第21話  北の墓場>>愁弥と少年たち

ーーランタンの灯りが二つ。愁弥とグレン。彼らが照らすオレンジ色の柔らかな灯火。奥に来れば来るほどに、洞窟の中は濃い蒼に染まってゆく。


ダークネイビー。深い紺と光の届かない世界。そこにある漆黒。それが混じりあった様な色彩だ。それらを照らすもう一つの光。


私達の身体を包む水色の光。それが反射し、壁や天井。地を煌めく石の様に光らせていた。


海中にいるが歩ける。陸にいるのと同じ感覚でいられるのも、この術の特徴だ。


洞窟の中を進み下って来ている。なだらかな坂になっている。更に底に行けるのだろう。


そこに向かいながら、私達は話を聞くことにしたのだ。


「そんで? なんでまたこんな事したんだ? 俺らだったから良かったよーなモンだ。」


愁弥とルシエルは並んで先頭を歩く。聞いたのは愁弥だ。


愁弥の隣にいるグレン。明るい黄色。サンフラワーの色の髪をした15歳の少年は、愁弥の声に横を見上げていた。


愁弥の傍にずっといる。どうやら戦士に憧れているのは……、本当の様だ。


「……僕達は、ガディルの青年騎士団なんです。どうしてもこの海にいる魔物を、討伐したかったんです。」


グレンの声だ。ランタンで洞窟をくまなく照らしてくれている。


「だからって……拉致ラチっちゃダメでしょーが。他のヤツらは大丈夫なんだろうな? まさかさっきのイカにやられたりしてねーよな?」


愁弥はため息つきながら、そう言ったのだ。怒ってはいそうだが、それでも叱っている。そんな言い方だった。


「それは……」


グレンがぼそっと呟く様に言うと


「そこは安心してください。ねーさん達だけなんで!」


と、意気揚々に答えたのはカイト。ブラウンの髪に、黄混じりの碧の瞳をした15歳だ。


後ろにいる私を振り返った。


「カイト。威張る事じゃない。」

「あ。すんまへん。」


へらっと笑い、ぺこっと頭を下げる青年騎士団小部隊のリーダー。ここにいるメンバーは、その部隊の者達だ。


これでも十人。その面倒をみるリーダーなのだとか。心配だ。この軽い感じは。


ん?……どっかにもいたな。


それにしても……引っ掛かってしまった。それには少し……落ち込むな。


「全く! 俺様がいないとダメダメだな。何をしてたんだ? 何を! またどーせ、ざわモヤする感じで、いちゃいちゃとしてたんだろ? あ〜あ。やんなっちゃうよ!」


ルシエルだった。


いちゃいちゃ? 


最近のルシエルは、愁弥の影響なのか、ひじょーに言葉が、似てきた。愁弥に。だからか、とても軽い。


頭を振った。金色のツンツンとさか。それが揺れる。扇の様にゆらゆら揺れる。


物凄く心に突き刺さるものがある。今の言葉は。


「そりゃ……まー。邪魔者ルシエルいねーし? 朝の件で、瑠火はカワイかったし? こんな事になってなければ、もーちょいイケたかも。いいフンイキだったんで。」


は?? カワイイ?? なにが? 誰が??


愁弥の声に私は心の中で、聞いていた。聞くのはちょっと……。


勇気がいるな。


「カワイイ!? そう視えてるなら……おかしいぞ? 愁弥。おかしい。おかしい!」


と、聞いたのはルシエルだった。


この会話の中に、入れない。私は。恥ずかしすぎる。どう、表現していいかわからない。


でも……ルシエル。そんなに強調するか? 


「ワシも……悪かったんだ。この子らの言葉を、鵜呑みにして手を貸してしまったんだ。すまんかった。」


項垂れているのは、“スナフ”と言うポタモイの船頭だ。


赤みの入った茶。そんな瞳をした少し暗めのブラウンの髪。今は少し頼りなく見えてしまうが、船の行先はオールで操る。その様は見事で、力強いものだった。


45歳でガディルに娘三人と、奥さんと暮らしているらしい。ガディルと大陸の裂け目。その渡船の仕事を、している男だ。


細い身体つきはしているが、腕などは筋肉質だ。優しげな顔をしている。


「スナフさんは……話を聞いてくれただけです。瑠火さん。悪いのは……僕たちです。」


ルーン……最年少。12歳だそうだ。さっきからずっと船頭スナフの、手を繋ぎ歩いている。ワインレッドの髪から覗く明るいブラウンの瞳。


「……騎士団が力を貸してくれれば良かったんだ。冒険者も俺達の報酬じゃ、話も聞いてくれなかった。でも、港は海上騎士団が閉鎖したし、ウチの親父も船を出せなくなった。」


