第16話 レドニーでの再会

 ーー私達が街を出ようとした時だ。


 馬の走る音が聞こえた。駆けて来る颯爽としたその足音。


 見れば街の入口から、二頭の馬。


 更に……見覚えのある髪の色……。


 深い翠色の髪ーー。ヴェールムースの色。更にその隣には、ヴァイオレットの髪。


 あの二人は。


「ん? なんでお前らがいるんだ?」


 茶の毛をした馬に乗ったシュヴァル……は、そう言ったのだ。


 相変わらずのアイスブルーの瞳は、冷たい輝きを持っている。


 顔だけ見ると綺麗な顔だ。それにまだ若そうだ。あのフレイルと言う男よりも、若いだろうな。


 隣の黒の毛の馬に乗るのは、ガディスだ。見下ろす眼は、薄いラベンダー。


 コッチは相変わらずゴツい男だ。荒くれ者の気配が、ぷんぷんする。


 更に整ってはいるのだが、その顔は品に欠ける。シュヴァルが気品高い顔をしているからだろうな。


 失言か。


「さっきのガキどもだな。」


 馬から降りたガディスは、ブロンズの鎧の音をたてた。


「瑠火。知ってるのか?」


 そう聞いてきたのは、バリーだ。とても驚いた様な眼をしていた。


 バリーの野性的な風貌は、品がある。騎士を退団して職を変えた。その事で妙な堅苦しさがない。


 偏見だな。これは。失言だ。


「ああ。少しだけだ。」

「冷たいねー。絡んだでしょ。かなり。」


 この軽口! これが気に入らない!


 シュヴァルはにやけながら、よっ。と、馬から降りたのだ。 軽々と。


「おー。睨むな。ガキ。こんなとこで仲良く、愛の語らいか?」


 ガディスは愁弥の前に立つと、見下ろしていた。こっちも軽い。にやにやしている。


「うるせーな。おっさん。」


 ああ。なんだか。同じ“匂い”を感じる。愁弥がこうなったらイヤだな。


 余り……絡んでほしくはないな。この二人とは。


「何なんだ? コイツら。嫌な感じだな。」


 ルシエルはシュヴァルとガディスを、睨みつけていた。


 そうだった。ルシエルは絡んでなかったな。そう言えば。


「オルファウス帝国の騎士団だ。」


 私は隣にいるルシエルにそう言った。


「コイツらが? なんか凄く嫌な感じだ。」


 ルシエルは二人をじっ。と、見ている。


「へー? 幻獣まで従えてんの? 姉ちゃん。」


 シュヴァルはルシエルを、深々と見つめていた。覗きこんだ。


「そう毛嫌うなよ。仲良くしよーぜ。」

「ふざけるな! 近寄るな!」


 シュヴァルの声に、ルシエルは身を引いた。背中の毛が立った。逆立った。


 イヤなんだな。ルシエル。



「シュヴァル。ガディス。何の用だ?」


 バリーはそんな二人を前にして、そう聞いたのだ。すると少し頭を前にしていたシュヴァルは、身体を起こした。


「何の用? 散歩」


 と、腕を組むとそう言った。


「散歩?」


 私が聞くと


「まさかこんな所で、第三部隊の隊長殿に、会えるとはなー? なぁ? シュヴァル?」


 ガディスは腰に手をあて、シュヴァルにそう言ったのだ。軽いにやつきを残したまま。


 ラベンダーの眼が、薄く感じる。


「元だ。」


 バリーがそう言うとシュヴァルは、手を降ろした。


「はいはい。わかってるよ。バリーさん。」


 シュヴァルは、手をひらひらとさせた。


「この地に用はないだろう?」


 バリーはとてもイラついている。隣でそれはとても感じる。気持ちはとてもわかる。


「ま。別に来たくて来てる訳じゃない。」


 ガディスがそう言うと、ぎろっ。と、バリーが睨む。


「お。っと。失言か?」


 ガディスは軽くそう笑った。


「フレイル団長からの命令で、散歩してる。出来ればそっちのキレイな姉ちゃんと、一緒がいいんだけどなー。ガディスなんかじゃなくて。」


 は?? 私はシュヴァルのにやついた顔に、無性にハラがたった。


 なんなんだ! この軽さ! 


「おーい。そこ。それは俺も同意見って事を、忘れるなよ。シュヴァル。お前より女がいいに決まってる。」


 ガディスも更に軽口を叩く。騎士なのか? 本当に?


