第15話  彷徨う洞窟

 ーー「愁弥!!」


 奥に進めば、アースフレーダーの巨大化した者達の巣窟だった。


 それだけではない。


 コウモリの頭と羽。身体は蜘蛛ーー。焦げ茶のその身体。その姿をした者達だけではなく、奇っ怪な魔物がうようよとしていた。


 皆。洞窟に似合う……と言っては悪いかもしれないが、ネズミの頭を持つモグラの身体。こっちはグレーだ。それも全身の毛は逆毛の様。


 更に、岩の頭と身体をした岩人。それらが、私達の行く手を阻んだのだ。


 それも皆ーー、巨大だ。洞窟の中を埋めるかの様に、彷徨いている。


 愁弥に、茶石の拳をまるでロケットの様に撃ったのは、岩人であった。


 茶石の塊をした人型。


 “ロックフェイス"


 頭がやたらと大きいからそう名前を付けられたらしい。余談だが、魔物の名前は人間が付けたとされている。


 その容姿から呼ぶ様になった。彼らは元々、名前など持たない。


 人間がそう呼ぶのだ。わかりやすいように。


「“雷槌“!!」


 ロケットの様に飛んでくる岩の塊。それに向けて私は稲妻を放った。



 上から撃ち落とし砕けさせてゆく。


「瑠火! 下がってろ!」


 愁弥は剣を握りそう叫んだ。


 私はそれを聞くと目を向けた。愁弥の眼は蒼く煌めく。更にその剣も。


 背中にはレイネリス。女神が漂う。


 白い光に包まれた女神は、愁弥の後ろにまるで、守護神の様に佇むのだ。その姿は美しいが、やはり大きい。


 像ーーの様に立ち、魔物の群れに手を差し出す。


 まるで先陣を切るかの様に。


「"戦火の鼓動レイネリス“!!」


 愁弥は蒼く光る剣を薙ぎ払った。


 そう。フレイル達を一蹴したあの技だ。


 蒼き光はロックフェイスの群れめがけ、放たれた。地から浮かび上がる旋風の様な光。


 それに包まれ彼らは、粉砕した。


 フレイル達は、守護の力が強力だったのだろうが、ロックフェイス達は物の見事に、粉砕され消滅したのだ。


「……お前は……“神国の戦士"か?」


 バリーだった。


 息をつきながら驚いた様にそう声を漏らしたのだ。


 愁弥は剣を構えたまま、ふぅ。と、息を吐いた。


「アンタら騎士たちには、なんか申し訳ねーけどな。色々あってこーなった。でも、これは“授けられた力”。俺はそれを利用させて貰う。護りてーモンの為に。」


 愁弥はとても強い眼を向けていた。


 バリーに強くそう言ったのだ。


「……力とは持つべくして持つものだ。それをどう扱うかは、その者次第。それが例え……苦を共にしてなくても、背負う物は同じだ。逃げ出す事は許されない。持った者の“宿命”だ。」