そう言ったのは、前でカイトの隣。肩を並べて歩く、赤褐色のアールグレイの髪。黒混じりの碧の瞳をしたアーク。彼は14歳。


「アークの親父は、漁師なんすよ。船が出せないと干上がる。それに……ルーンの親父は、商人だ。街の人達はみんな困ってる。港町だ。このままだと……」


カイトだった。


背中が少し丸まった。右手を握っていた。


「なるほどな。だが……、無謀だ。カイト。」


私が言うと、カイトはいきなり振り返ったのだ。


「ね……ねーさん! ねーさんならわかってくれると思った! その黒髪と紅い眼は、“月雲つくもの里”の人だろ!? 迫害……閉鎖された場所で生きる民。それなら気持ちはわかってくれる。そう思った。」


とても真剣な眼ーー、そう言ったのだ。


「それに……神国ミューズの戦士と一緒だった。絶対に助けてくれる。そう思った。だから……」


カイトはそう言うと私から、顔を……目を反らした。


「気持ちはわかる。でも……手段は良くない。他人を巻きこむやり方は駄目だ。カイト。冒険者は“流れ者”。哀しむ人間がいないと思ったか?」


私の声に、カイトはやはり背中を丸めた。


だが、


「俺とルーン。それに街の人の為です。カイトは……その為に、一緒に考えて行動してくれた。だから……悪いのは、俺だ。」


アーク。彼がそう言ったのだ。とても悲しい横顔。


「王国に飼われてるからいけないんだ。戦士ならそんな事、関係ない。闘神はいつだって立ち向かう。目の前に敵がいれば。騎士は……王国。その為に生きる操り人形だ。心を支配されるただの、生きる屍だ。」


グレンだった。


15歳。アルティミストでは大人の男アドゥルとして認められてる歳だ。意志がしっかりした口調だった。


「いや。気持ちはすげーわかる。けどな。護りたいモン。その為に他人を巻きこむのは良くねーよ。」


重苦しい空気。


それを断ち切ったのは愁弥だった。


グレンは、険しい表情。そのままに愁弥を見上げていた。


「生きてるんだ。お前らが巻き込もうとした人達だって。大切な人……。お前達が護ろうとしてる人がいるのと同じ。俺らもそうだ。大切な人はいる。」


愁弥はそう言うと、グレンの頭にぽんっ。


手を乗せたのだ。


グレンはとても驚いていた。険しい表情をしていたのに。


わかってもらえない。それに対する不満。カイトの様に。そんな表情をしていた。


でも、愁弥のその所作にとても驚いていた。


「大切なモン。それを護る為に必死。その気持ちはすげーわかる。でもな。偉そうかも? だけど……」


愁弥はグレンを強い眼差しで見つめた。


「人の命。それを代償に護ってもらっても……その人は笑えない。心の底から笑えない。必ず……後悔する。大切な人を悲しませる助け方はするな。助けた人に代償を負わせるな。」


愁弥はそう……言ったのだ。


グレンは目を丸くしていた。何も言えずに。


それは私達。もだった。


愁弥の言葉はーー、とても深く重く……そして、温かいものだった。


愁弥はグレンから手を離すと


「わかってもらえねーなら、そうやって話をするんだ。人の心を動かす。それしかねーんだ。でも絶対にわかってくれるヤツはいる。諦めんな。」


そう笑ったのだ。


「……でも……動いてくれませんでした。誰も……」


グレンは手を離されるとそう言って、俯いた。


「あー。それな。何とも言えねーよな? 王都には行ったのか? 騎士団たちにチョクで話してみたのか?」


愁弥は珍しく……多弁だった。言葉を止めなかった。


何か……彼の中で、この若い少年に伝えなければならない。そんな気持ちがあったのだろうか。


「……青年騎士団で何とかしろ。と。王は討伐を支持していない。街に来た……騎士団の人に言われました。」


グレンは、俯いたままだ。そう言ったのだ。


「海上騎士団もこの前……沈められてるんすよ。だから……一旦、手を引く事になった。って。上からの指示だと、言われました。」


不思議だ。さっきまで不満爆発しそうだったカイト。愁弥に話を始めたのだ。


聞いてくれるーー、そう思ったのだろうか? 安心したのだろうか?


