第18話  北へ>>>ポタモイからの空

ーーフランツの街は大陸の裂け目。その手前にある。その向こう側には、オルファウス帝国がある。


この大陸は大陸同士の間に、裂け目がありそこを海流が流れる。


大陸を渡るには橋がある。オルファウス帝国の騎士団たちは、大きな橋を渡り聖国アスタリアに乗り込んだのだ。


そして、このフランツと言う港町は、そんな裂け目の手前にあり、アスタリアのある大陸では最端の街になる。


「世話になったな。バリー」


宿の前だ。ここで彼とは別れる。彼はレドニーへ向かうからだ。


洗いたてなのか……黄の混じった深い碧色の髪。アヴェニューグリーンはつやつやとしていた。


もう少しすると最初に見た時のように、少しボサッとしてしまうのだろうな。それでも短めだから、むさくるしくはない。クロイの様に。


それにーー32歳。そう聞いて彼から滲む安心感。そこにとても納得がいった。


受け入れてきた重み。そこからこの優しさや強さが、人に与えられる。それを知った。真似出来るものではないことも。


「いや。お前達に出会えて良かった。」


私とバリーは手を組んだ。本当に逞しい手だ。戦士の手だ。


「愁弥。姫様を支えてやれよ。」


バリーは愁弥の手を掴む。


「ああ。つーか、宿代とかまでゴチになって、なんか……悪かったな。」


愁弥はそう言いながら、堅い“絆”を解いた。


彼は……バリーと共に一晩を過ごしたのだ。宿はバリーの顔馴染みで別々に用意してくれる。そう言ってくれたのだが、愁弥はバリーと同室を希望した。


どうやら男同士。会話があったのだろう。朝になり、出て来た愁弥の顔は……いつにも増して、とてもスッキリしていた。


女の私では、相談に乗れないこともあるのかもしれない。わからない事が多いのは、事実だ。


ルシエルは……人間ではないし。オスだけど。


そこにルシエルも加わったのは、驚いた。眠いのに二人の部屋に行ったのだ。


男って……語らいが好きなんだな。意外と。


だが、バリーと愁弥の“友情”に似た雰囲気。それを見れば、やはり有意義な時間を過ごした事はわかる。


良かった。


「北に行くんだよな? 瑠火。」


バリーは私の方を見た。


深い海の色だ。本当に紺と蒼。それが混じった眼。


「ああ。気になるんだ。“ガディル”が。」


そう。魔物に襲われる商船の話だ。それも消息不明。更に“へクラーナ”と言われる魔物が、出て来ているらしい。


海蜘蛛と呼ばれる。ルシエルはそう言っていた。


「……ガディル……。シャトルーズか。噂では聞いてる。強い魔物が海に棲み着いたとか。それが、船を襲っている様な話だったな。」


バリーはシャープな顎。そこに手をつけて首を傾げた。どうやら心当たりがありそうだ。


「船が消える。昨日……。この街の酒場に立ち入ってみたんだ。そこで聞いた話だと、港から出た船が突然、消えるらしい。そんな事は、よくあるのか?」


私はバリーにそう聞いた。


そうなのだ。ルシエルまでもいなくなってしまったので、一人……部屋にいるのも退屈。なので、私は近くの酒場に立ち寄った。


一人……酒を飲んでいたのだが、そこで冒険者たちに出会ったのだ。


そこで、情報を聞いたのだ。


「はぁ??」


と……、突然だ。


愁弥がそう強く聞き返してきたのだ。更に、バリーもとても驚いていた。


「え? 何? 愁弥。なにか知ってるのか?」

「ちげーだろ!! なんだって? 一人でウロついた。って言ってんの? しかも酒場?? 瑠火!」


私はーー、驚いてしまった。


怒鳴られたのだ。それも愁弥の顔はとてもコワい。


「退屈だった」

「あー。そこは一人にした俺も悪いな。悪かった。」


ん? 愁弥は呆れつつもそう言ってくれたが、直ぐに顔は激昂した。


激しいヤツだな。相変わらず。よく感情がコロコロと変わる。


「けどな! 姫様にも程があんぞ! 夜に酒場に一人でウロつくとか、まじありえねーから! なんもなかったよな!?」


愁弥のーー、怒鳴り声と私の手を掴むその所作。更に……近い顔。


一気に攻め立てられて……正直。コワい。それしか思えなかった。


「……何? なにがあるんだ? 戦うと言うことか? 別に魔物はいない。」


私がそう言うと


あーっはっはっ!!


