第13話  聖国アスタリアと騎士

陽が傾き始めていた。


戦いが終わり静けさの戻った街。だが、もう一つの終わりが、私達を待っていた。


戦いの報告をする事と、様子を見る事。その為にレイネリス神殿に来たのだ。



「アシュラム殿……」


門番をしていた“イシュト”と言う青年。暗いブロンドの髪をした青年が、クロイの声に振り向いた。


石台の上で金のメイスを握り、横たわる聖王アシュラム。


彼はもう動かない。


「ついさっきです。」


イシュトと言う青年は、肩を震わせ声が震えていた。


私達に背を向けると涙を拭ったのか、腕が動いた。


「イシュト。見送ってくれたのか?」


クロイはイシュトの隣に立ったのだ。


こくん。と、首だけ頷いた。


驚いたのはその石台の傍に、ルシエル。そしてアプラスの姿もあった。


「俺様たちも見送った」


ルシエルは頭をもたげている。死を受け入れた事で、哀しみに満ちた表情をしていた。


「そうか。ルシエル。アプラス。ありがとう。」


クロイは二人に声を掛けたのだ。


「……」


私は隣で愁弥が手を合わせ、目を閉じたのを見つめた。


彼はこれをクロスタウンでもやっていた。彼の国の“見送り”の所作なのだろうか。


私も……、今回は彼の真似をする。


手を合わせ目を閉じた。


まるで眠っている様な、穏やかな顔をしていた。聖王アシュラム。58歳の最期であった。



ジャリ……と、地面の石を踏む足音が、聞こえた。


誰もが振り返る。


神殿のこの広間。その入口に入って来たのは、フレイルだった。


蒼い髪の騎士は、何も言わずクロイの隣に立ったのだ。


「フレイル」


クロイがそう言った。


知り合い……か。


フレイルは石台の上の青と白。“祭服アルバ”。それを着た聖王アシュラムを、見つめる黒い宝玉の様な瞳。


「逝ったか。」


フレイルはたった一言。それを言うと石台から、離れた。


「お前がフレイルか?」


そう聞いたのは、ルシエルだ。


「そうだ。」


フレイルは立ち止まると、ルシエルの方を向いた。


「“立派な騎士となり王を護る息子よ。信念を貫き生きてくれ”。言伝だ。伝えたぞ? 聞いたな? 伝えたからな。俺様は。」


ルシエル……そんなに念を押す事はないと、思うが。


だが……息子? 


「まじか。お前……王の息子なのか?」


愁弥も驚いていた。


フレイルはゆっくりと私達の方を向いた。相変わらずのクールな顔だ。


だが、少し険しいな。


「違うと言いたいが、“血”は消せない。だが、俺は捨てた過去だと思っている。」


その一言で、とても根深いものを抱えているのが、わかった。


フレイルの眼はとても冷たかった。戦いの時に見せた眼よりも、冷え切っていた。


「だが、フレイル。帝国騎士の前に“後継者”だ。聖王アシュラム殿の意志を継ぐのは、お前しかいない。」


クロイはフレイルに向き直ると、そう言ったのだ。


フレイルしかいないのか。


「意志を継ぐ? ふざけるな。俺はそんな“男”の意志を継ぐつもりはない。この国も捨てたつもりでいる。俺には関係ない。」


やはり……とても“闇”が深そうだ。フレイルの眼は、戸惑いすらない。


本気なのだろう。


「フレイル。」


クロイが声を掛けるが、フレイルは


「勝手に滅びればいい。」


そう一言だけ言うと、神殿を出て行ったのだ。


「なんかすげーワケありだな。」


愁弥は顔が引き攣っていた。


「仕方の無い事だ。」


そう言ったのは聖王アシュラムに、寄り添う様にいるアプラスだ。


その蒼い眼は憂いに満ちていた。


「決別している。アシュラムとフレイルは。彼の言う“捨てた”と言うのも、嘘ではない。この国を出る時に、父と子では無くなったのだ。フレイルは……全てを捨てて出て行ったのだ。」


アプラスは深いため息をついた。


だとしても……ここは、彼にとって故郷。それに父親を、捕らえに来るとは。


考えられないな。私には。


「“レドニー”。その一件が更に溝を深めたな。この神殿を壊したのもフレイル率いる、騎士団達だ。それに父親を殺そうともした。」


アプラスは更にそう言ったのだ。


「……まさか。何故?」


父親を殺そうとした?


