第17話 フランツの街
ーーフランツの街は、賑やかだった。
着いた頃には、もう辺りは真っ暗だった。夜の闇に包まれているのにも関わらず……、豪快な笑い声が飛んでいた。
肩を組んで歩く少し、酔っ払った様な人達。楽しそうな声がさっきから、店の中からも聞こえている。
それに幻獣だ。
この街に入る時に、私は人の通る街中では、デカいので邪魔になる。そう思い、ルシエルを戻そうとしたのだが、バリーが大丈夫だ。と、そう言ったのだ。
幻獣を連れ歩き敵意を持ってる。そう思われるのは困る。
幻獣は特別で強大な力を持ってる。それに、今は大人しいが、ルシエルの力がいつ復活するかわからない。
その時にどうなるのか。それすら想像がつかないのだ。だから、捕縛の檻に入れている。
もしそうなったら……他人を巻き込む事になるのは……目に見えている。
私も止められるかどうかもわからない。
「だから。大丈夫だと言っただろう? この街は、移民が集まる港町だ。様々な国の人間たちが来る。」
バリーは様々な色のアルバを着た人達を眺めながら、そう笑ったのだ。
確かにーー、冒険者、商人。騎士。船員。色んな人達がいそうだ。着ている鎧なども、色は統一されていない。
集まって来ている。それはよくわかる。そう言う意味でも、賑やかな街だった。
バリーの隣で、ルシエルはきょろきょろと、辺りを見回している。
もうその顔はとても嬉しそうであった。目もきらきらとしている。尻尾もぶんぶんと、振っている。
更に店から薫る……料理の匂い。くんくんと、鼻で嗅ぎヨダレでも垂らしそうだ。
だらしない口になっていた。
「うまそ〜……。瑠火! はやく! にくにくにく〜〜〜」
大はしゃぎだ。くるくると回っていつもなら、檻篭の中を動き回っている。だが、今は尻尾がぐるんぐるん。と、回っている。
長い黒いふさふさの毛の尻尾だ。
叩かれたら痛そうなほどの。
「わかったから。ルシエル。周りに人がいる。その尻尾はやめろ。ぶつかる。」
ルシエルはそう言うと、ぴたっ。と、尻尾を振るのをやめた。
珍しい。素直だ。
「やめた! やめたからな! 檻はやだ! 今夜はちゃんとメシ食いたい!」
ん?
「いつも食わしてる。」
「ちっちゃなヤツだ。バリバリ食いたいんだ! 俺様は!」
私とルシエルのやりとりに、バリーは笑っていた。
「大丈夫だ。ルシエル。店も入れる。」
ウホゥッ!!
ルシエルの嬉しそうな吠えが、響いた。高らかに吠えた。
「よっぽどかよ。」
「いつも与えてないみたいだ……」
愁弥は笑っていたが、私はちょっと悲しかった。
“酒場 ベルナデッタ”
幻獣が入っても大丈夫なほど、中は広くどうやら立ち食いの店らしい。カウンターにテーブル。それらが並び、中はとても賑やかだった。
天井で大きな回転式の扇翼が回る。空気を巡回させるものらしく、“
「色んな人がいるな? 瑠火。見てみろよ。あれ。ドワーフだ。」
愁弥はカウンターではなく、円卓のテーブル席。そこに立ちながら食事をしている集団を、見たのだ。
ちゃんと彼らの背格好に合う高さに、なっている。
淡いオレンジと白の混ざるランプ。それらに囲まれたこの石造りの店。その一角に、“
彼等は小柄だ。これだけ多くの人がいても、目に入る。背は低いが存在感があるのだ。
それに……皆、特質な髪をしている。もじゃっとしているのだ。ふわふわの綿。そんな髪質。
銀の鎧を着ていて、背中には大きな両刃の斧。こうして見ていると、ドワーフ達は、皆。後ろ姿が似ている。髪の色は違うし、顔つきも違うのだが。
「……ブラッドさん。」
思い出してしまった。
私がそう呟くと愁弥は、右手を上げた。少しだけ。視線を落とした。
キラッと煌めく銀の腕輪。ブラッドさんがくれたものだ。装飾の施されドワーフの文字が、刻まれたものだ。
私も右手を見つめた。
リングは手首で美しい輝きを放っていた。
「また会いてーな?」
「そうだな。」
愁弥の懐かしそうな声に、私も頷いていた。
料理の注文。それが終わると暫く待つ事になる。ここにはテーブルの上にメニューがある。
私達はバリーに言われて、好きなものを頼んだ。注文するのはいつも愁弥だ。
お酒は二人ともやめた。愁弥は悪戯心で飲んだ事はあるらしいが、合わなかったそうだ。
ルシエルは私達と変わらないテーブルの高さ。それを前に既に、おすわりしている。
彼は酒を頼んだ。
飲むのか……。幻獣も。他もそうなのか?