 バリーはそう言った。その言葉よりも彼の強い眼差しが、私には印象的だった。


 愁弥の言葉で、力を授けられた事が……鍛錬や、訓練ではない事を、悟った。


 でもそれを、けして軽んじてはいなかった。


 私は“強い者”の持つ苦悩。それを含んだ言い方に聞こえたのだ。


 力とは……持てばそれだけ、抱える物が多くなる。自分の命、周りからの敵意。


 そしてーー、他人の命だ。


 力を持てば人を護ることになる。それは必然なものだ。


 隠しておけるものではないし、隠そうとするならば、持たないだろう。


 力を持つ。その理由が、大半は自分を護る為か、人を護る為のどちらかだと、私は思う。


 中には違う考え方もあるだろうが。でも、私と愁弥は同じ。


 護りたい者があるから力を欲する。


 だが、力を持てば敵は増える。それは“自然の摂理”だ。強者は狙う。その力の源。原理。さらに、秘訣を。


 力を持てば寄ってくる。


 それから身を護る為に更に……力を欲する。生きると言う事に繋がってくる。


 私はーー、そう考えている。バリーの言葉は、とても近かった。


「……宿命か。そうかもな。俺がここに来た意味。それもきっと……“宿命”だ。」


 愁弥は剣を構えたままそう言ったのだ。


 私はその強い眼と、言葉に驚いた。


「中々……興味深い。ここを片付けたら一杯奢らせてくれ。」


 バリーは紅く光る大剣を構えながらそう言った。


「未成年だからな。ここはそんなの関係ねーのか? 」

「未成年?? それはアレか、アドゥルではないのか?」


 バリーはとても驚いていた。


 ああ。そうだった。愁弥の世界では、二十歳にならないと、お酒は飲めないんだったな。アルティミストでは、“男”は十五で大人の男アドゥルと、認められる。


 女は十九からだ。


 なので、愁弥はここでは飲めるのだが。


「いや。アドゥルだ。バリー。」

「……そうか。ならば奢らせて貰う」


 私とバリーの会話を……ん?? と、顔を顰めて聞いている愁弥。


 後で教えておこう。


「俺様も。肉と酒!」


 ルシエルは口をもごもごとさせながら、そう言った。


 コイツ……またつまみ食いしたな。


 ルシエルはどうやらいつもなら、おやつを貰い揺られての移動だが、今回は歩いている為か、おやつ無しだからか、(食べると眠くなる)さっきから、魔物をつまみ食いしている。


「飲めるクチか。それはいい。」


 バリーは軽やかな口調だ。


「瑠火も飲めんのか?」

「少しだ。」


 愁弥の声に私はそう答えた。


 まだ、飲み始めだ。十九になったばかりだから。


 ロックフェイスの群れがいなくなったからと、言って他の魔物は彷徨いている。


 これだけいれば、この街が壊滅してもおかしくはない。


 洞窟の奥深くまで彼らは網羅している。


「“戦呀千手ダルシム”!!」


 バリーの大剣は、アースフレーダーの群れに飛び込んだ。


 まるで千手だ。頭上から押しつぶすかのような斬撃が、群れに降り注いだのだ。


 巨大な張り手。そんな斬撃だった。


「ありえねー」

「ありえない」


 私と愁弥は同時にそう言っていた。


「ハラもいっぱいになったしな! 大暴れ!!」


 カッ!!


