた。


 身体が浮きそうになるほどの、急浮上。見えなくてもわかる。ぶわっと足元から湧き上がる様な感覚。


「捕まってろ。瑠火。」

「こ……子供たちを……」


 そうは思ったが、足が浮く。ふらつくのだ。


 動けない。


 愁弥は大きなテーブルを支えにしながら、私の身体を抱いた。


 ぎゅっ。


 私はしがみついていた。愁弥に。


 恐いと思ったのは……はじめてだった。自分で飛ぶのとは違う。何だかわからない感覚に、身体が持っていかれそうになった。


 自然と愁弥の胸元にしがみついていたのだ。


 背中に感じる強い腕。それは安心感をくれるものだった。


 激しい揺れと浮力。いつまで続くのかわからない、この浮くような感覚。


 大きな水音。それが聞こえてくる。更に一度強く、浮き上がると急降下。


「うわっ!!」


 子供たちの声が聴こえたその時だ。


 バッシャーン……。大きな水飛沫のあがる音。更に酷い揺れ。


「う……」


 私は思わず目を閉じた。落ちたのがわかった。それにその衝撃が、身体を宙に引っ張る。そんな感覚を連れてきた。


 こんな感覚は、はじめてだ。得体の知れない力に襲われてる。そんな気分だった。


 だからか……愁弥のシャツ。それを掴む手に力が入っていた。


 ぐっ。と、強く背中を抱く腕に力がこめられた。


「大丈夫だ。瑠火。」


 愁弥の声が頭の上から響く。まるで言い聞かせる様だった。


 ぐらっと大きく横に揺れる。傾くように何度も。それをやがて繰り返したのち……ようやく、船は穏やかになった。


「外だ……」


 アークの声がした。


 眩しさを顔に感じた。


「瑠火。外だ。大丈夫か?」


 愁弥の声が頭の上から聴こえた。


 外……?


「大丈夫だ……」


 目を開けると愁弥の白いシャツ……。逞しい胸元に私は顔をくっつけていたのだ。



 途端に……急激に恥ずかしさが押し寄せてきた。



 近い!!



「あ! “ごめん”!!」


 私は咄嗟に離れた。


 愁弥は腕を緩めてくれた。お陰で離れることが、出来た。


 だが、笑っていた。あったかい眼。私を見つめていた。


「いつでもどーぞ。」


 軽口ではあったが……私は、恥ずかしくて堪らなくなった。


 男の人にしがみついたのは……はじめてだ。自分から。でも……嫌じゃなかった。


 守られている。そんな感覚だった。


 どきどきする。


「ねーさん! 海の上だ!」


 カイトの声に、私は心を落ち着かせた。とりあえず……息を吐いていた。


 子供たちはガラスの無い枠だけの窓。そこから外を見つめていた。


 良かった。みんな……大丈夫そうだ。


「海の上……。いつの間に……」


 私も外の風。それを感じながら揺らぐ波を見つめた。海原だ。蒼く澄んだ海が広がっていた。

 

 動いていた。


 船は海の上を走っていた。





 甲板。そこに出て、みんなで海を……辺りを見回した。


 崩れた甲板。マストや柱などは折れている。だが、動いているのだ。ぼろぼろの帆がまるで、風を受けているかのように。


「海王神の力か。」


 そう言ったのはルシエルだった。彼はルーン、スナフさんといた。


 ルシエルは破れた帆を見上げていた。


「海王神の力?」


 私はそう言うと手にしていたコンパス。それが、蒼く光ったのを知った。


 更に……風だ。船の切る風がキラキラと、流粒の様に流れてゆく。


 蒼い光の風の様だった。


「ねーさん。船が蒼く光ってる……」


 カイトだった。


 荒れた甲板。手摺を掴み下を覗きこんでいたのだ。


 私と愁弥も手摺の方に向かった。


「まじか」


 愁弥がそう言うのもわかる。船体が蒼く光っていた。この様子だとここからではわからないが、降りてから船を見ると、全体が蒼い光に包まれていそうだ。


 波ですらキラキラと煌めいて見えた。


「凄いな。」


 私もそう言ってしまった。神ーー、私にとっては少し微妙な立ち位置だ。だが、今は凄いと思う。



「僕達……。ずっと息をしていましたよね? 何故でしょうか?」


 さらっと揺れる黄色の髪。サンフラワーの髪をしたグレンが、ふとそう言ったのだ。


「アレじゃん? 神器があったから。」


 そう言ったのは円柱に手を回し、海風を受けるアールグレイの髪をしたアークだ。


「聖地……。そう言ってたよな?」

「この船が聖地だと言っていた。」


 愁弥の言葉に、私は頷いた。


 私は海王神アプサリュートの言葉を、思い出した。この船ーー、マーベルアイズ。それが彼の聖地。彼の棲む地だ。


「海底の空気……。あの澄んだ場所も、聖地の船があったからだろうか?」


 私は、愁弥を見るとそう聞いた。


「わかんねーな。ったく。ちゃんと説明しろよな。謎ばっかり残しやがって。」


 愁弥は隣で首を傾げ苦笑いしていた。


「神は気まぐれ。自由気まま。我が道を行く。」


 ルシエルだった。


 私と愁弥は顔を見合わせた。


「ルシエルの事だろ? それ。」


 愁弥はそう言った。


「は?? 何を言うか!! 付き合ってやってるだろう? 俺様は! このザワもやコンビに!」


 ルシエルはムッとしてそう言ったのだ。


 ザワもやコンビ??


