第20話 北の墓場>>海底の洞窟とへクラーナ
ーー泳ぐとは違う。浮きながら完全に漂う。水域。この光の中では、呼吸、歩行は陸と同じ。海の中でも同じ様に出来る。
だが、私もそうだが、足をバタつかせ泳ぐ様にして蒼く澄み切った水の中から、更に濃く深くダークブルーに代わる海の中を、漂った。
蒼き洞窟。そこに辿り着くと船頭の男は、真っ青になっていた。
海底の中にある洞窟の入口。海の底だが、辺りには気泡が漂う。
やはりこの辺には、空気の流れがある。だが、全てを包んでいる訳では無さそうだ。岩の隙間……。下からか?
洞窟の側の岩。そこから気泡は出ていた。亀裂から少し見えるだけだが、ぷくぷくと湧いていた。
「しっかりしろ。魔物はいない。ここは安全だ。」
私は洞窟の地面。そこに寝かせられた船頭に、近寄った。
運んできた青年騎士団たちは、少し下がっていた。
「あ……。まだ……生きて……」
はぁ。はぁ。
と、苦しそうにしている。
年配ではあるが、老人とまでは行かない。それでも窶れた感があり、年老いて見える。
首に巻いている白い布。それを私は緩めた。
「生きている。大丈夫だ。ゆっくり息を吐くんだ。」
水域に包まれている。なので、彼は呼吸が出来るはずだ。ただ、パニック状態。なので、それが伴わない。
落ち着かせるしかない。
「おっちゃん! しっかりしてくれよ!」
着いて来たのはブラウンの髪をしたカイト。それにワインレッドの髪をした子供。アールグレイの髪をした少年だ。
カイトはそう叫んでいた。
頼んだのだろうな。彼らが、この船頭に。
ふー。ふー。
船頭は息苦しそうにしながらも、呼吸をした。
「だ……大丈夫だ。あんなデカいとは、思ってなかった……」
私はその声に安堵した。大丈夫そうだ。
「大丈夫か?」
「は……はい。すみません。」
船頭はそう言うと、身体を起こした。完全に座ったのだ。
「カイト。もう一人……は、どうしたんだ?」
私はそう聞いた。そう。青年騎士団の少年たちは四人。もう一人……明るい黄色。サンフラワーの様な髪の色をした少年がいたはずだ。
夕陽の様なオレンジの瞳をした少年が。
「“グレン“ですか? あのブロンドの戦士さんのとこっすよ。」
カイトは淡いグリーン。黄緑り混じりの瞳をしている。
「ブロンドの戦士? 愁弥か?」
「そーっす。神国ミューズの戦士ですよね? それに、“神剣”も持ってましたし……」
なるほど。金色の獅子のネックレス。闘神ゼクノス。その象徴は目立つな。
まさか千円とやらで買ったとは……思わないだろうな。それも異世界で。
私は少しおかしくなってしまった。
「グレンさんは、騎士よりも戦士に憧れているんです。」
そう言ったのは、ワインレッドの髪をした子供だ。背は高い。私より少し低いぐらいだ。だが、まだ幼い顔をしている。
「……そうか。君たち名前は? 私は瑠火だ。」
彼らの名前はまだ聞いていない。
「“ルーン”です。」
そう言ったのは、子供。ワインレッドの髪の子だ。明るいブラウンの瞳をしている。
「“アーク”です。」
アールグレイ……明るい赤褐色の髪の色だ。彼の瞳は、グリーンと黒みが掛かっている。
「上に行って来るから、ここで待っていてくれるか?」
愁弥たちを置いて来てしまっている。魔物。へクラーナもだ。
「はい。」
と、頷いたのはルーンだった。船頭は、まだ少し落ち着かない。もう少し経てば、会話も出来そうだが。
「ねーさん!」
そう叫んだのはカイトだった。
その声に振り向くと、洞窟の奥。そこから白い影が漂ってきていた。
「へクラーナか」
奥からこちらに向かって来ていた。この洞窟も、良く見れば先が深そうだ。
へクラーナの巣窟か? 一匹じゃないな。
白い影は何体かいる。うようよと泳いで来ている。
「ルーン。船頭の傍を離れるな。声を掛けてやれ。」
「はい」
息をするのに夢中で、へクラーナには目がいっていない。それでも姿を見てしまえば、またパニックになるかもしれない。
剣を構えたのはカイトと、アーク。二人とも片手剣だ。
私も双剣を構えた。
三体か。だが……デカいな。
へクラーナは白い身体をうねらせながら、向かってきた。長く細い足が漂う。三体。
だが、奥にもまだいるかもしれない。
「“雷槌”!!」
私はへクラーナ三体に向けて、いかづちを放つ。稲妻がうよっとしているイカの、三角の頭の上から降り注ぐ。
バチバチッと閃光放ちながら。
電流が流れ痺れる様に、イカの身体は震えた。
漂う様に浮くへクラーナ。まるで気絶だ。布みたいに浮いている。
どうやら雷撃に弱いみたいだな。ここまで、効いているのは驚いた。
「一撃ですか? すごいっすね。」
カイトが目を丸くしていた。
「いや。気絶だ。今のうちだ。カイト。アーク。」
私は二人の少年たちにそう言うと、走りだした。カイトも十代であろうな。この感じだと。
愁弥より若そうだ。
カイトの印象はだいぶ違う。ポタモイで会った第一印象。更に下回った。話をするとわかる。そうなるとーー、余り戦いの経験は無さそうだ。
ここは早めに叩いた方が良さそうだ。
私はそう思ったのだ。
雷撃で気絶し、浮いているイカ。へクラーナ。
ザシュッ!