と、大笑いするバリーがいたのだ。


え? なんだ? 今度は笑われた? というより……何で愁弥は、こんなにキレているんだ?


「こりゃいいや。大変だな。愁弥。姫様は無知だ。悪気はない。」


バリーはそうは言いつつも……だっはっはっは!!


と、やはり笑ったのだ。


「俺もここまでとは思ってなかったよ! あー。まじか。そこから教えるしかねーのか。」


愁弥は私の前で頭を抑えたのだった。


「なに? なにを教えるんだ? わからない。ちゃんと言ってくれるか?」


こんな事ばかりだ。いい加減。しっかり聞いておこう。どうにも……私の認識と、愁弥の認識が食い違っている様だ。


なので、聞いた。


「いいか? 瑠火。夜の酒場ってのは野郎の溜まり場だ。そこでキレイな姉ちゃんが、一人。ふらっと入ってきて酒飲むワケだ。」


愁弥は私を見るとそう言い出した。とても呆れた顔だ。


だが、言われてる事は合っている。確かに酒場には男ばかり。私はそこに行き、酒を一人で飲んだのだ。


良くわかるな。


「アブないでしょーが。」

「は??」


愁弥の声に私は聞き返した。


「だから! そんな女に声掛けてくるだろ? ってハナシだよ!」


愁弥がいきなり怒りだした。


「あ……声は掛けられた。だから聞いたんだ。魔物の話を。」

「だーかーら! そこじゃねーんだよ! わかるか!? 何されるかわかんねーってハナシだ! 瑠火みてーのはやべーんだよ。ホイホイついて行く。」


え? ホイホイ??


着いては行かないが……。


ああ。でも。


「あ。そう言えば……この近くに魔物がいる場所がある。今から行かないか? と、聞かれたので……私は丁重に断ったが。」


そう。言われたのだが、私も酒を飲んでいた。それに男たちも。


私の場合……酒は、判断を鈍らせる。戦いには向かない。だから断ったのだ。


「ほら見ろ!! その判断は間違ってねーよ! そこは偉い! 良く言った。けどな! そこでうん。と言ってみろ! わかるか!? なにされるか!」


愁弥は必死だった。


私はそれにも驚いたが……それよりも、何の話なのかわからない。なので、聞いてみた。


「何? わからない。何をされるんだ? 魔物を倒すんだろう? 当然。」

「まじバカなのかっ!? なー! 犯されるに決まってんだろ!!」


え? 犯される?? 


私は愁弥の怒鳴り声に……驚いた。


「何の事? あ。それはアレか。戦い……」

「セ○○スだよ! ○行為! それぐらいわかんだろ!」


え……??


私はその一言を聞いて、頭から足の先まで熱くなったのを知った。


ぶっ。


あっはーっはっ!!


バリーはお腹抱えて笑っていた。


「……ま…まさか。そんな。あるわけない。した事もない。」


と、私が言うと


だーはっはっはっ!


