第23話  神船マーベルアイズ>>少年冒険団

 ーーダークブルー。その腐臭のする海の底。だったが、蒼き光。現れた幽霊船がその光を放つと、腐臭は消えた。


 更に……海底は淀んでいたのだが、澄み切った。


「何? どうゆうことだ? 空気が澄んでいる。」


 私は海中の淀んだ空気。それらが全て澄みきり、海底にも関わらず美しい蒼い世界。それが広がった事に驚いた。


 遠くまで見渡せる。暗い部分がない。岩、珊瑚。さらに小さな魚たち。海藻。まるで……アクアリウム。


 不思議な事に上からは光が射し込んでいた。太陽の光などこの底には届かないはずだ。


 なのに、辺りはまるで浅い海の底。その程度の様に、光に包まれ澄んだ世界に変わっていた。


 だが、目の前の幽霊船の様なボロ船は、変わらない。蒼い光に包まれてはいるが、その姿は、廃船。


 崩れ落ちそうでいて朽ちない。かろうじて姿を保っている。そんな船のままだった。


「瑠火。見ろよ。空気がある。」


 愁弥だった。


 近くにある岩。青と白。ごつごつとした岩だ。そこにはコケも生えている。


 更に紅やピンクの海草。それらが生えているその岩を、眺めていた。


 さっきまで、白い砂に覆われていた海底。だが今は白桃色だ。細かな白砂の粒。それに混じり桃色の砂。それが混じっていた。


 そこにある岩。そこから気泡。岩の隙間から海中に漂う気泡。


 見上げれば……気泡は、海中を漂う。


「海の中なのに………空気……」


 私はそれを見て、思い立ってしまった。


 試したい。


 目を閉じる。


“解除”


