第24話  神船マーベルアイズ>>少年冒険団②

 ーー「ねーさん! 何してんすか? お宝見ましょうよ!」


 そんな時だ。カイトの声が聴こえたのだ。


 円卓を囲み、ルーンやアーク。更にルシエルと、スナフさんもいた。


 どうやら宝箱。それを見ている様だ。


 テーブルの上の箱などは開けられていた。だが、風化してしまっていたのか、砂と埃。それしかなかった。


「開けられないから呼んだんだな?」


 私は少し大きめの宝箱。それを見てカイトに、そう言った。これだけは蓋が開けられていない。


 へへ。


 と、カイトは笑う。


「瑠火さんなら、“解除”出来るんじゃないかと思って。」


 そう言ったのはアーク。へらっと笑った。翠の瞳だが、暗い海を映す様な黒が入った不思議な色合い。そこにこの無邪気さ。


 不思議な魅力をした瞳だ。



「私の力は鍵じゃない。」


 人を何だと思ってるんだ。


「開けてみてくださいよ! 愁弥さん!」

「わかったから。ちょっと待ってろ。」


 ルーンだ。愁弥がひっくり返しているのを、覗いていた。


 そしてこの男たちも。


「早く! 肉かもしれない!」

「お宝ですかね〜?」


 わくわくしているのは、どうやら子供たちだけではなかった。


 ルシエルとスナフさんもだった。


 スナフさん。元気になって何よりだ。


「ルシエル。まさか食べる気?」

「閉じてあるんなら大丈夫だ! 焼いてくれ!」


 目がきらきらしている。いつの肉だかわからないのに。どんだけだ。肉かどうかもわからないけど。


 ごとっ。と、愁弥はテーブルの上に宝箱を、置いた。


「開かねーな。鍵穴はあるけどな。」


 蓋の所だ。正面に丸い鍵穴がついていた。


「鍵か。何処かにあるんだろうか?」

「探してみるか?」


 私と愁弥が顔を見合わせた時だ。



「瑠火さん! 愁弥さん!」


 グレンだった。


 彼は暖炉の所にいたのだ。そこで私達を、呼んでいた。


 暖炉。大きな暖炉だ。四角い石造りの暖炉の中は、長年の砂や埃が溜まっている。


 鉄柵から砂が舞う。


 暖炉の上には小さな棚。引き出しのついたものだった。


 三段のその棚と、懐中時計。それに石像みたいなものも置いてあった。


 人魚の石像だ。岩の上に人魚が座っている。ちょっと飾る程度の大きさだ。


 グレンは手を伸ばしていたが、届かない。この船室は、海王神アプサリュートの部屋なのだろう。


 何もかもが少し大きめなのだ。愁弥は手を伸ばした。彼は届いた。


「引き出しか。」


 愁弥は引き出しを開けようと、引いたが


 ガタッ。


 と、音を立てて棚は暖炉から落ちた。


「だいぶ。古いな。」


 ゆらゆらと揺れながら落ちてゆく棚。さすがに海中だ。地上みたいに勢いよくは落ちなかった。


 それにしても不思議だ。私達は今、普通に立っている。浮かないのだ。


 ここにあるものも、地に足をつけている。


 愁弥はしゃがむと落ちた棚を、ひっくり返した。


「ダメだな。引き出しは一つしか開かねー。」


 どうやら真ん中。その引き出ししか開かなかった。愁弥はそこから箱を取り出した。


「なんですか? それ?」


 正方形の紅い箱だ。蓋がついている。金色の枠で縁取られた、ちょっと洒落た箱だった。


 愁弥はそれを持ち、立ち上がるとやはり眺めていた。


 ルーンの声に


「ん? これって……」


 と、そう言った。


 私も覗きこむ。だが、愁弥は箱を私に渡した。受け取ると愁弥は、首元に手を持っていく。


「これは……闘神ゼクノス?」


 箱の蓋。そこに何かを埋め込める様なカタチが、彫られていたのだ。


 愁弥はネックレスを外したのだ。


「やってみるしかねーだろ。」


 誰もが愁弥の所作に釘付けだ。私の持つ箱。紅い蓋。金色のカタチが彫られた場所に、愁弥は獅子のネックレスを嵌め込んだ。


 しっかりと嵌ったのだ。


 カチッと音がしたのだ。


「お。開いた。」


 蓋が浮いたのだ。


「中は?」

「鍵だな。」


 カイトの声に愁弥は、蓋を開けた。そこに入っていたのは、金色の鍵だった。タンブラーキーで、特殊な形状だ。


 箱の鍵穴が奇形なのだろう。


 クローバーに似たカタチをしていて、四つの宝石がついていた。丸い石だ。紅、紫、蒼、緑。とても綺麗だった。


「それだ! 宝箱の鍵だ!」


 アークとカイトは目を輝かせた。愁弥は鍵を二人に渡した。


