第14話 レドニーの街>>>彷徨う洞窟

 ーーレドニーの街は崩壊していた。


 石の柱が転がり、家屋と言う建物は崩れ落ちていた。跡地の様に枠組みだけが残る場所もあった。


 壊滅したのが一瞬でわかる。石の家屋だったのか、どこも壁が崩落し、屋根も破壊されてしまっている。


 それでも人が住んでいた名残りはある。家の中には家具が、残されていた。生活していた環境が、そのままに。


 ただもう人は住めないだろう。荒らされてしまっている。ガレキに埋もれている。


 愁弥は何も言わなかった。


 ただ、街の中を歩いていた。


 だが、街の中心地。そこに着くと息を深く吐いた。


「慣れるモンじゃねーな。」


 そう呟いたのだ。


 崩壊した街を見たのは始めてではない。それを言いたかったのだろう。


 街の中心地は墓地になっていた。ガレキで建てられた墓標が、土の地面に幾つも並んでいた。


「騎士団が建てたのか? かなりの数だ。」


 ルシエルはその中の一つ。墓標に頭を屈めて覗きこんでいた。


 文字は刻まれてはいない。アイボリーホワイトの石が、建てられているだけだ。それも家屋の壁などの破片。


 カタチはとてもいびつでいて、不揃いな物ばかりだった。


 それでも墓石になる様に探してきたのだろう。誰がそうしたのかはわからない。ルシエルの言う、騎士団ーー。


 オルファウス帝国の騎士団たちかもしれない。フレイルや、ガディス。シュヴァル。


 彼等が弔いをしたのかもしれない。わからないが。


 私と愁弥は墓石たちの前で、手を併せた。



「何だ? お前達。」


 その気配と声に思わず目を開けてしまった。少し祈っていた間に……、後ろから歩み寄っていたのだろうか。


 男の声であった。


 振り返るとくすんだ青にグレーの混じった色……、ノースシー色のマントを羽織った男がいた。


 ガタイがいいな。肩幅と言い腕の筋肉と言い……赤ら様に、腕っぷしが強そうだ。


 重みのある黄が混じった緑……。アヴェニューグリーン。その髪は、とても深みがあって印象的だった。


 ただ、酷く野性的な雰囲気をもっている。私達を見つめる瞳は、深い海の色。紺色と蒼の混じった色だった。


 強靭そうな男は険しい表情で、そこにいた。背中に剣を背負っているのだろう。肩の後ろから、柄が見える。


 少し長めの柄だ。


「勝手にすまない。通りすがりだ。街が襲われたと聞いて、せめて弔いの意だけでも伝えようと思って立ち寄った。」


 私は険しく……不審そうに見る男に、そう告げた。目を開き更に眉間にシワを寄せる。


 不快そうだ。


「物見遊山か。壊滅した街を見て嘲笑うつもりか?」


 野太い声でそう言われてしまった。


 言われても仕方ない。縁も所縁もないのだ。冷やかしだと……思われて、当然だ。


「そーゆうつもりはねーよ。ただ、手を併せただけだ。瑠火。行こう。」


 愁弥がムッとしながら言うと、私の手を掴んだ。


「何の為に? この街の者ではないだろう? わざわざ……立ち寄り、死者を弔う? 見たところ“冥導師”でも無さそうだがな。」


 男の眼は、私達に向けられたままだ。不審感がとても強い。


 冥導師とは……いわゆる神父、司祭のことで、死者の魂を弔う儀を生業にし、鎮魂を冥府へ送る者達のことだ。


 私の居た里ーー“月雲つくもの里”には、冥導師はいなかった。当然だ。誰も寄り付かない。

 なので、風子ばぁと白雲しらく村長が“鎮魂の儀”をしていた。


 亡くなった魂を冥府へと導いていた。


「私の里も……同じ様な目に遭ったんだ。だからとても……他人事とは思えなかった。勝手に立ち入ってすまなかった。」


 私がそう言うと、男の顔は変わった。険しさが少しだけだが、緩んだのだ。


「魔物か?」

「……わからない。恐らく……としか言えない。」


 黒龍の仕業だとは言えない。本当の事を話すには、少し私の内面に深く結びついている。


 男は、何も言わず私達を見つめていた。深い紺碧の瞳。強いその眼差し。


 歳はかなり上だろう。たぶん。だが。


 それだけ味わい深く意図を見せない眼であった。


 墓のある場所から、何も言わずに歩いて行ってしまったのだ。


 私達の横を素通りした。


「……なんだ?」


 ルシエルは不審に思ったのか、驚いていた。だが、私の手を掴んでいたままの愁弥は


「瑠火。洞窟の方だ」


 と、そう言ったのだ。


 私は地図を思い出した。この街には洞窟がある。街の奥だ。


 彼の行く先がそこである。それは、地図の線上の話。愁弥は思い出したのだろう。


「行ってみよう」


 私がそう言うと、愁弥は頷いた。


「ああ。気になるよな」


 何も語らずに去ってしまい、まるでーー、ついて来い。そう言っている様だった。と、感じたのは私だけではなかったようだ。


 ルシエルは先に歩き出していた。


「早く来い」


 振り返りざまにそう言ったのだ。


「ったく。気になってんなら言えよな」


 愁弥はそう言いながら……何故か。私の手を繋いだ。


 手を掴んでいるだけだったのだが、繋いだのだ。


 どきっとした。


 手を繋いだのなんてーー、いや。男の人と手を繋ぐ。そんな事はありえない。


 美夕や里の子供たちはあった。それは。だがーー。


「愁弥。何故……手を繋ぐ? 私は歩ける。」


 聞いていた。気になったのだ。何故か? 何の意味があるのだ。子供の手を引くのは安心させる為だ。それに……気を許して貰い危ない事から、護る人間であると、伝える為だ。


 つまり、信頼してほしいからだ。


 愁弥は歩きながら


「アブねーだろ。心霊スポットみてーなもんだし。」


 と、言ったのだ。


 シンレイスポット?? 