 私だけ。水域の術を解いた。


「瑠火!」


 愁弥が驚いた様にそう叫んだ。術を解けば、水色の光も消える。


 それに驚いたのだろう。


「………。息が出来る。」


 海中だ。なのに呼吸が出来る。陸と変わらない。私は自分の口から気泡が、漂うのを見つめていた。


「あ? どーゆうことだ? つーか! やるなら言え! なんでそーなんだ。瑠火は」


 愁弥は隣で身体を起こしていた。更に……頭を抑えていたのだ。


「ああ。すまない。試してみたかった。」

「いや! だからそこはごめん。だ。俺のも解け。今すぐ!」


 私はーー、愁弥に怒鳴られてしまった。


 すると


「ねーさん。オレも。海の中で息が出来るなんてすげーっす! これが本当なら魔物が出てきても、海中で戦えるってことだよな!?」


 カイト。ブラウンの髪をした黄碧り混じりの瞳。15歳の少年は、きらきらした瞳を私に向けたのだ。  


「僕も!」

「俺もだ! 瑠火さん!」


 スナフさんーー、と、ルシエル以外だった。皆。試したいのだろう。


「わかった。」


 私は彼らの顔を見る。手を併せると、


「解除」


 そう言った。


 これでルシエル、スナフさん以外は、水域の術が解けたはずだ。


 そう。愁弥もそうだが、彼等はみな。水色の光が消えていた。


 呼吸をしている。その気泡が口のそばから、海中に漂う。


「すげー!」

「息してる! 海のなかなのに!」


 すーはー。と、カイトとルーン。二人揃って深呼吸していた。


 だが、ルシエルは私を少し強く見ていた。


「どうした? ルシエル。解くか?」

「……便利な力だな。」


 ルシエルはぼそっとそう言ったのだ。


「ああ。聖霊力チャクラは念ずること。それが源だからな。」


 私はそう言った。


 ふーん。


 ルシエルは軽く頷くと


「意のままに。それは“特異”だな。本当に。」


 と、そう言った。


 何か引っかかる言い方だった。それに顔がとても険しい。何かを考えている様だった。


 私はルシエルの水域を、解除した。



「ねーさん! 船! 船行こうよ! なぁ? お前らも行きてぇよな!?」


 カイトだった。私の傍にいた。ブラウンの髪から覗く、黄碧混じりの瞳。好奇心の塊。そんな明るい眼をしていた。



「行きましょう! 瑠火さんがいなかったら、こんな所に来れませんでした!」


 ルーンだ。


 私の手を掴んだのだ。小さな手。だけど、あったかくて、力強い。


 可愛らしい顔。さらっとしたワインレッドの髪。私の手を引き歩くと揺れていた。


「僕もはじめてだ! お宝とかあんのかな?」

「もしあったら、親父とか喜ぶよな!?」


 グレンとアークだった。


 私達は、幽霊船に向かったのだ。



 >>>


 海底に沈む幽霊船。


 中は暗く静かだった。だが、太陽の光。それが壊れた窓。そこから射し込み、中を魚が優雅に泳ぐのが見えた。


 色とりどりの魚だ。虹色から黄色、オレンジ。小さな魚から大きな魚までいる。窓の外では、翡翠色の魚の群れが通り過ぎた。


 真っ暗ではない。薄暗い程度。壊れた柱。抜け落ちそうな床。さらに船室のドア。それすらも崩れていて、中の様子も見える。


 腐敗はしていない。不思議だ。朽ちてはいるが、ゆらゆらと揺れる布。それは船室のベッド。そこに掛けてあったであろうシーツ。


 それが船室の中で漂う。まるで沈んだばかり。そんな船内だった。綺麗なのだ。


 埃や塵。それに砂。空中に漂ってはいるが、木片など崩れたものの破片はない。


「なんか……思ってたよりも綺麗ですね? もっとゴミが散らばってるのかと、思ってました。」


 ルーンだ。並ぶ船室脇の通路。そこを歩きながらそう言った。


「本当だな? ボロボロだからもっとこーさー、崩れて中も通れないのかと思ったよな?」


 カイトだ。行く手を遮るものはない。灯りすらいらない。ただ、海中にある。それだけの船の中。


 歩きながらそう言った。


「確かに床とかはさ、崩れてるとこもあるけど。」


 グレンは穴の空いた木床。それを跨ぎながら、言ったのだ。


「人はーー、いませんよね?」


 スナフさんは、ルシエルの隣で後ろからついてきていた。


 水域は解除せず、彼だけは水色の光に包まれている。


「いたらヤバくね? どーする? 幽霊とかさ。」


 愁弥はにやにやとしながら、隣にいるグレンをからかう様にそう言った。


 両手あげてなんだか、変なポーズだ。ルシエルの、おあずけスタイル。に似ているな。


 手首をちょんと曲げるのだ。


「止めてくださいよ! オバケなんていませんよ!」

「あ!」


 グレンがそう言った隣。カイトが声をあげたのだ。


 奥のドア。それを指差していた。


 まるで船の舵。それを象った紋章。それが木の扉に掛けてあったのだ。


「いきなり大声だすなよ! カイト!」


 黄色の明るい髪。ここでは少し暗めに見える。その後ろの頭が、カイトから少し避けた。


「だってさ! 見ろよ! 船長室だぜ! 絶対!」


 カイトの声は明るい。扉を前にそう言った。


 どの船室よりも頑丈そうでいて、大きな扉。その前に私達はいる。


「開けてみよう」


 アークだった。手を伸ばし金色の取っ手。それを引いた。


 光の射し込む室内を魚の群れが、出迎えた。美しいパープルフイッシュ。これはこの前、食堂で食べた種類だからわかる。


 小魚だ。


 その群れが広い室内を漂っていた。


 背が紫色に煌めくのだ。


「うわー。すげー。船長室だ!」