「どーぞ? 少年冒険団。」

「いいんすか!?」


 鍵を持つとカイトとアークは、宝箱の方に向かった。二人ともとても嬉しそうだった。宝箱を、開けたい! そんな顔だった。


「大丈夫か?」

「大丈夫だろ。神の船だ。それに“ボディガード”がいるしな。」


 私の声に愁弥は、指差した。彼等のいる円卓テーブルの方を、親指で。


「肉が入ってたら“待て”だ! わかったな! 待て! だからな!」


 ルシエル……。


 彼らの横にはルシエルがいた。しっかりと見張っている。


「ルシエルくん! 少し黙って!」

「くんって言うな!」


 アークの声にルシエルは、怒鳴っていた。どこに行っても……子供扱いされてるな。ルシエル。


 カイトは鍵を差し込むと、かちり。と、回した。


 宝箱は開いたのだ。フタが勢いよく開いた。


 中から光を放つ。それも蒼白い光だ。


「な……なんすか?」


 蒼い布。その上に置いてある銀色の丸いもの。それは蒼白い光を放っていた。


「……羅針盤コンパス……」


 そう言ったのは、グレンだった。


 丸い球体。その中に蒼く光る羅針盤。さらに、周りは銀色の縁取りされたものだ。


「なんで? コンパスだ? これだけか?」


 ルシエルは箱の中を覗いていた。とても不満そうだ。


「これだけだ。」


 私はそう言った。箱の中にはコンパスしか、入っていない。


「ねーさん……」


 カイトがそう声をあげた。


「……海王神アプサリュート……」


 グレンだった。


 その声に私も視線をあげた。円卓テーブル。その前に、蒼白い光に包まれた男がいたのだ。


 長い髪を揺らした少し……強面の男性。大きな身体に、神装束キトン。蒼白い光に包まれているから、色はよくわからない。


 袈裟懸けに似た布を肩から下げ、まるでマントの様にキトンは、揺れていた。


 全身を布で覆った服だけで、鎧はつけていない。更にその手にも象徴でありそうな、槍。さっきのトライデントだ。それは持っていなかった。


 額にはサークレット。首にもきれいな装飾のついた首飾り。蒼く揺れる眼がくっきりとしていた。


「ようやく長き……漂着から解放される。私の“神器”。それを預かる者たちよ。礼を言う。」


 アプサリュートの声は、響いて聴こえた。海中に震える様に、低く届く。


「どうゆう意味だ?」


 私がそう聞くと


「この地に辿り着ける者。更に我が友の象徴を持つ者。私は待っていたのだ。」


 アプサリュートはそう言ったのだ。


「それって……“瑠火さんと愁弥さん”の事ですよね? 」


 意味のわかっていない私ーー、更に愁弥もとても、怪訝そうにしていた。


 そこにグレンがそう言ったのだ。


 どうでもいいが。神……とやらは、短絡的で困る。出てきたのなら細かく説明してほしいものだ。


「左様。我が船……マーベルアイズ。聖神戦争で沈み……そのままに。神器を預ける者が現れず……永きこと、留まるしかなかったのだ。」


 グレンの声にアプサリュートは、首を縦に振ったのだ。長い髪は漂うように揺れていた。


「神器を預ける?? 聖地はどうしたんだ? お前は聖地があるだろう? そこには護る者がいるはずだ。」


 口を開いたのはルシエルだった。アプサリュートは、少しだけ目を開くが、直ぐに険しい表情になった。


「私は……“十二の護神”。そう言えば……少しはわかるかな? 勇敢な“破滅の幻獣ルシエル”」


 アプサリュートの眼……蒼く澄んだその眼は、ルシエルを見つめていたのだ。


「破滅の幻獣?? ルシエルくんが??」


 アプサリュートに驚いたのは、ルーンだった。幼き子はとても驚いた顔をして、ルシエルを見上げていた。


「知ってんのか?」

「ええ。伝承は聞いてます。大陸を二つも海に沈めた恐ろしい幻獣がいる。それが、破滅の幻獣。」


 ルーンのつぶらな瞳は、ルシエルを恐ろしい。と言うよりも……憧れ。そんな眼差しだった。


 怖いもの見たさなのか……強い者に憧れるのか。里の男の子らもそうだったな。強い者は……格好いいのだろう。


 ふふ〜ん。


 ルシエルは得意気だった。にまぁと笑ったのだ。だが、大きな黒い狼犬の顔つきだ。


 不気味としか言えない。


「そうだぞ! 俺様が破滅の幻獣ルシエル様だ! っておい! 触るな! 尻尾を掴むな!」


 誰も聞いてない。ルシエルの身体を、べたべたと。更にカイトは大きな尻尾を掴み、ぐるんぐるん。振り回している。


「ふっさふさだ!」


 ごほん! 


