第19話 北の墓場>>フリーターだ。

 ーーどのぐらいの時間が経ったのか。わからないが、目を開けると……海原。それが広がっていた。


「!」


 手を動かそうとしたのだが、動かなかった。両手首。そこに感じる軋み。


 どうやら縛られている様だ。


 辺りを見ると船の木床。更に


「瑠火には手を出すな! まじぶっ殺す!!」


 そんな声が聴こえてきた。


「へへっ。いいオンナじゃん。太腿でてるとか、誘ってるだろ〜」


 この軽口!!


 なんなんだ? この世界の男はなんなんだ!


 確かに。私の格好は、太腿でてる。膝上までのブーツを履いてるからだ。それに、この太腿辺りまでの“コレスト”。この布地の履き物が、とても動きやすいのだ。


 愁弥は“ショーパン。ミニスカは……ススめねーな。”とか、言っていたが。


 ふぅ。 


 息を吐いた。


 私は背後に忍びより、太腿に剣の刃。それを当てる気配を感じた。


 横向きで寝かされた私の太腿に、冷たい感触が伝わってくる。


「“火煉”」


 私は紅炎の弾。それを出したのだ。身体の周りに、現れた火の玉。


「な……なんだ?」


 太腿に当てていた剣の刃が揺れた。浮いた。退いたのだ。


 私は横目で、男の顔を見上げた。


 驚いていた男はまだ若そうであった。あの口ぶりから、年を重ねた男かと思ったが、どうにも若そうだ。


 ブラウンの髪。それが見えた。


「死にたくなければ解け。」


 私はそう言った。


「………わ……わかった。」


 男はそう言ったのだ。



 >>>


「何なんだ?」


 手首が自由になったので、私は甲板で手をさすった。


 男達は四人。更にーー、ポタモイの船頭。少し年を重ねた男性。どうやら彼も仲間の様だ。


 四人の男たちは、若い。私達と同じぐらいだろう。それに腰元に剣。更にブロンズの胸当て。首元から羽織っているグレーのマント。


 青年騎士団。


 私はそれを思い浮かべた。


「青年騎士団か?」


 私がそう言うと、太腿に剣を当ててきたブラウンの髪をした男。


 その者が目を見開いた。


「えっと……貴方たちは冒険者じゃないんすか?」


 と、そう聞いてきたのだ。


 拘束を解かれ、とても不機嫌そうな顔をしている愁弥。


 私達は顔を見合わせた。


 そしてこう伝えた。


「「フリーターだ。」」


「え? は? なんすか? それ??」


 ブラウンの髪をした男は、驚いていた。


 どうやらこの中ではトップだな。周りの者はまだ、少年だ。


「青年騎士団が何故? こんな事を?」


 私がそう聞くと、彼等は黙ってしまった。


 はぁ。意外にもやる事は大胆だが、気が弱いのだな。


 今更ながらに事の重大さ。それを噛み締めているのか。


「あー! うるさい! 寝れない!」


 ちょうどいいタイミング。ルシエルが起きた。


 私はその声を聞いて


「ルシエル。出すよ?」


 と、そう言った。


「ほえあ? なんで? なんなんだ? 気持ち悪い。」


 警戒している。柵から紫の眼は、勘ぐる様に見上げていた。


 私はさっさとルシエルを解放した。


 男たちは甲板に現れたルシエルに、退いた。


「うわ!」

「幻獣!?」


 とても驚いていた。


 だが、私は彼等に


「さぁ。話してくれるかな? 何でこんな大胆な事を?」


 そう聞いた。


「北の海の話は……知ってます?」


 ブラウンの髪の男は、私を上目遣いで見つめた。


 背は高いのだが、何とも頼りない顔だった。だからそう見えたのだろう。


 雰囲気的に。


「ああ。知っている。そこに行くつもりだった。」


 と、私が言うと


 彼等は顔を見合わせた。後ろにいる少年たちの顔は、忘れない。


 とても嬉しそうだった。


「助けてくれるんですかっ!? 誰も手を貸してくれないんです!」


 その中の一人ーー、だった。一番若い少年だ。ワインレッド。その前髪を揺らしながら、私を見上げた。


 子供。


 私より少し背の低い幼い子だ。


「助けになるかどうかはわからない。だが、行くつもりではいた。」


 子供……。


 真っ直ぐでいて……そして、素直。その眼は、どうにかしてあげなくてはならない。そんな気持ちにさせられる。


 護らなければならない人間だ。


 だが、時に大人よりも強く……守りたい者を知っている。純真でいて世界の希望。


 光だ。彼等は……世界を照らす光だ。暗闇の中で生きていても……必ず、光を心に抱く。純真だから。


 でもそれは強さだ。


 忘れてはならない強さ。


「手を貸してくんねー? どーゆうことだ? いるよな? 海上騎士団だっけか?」


 そう言ったのは愁弥だった。


「彼等はやられてしまったので。」


 と、そう言ったのはその隣にいる少年だった。アールグレイ。その髪の色が煌めく。


「瑠火!」


 ルシエルの声が響いたのもそんな時だった。


 私達はいつの間にか、陸地の間の海流ではなく、北の海に来ていた。


 どうやら眠っている間。それから今の時間。彼等の思惑通り。

 船はそこに来ていたのだ。


「なんだ?」


 私は甲板。その手すりに捕まり眼の前を見つめた。


 渦。


 大きな渦だ。海をその渦が巻いていた。


「引き込まれる!!」


 そう叫んだのは、ブラウンの髪の男だ。確かに、船は引き寄せられている。


 巨大なその潮の渦に。


 横揺れ、縦揺れ、風も強い。転覆。それすら感じるほど。少船は揺れた。


 傾く。三角帆を張った船は。


 巻き込まれる!! 巨大な潮の渦に!!