「なんだそれは?」

「まーいいから。」


 軽い答えしか返って来なかった。けれどもーー、手は繋がれたままだった。


 アブない?? 何がだ……。


 隣を歩く愁弥は至って普通……ではないな。真剣な顔をしている。


 その表情を見て……私は、思ったのだ。


 美夕や里の子らを連れて、里から出る時。近場に散歩などに、出かける時だ。


 気分転換によく連れ出していた。


 その時にこうして手を繋ぎ……片時も離れない様にさせたこと。


 私は愁弥の手に引かれながら、洞窟に向かいながら、その事を思い出していた。


 危ない……。けれど、気分転換はさせてやりたい。そう、矛盾した思いなのだが、させてやりたくて、私がいるから大丈夫だ。と、そう言い聞かせた事を……思い出したのだ。



 ✣



 彷徨う洞窟。その前に男はいた。


 やはり。ついて来い。だったのだ。待っていたのがわかる。


 徐に口を開いたのだ。


「禁区なのは知ってるか?」


 そう言ったその声はやはり低い。少し掠れていた。


 だが、不思議な男だ。何なのかはわからないが、その立ち姿は美しい。


 そう。まるで騎士ーー。


 スッとしている。


 背中に背負う剣は、大剣だった。刃がとても大きな背中を埋めてしまうほどの、剣だ。


「地図でしか知らないが、その様だな。失礼だが、貴方は? この街の墓を建てたのは貴方か?」


 私がそう聞くと、男は息を吐いた。


 洞窟の入口。ぽっかりと空いたその穴を見つめている。そんな風に見えた。


「オルファウス帝国元騎士団。“バリー”。今は……故郷の監視をしている。」


 その哀愁漂う声に私と愁弥は、顔を見合わせた。


 オルファウス帝国の騎士団……。


「……この街の出身なのか?」


 私はそう聞いた。


 バリー……。は、頭をあげた。まるで青空を見上げる様だった。


「そうだ。この街を救う事も……駆けつける事も出来なかった。騎士であるからだ。」


 バリーはそう言うと暗い洞穴の中に、足を踏み入れたのだ。水があるのか、彼の足音は水を踏む音がした。


 ルシエルは先に進んだ。


 私達を見る事もなく。


 私と愁弥も洞窟に足を踏み入れたのだ。


 暗い洞穴だった。


 愁弥は入るなりランタンを照らした。


 先を歩くバリーもまたランタンを手にしていた。


 ぴちょーん。  


 所から水の滴る音。ひんやりとした洞窟は、壁が柱になっていた。


 まるで建物の内部の様であった。岩壁に囲まれた洞窟。それらしか見た事はない。だが、ここは石柱が並ぶ。


 中も広く柱の向こう側も同じ様に道が、続いている。天井も高い。だが、青と黒の入り交じる岩に、囲まれている。


「何かの跡地なのか?」


 私はそう聞いた。まるで遺跡の様であるからだ。


「この先に行けばわかる。だが、その前に魔物の巣窟。それだけは忘れるな」


 バリーの声は洞窟の中に響いた。