 カイトとアークは、中に入ると歓喜の声をあげた。


 大きな円卓テーブル。その上に宝箱がある。更に、小さな箱や、丸い箱など、幾つもの箱が並べてあった。


 中身が入っているのか、海中なのに浮いてはいない。


 更に暖炉。それにベッドなど。船室だ。


「瑠火さん! やっぱりそうですよ! 見てください!」


 グレンだった。


 奥に入り壁の所で声をあげたのだ。


 私もルシエルもその声に中に入った。


 愁弥はすでに辺りを見廻している。


「それは……三叉の槍トライデントだね。」


 私はグレンの傍に行くと、壁に立て掛けてある銀色に煌めく矛先が三叉の槍。トライデント。それを見つめた。


 柄の部分には蒼い布地が巻いてある。銀で出来た美しい槍だ。


 持ち手も長い、蒼い石。それで出来ている様だった。


 グレンはその槍を手にした。彼よりもかなり長い。


「重い……」


 両手で掴むが持てないらしく、諦めて壁に立て掛けていた。


「随分と長いな。」

「それはそうですよ。五メートルはあると言われている“海王神アプサリュート”。その槍です。」


 グレンは槍から手を離すと、そう言ったのだ。


「海王神? この船は……その神のものなのか?」


 私はそう聞いた。


「はい。海王神アプサリュートは、海を護る神です。でも“聖界”に冥霊たちを連れて行く、方舟の操縦者でもあったんです。」


 グレンはそう言ったのだ。


 さすがだ。戦士に憧れているだけあって、神の事に詳しいな。


 戦士は、“神国”。神の意志を継ぐ国の者達だ。闘神を崇め戦う者達。それを戦士と呼ぶ。


「なぁ? さっきも言ってたな? 聖界ってのはなんだ?」


 愁弥がふと傍に寄ってきたのだ。


 カイトやアーク。ルーンは室内を探索している。声が聞こえてくる。はしゃぐ声だ。


「死んだ者の行く世界で、神が最終的に棲む地です。そこでは人間も幻獣も多種族も一緒に暮らすそうです。魔物や魔獣は冥界ですが。」


 グレンは愁弥を見上げた。だが、とても不思議そうな顔をした。


「愁弥さん。戦士ですよね?」

「だから。言っただろ? 戦士じゃねー。」


 愁弥はため息ついていた。どうやらこのやり取りは、前に行われている様だ。


「てことは、アレか。“天国”みてーなもんか。」


 愁弥はそう言った。


「アルティミストの神は、“人格神”だ。寿命もある。この世界でその“役目”を終えると、聖界に旅立つ。そこは“聖神アルカディア”。彼が統べる世界だ。彼だけは“特異”だ。アルカディアは、聖界にいてそこからこの世界を、見守っている。彼の意志を継ぐ者たち。つまり、神。そして神族。その者たちが、アルティミストに降り立った。そう言われてるんだ。」


 私はそう伝えた。すると愁弥は首を傾げた。


「神族ってのはなんだ? 神となんか違うのか?」


 すると、答えたのはグレンだ。


「神とはこの世界で言う所の……国の王族です。聖神アルカディアと、彼を護る十二の護神。それを神。他の神を“神族”と言います。勿論。民もいます。」


 愁弥はそれを聞くと


「あー。なるほどな。なんだっけ? 破壊神の神器を持ってるんだっけか? 十二の護神ってのは。」


 と、そう言った。


「はい。聖神アルカディアの対極が、破壊神ベリアスです。十二の護神の神器で、封印されたと聞いてます。」

「神器ってのはなんなんだ?」


 グレンの声に、愁弥はそう聞いた。


「え? そこもですか!?」

「だーかーら。俺は戦士じゃねーっつーの。」


 グレンはとても驚いていた。


 異世界から来たと聞いたら……、この子はとても驚くだろうな。


 ごほん。グレンは咳払い。気を取り直して、話始めた。


「いいですか? 愁弥さん。神器とは“聖界”に旅立たれた神々の“精神降霊物”です。つまり、この世界の人間たちと対話をする為の魂の宿る“器”です。」


 愁弥はそれを聞くと……ぽかーんと、口を開けた。


 私もこれは知らない話だ。興味がある。


「精神こーれい? は? なんだって?」


 と、そう聞き返したのだ。


「愁弥さんの神剣。それには“レイネリス”の魂が、宿るでしょ? 降りてくるんです。神器の中に。いつもいる訳じゃないんですよ。聖神アルカディアから貰った神器。それが、この世界との通信手段になるんです。」


 グレンの声に愁弥は、うーん。と、暫く考え込む様子だった。


 なるほど。だから、女神レイネリスは現れたり、消えたりしていたのか。


「つまりだ。幽霊ってことか。」


 と、そう言ったのだ。


「違いますよ! 降霊です! 精神だけ降りて来てくれるんです!」

「だから幽霊だろ?」


 子供のケンカみたいだな。愁弥。グレンもとてもムキになっているし。


「神器と言うのは、神々が役目を終えるまでは、それぞれが携えています。役目が終わると、彼等の聖地。神殿や聖堂。そこに現れるんです。人々は神の代わりとなる神器を護り、神のいなくなった聖地を、代わりに護ります。」


 グレンはそう言った。なんだかどっちが大人なんだか、わからなくなってきたな。


「あー。つまり……“依り代”か。分身って言えばいいのか?」

「愁弥さん! さっきから何を言ってるんですか? 真面目に聞いてください!」


 とうとうーー、グレンは声を荒げた。むぅっとしている。


「あー。悪い。」


 へらっと謝る愁弥に、グレンはオレンジ色の瞳で、睨みつけていた。


 軽いな。愁弥。

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