「ここに来んならデケー船を、用意しろよ!」


 愁弥がそう怒鳴った。


「そんな船、用意出来たら……騎士団雇ってますよ!」


 そう叫んだのはブラウンの髪をした男だ。


 高波。それを受けながら、私は怒鳴った。


「お前! 名は?」

「“カイト”です!」


 私はそれを聞くと、手すりに捕まり揺らされながら


「カイト。この船の者たちはこれで全部か? 飲み込まれる!」


 そう怒鳴った。


「え? は……はい! 俺達だけです!」


 カイトーー、その声を聞きながら船は転覆した。


 海の波の中に沈んだのだ。


「“水域”!!」


 私は海に沈みながらも叫んだ。


 彼等を水の守護の者たち。それは漂う水色の者達だ。


 実態の無い守護者。魚の様に漂う光。それらが、船に居た者たちを護る。


「瑠火? なんだ? 息ができる……」


 愁弥は水色の光に包まれている。


 海の中で漂いながらそう言った。


 下に沈むのはポタモイ。


 だが、人間。ルシエルは海中に浮く。


「水の発動。守護の力だ。水の中に棲む冥霊の力を借りる。これだけは、少し……違うんだ。いつもの聖霊術と。」


 私はそう答えた。


「冥霊??」


 愁弥はそう聞いてきた。


「……死者の魂だ。」


 私がそう言うと、海中で浮きながら蒼い光にの影や、玉それらが漂うのを、愁弥は見ていた。


「は? これ……死んだヤツら!?」


 と、言ったのだ。

 ルシエルは私を見ていた。


「ふーん。コイツらが護ってくれるのか。便利だな」


 と、そう言った。


「いや。絶対じゃない。精神力。それを吸われる。だから誰もが安全じゃない。」


 そう。誰もが海の中で息が出来るなら、最強だろう。


 その魔法を使うならまだしも。


 私のこの力は、護る者たちの精神力。それに左右される。持続は彼ら……その心にかかっている。


 私は後ろの彼らを見た。


 今の所は、剣を握り浮いている。


「カイト! ヤバくなったら言え! いいな!」


 私はそう怒鳴った。


 個の精神力は私にはわからない。苦しいのを言って貰わないと、何も出来ない。



「わかりやした!」


 精神力ーー、それは痛い。苦しい。辛い。逃げたい。すなわち“戦いの中でおける人間の負の感情”。それが強いと弱くなってゆく。


 それが強ければ強いほど、死に近づく。精神力の戦いとはそうゆうものだ。


 そして……攻撃を受け傷つけられた時こそ、その負の感情は膨大に膨れ上がる。


 痛みを感じるからだ。


 この術は精神力を冥霊に、引き渡し護って貰う。精神力がマイナスに囚われればそれだけ、彼らの守護を受けられなくなる。


 だが、人間はーー、


 負の感情を消す事など出来ない。痛みを感じ痛い。そう思うのは至極当然だ。


 ただ、それを克服する事は出来る。


 精神力をゼロにする事なく戦える強さ。それを持っているはずだ。


 だが、精神力の戦いは熟練がいる。戦闘における経験だ。


 カイト……それに、青年騎士団。船頭。そこまで経験は無さそうだ。


 ゆらっ……海底からだった。白き影。それは浮かびあがってきた。


 大きな姿だ。それも足の長いイカ。巨大なイカだ。


「ルシエル……。どこが海蜘蛛だ?」


 私はそう聞いた。


「足がいっぱいだ。だから蜘蛛だ。」