私は聞いていた。


「魔物討伐だ。レドニーの街に魔物が襲ってきた。その時に帝国騎士団は、他の討伐に行っていた。そこでアスタリアに援軍を頼んだんだ。だが、アシュラムは断った。」


アプラスは静かに話ながら、横たわる聖王アシュラムの姿を、見下ろしていた。


哀しそうな表情をして見つめていた。私にはその顔が印象的だった。


アプラスは聖王アシュラムと……信頼関係にあったのだろう。


それがわかる表情だった。


「そのレドニーって街はどうなったんだ?」


聞いたのは愁弥だ。とても険しい表情をしている。


「壊滅した。レドニーの街は持ち堪えてはいたが、帝国騎士団が到着した時には、全滅していたそうだ。」


そんな……。全滅……。


そうか。ダグラス……。彼の言う“制裁”。それが、そのレドニーと言う街の事か。


そう言う事があったのなら、この国に攻め入るフレイルの気持ちも、わからなくはない。


アプラスの声に私は憤りを感じた。


「それが……事の発端ってことか。」

「そんな事があったとは……」


愁弥の声に、私はそう返した。


「“神を追放したから怒りの裁きが下った”。アシュラムが断った理由だと。」


ルシエルはそう言った。


紫の眼はアシュラムを見つめていた。睨んでいる訳ではない。言い方は投げやりだが、とても哀しそうに見ていた。


「魔物が増えた事が、神の怒り。アシュラム殿はそう考えていた様だな。」


クロイはそう言ったのだ。


「……俺達にもそれは言っていました。“聖神戦争”で敗北した神々は、アルティミストの“果ての地”……。“獄門の島プリズンゲート”に、追放されたと聞いています。」


イシュトは私達を見る事なく、聖王アシュラムの穏やかな顔を見つめながら、そう話始めた。


獄門の島プリズンゲート”……。それは聞いている。最も闇に近い島。冥府の王アディスに支配される”暗黒の世界“。


聖なる門ヘブンズゲートから最も遠い場所。神々はそこに追放された。一切の光の届かない世界だと聞いている。


「アシュラム様は、アルティミストに起きる全ての“厄災”は、神を追放した世界への“裁き”だと、そう教えてくれました。」


イシュトの声に隣では、ふぅ。と、愁弥が少し重い息を吐いていた。


見れば……とても“顔が引き攣っている”。ぴくぴくと。


「じゃー何か? 人間が死ぬのは神を追放したから当然だ。って言いてーのか? 悪いが、聞いててイラつく。」


愁弥はそう言ったのだ。


「愁弥。この世界では“一つの理”だ。そう言う考え方もある。そしてそれは……世界に、たくさん散らばっている。」


諭す様だった。ルシエルのその言い方は。優しくそう、言ったのだ。


黒い狼犬は時に優しい表情もする。


「考えらんねー。」

「とりあえず。今は納得しておけ。」


愁弥の声にルシエルは、少しだけ笑った。


愁弥はがしがし。と、頭を掻くと不貞腐れた様な顔をした。


だが、何も言うつもりは無い様だ。


「勿論。全ての人間がそう考えている訳ではない。」


クロイはそう言うと、顔をあげた。


「さて。ここからは“聖国アスタリア”のこの先の行く末だ。イシュト。皆に伝えよう。」


隣にいるイシュトの肩に手を乗せた。


「はい。クロイさん。」


イシュトはクロイの顔を見ると、少しだけ笑った。





「愁弥」


私は神殿から出ながら隣にいる愁弥に、声を掛けた。


まだ少し……顔が怖い。


応えてはくれないが、私に目を向けた。


「その……大丈夫か? 何か……怒っていた様だが……。この世界は愁弥の世界と違う。だから……」

「そーじゃねーよ。」


嫌になってしまったのか。と、何かとてもいたくなくなってしまったんじゃないか。と……。


聞こうとしたのだが……遮られてしまった。


知らない世界に来てしまったんだ。思い悩む事もあるだろう。私には今は……それを聞いて、少しでも心を軽くする。そんな事しか出来ない。


愁弥はとても強いし、弱音を吐かない。それはわかっている。でも……それはきっと……気を遣っているだけだ。


だから心配なんだ。


愁弥は私の隣で歩きながら、少しだけ息を吐いた。


その横顔はちょっと笑っていた。


でも直ぐに真っ直ぐと前を向いて、笑みはなくなってしまった。


「色んな想いがあんのはわかる。でも……そうだな。なんかやるせねーって言うのか? 親子がいがみ合うって言う理由が……、過去の事とか、他人の事とか。」


愁弥は深く息を吐いた。ため息みたいだった。


「ケンカすんのはいいんだよ。親子だから。けど……取り返せねー過去。それも言い方悪いが……、自分たちの事じゃねーだろ? 神を追放したとか、人間の罪だとか、俺からしたら……ちょっとありえねーって言うのか?」


愁弥は……あー。とか言いながら、頭を掻く。


とても言葉を選んで話しているのがわかる。きっともっとストレートに、言いたいのだろう。


でも……言葉を探してくれている。この世界で生きてきた私達の為に。


「言っちゃ悪いが……“そんな事”。それで絶縁ってのもよくわかんねーし、それを理由に人を助けない。って言うのも考えらんねーんだよ。瑠火に……わかり合えない。みてーな事言ったけど……」