「瑠火姫。それはそれは……。ご丁寧に。」


バリーは腹を抱えて大笑いした。愁弥は頭を抑えて項垂れてしまった。


とてつもなく大きなため息を吐かれた。


はぁぁと。


「あー……。瑠火ちゃ〜ん。それはわかってるけども。」


ぽんっ。


私は愁弥に肩をつかまれた。見ればとても顔が引き攣っていた。


声は優しいのだが。


「まじで夜の外出禁止な? 俺がいない時に、出かけんなよ? アブなくてかなわねー。」


そう……言われたのだ。


「こりゃ……思ったより大変そうだ。」


バリーはとても笑っていた。


どうやら私は……とてつもなく常識から、かけ離れた女らしい。


この時の一件から徐々にわかっていく事に……なったのだ。


そしてーー、怒鳴られる事も増えたのだ。


>>>


バリーとはその後。何かあれば“渡り鳥ドルフ”で伝え合う。


それを約束して別れた。ドルフは“待合所ショット”。冒険者などの立ち寄り所だ。街には必ずあるらしい。


周辺の観光案内や道案内。街の案内なども行う場所だ。更に冒険者たちの仕事。護衛や魔物討伐などの、依頼が集まる場所らしい。


仕事斡旋所の役割もしているそうだ。


そこにドルフがいるので、連絡を取りたい人の名前を告げ、言付けるそうだ。


彼等は私達の意識を読み、会った事のある人。その人なら誰でも言付けを伝える為に、飛んでくれるそうだ。


相手を探し出し、必ず伝えてくれる。アルティミストでは、大事な役割を担う魔物だ。


魔物なのも驚いたが、人語を話し理解し探知する。凄い鳥だ。


騎士団たちは必ず飼っているらしい。連絡手段として利用しているそうだ。


「北か。“ポタモイ”で行くんだったな。」

「ああ。海流を昇るしかない。陸路では遠すぎる。」


フランツから出ると、海岸沿いの平地だ。草地が広がり横には砂浜。


更に海。美しい景色が広がる。


白い砂浜にエメラルドグリーンの海。白い雲がうっすら浮かぶ青空。心地よい風が吹く。


砂浜を……見たい。歩いてみたい。


と……言いたいのだが……。隣の愁弥はとても不機嫌で、そんな事を言える雰囲気ではなかった。


見た事ないのだ。ずっと氷の世界だったから。それにエレスは、砂浜が無かった。


「で? そのナンパどもには何を聞いたんだ?」

「ナンパ?」

「意味は後で教えるよ。いーから。」


愁弥はやっぱり……機嫌が悪い。さっきから口調が荒い。それに私の顔を見ようともしない。


こんなに怒っているのは……はじめてかもしれないな。


「北の海峡の話だ。ガディルから出た船が、何艘も行方不明になってるらしい。それもこつ然と。」


そう。冒険者達の話によると……商船は、港を出て海原を走る。だがいつの間にか、海の上から姿を消すらしい。


「帰って来た船はいないそうだ。」

「見てたやつはいねーの?」


愁弥はぶすっとしている。


「いないそうだ。その話が出てから船は減った。ガディルは実質、閉鎖状態らしい。」


私が言うと


「やっぱ。ソッチが先だな。その後で、ヤンバルか。」


と、愁弥はそう言ったのだ。


ヤンバルも同じ様に被害が出ている。


「ガディルの方はへクラーナ。その魔物がいると言う話だし、行けばわかるだろうな。」

「魔物が出るなら誰かしら見ててもおかしくねーんだけどな?」


そんな話をしながら歩いていると、大陸の裂け目についた。


フランツから本当に直ぐだった。そこはどうやら小さな船の集まる、岸辺。


ゆらゆらと浮かんでいるのは小型の船たち。皆、木造の屋形を積んでいる。船は丸太や木板を使用して造られているそうだ。


鋭角な船底で波のうねりに沈まないように、なっているとか。私は禁忌の島を出てから、船と言うものにはじめて乗った。アクセルと言う商人が、少し教えてくれた。


色々と言われたが……正直。難しくて良くわからなかった。


ポタモイとはどうやらこの小船の事の、様だ。凡そ十艘。三角帆の張られた船だ。


船には男達が乗っている。皆、冒険者だろうか?