 地面は所々、窪んでいる。天井から滴る水で、打ち付けられたのか。それとも軟質なのか。


 水溜まりの様に地面には、水がある。窪みに溜まっている。


 歩くとぱしゃっと音がした。


「バリー。お前はここで魔物を退治してるのか? 街にはもう誰もいない。監視する必要はないだろ?」


 不思議だった。


 ルシエルは、バリーの隣を歩いている。更にそう聞いたのだ。


 それもちょっと優しい言い方だ。


 この洞窟が開けているから、ルシエルがとても自然に見える。


「……放っておけば他の街や村が同じ目に遭うだろう? 騎士団はこの街から去っている。護る意味が無いからな。」


 バリーはそう言うと背中に手を伸ばした。立ち止まったのだ。


 それは私達にもわかる。


 私は愁弥から手を離した。


 気配ーー、辺りにそれはあったのだ。


「“アースフレーダー”。この地に棲む魔物だ。血吸いに気をつけろ」


 大剣を抜いたバリーはそう言った。


 私は辺りにいつの間にか、天井や柱。壁。それらに張り付き“光る眼”に、驚いた。


 数が多い。その黒い影たち。それに、鳥より大きそうだ。光る眼は、黄緑の蛍光色。


 薄気味悪い色だ。それに羽根を閉じ身を護るかの様にしながら、こちらを見ている。


「なんだ? コウモリか?」


 愁弥は神剣を抜きながらそう言った。


 そう。コウモリ。だが、それよりも大きい。


「いや……。蜘蛛……」


 私は羽を広げたその者たちの胴体。それが蜘蛛そのものであったのを見て、そう言った。


 頭と羽はコウモリだ。だが、胴体は蜘蛛。それもカマの様な刃のついた脚が、八本。


 見れば地面にまでたかっていた。


「まじか! でかくね? これ猫クラスだぞ。つーか! コウモリ蜘蛛!? なんだそりゃ!」


 愁弥は辺りにうようよとたかるアースフレーダーに、そう叫んでいたのだ。


 猫ーー、確かに。それぐらいはある。それに、この奇っ怪な姿。気持ちはわかる。


 気味の悪い顔をしながら、羽を一斉に広げ焦げ茶の色をした身体は、飛び掛かってきたのだ。


「来るぞ!」


 そう叫んだのはルシエルだった。


 口を開き皆、一斉に雷。蜘蛛の糸を吹く様に、放ってきたのだ。


「守護の檻!!」

「“先陣の波動スラッグ”」


 私が守護の檻。白い光のドームを放つのと、バリーの声が同時であった。


 バリーは大剣を振り下ろした。


 地からまるで槍。無数の青光りする槍が突き出たのだ。それは飛び掛かってくるアースフレーダーを、串刺しにした。


 あれも……剣術。


 私は隣にいる愁弥が剣を構え、息を吐くのを知ると、視線を向けた。


 雷の稲妻は私の守護の檻で防いだが、飛び掛かってくるアースフレーダーは、消えてはいない。


 愁弥の眼は蒼く煌いていた。


 更に蒼い眼をした美しき女神ーー、レイネリス。彼女が愁弥の後ろに姿を現していたのだ。


 神剣の力なのか?