 ルシエルは水色の光に包まれながら、そう言った。


「いや。イカだ。アオリイカ。それに見えるけどな。」


 と、愁弥は神剣を抜いた。


 足は確かにうじゃうじゃと、二十本ぐらいありそうだ。細くて長い。だが、姿はイカだ。巨大な。それでも魔物。気味は悪い。


「ガァァァッ!!」


 イカの口は開く。白き三角の頭。そこから長い胴体だ。足元近く、その口は大きく開いた。


 海の中でイカは口を開き、そこから強力な水流の竜巻を放った。


「どこが海蜘蛛だ!!」


 私はそう叫んだ。


 守護の壁画!! 白い壁を放った。分厚い壁だ。それが全員を囲む。


「ね……ねーさん。スゴいっすね。」


 カイト。今だけだ。そんな事を言ってられるのも。


 私はカイトの呑気な声にそう思う。


 イカーー、は竜巻を受け止められたと知ると、直ぐに攻撃態勢を変えてきた。


 長く細い足。それがうようよと揺れた。


 途端に伸びて来たのだ。


 マズい!


 全員に向かって足は動き伸びてくる。


「守護の檻!!」


 ドーム型。その白き壁を私は放った。


 ピシッ! ビシッ! イカの足はその壁に当たり、弾かれていた。


 カッ!!

 ルシエルが黒い波動を放つ。


 だが、黒い波動をゆらっとイカは漂う様に動き、避けたのだ。


 まるで空を円を描く様にしながら。


「な! なんだ!? 瑠火! なにかしたか!?」

「する訳ない。ルシエル。敵もバカじゃない。真っ向から来るのを避ける。それぐらいはするだろう?」


 ルシエルは避けられたこと。それにとても憤りを、感じていたらしい。


 私が邪魔をする訳ない。


「ルシエル。ここはコラボってことで。」


 愁弥がそう言った時だ。


「ね……ねーさん! 船頭が!」


 カイトの声だった。

 私は振り向いた。


 やはりな。


 船頭は苦しそうな顔をしていた。どうやら、私の術が消えかかっている。


 まずい。


「愁弥。ルシエル。ここは任せる」


「りょーかい」

「はいはい。どーぞ。」


 愁弥は快く答えてくれたが、ルシエルは不貞腐れていた。


 私は船頭の方に向かう。


 私は海底。その近くに気泡。それを見つけた。空気がある。術をかけ直すにしても、まずは、彼をここから離れさせ、安心させること。


 それが、大切だ。


 精神力さえ回復してくれれば、何とかなる。


 私は苦しそうな顔をしている船頭の、身体を支えた。


 ここから海面に出るよりは、海底の気泡。それを信じた方が早い。


「大丈夫だ。しっかりしろ。」


 私は彼に水域。その術をかけ直した。


 だが、彼の精神力が戻らないと意味がない。周りには冥霊たちが漂っていた。


 カイト達は……まだ大丈夫そうだ。


「海底に連れて行く。」

「わかりやした。」


 カイト。それからアールグレイ。その髪の少年。二人が、船頭の男を担ぐ。


 更にワインレッド。子供。彼も一緒に着いてきた。


「大丈夫か?」

「はい」


 しっかりしている。苦しそうではない。


 私達は、ルシエルと愁弥にへクラーナ。それを任せ、海底の洞窟に向かったのだった。
































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