店内には色んな幻獣がいる。召喚士と一緒だから、召喚獣か。
「バリー。召喚獣と言うのは、魔法陣の中から出て来るんじゃないのか?」
私は店内にいる召喚獣たちを見ながら、そう聞いた。
「ああ。“慣らし”だ。」
バリーは来て早々に、“ホルン酒”を頼んでいた。泡の出る酒だ。
「慣らし?」
「ああ。人とちゃんと“寄り添える”様に慣らす。幻獣にもそれぞれ性質がある。召喚獣に向かない者たちもいる。契約してからそれがわかると、困るだろう?」
私の問いかけにバリーは、樽のグラス。それを口につけた。
酒樽によく似たグラスだ。これで酒はよく飲まれるらしい。各国共通なのだな。
「……調教ってやつか?」
愁弥は料理を運んで来た女性から、お皿を受け取り、そう聞いた。
「ああ。そうだ。昔はそんなのいなかったんだがな。召喚士と召喚獣の関係性も変わったんだろう。合う、合わない。それが強くなってきたらしい。」
バリーはそう言いながら、お皿を受け取った。女性が二人。私達の頼んだものを、運んで来たのだ。
ルシエルはお皿に口つけて、お酒を飲んでいる。彼も同じものだ。
ぺろぺろどころではない。豪快だな。
そんなルシエルを見ながら、ふと思ったのだ。
合う。合わない。
私とルシエルは合わない。これは間違いないな。調教して欲しい。
だが……そうか。聖地に住む人間と幻獣。彼等で“絆”を作り、召喚士と召喚獣と言う関係性を作ってきたんだろう。昔は。
今は……難しい。と言うことか。
「“神”の存在があったからな。目的は同じ。神を護る為。召喚士も召喚獣も信頼関係を、結びやすかった。だが、今は殆どが“戦争”と聖地を護る為。関係性が変わりつつあるのも、神と言う“絶対的な主導者”。それがいなくなったからだな。」
バリーはそう言いながら、お皿に乗る肉をナイフで、切った。
隣では愁弥が骨付き肉を、ルシエルに渡していた。
バリバリと食べている。骨ごと。
「……そう言うことか。」
私は納得してしまった。
「瑠火。難しいハナシはそのへんで。食おう。」
愁弥が私に肉と野菜の盛り付け。更に“ユリス”と呼ばれる主食。それをお皿に盛り付けて渡してくれた。
ユリスとはアルティミストの穀物だ。茶色の豆だ。とても小粒で、蒸して火で炒める。
食感は少しぷちぷちっとするが、私も島を出てはじめて食べた。お腹も膨れて、何しろ肉と合うのだ。
愁弥が言うには……“チャーハン”に似ているそうだ。彼はどうやら“米”と言うのが、好きだったらしく、これを知ってからはとても喜んでいる。
必ず食べている。
「ありがとう。今夜は何と言うのだ?」
「ローストビーフ丼だな。シンプルだけど。」
ローストビーフ丼……。
愁弥は毎食。こうして私と自分の分と、何やら支度する。
今夜はユリスの上に、焼いた肉を乗せてソースを掛けたものだった。その横にちゃんと野菜。お皿の上がとても色彩豊かなのだ。
愁弥に出会ってはじめて知った。食事とは、楽しいものだと。それにとても美味しいものだと。
いつもは肉を焼き丸かじりだった。でも、今は違う。こうやって色んな食べ方を、教えてくれる人がいる。
そして……一緒に食べてくれる人がいる。
「美味しい。」
「そ? そりゃ良かった。」
何を食べても美味しいのだが、今夜のは特に美味しい。肉もいつの間にか切ってくれていた。食べやすく、更にユリスととても合うのだ。
「このソースが絶妙だよな。どっかに売ってねーかな?」
愁弥はテーブルの前の瓶。それを見ていた。
「持ち歩くのか?」
「ウマいだろ? これ。」
「うん。美味しい……」
スプーンで一緒に食べると、本当に美味しい。愁弥は天才だ。シンプルだと言うが、そんな事はない。焼いた肉と炒めたユリス。切った野菜。