「シュヴァル。フレイル団長の指示とは?」


 それを遮ったのは、バリーだった。シュヴァルは、バリーに視線を向けた。


「何も……傷みがわからない訳じゃないさ。団長は。ただ、皇帝の意志。それを護ってるだけだ。騎士として。」


 シュヴァルはそう言ったのだ。


「あんたの様に騎士を棄てる訳には、いかないんだ。俺も団長も。わかってくれ。とは言わない。あんたの気持ちはよくわかる。」


 ガディスは勇ましい顔はしているが、さっきまでのイヤな感じではなかった。


 寧ろ……心情が厚い。そんな風に見えた。


 バリーは息を吐いた。


「そうか。皇帝には言わず……巡回してくれているのか?」


 と、そう言った。


 するとシュヴァルは笑った。


「だから散歩。」


 そう言ったのだ。


 バリーはそれを聞くと……、彼等に彷徨う洞窟の話をしたのだ。


 彼らは転移の石が動いている事を、知らなかった。酷く驚いていたのだ。



 ✣



「そうなってくると……話は変わってくるな。」


 ガディスが腕を組んでそう言うと


「ああ。団長に報告だな。」


 シュヴァルは隣で、そう言った。


 不思議だ。バリーの顔は、さっきよりも穏やかになった。彼等が真摯に話を聞いていたからだろうか。


 それに、シュヴァルもガディスもバリーに対して、ある意味……敬意を持っている。


 そんな眼をしている。


「直ぐにでも“巡回”に騎士団も、加わる事になるだろう。バリーさん。一人で大変だったな。」


 更に……シュヴァルはそう言ったのだ。


「いや。それよりもアシュラム殿はどうなったのだ? アスタリアに踏み込むのは聞いていたが。」


 バリーはガディスとシュヴァルを見ると、そう聞いた。


「ああ。そこのガキどもがよく知ってるが、オルファウス帝国は、アスタリアから手を引いた。」


 答えたのはガディスだ。私と愁弥を一瞬。見たのだ。だが、直ぐにバリーにそう言った。


「手を引いた?」


 バリーの深い海の色をした瞳が煌めく。揺らいで小さくなった。


「そ。新王誕生したし、封鎖も解いたしな。コッチとしては、何も言う事ないって訳だ。明日には新王が城に来る事になってる。」


 シュヴァルがそう言った。


「……そうか。アシュラム殿が……」


 バリーは少し顔を顰めた。だが、真っ直ぐとシュヴァルとガディスを、見つめたのだ。


「フレイル殿は?」


 そう聞いた。


 だが、ガディスは笑みを零した。


「あの人は変わらずだ。俺達に“散歩”を頼むぐらいだからな。」


 そう言った。


「……そうか。」


 バリーの顔は何処か哀しげだった。知っているのだろう。フレイルが聖王アシュラムの息子だったことを。きっと。


「ま。騎士団には必要不可欠な御方だからな。フレイル団長は。時々おっかないけど。」


 シュヴァルはそんなバリーを、優しげな眼で見つめていた。


「……なんかフクザツな気分だな。敵だったのにな。コイツらと。」


 愁弥は隣でぼそっとそう言った。


「……立ち位置が変わればそうなる。戦争になれば、立場によって敵と味方に変わる。そう聞いてる。」


 私はそう言った。


「ドライっすね。」

「え?」


 愁弥は私を少しだけ、悲しそうな眼で見ていた。なんだろう? 何か……間違った事を言った?? そんな気になる眼だった。


「とにかく、俺達は洞窟を見てから城に戻る。バリーさん。あんたは城には来ないだろう?」


 シュヴァルがそう言うと、バリーは険しい顔をした。


「退団した身だ。それも自身の私由で。門は潜れない。」


 そう言ったのだ。


 ガディスは頭をかいた。


「気にする事はないと思うけどな。」


 と、そう言った。


「いや。これは自分の“掟”だ。」


 バリーはそう言ったのだ。シュヴァルは、ふぅ。と、息を吐くと


「そう言うと思ったよ。」


 そう言った。諦めていた様な顔をしていた。きっと、城に連れて行き話をしたかったのかもしれない。


 私が少しはいいヤツなのかも? と、思った矢先だった。


「じゃあな。姉ちゃん。それに幻獣ちゃん。兄ちゃん。また、そのうち会えるだろうな。」


 と、私達にそう言った。


 姉ちゃん? 兄ちゃん?? 幻獣ちゃん??? ふざけてる!


 私はイラつきがぶるっと震えを呼んだ事を知った。手を握りしめていた。


「おー。コワ! 姉ちゃん。美人なんだけど、激しいな。」

「私に構うな」


 にやにやとしながら言うこの態度! 軽口! 更には平気で顔を近づけてくる、この近距離さ! 


 シュヴァル……。


 イラつく。この軽さ! 不愉快だ!!


「あ〜……真面目ちゃん。だからな〜」


 愁弥がぼそっとそう言ったのだ。


 何を?? 私は愁弥を睨んでしまった。思わず。


「愁弥! やめろ! 不愉快だ!」


 叫んでいた。


「へ……? なにがっスかね??」


 きょとん。としてそう言った。


 あーもう! 同じだ!


 私はこの時……愁弥もとても軽いのだと、認識した。しかも同じ系統だと理解した。


 それはとても残念な事だった。



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