 アプサリュートの咳払い。


「いいかな?」

「……すまない。どうぞ。」


 険しい表情をされていた。ので……促した。出てきたのだ。話があるのだろう。


 それに……みんな。十二の護神よりも……破滅の幻獣に夢中になってしまった。これは気を悪くしたであろう。相手は聖神アルカディアの護神だ。


 神なのだ。


 子供たちには関係ないみたいだが。


「十二の護神。それならこれは……“神器”なんですか? 破壊神ベリアスを封印する……」


 グレンーーだけは、ずっとアプサリュートを見ていた。それもとても嬉しそうだった。


「左様。その為、預かりし者を待っていたのだ。私の“聖地”。それがこの船……マーベルアイズ。だが……聖神戦争で、使徒たちは皆……聖界へ召した。」


 アプサリュートはそう言った。穏やかな笑みを浮かべている。神々しくもあり、美しい神だ。それにとても勇敢そうだ。



 神と神族に“死”と言う表現は使わない。聖界で、存在し続けるからだ。それにアルティミスト。この世界に神器がある限り、彼等の精神はそこに現れる。


 存在を現す。故に……聖地は大切にされる。聖地の最深部。そこで眠っている。そう表現されるのも、この神器の存在。


 神は姿を現さないが、存在している。神器になっても尚……崇拝され、守護されるのはそう言う事なのだな。


 永遠に人と寄り添う。それが……神と神族。


「ちょーっと待ってくれるか?」


 と、愁弥がそう言ったのだ。とてもむずかしい顔をしている。


「何だ? 私に“答えられる事”なら答えよう。“希望の火”たちよ。」


 アプサリュートは、そう言ったのだ。


「あー……。答えらんねーこともあんのか。」


 愁弥は頭を掻いた。乱暴に。


「まーいいや。で? その神器ってのを、俺らに任せるってのは……なんで? それはたまたま追っかけてるから、タイミング的には合ってるが、なんで俺らなんだ? しかも……このネックレス。これが鍵。ってのは、偶然か?」


 愁弥は少し強い口調だった。何を考えているのかはわからない。


 でも……少し怒っている様だった。


「“お前が選んだからだ。久我愁弥くがしゅうや”。」


 アプサリュートはそう言ったのだ。彼もまたとても強い口調だった。


 ハッキリとその声は届いた。


「あ? 俺が“選んだ”?」


 愁弥は驚いている様子だった。でも、横顔は恐い。イラついている。そんな感じだった。


「瑠火。お前は……言われんでもわかるな? 月雲つくもの民よ。」


 アプサリュートは、私に視線を向けた。


「オイ。誤魔化すな。なんなんだ?」


 愁弥は怒鳴りはしないが、イラつきを向けていた。口調が強い。


 隣にいて……心配になってしまった。



「“選ばれし者は己で道を選び、切り開く”。お前達は……“進むしかない”。選んだのだから。運命と宿命を受け入れたのだ。」


 アプサリュートはそう言うと、微笑んだ。その眼は、愁弥の胸元に注がれていた。


 金色に光輝く獅子のネックレス。紅い眼をした咆哮する獅子だ。


 その口元には紅い宝石を咥えている。


 まるで“炎”を放つかのように。


「我が友。ゼクノス……。今一度……会える時を楽しみにしておった。そう伝えてくれ。」


 蒼い光。アプサリュートは強い光に包まれた。薄らいでゆく。その身体が。


「だから待て! ちゃんと話せ! ワケわかんねーぞ!」


 愁弥はそう怒鳴った。消えてしまいそうなアプサリュートに。


 だが、神。アプサリュートは微笑んだ。


「十二の神器。一つは闇の手の中に。一つは、お前達の手の中だ。運命は動き出している。止めるのはお前達だ。“希望の火たちよ”」


 そう言うと……アプサリュートは、静かに消えていった。


 辺りには薄暗い船室。それが戻る。円卓テーブルの上には、宝箱の中で煌めくコンパス。


 アプサリュートの神器。それが光輝いていた。


 私達はーー、アルティミスト。


 世界に飲み込まれてゆくのだった。
























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