それがこんなに美味しいものに変わるのだ。
「瑠火! 肉!」
「ルシエル。これやるから。瑠火のメシを邪魔すんな。」
ルシエルの声に愁弥は、大皿を渡した。どうやら、肉を切ったもの。それを用意していたらしい。
いつもながら……素早い。そして鮮やかだ。
ルシエルは置かれるや否やーー、喰らいついた。がつがつと。
「そうやって手間掛けて食う奴も、いるんだな。ちょっと驚いたな。」
バリーは私達の食事を目を丸くして、見ていた。
「ん? あー。ここはシンプルだよな。肉も焼いただけだし、魚も焼いただけ。別にキラいじゃねーんだけどさ、毎日だと飽きる。」
愁弥はそう言った。
そうなのだ。愁弥の言う……“おかずのレパートリー”とやらは、無いのだ。
皆、好きな様に食べるからだ。塩とコショウ。こうしたソースを掛けて、野菜と食べる。更には魚の塩焼きや、蒸し焼き、蒸し肉など、それらとユリス。
酒。そんなものだ。
「一番わかりやすくて、食べやすい。味付けも塩とコショウで十分だ。」
と、バリーは樽グラスを持ち笑う。肉をつまみながら、酒を飲む。この世界の男たちの食事スタイルだ。
「悪くはねーよ。けど……なんつーか。せっかくだからさ。色んなモン試してーかな。こんな経験できねーんだろうし。」
愁弥はそう言うとローストビーフ丼を、頬張った。
バリーはそんな愁弥を見ていたが、口を開いた。とても不思議そうな顔をしていた。
「ああ。そうだ。気になっていたんだが、お前達は何者なんだ? 愁弥だったな? そのネックレスは、“神国ミューズ”のものだな?」
バリーの声に、私と愁弥は全てを話すことにしたのだ。
✣
話し終えると、ごくごく。
と、バリーはお酒を豪快に飲み干した。
「とてもじゃないが、目の前に愁弥がいないと、信じられない話だ。異世界転移……。それも“こちらの世界の者が送り出した”。」
バリーは樽グラスを置くと、ふぅ。と、息を
吐いた。店内は騒がしい。私達の声など、届いていない。
「
バリーは考え込んでしまった。
「すまない。混乱させるつもりじゃ……」
「いや。違う。」
私が謝ろうとしたが、バリーはこちらを向いた。とても真剣な顔をしていた。
「転移の石……。その力の事がわかれば、愁弥。もしかすると帰れるかもしれないな。と、そう思ったんだが……」
と、そう言って愁弥と私を交互に見たのだ。
とても険しい表情になった。
「バリー?」
何だろう? なにか気になる事でもあるのだろうか?
私はその険しい顔にそう聞いた。
「いや。お前達を見ていて……それはどうなのか? と。」
バリーはそう言ったのだ。
すると愁弥が
「それはその時……考えるつもりだ。俺は。知っておくのは悪いことじゃねーし。今、考えても仕方ねーことだ。」
そう言ったのだ。
何の話だ?
「愁弥。帰れるかもしれないなら、ちゃんと探そう。」
その話をしているんだよな? 愁弥は、何を考えると、言っているんだろう。
「瑠火。いいのか?」
「え?」
私はバリーの声に、振り向いた。
「愁弥が帰ると言う事。それはいなくなる。そう言う事だ。それをわかっていて、聞いているのか?」
え……?
「あ……」
私は愁弥を見てしまった。
いなくなる……。
そんな事。考えてなかった。帰れればいい。と、思ってはいるが……。
いなくなる。
何故。私はそれを繋げて考えていなかったのか、わからない。だが、この時、バリーに言われるまで気が付かなかった。
普通に考えてもわかる事だ。
何故か……いなくなる。それは、考えない様にしていた。無意識に。
「私は……」
どうしたらいいのだ。帰れればいい。そう思っている。だけど……。
いなくなるのは……、今は……。
ぎゅっ。
え?