 白き光に包まれた女神は、愁弥の後ろで右手を振りかざす。


「“女神の混沌レイカリフォス”」


 愁弥は飛び上がり蒼く光る神剣を、薙ぎ払った。


 群れで襲ってくるアースフレーダー。それらは蒼き光。光の剣だ。それらが無数に飛び交い群れを、串刺しにした。


 更にーー、爆破した。


 ボンっと破裂するアースフレーダーに、洞窟内は閃光が覆う。


 一撃必殺。それも群れを消し去った。


「……凄い……」


 私は見入ってしまった。


 愁弥は、神剣を持ち軽く着地した。


「すげーな。」


 彼自身もまた驚いていた。


 視線を向けると……レイネリスの姿はない。更に、愁弥の眼も蒼くはない。


「愁弥。レイネリスを呼び出せるのか?」


 私がそう聞くと


「いや? 勝手に声が聞こえた。“力の使い方を教えます”……だったか?」


 と、愁弥はそう言った。


 神剣ーー、そうか。女神の加護を受けるとは、この事なのか。力を解放する。とは、女神レイネリスが、自ら先導してくれる。


 力を授けてくれる。まるで、指導者のように。


 守護神の様な存在なのかもしれない。


 私は何となくだが、そう思っていた。


「お前達……何者だ?」


 ふとバリーの声がした。


 見れば、愁弥とバリー。その攻撃で怯んだのか、アースフレーダー達は、一箇所に集まっていた。


 だが、


「瑠火!」


 ルシエルがそう叫んだ。


 それはアースフレーダーが、集合体になっていたからだった。


「……何だ?」


 私がそう言うと


「巨大化するぞ。」


 ルシエルは頭を低くしたのだ。


 アースフレーダーは、その姿を雷を纏いながら巨大化したのだ。


 姿は変わらないが、より凶悪そうな魔物になっていた。洞窟の中に巨大化したコウモリと蜘蛛の姿を、交えた魔物が立ちはだかったのだ。


 巨大化するなり、前脚を上げるとアースフレーダーは、雷を放った。


 私達四人。その頭上から雷槌が降り注ぐ。


「守護の檻!!」


 全員を護る盾にするにはこのドーム型の、力を使うしかない。


聖霊力チャクラ”は消費するが、他の術では、護りきれないのだ。


 ルシエルは雷槌を防いだドームからいち早く抜け出すと、巨大化したアースフレーダーに向かって行った。


 獰猛な口を開きそのコウモリの首筋に、噛み付いた。


 だが、その瞬間ルシエルの身体は雷の電流に、撃たれていた。


 黒い身体を覆う雷はまるで痺れを、与えている様だった。


「ルシエル!」


 私は駆け出した。ルシエルは地面に着地していた。電流は消えてはいるが。


「へっ。たいしたことない。」


 ルシエルはプスプスと身体から、湯気だしながらそう言った。


 いや。黒焦げみたいになってるが。静電気で、毛が逆毛になってるし。


「何で突っ込むんだ! バカ狼! いつもの波動はどうした!」


 私はそう言いながらアースフレーダーに、向かった。


「たまには噛みつこうかと」


 ルシエルからの返しは、ふざけたものだった。

 なめている! このバカ狼!


「“水雨”!!」


 湧き上がる滝の如く水流。アースフレーダーは、その体を水流に包まれる。


 噴泉の様な水の中で、アースフレーダーは雷を放った。


 水を撃ち破り雷は、私に向かって矢の様に向かってくる。


「“守護の盾”!」


 突き刺さるのだけは御免だ。白い光の盾が、雷の矢を防ぐ。


「“阿修羅”!!」


 バリーだった。


 私の後ろから飛び上がり、大剣を手に回転斬り。それもまるで小間切れにでもするかの様な、剣太刀だった。


 素早いその剣筋は無数で、アースフレーダーを刻むかの様に繰り出された。


 アースフレーダーは、身体を切り刻まれ消滅した。


 閃光放ち破裂したのだ。


「すげー……」


 愁弥は大剣を持ち着地したバリーに、そう言った。


 バリーの刃は紅く光っていた。


「さあ。行くぞ」


 彼はそう言ったのだ。


 元騎士……恐るべし。


 私達は、更に奥に進むことにしたのだ。

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