双剣を逆手。薙ぎ払う。
白い身体に横一線。剣筋は入ったが、その眼は開いた。ゆっくりと。
白い身体に蒼い眼。海の深い色。それを宿した眼は、開いたのだ。
「カイト! アーク! 離れろ!」
連携攻撃。それをしようとしていた二人。三体のへクラーナは、目を覚ましたのだ。
それと同時にゆらり。と、浮き口が開く。三体とも大きな口を開けた。
水の攻撃!
三体同時。口から水流の竜巻を放ったのだ。
カイトとアークは、一瞬にして離れていた。中々、機敏だ。
「守護の壁画!!」
私は白い光の壁。それを放っていた。三つ同時の竜巻だ。一直線に放水の様に立ち向かってくる。
水圧と勢い。それが白い壁にぶち当たる。まるで、氾濫した川の水の様に。
守護の壁画は突き破られそうだった。へクラーナ達は、追い撃ちをかけるかの様に水流の竜巻を、放ってきたのだ。
「“旋硫”!!」
地から巻き起こる噴泉の様な風の竜巻だ。それらは、水流の竜巻を下から突き破る。
「ね……ねーさん。スゴすぎて……おっかねぇっす。」
「殺されてたな。優しくなかったら。」
カイトとアークの声が聞こえた。
人を殺し屋みたいに言うな。
相殺。風の竜巻は水流の竜巻を撃ち破った。
ここは海の中だが、抵抗はない。まるで、陸で戦っているのと同じだった。
私達の周りにはふよふよと、浮く水色の光たち。球体から長い尾をつけた様な姿だ。ヘビに近い姿をした、冥霊たちは泳いでいる。
へクラーナは、目の前で長い脚を揺らしながら、三体揃い円を描く様に動き始めた。
まるで円陣。それを囲む様にくるくると廻る様に、泳ぐ。
「な……なんすかね?」
隣でカイトがそう言った。奇妙な動きだ。不気味なのは、私も同じだった。
「雷撃で一蹴する。二人はその後で攻撃だ。」
私はそう言うと双剣を構えた。
「「はい!」」
カイトとアークの返事。いい子たちだ。それに、怯んでいない。
「“
私はくるくると廻るへクラーナに向けて、稲妻を落とした。
だが、へクラーナ達の周り。それは旋回する水。その渦に包まれていた。
雷槌は円状に旋回する水。それに当たり閃光放っていたが、高速回転。その水の渦に巻き込まれ消えてしまったのだ。
うねる様な水の渦。それは弧を描き向かってきた。
旋風攻撃! それも巨大な水の風。
「守護の壁画!!」
抑えられるか!?
へクラーナ達の体当たりだったのだ。円舞。巨大な水の渦が向かってきた。
「うわ!」
水の中だが突風すら感じる。それでも守護の壁画。白い壁がたちはだかっている。体当たりだけは、抑えたい。
「
うねり円舞しながら体当たりしてくる、へクラーナの渦。そこに蒼い光の無数の槍。光の剣の槍だ。
それが旋回する水の渦に、無数に突き刺さった。
その後で、黒い波動が飛んできた。ルシエルの波動だ。
大きな力同士がぶつかる。
私は咄嗟に
「守護の檻!!」
白い光のドーム。それでカイト、アーク。更には後ろにいるみんなを、囲んだ。
衝撃に巻き込まれる。そう思ったからだ。
カイトとアークは私の後ろで、閃光を浴びながら目を凝らしていた。
大きな爆発音。更に強い光が辺りを覆う。ルシエルの波動。愁弥の力。へクラーナの力。それらがぶつかり、爆発した。
同時に揺れる。
洞窟が。
地が震えていた。更に岩に囲まれたこの天井も。
更に強い閃光放ち、大爆発。
誰もが爆風に煽られていた。へクラーナが破裂したのだ。三つの力に直撃したことで。
ヤバい!