はぁ。


愁弥は大きく息を吐いた。


「納得いかねー。やっぱ。悪かったな。良くわかってなかったんだな。俺は。」


がしがし。と、愁弥は頭を乱暴に掻いた。とても……困惑しているのがわかる。


言っていて途中で……矛盾している。そう思ったのだろう。


私は笑ってしまった。とても真剣な顔をしている愁弥を見て。


必死に考えてくれている。それがわかって少し……嬉しかったのだ。


「ありがとう。」

「は?」


愁弥はとても驚いていた。


「この世界の事をそうやって考えてくれる。それがとても嬉しいんだ。愁弥にしたら……本当は関係の無い世界だ。でも……真剣に考えてくれる。その心がとても嬉しい。」


私は伝えたかった。その優しさが、本当に嬉しかった。


「いや……。」


はー。


愁弥は頭を押さえてしまった。


「どうかしたか? 怪我をしていたのか? もしかして。」

「ちーがーう。“勘弁してくれ”。まじで。」


愁弥は頭を押さえながら、やっぱり強く息を吐いたのだ。


「愁弥。お前……“本気”か? からかってるのかと思ってたが……、変なヤツだな。何がいいんだ?」


ルシエルが後ろからため息ついていた。


「あーうるせーよ。頼むから、今は放置してくれ。」


愁弥は手を降ろしたが、横を向いてしまった。なんだか……様子がおかしい。


少し……顔が赤かった。やっぱり……怪我をしていたんじゃ……。


言わないだけで。変に強がる所があるから。


「愁弥? 怪我を……」

「いや。いいーっす。してねーから。」


まるで拒絶。だった。


覗こうとした私に、手を向けたのだ。


はー。


ルシエルは後ろでため息ついた。


「どこがいいのかね。」


そう言ったのだ。投げやりな言い方で。





街に戻ると既に、オルファウス帝国の騎士団の姿はなかった。


愁弥は少し不機嫌そうな顔をしていた。


父親の死を見送る事なく、去ってしまったからだろう。


フレイルは……徹底している。


聖地……神の棲む地。その国の王だけは、唯一、“神の器”。その地に棲む神の所縁の品だ。


神殿は神の墓でもある。神器は神々の王。“聖神アルカディア”によって与えられる。それは“分身”の様な意味合いがある。


戦いの女神レイネリスは、アルカディアに“神剣”を与えられた。


今は……愁弥の手にあるが、ここで祀られていたのだ。


神殿の最深部。神の眠る地は、“柩の間”と呼ばれている。


ここには女神レイネリスの巨像と、神剣が祀られていた痕が残る。


さっき現れた美しい女神。剣を携え“戦場”を見つめる強き女神。その像は美しいままだった。


その前に、神剣のあった石台と石碑。その隣には、代々の王の墓がある。


まるでレイネリスがその墓を護っている様だ。


聖王アシュラムの亡骸は、蒼と白。更に銀の棺に供えられた。石版の下から更に地中深く、階段を降りそこに王の眠る地がある。


棺はその大きな石碑の前に置かれるのだそうだ。そこには私達は入れない。


聖国アスタリアの王家が立ち入る場所だ。神聖な場所だからだ。


クロイとイシュト。更に東の門を護っていた“カミラ”と言う男が運んだ。


手厚く葬られた。


民はーー、涙を流していた。苦境に立たされても尚……彼らにとっては王なのだ。


私は少し切なかった。





「悪かったな。変な事に巻き込んで。」


アスタリアを出る私達に、クロイはそう言った。