 私はとっても引っ掛かったが、とりあえず。手の中にあるコンパス。それに目を向けた。


 相変わらず☓で。針はどこを指しているのかもわからない。


「あ! ガディルだ! 街が見えてきた!」


 そう叫んだのは、カイトだった。海の先。港町が姿を現したのだ。



 >>>


 大きな港町だ。


 王国シャトルーズ。そこの所謂……出入口なのだろうか。商船らしき船や、漁船などが停泊していた。


 だが、閉鎖されているのは本当の様だ。閑散としている。


 私達を乗せたマーベルアイズ。それは閑散としたガディルの港に、入港した。


 港には人が疎らだ。


 降り立つとやはり、マーベルアイズは蒼く光っていた。


 そしてーー、船は港からゆっくりと出たのだ。


 廃船は静かに海にでてゆく。


「ど……どうなっとるんだ?? 舵は?」


 スナフさんだ。


 勝手に旋回し、海に向かう幽霊船。それを見てそう言ったのだ。


「あ……」


 私は手元にあるコンパス。その光が消えてゆく。それを見つめた。


「瑠火。船が……消える……」


 愁弥の声は驚いている様だった。


 コンパスが放つ蒼い光。それが薄れてゆくのと同時に、マーベルアイズもまた薄らいでいたのだ。


「どうゆう事だ?」


 私がそう言うと


「海王神アプサリュートは、聖神戦争で船が沈んだ。そう言ってましたよね?」


 と、グレンがそう言ったのだ。


 隣を見れば消えてゆく船を見つめるグレン。その顔は何かを……思いついた様であった。


「グレン。なんか知ってんなら教えてくんねー? ワケわかんねーんだ。こっちは。」


 愁弥は困惑した表情をしていた。


 そうだ。彼は……“ワケわかんねーとイラつく”。そうゆう人間であった。


 私がもう少し……ちゃんと理解していれば、良かったのだが……。どうしても“聖神戦争”。神……。


 この二文字は……感情的になってしまう。言いたくはないが、これさえなければ……美夕。里の子たちは、この子たちと同じ……“夢と希望の世界”。


 温かく光に包まれたこの地で、生きて来れたのだ。あんな極寒で光もなく……“生きること”。それだけ与えられた道。


 その中にいなくてすんだのだ。


 彼らと同じ様に……色んな道を選べたのだ。


「聖神戦争で追放されたのは、生き残った“神と神族”だと聞いてます。僕もこの戦争については、本当に“不審”な事ばかりで、調べてるんですが……」


 グレンはそう言ったのだ。


「不審?」

「どーゆうことだ?」


 私の声に、愁弥が便乗した。


「そもそもです。何故。神が……“人間と多種族連合軍”。これに敗北し追放されたのか。僕はそこに疑問を持ったんです。」


 グレンはそう言ったのだ。それはとても強い眼だった。


 確かに……。これだけ……色んな力を見せられると、不思議だ。人間に勝てないとは思えない。


「戦争の始まり。それも気にはなりました。何故、この世界を創った神に人間と多種族が、挑んだのか。それに……同じ人間なのに、どうして……“月雲つくもの里の民”は、神に味方をしたのか。」


 グレンはそう言うと、私を見たのだ。更に……


「“神国の戦士”。それに近いのかと思って、僕は興味を持ったんです。だから、聖神戦争の事を調べてるんですが……」


 と、そう言った。


「神国の戦士ってのは、神の意志を継ぐ者。だったな?」

「はい。闘神の意志を継ぎ……戦う者です。」


 愁弥はグレンの言葉を聞くと、首を傾げた。


「闘神ってのと……戦いの女神。ってのは違うのか?」

「闘神とは……元は幻獣です。神の棲む聖地を護り、闘う為に生きる者達。それが神により……つまり、聖神アルカディアに、認められ闘神としての称号を得た“神”なんです。」


 グレンはそう言うとルシエルを見た。


「破滅の幻獣ルシエルくん。……彼は“闘神”なんだと思います。」


 そう言ったのだ。


「「はぁっ!?」」


 私と愁弥は同時に聞き返していた。


「あ……わかりませんよ? でも……“封印”されたんですよね? 本来なら……神が裁きを与え殺されると思うんですが……」


 グレンはそう言ったのだ。とても引き攣った顔をしていた。


「ルシエルが……神?」

「ありえねーだろ。あの邪魔者」


 愁弥はそう言ってルシエルを見ていた。


 ん? 邪魔者??


「話を戻しますね?」


 グレンはそう言って、私達を見上げた。


「「どーぞ」」


 私と愁弥は、そう答えた。

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