私は洞窟の入口付近。そこにいる船頭と、ルーン。彼らの方を見た。
彼らの上。その天井が亀裂が走っていた。
「瑠火?」
「崩れる!」
愁弥の声に私はそう叫んでいた。
「マジか! オイ! お前ら早く来い!」
カイトとアーク。彼等を連れて愁弥に預けた。入口。船頭は、まだ動けない。そこで介抱しているルーン。
天井から岩が落ちそうになっていた。
「ルーン!」
駆けつけると、私はルーンと船頭に手を貸した。
「へ? なんですか?」
船頭は私に肩に腕を回され、驚いていた。
落ちる……!
咄嗟だった。
入口付近から離れたものの、落石を止める術は無く。私は船頭とルーンの身体を、覆うようにしていた。
「瑠火!」
愁弥の声が聞こえた時には、洞窟の揺れは激しくなり、一瞬にして天井が崩れ落ちてきていた。
岩が割れる音が聞こえた。
物凄い揺れと、轟音。更には崩れてきた岩の破片。それらが落ちる音。
だが、衝撃はなかった。
私は自分の身体の上。そこに重みがある事を知った。だが、それは岩の重みではない。温かさだった。
「愁弥!?」
直ぐにわかった。私の身体を覆う様に、愁弥が庇っていてくれたのだ。
「大丈夫か?」
その声で……ホッとした。
暗い。
洞窟はどうやら塞がれてしまったのか、辺りは暗かった。
愁弥の身体が離れるのを知った。私の身体の下には、船頭とルーンがいる。
暗くて辺りは見えないが、水域。それに包まれている。彼等の姿は見える。淡い水色の光。それが発光しているからだ。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
私は押し潰してしまいそうなので、二人から退いた。
「大丈夫です……」
弱々しいがルーンの声が、聞こえた。
「ワシ……も。」
船頭もゆっくりと起き上がった。
「ランタン使えんのか?」
愁弥の声は至って普通だった。
「使えると思う」
私は光に包まれる愁弥を見上げた。腕に傷を負っている。右腕だ。手首と、腕。そこから血が滴っていた。
「愁弥!」
私は直ぐに愁弥の腕を掴んでいた。
「ああ。大丈夫だ。つーか。今は離して。ランタンつけらんねーから。」
愁弥は笑っていた。しゃがみながらランタンを、用意していた。
「あ。すまない。」
私は腕を離した。
「“ごめん”でいい。それ。」
は??
私はその反応にも驚いた。
明るいオレンジの灯り。それがついたのは、直ぐだった。
愁弥はランタンをつけると、辺りを照らした。
ルシエルがカイトとアーク。更にグレン。彼等を連れて近寄って来るのが見えた。ぼわっと浮かぶ。
「入口。完全に塞がれてんな。」
愁弥はそう言った。
洞窟は、入口が塞がれていた。落石はどうやら入口付近だけで、すんだようだ。
辺りは崩れ落ちていない。入口付近が脆くなっていたのだろうか。
私達のいる場所は、小さな破片と大きな石。それが転がるだけだった。
「手当てを」
「いーから。ちょっと掠っただけだ。」
愁弥はそう言うと、立ち上がった。
頑固だな。相変わらず。
「奥に行くしかないな。」
ルシエルが塞がれてしまった洞窟の入口。そこで言ったのだ。
「開けらんねーか?」
「無理に穴を開けようとすれば、ぺしゃんこだな。今度こそ。俺様の力は偉大だから。」
愁弥の声にルシエルはそう言ったのだ。何でそこで、わざわざアピールするんだ?
何の誇示だ。
「ねーさん。オレ。思い出したんすよ。」
カイトがそう言った。
「何?」
隣ではグレン。彼がランタンを手にしていた。淡いオレンジの光を灯している。
「この辺りは……“北の墓場”って言われてるんです。昔、大きな海戦があって海底には船が沢山沈んだって。」
カイトは思い出した様にそう言った。
「北の墓場……」
そうか。だから冥霊たちが多いのか。幾ら何でも……多すぎる。とは、思っていた。
今もなお。うようよと冥霊たちは辺りを彷徨いている。ランタンが無くても、十分な灯りになりそうだが、彼等は動いているし自由だ。
道標の灯りにはなってくれない。
「ま。とにかく出口探さねーとな。」
愁弥はそう言うと歩きだした。
「魔物がうじゃうじゃ。おやついっぱいだな。きっと。」
ルシエルは尻尾を振っていた。
ポジティブな愁弥と呑気で自由なルシエル。全く……いいコンビだ。
私は並んで歩く二人を見ながら、そう思っていた。
海底の洞窟。私達は、出口を探し歩きだしたのだ。
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