 ルシエルは駆け出すとやっと。波動を放った。


 黒い波動は頭はネズミ。身体はモグラ。“シャドーマウス”達に向けて、放たれた。


 だか、彼らは一斉に地中に潜った。穴を掘った訳ではない。素早く身を翻し地中に消えたのだ。


「あ!!」


 ルシエルがそれを見て叫んだが、奥にいるロックフェイス。彼らに波動は直撃した。


 シャドーマウスには逃げられたが、結果的にロックフェイスには有効的であった。


 シャドーマウスはほとぼり冷めた辺りを、見計らったのか地中から姿を現した。


 まるで煙の様に消えたり出たり。不思議な魔物だ。


「“雷槌”!!」


 私は出てきたシャドーマウスに稲妻を、無数に放ったが、やはり。


 シャドーマウスはくるり。と、身を翻し地中に潜った。


「マジか。なんだアイツら。」


 愁弥はそう言った。


「地中に逃げられるとどうにもならないな。」


 私は手を降ろした。


「術じゃなく剣だな。」


 バリーはそう言った。


「そうかもしれない。術に反応するのかも。」


 私は頷いた。


 シャドーマウス。彼らが一斉に姿を現した。


「俺様は雑食! なんでも食うぞ!!」


 何の宣言なのかはわからないが、ルシエルはそう言いながらシャドーマウスに、向かって行った。


 バリーとルシエル。シャドーマウスに立ち向かう最中、私は飛んでくるアースフレーダー。彼らに照準を絞った。


 シャドーマウスはどうやら、接近戦には弱いらしい。耐性が魔法や術なのだろう。


 バリーとルシエルの攻撃に、地中に潜る事が出来ない様だ。


 ロックフェイスのロケット砲が、後ろから飛んでくる。


 それには愁弥が対応していた。


 私はとにかく目の前のアースフレーダーに、集中した。


「“火炎舞”!!」


 私は紅炎の渦を放った。巨大化しているアースフレーダー。そいつらめがけ、紅炎は円を描き包む。


 燃え盛る炎の中で脚を上げ呻くが、


 バチッバチ。


 と、閃光走る。


 雷槌だ。


 炎に焼かれながらも雷槌を放ってきたのだ。更に後ろからは、カマの様な脚を小刻みに動かし走ってくる、アースフレーダーたち。


 中々素早い。


「守護の盾!!」


 雷槌を防ぎ、更に向かってくるアースフレーダーに、術を放つ。


「“旋風”!!」


 竜巻。それで駆けてくるアースフレーダー達を、吹き飛ばす。


 炎に包まれ焼かれるアースフレーダー達は、どうやら次の一手を放つ気配はない。


 焼かれて息絶え絶えなのだろう。


 旋風で吹き飛ばされたアースフレーダー達は、ひっくり返ったが、長いその脚をじたはたとさせながらも、器用にくるり。と、向き直った。


 何とも器用な連中だ。


 私は双剣握り向かってゆく。本来なら一匹ずつ切り崩していきたいが、雷槌を使う。


 聖霊術で倒すしかない。


 この先にどれだけ魔物がいるかわからない。先が見通せないから、力を使うのを少し躊躇った。だが、そうも言ってられない。


「“火炬かきょう”!!」


 火柱。アースフレーダー達の足元から紅炎の火柱があがる。


 一気に焼き尽くす。


「!」


 炎の中から飛んできたのは、長いカマの脚。目の前のアースフレーダーが、私を切りつけようと、脚を伸ばしたのだ。


 私はそれを斬りつけた。


 キン! と、双剣が弾かれる。


 肩に切り傷。切れなかったことで、脚のカマは私を、斬りつけたのだ。


「“火煉”!!」


 強靭な奴らだ。炎で焼かれながらも脚を武器にしてくる。


 抵抗してくるのだ。


 私は剣と炎の弾でそのカマつきの脚を、攻撃する。振り下ろされる脚を傷つけ、そこに紅炎の弾での爆破。


 ボンっ! 破裂した事で剣では傷はたいして負わせられなかったが、紅炎の弾が弾けさせた。


 閃光の中で焼き尽くされるアースフレーダーを、見つめた。


 禁区……いずこからやってくる魔物の棲息地。制圧したとしても、また、何処からともなく魔物はやってくる。


 そして禁区に棲む。


 これが、アルティミストの魔物だ。


 だが、禁区以外にも魔物は増え始めた。つまり、魔物の数が増えたのだ。棲息地だけでは飽き足らず、居場所を求めているのだろう。


 魔物同士にも“敵意と領域”はある。群れで棲息するからだ。


 どうにかーー、踏ん切りがついたのは、その後だった。


「愁弥。大丈夫か?」

「ああ。なんとかな。」


 とは言え、少ししんどそうだな。


 女神の加護を受け剣を奮うとは言え……体力は消耗する筈だ。


「チップ……」

「いや。いいよ。ちょっとすれば回復するだろ。ケガしてる訳じゃねーし。」


 愁弥は剣をしまった。


 私の声を遮ったのだ。


「本当に? 大丈夫か?」


 私が聞くと愁弥は少し笑いながら、私の頬を抓ったのだ。


「大丈夫だ。ムダになんだろ。」


 ちょっと……痛い。


 だが、愁弥は笑っていた。


 私はーー、頬を擦った。抓られたのは……始めてだな。


 私達は、洞窟の奥に向かった。やはり遺跡の様だ。円柱が続いている。


 それに奥の入口には、たいまつ。火が二つ。灯っていた。


 バリーはそれを見るとランタンの灯りを、消した。愁弥もそれにならう。


 魔物はいなかったが、辺りには骨が散らばる。魔物同士で争った痕だろう。


 人骨ではない。デカい。


「……ここはな。昔からある場所で、言い伝えしか知らない。」


 バリーはそう言いながら、奥に入ったのだ。


 中は空洞だ。丸い空間に石版が建つ。蒼と灰色の混じった石版だ。


 四角いその石版は黒い円球の光。それに包まれていた。だからか、松明はないが明るい。


 それに禍々しい光であった。


 遺跡かと思ったが、中は至ってシンプルな洞窟。岩壁に囲まれている。そこにこの石版がぽつんとあるのだ。


 石床が正方形であり、その上に石版が置かれている。


「これはなんだ?」


 私達は石版の前に立った。思わず手を伸ばした。


 バチっと弾かれた様な痛み。電流が流れた様だった。


「……転移の石……“風の通り道アエラロード”と呼ばれている。その昔、神が創ったらしい。」


 バリーは黒い円球の前でそう言った。


「転移の石?」


 私は右手を擦った。ちょっと痛かった。


「言い伝えだ。この石は……転移をさせるらしい。この世界に幾つもあり、人間の為に神が創造したと言われている。」


 バリーはそう言うと黒いモヤの様な光に、掛かる石版を見つめた。


「何でそんなモンを?」


 聞いたのは愁弥だ。


「事の始めは“聖地巡礼の旅”。人間が海を越え、山を越え目指して来る事に、神は酷く嘆いたそうだ。今の様に海を越える強靭な船もない、山を切り開き道がつくられていた訳でもない。苦難な道。それを嘆き、手を差し伸べた。そう言われている。」