「海上騎士団ってのもやっぱ、王が管理してんのか?」

「はい。国の騎士団ですから。」


今度はアークだった。


何だか……不思議な光景だ。異世界の住人の愁弥が、この世界の住人……少年たちの相談に乗っている。


愁弥は……こうして、関係なく真剣に考えている。私はその光景にあったかい気持ちになっていた。


「つーことは……その王。ってのにハナシしなきゃなんなかったんだな。きっと。まー。来ちまったし。今さらか。」


と、愁弥はそう言った。


「王様ですか? 話なんて聞いてくれませんよ! 青年騎士団の事なんて、小さなガキの集団としか思ってないんですから。」


そう憤りを見せたのは、グレンだった。愁弥を見上げて興奮した様に、声を張り上げたのだ。


「だとしてもだ。ハナシはするしかねーだろ? ガディルってのはその王の街なんだろ?」

「……そ……そうですが……」


グレンは愁弥の強い口調に、少し声のトーンが下がった。


「私もそう思う。行動に移してしまったのは、もう仕方ない。これからは先ずは、王に話をする事。わかって貰えないかもしれないが。」


私はそう言った。


「だな。今度からそーしろ。わかって貰えるまで、諦めんな。」


愁弥は強く頷いたのだ。


「そうか。王に会いに行けば良かったな。聞いてくれない。そう思ってたから、諦めてたもんな? オレたち。」


と、カイトはそう言ったのだ。


「それに……騎士団通さないで会ってくれる訳ないですしね。」


ルーンだった。まだ幼いがしっかりしている。


「どこも同じだな。」


愁弥は少しだけため息ついていた。だが、直ぐにグレンに目を向けた。



「けどまー。その時は街の大人も巻き込んで、王に直談判だな。街の人間が……それも、大人だ。たくさんの人間が手を挙げれば、王も話ぐれー聴くだろ。」


と、そう言ったのだ。


「聞いてくれますかね? みんな……困っていただけだった……」


そう言ったのはルーンだった。


「そーだな。その為にお前ら、青年騎士団がいるんだろ? お前らが先頭に立って街の人達を動かすんだ。王城に行くのを渋るなら、署名でも嘆願書でも何でもいい。街の人達の声。として、王に話を聞いてもらうんだ。正々堂々と。」


愁弥は後ろを向くと、ルーンを見てそう言ったのだ。


「……王への“直訴状”ですか? 書いたことありません。僕らは騎士団の人たちに、直接言うだけです。」


ルーンがそう言うと


「そうだなぁ。王との話し合いは騎士団の人たちが、してるもんなぁ。でも……動く事すらしなかったのも……良くないっすね。」


と、カイトはそう言ったのだ。


愁弥はふぅ。と、息を吐いた。


「なんだよ。直訴状ってのがあんのか? それならそーゆうの使えよ。その為にあんだろ?」


と、そう言ったのだ。


「……騎士団の人達のものだとばかり、思っていました。街の声は騎士団に届けられます。そこから王に話が行くんです。」


答えたのはアークだった。アールグレイの髪が、揺れていた。


「あのな。街の声。って言ってんだから、街に住んでる人間なら使えるんじゃねーの? よくわかんねーけど、あるモノは使え。知らねーだけで損してんだぞ。」


愁弥は、半分呆れている様だ。


と、そこに


「王国なんてそんなモンだ。愁弥。下々の事なんてどうでもいい。国さえよければいいんだ。」


ルシエルだった。


また! 余計なことを!


「ルシエル。それは言い過ぎだ。変に誤解させる。」

「なんでだ? 本当のことだ。」


ルシエルは振り向くと不貞腐れた様な顔をしていた。


王国嫌いもここまで来ると……尊敬するな。少し。


「心の中まではわからないだろう? 話をしてみたら聞き入れてくれるかもしれない。希望は、勝手に潰すな。ルシエル。」


じっ。と、私を見ていた紫の眼。だが……


ふんっ。


鼻息で返事された。しかも。ぷいっ。と、前を向かれてしまった。


「あ〜あ。これだから夢見るお姫様は、困っちゃうよ〜」


と、呆れた様な声が返ってきたのだ。


何? 可愛くない!! このバカ狼!


洞窟の奥深くが……その頃。ようやく見えて来た。出口だった。


























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