私は頬を抓られていた。
痛い……。少しだけど。
愁弥が笑っていた。
「瑠火。とりあえず……転移の石。その事は調べてみよう。魔物が増えてるってのと、里の事。繋がってるかもしれねーだろ?」
愁弥は頬から手を離した。
「ああ……。そうだな。」
答えてはいたが、何処か上の空だった。私の心に引っ掛かるものが出来てしまった。
それと同時に……私は、愁弥を……。
愁弥がいなくなる。それはイヤだと思う様になっていた。
矛盾している。でも思ってしまう。どうしても。目の前にいるのだ。今は。こうして手を伸ばせば、届く。
「瑠火?」
愁弥の声に私は……驚いていた。自分で。自分の右手に。
愁弥の頬に手を触れていた。温かな感触が、手のひらに伝わってきていた。
愁弥の少し驚いた様な……照れている様な顔。それを見ていた。
今はこうして……触れる事も出来るし、見ていられる。でも、いなくなると言う事は……出来なくなる。
あの優しい白雲村長の様に……もう、話をする事も出来なくなってしまうのだ。
けれど……。ここは愁弥の世界ではない。愁弥の世界にも、彼がいなくなり悲しんでいる人がいるはずだ。
帰って来てほしい。と、願ってる人がいるはずだ。心配もしているだろう。大騒ぎになっているかもしれない。家族ーー、それに、大切な人もいただろう。
スマホ……だったな。それに写っていた仲間たち。中にはカワイイ娘もいた。
私は愁弥から手を離した。
同じ様に悲しんでるかもしれない。
「瑠火? どうした?」
私は愁弥を見ていられなくなってしまった。心配そうな声は聞こえるが、顔と目を反らしてしまった。
「……いや。すまない。」
そうだ。愁弥は帰らなきゃいけない。元の世界に。待ってる人達がいる。
「バリー。誰か……転移の石に詳しい人はいないのか? 聖国の人ならわかるか?」
私はバリーに視線を向けた。
私に出来る事は、彼を帰す手助けだ。元々、私の為に巻き込まれたのだ。それは私の責任だ。
「あ……ああ。」
バリーは一瞬。目を見開いた。だが、直ぐに
「地図はあるか? 見ながらの方がわかりやすいな。」
と、そう言った。
愁弥が革の袋から地図を取り出した。テーブルに広げる為に、私達は皿を退かした。
大人しいな。
ルシエルは……フセて寝ていた。
何て奴だ。
「転移の石……と言うより、神族に詳しい奴がいる。遺跡や神殿などの調査をする者だ。そいつなら、わかるかもしれない。」
バリーは地図を見ながらそう言った。
「転移の石の話は、その人から聞いたのか?」
愁弥の声を聞きながら、私は店の邪魔になるので、ルシエルを捕縛の檻に戻した。
デカい図体で床に寝転がっているからだ。
酒など飲むからだ。全く! イビキまで嗅いてるし。
檻篭の中でも変わらずのイビキだ。ぐーすか言っている。
「ああ。そうだ。名を“ライム”。たしか……」
私がテーブルに戻るとバリーは、地図を指していた。
「“ビルドー大陸”。そこにいると言っていたな。遺跡の調査をしている。」
ビルドー大陸。オルファウス大陸から離れている。東の方にある大陸だ。
その周辺には群島諸国がある。他の大陸とは離れていて、海に囲まれた大陸だな。
「オルファウス大陸からだと、遠いな。船で行けるのか?」
私はそう聞いた。
オルファウス大陸からだと、間に“カサンドラ大陸”。更に“セルフィード大陸”。そこを縦断しなければならなそうだ。
「このセルフィード大陸だな。ここに“ローゼン国”がある。そこから船で行ける。」
ローゼン国。セルフィード大陸の中心にある国だ。湾曲の港があるな。ここがこの大陸の大国か。
「ここからだと……カサンドラを経由しないと、行けなそうか?」
「そうだな。先ずはカサンドラ大陸。それからセルフィード大陸。刻んで行くしかない。」
私の問にバリーはそう頷いた。
カサンドラ大陸。ちょうど行こうとは思っていた大陸だ。
“ヤンバル”その港町がある。魔物に襲われた商船。一つずつ潰して行くしかないな。
「ありがとう。バリー。」
「いや。ついて行ってやりたいが、レドニーを放ってはおけん。」
バリーはとても申し訳無さそうに、そう言った。その気持ちだけでも嬉しい。
「いや。ありがとう。私達の方こそ力になれなくて、すまない。」
「そんな事はない。お前達が転移の石を、追ってくれる。それはとても有り難い。」
バリーはそう笑ったのだ。
転移の石……。それに辿りつけば、里を襲った者達や、ハーレイタウンを襲った幻獣。ダークレイ。更に……マリファス神殿から、神器を奪った者。
それらが繋がるのだろうか。
そしてーー、愁弥の帰る手段。それもわかるのだろうか。
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