 バリーはそう言ったのだ。


「……なるほど。聖地に赴き自身に会う人間達に、慈悲の心を与えた。そう言うことか。」


 私はそう聞いた。


「そうだろうな。だが、時代は流れ人間は開拓をし、神への信仰も廃れつつあった。この石を使う者も減った。そこに……“聖神戦争”だ。」


 バリーの声は少し低くなった。


「あーそうか。それまでは神の力ってのが、すげーモンだったけど、自分らで出来るよーになったから、神信仰ってのが薄れたんだな。」


 愁弥は腕を組むとそう言った。考え込む様であった。


「そうだ。神の力を借りなくても自分たちで、何とかする事を覚えたんだ。それは人間にとっては、喜ばしい進化だ。だが、同時に神への忠誠も信仰も薄れていった。この石の存在も……消えて行った。」


 バリーは顔を顰めた。


 私はふと気になった。


「バリー。もしかしてこの転移の石がある所。それが禁区なのか?」

「いや。そうとは言えないな。ただ、見てみろ。今まで使われなかった石が……“動いている”」


 私の声にバリーはそう言った。


 ルシエルはそれを聞くと石版を見つめた。


「“魔物が各地”に増えたのは、この石のせいか。これを使って移動しているんだな。」


 そう言ったのだ。


「昔も人間だけでなく、魔物も使っていたらしいからな。奴らは“力”に寄り付く。今、この世界で魔物が禁区以外に増えているのは、この転移の石。それが動いているから。かもしれん。」


 バリーも強く頷いたのだ。


 転移の石。アルティミストに散らばるのだろう。それは。勿論。それなら納得がいく。


 魔物たちはそこを通り……この世界に、蔓延っている。つまり……


「誰かが転移の石を動かしている?」


 私はバリーにそう聞いた。


「俺が聴いた話だ。この転移の石が使えなくなったのは、神が追放されてからだ。使われるのは少なくなったが、完全に効力を失ったのはその頃だと聴いた。」


 バリーはそう言うと、息を一つ吐いた。


「誰かが“この石の力を解放した”」


 と、そう言ったのだ。


「つーか。この石があったらやべーんじゃねーの? 魔物はこれを使ってるかもしんねーんだろ? 壊せねーの?」


 愁弥がふとそう言ったのだ。


 バリーは


「やってみればいいさ。」


 と、そう言った。


 愁弥はそれを聞くと神剣を抜いたのだ。神の力を神の加護を持つ剣なら、もしかしたら壊せるかもしれないな。


 と、私は思った。


 愁弥は剣を握り、振り下ろした。


 ガキィン!!


 硬い物に当たった音。


 黒い円球に弾かれた。


「……まじか。すげー硬い……。それになんか抵抗感ハンパねーけど。」


 愁弥は剣を眺めていた。


「何度も試した。剣術もな。だが、この黒い光を傷つける事も出来ない。この力が何なのかすらわからん。」


 バリーはため息ついたのだ。


「……」


 私は剣を戻す愁弥を見つめた。不思議そうな顔をしている。


「だとしても、ここで一人で踏ん張るのは骨が折れる。騎士団の力を借りたらどうだ? 言いたくはないが。」


 ルシエルはバリーにそう言った。


 何処と無く優しい表情をしている。


「……何ともな……」


 バリーは黙ってしまった。険しい表情をしていた。私達は掛ける言葉が見つからなかった。



 故郷とは言え、魔物巣窟を一人で監視し退治するのはしんどいだろう。


 あの数だ。それに“転移の石”があるのなら、この先も増える……。壊す事は出来ない。


 私の剣でもムリだった。そう聖霊術でも。ルシエルの破滅の力でも。


 だが、力を解放するのであれば逆も然り。あるのだろうな。対応する力が。


 今の私にはわからないが……。


 彷徨う洞窟を出ると、バリーは陽が暮れかける空を見上げた。


 すっかりオレンジと赤に染まる空を。


「“フランツ”と言う街がある。俺はそこに宿をとっている。一緒に行かないか? 飯と酒を奢らせてくれ。」


 険しい顔ではなく、優しくもあり少し和やかな表情で、バリーはそう言った。


 私と愁弥は顔を見合わせた。


 愁弥は直ぐに


「あーいいね。」


 と、そうバリーに笑いかけた。


「一緒に行こう。」


 私もそう答えた。私達も宿を手配しなくてはならないし。


 バリーは頷く。


 こうして私達は、この街の側にある“フランツ”と言う港町に、向かう事になったのだ。



「肉〜! にくにくにく〜〜。ごちそう!」


 ルシエルは隣でお尻ふり、尻尾ふりながら鼻歌交じりであった。


「わかったから。」


 はぁ。


 私は隣で深いため息ついた。

  

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