「いや。クロイ。大変だな。」


ハハハ……。


クロイは苦しまぎれの笑みを、零していた。


アスタリアの国の入口。門の崩れた場所に、私達はいる。


クロイは……この国の出身だ。それにどうやら商人としても良く、この国に足を運んでいたらしい。クロイは言わないが、それはきっと故郷への……慈しみからであったのだろう。


「頑張れよ。王様。」


愁弥はとんっ。と、クロイの胸元に拳を突いた。


「茶化さんでくれるか? 愁弥。正直、参っている。」


クロイは顔が引き攣っていた。


そう。国の民は後継者にクロイを選んだのだ。その事からも彼が、この国の民と深く付き合って来たことがわかった。


私達の里の様に……寄り添ってくれていたのだろう。


「お前なら適任だろう。アプラスを頼むぞ。クロイ。」


ルシエルは檻篭にはいない。今もその姿を現している。


アスタリアに別れを告げたいのかもしれない。


「わかっているよ。ルシエル。」


クロイは少し眩しそうな顔をしながら、ルシエルを見上げていた。


「クロイ。色々ありがとう。貴方がいたから、私はこうして前を向いて歩く事ができる。感謝している。無理はするな。」


私は言いたかったお礼を伝えた。今度会う時は、商人のクロイではなく……“聖王クロイ•エスパンダー”なのだから。


「ん? 何もしてない。それに俺じゃない。」


クロイはフッと笑った。


「今のお前は“良い顔”してるよ。前は不幸のどん底。この世の終わりみたいだったが……。“幸せそうだ”。それは俺の力じゃない。」


クロイは愁弥に目を向けた。


ん? なんだ? そのにやついた顔は。


クロイの悪意あるにやけ顔。私はとても嫌な予感がした。


また! 余計な事を言うつもりじゃないだろうな?


咄嗟にそう思ったのだ。


だが、クロイは愁弥の所に行くと、がしっと肩を掴んだ。


肩に腕を回し私達から離れたのだ。


なんだ? 何で離れたんだ?


「え!? まじか! だとは思ってたんだよ!」


と、愁弥の嬉しそうな大きな声が聞こえたのだ。


ハッハッハ!


「頼んだぞ! “騎士ナイト”さん!」


クロイが愁弥の肩をばしっと、叩いていた。それも大笑いしながら。


「なんだ? 何か……とても嫌な感じがする。」

「ま。大した話じゃない。気にするな。瑠火。」


私の声にルシエルはそう言った。


ん? 顔が近いぞ? ルシエル。それににやにやしてる。お前も悪意に満ちてるな。


横を見れば大きな狼犬の顔があったのだ。


こうして、クロイに別れを告げ……私達は、聖国アスタリアを後にした。



「なんの話をしてたんだ?」

「ん〜? さーなんでしょう??」


聞いてはみたが、愁弥は笑うだけだった。


何だか……嫌な感じだ。


だが、愁弥の嬉しそうな顔に私は……どうでも良くなってしまった。


「あ〜。いるからな。俺様は。ここに。しかも隣!」


ルシエルは私の隣にいる。


「ルシエル。そろそろ戻れば?」

「やだ! 街に入るまでは戻らない!」


ふんっ!


と、横を向いてしまった。


まったく! 不貞腐れてるし。困ったヤツだ。


聖国アスタリア……。新生された国には、いつかまた訪れよう。


私はそう思っていた。




























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