余談ではあるが……アルティミストの冒険者と言う言葉は、その昔……聖地に赴く人々。旅人と言う言い方が、時代の流れで変わったものらしい。


意味合いもかなり変わったそうだ。


拠点を持たず特定の仕事を持たず、世界を彷徨き、訪れた地で“仕事”をして暮らす者。


自由に仕事を選び腕を磨く流れ者。その俗称が、今の冒険者なのだとか。


魔物討伐等を生業にする者たちは、“狩人ハンター”と呼ばれる。


所謂、お宝。それらを目当てに遺跡や洞窟など、神秘的な地を訪れる者たち。それを“謎を追う者ロギアハンター”と、呼んでいるそうだ。


商人や、民などの護衛を仕事にしている者たち。それを“守護者ガーディアン”と呼んでるそうだ。


冒険者は特定の職業にはつかず、それらから自由に仕事を選び、お金を稼ぐ者。


と……昨夜の冒険者に教わった。愁弥に言ったら“フリーターか?”。と、言われたが。


フリーターとはまた斬新な言葉だ。私はその言い方が気に入った。


「どーぞ。姫様」


私は愁弥に手を引かれた。船が揺れるのだ。陸と船との間には、橋が掛けられているがそれもまた……ギシッと鳴った。


不安定だな。


高さのある船に降りる。


「ありがとう」

「どーいたしまして。」


いつもの軽い口調に戻っていた。良かった。機嫌が直った。


ルシエルは“スリープ草”。それを嗅ぎ寝ている。爆睡だ。何しろ……頭が痛いと、機嫌が悪かった。具合が悪いのは寝ていれば治る。


酒の飲みすぎだ。


ポタモイは屋根のついた小屋がある。私達はその中で、北を目指す。


小屋の中には誰もいなかった。


「屋形船みてーだな。」


愁弥は船頭に小屋の中に居る様に言われ、入るなりそう言った。


風を受け走るポタモイ。陸地の間を通り、国から国へと繋ぐ渡船だ。


大きな船では通れない場所を、この船が行き来し、大陸横断を手伝うそうだ。


これはバリーから聞いた。


丸い敷物。それが置いてあった。座れる様になっている。中は結構広い。ここは休憩も出来る様になってるみたいだ。


窓から海風が入り込んで来ていた。


気持ちいい。


愁弥は窓の側に腰掛けた。


私は……愁弥の隣に座った。


「屋形船?」

「ああ。こんな船でさ、夏になるとそこから花火とか観るらしいな。俺は乗ったことねーけど。」


愁弥は開かれた窓に肘を乗せた。風で愁弥の髪が、揺れる。


「花火?」

「空に……打ち上げるんだ。色んな色の光とカタチをした華だ。光の華だな。」


愁弥は窓から空を見上げていた。うっすらと浮かぶ白い雲。そこに広がる青空。それしか見えないのだが……まるで、何かを見ている様な懐かしむ顔をしていた。


「光の華…。」


私も空を見上げた。


「瑠火が見たら……きっと喜ぶ。いつか見せてやりてーな。」


私はその声に愁弥に目を向けた。

愁弥は私を……見てくれた。


「……見てみたい。」


私がそう答えると、愁弥は笑った。


「見せてやりてーよ。」


そう言った。


その顔は少しだけ……せつなそうに見えた。その声も呟くみたいだった。


だが、愁弥はふと


「あ。ここって魔法あるよな? そーゆう魔法ねーのかな? ありそうだよな。」


と、思いついた様にそう言ったのだ。


「魔法? 光の華の? 聞いたことない。」

「あるかもしんねーな? 探してみよう。」


愁弥のその顔はとても楽しそうだった。でも、私もそれを聞いて……


「そんな魔法があったら素敵だ。戦うだけのものじゃなく……。」

「ああ。きっとある。」


不思議とあるんじゃないか。と、思った。愁弥と一緒に、見てみたい。そう思った。


空を見ていた。一緒に。


「ん? 甘い香り……」


私は窓から漂うその香り。それに気づいた。


「なんだ? モヤみてーだ。」


愁弥もそう言っていた。


窓から入り込んでくる煙。淡い桃色のその煙が、甘い匂いを漂わせていた。


「愁弥! 鼻を塞げ! スリープ草だ!」


私はそう言ったが、時既に遅し。


全てを言えたのかすらわからない。深い眠気に襲われたのだった。























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