第12話  聖地を護る闘い

 ーー身体が動かない。わかる。自分でも。これは……かなり、酷い傷を負った……。


 ルシエル……。


 きっとお前が見たら笑うだろう。


『瑠火は弱々だからなー』


 あのバカ狼……。


「瑠火!! オイ! しっかりしろ!」


 ふわっと身体が浮いた。


 ああ。この声……。愁弥。


 でも……。動かないんだ。身体が。こんな事は始めてだ。


 全身からきっと血が流れてしまっているのだろうな。痛いという感覚は、もうわからない。


 ただ。動かない。


「瑠火! チップだ。」


 眼は開く。


 私はその声に眼を開けた。


 飛び込んで来たのは、愁弥の哀しそうなライトブラウンの瞳と、その顔だ。


 こんなに近くに見るのは……はじめてだ。


 綺麗な顔が見下ろしていた。私の好きなさらさらのブロンドの髪。


 始めて会った時とは違う。ツンツンした髪じゃなくて……サラサラの……光。


 煌めく金の髪ーー。まるで太陽みたいな人。


「瑠火! しっかりしろ! 瑠火!」


 私は抱きかかえられていた。ようやく背中に愁弥の腕のぬくもりが、感じられた。


「そんなに酷い………」


 酷いケガなのか?


 そう言ったつもりだったが、出てきたのはごほっ。と、噎せ返るもの。


 愁弥がそれを見て……より強く、哀しそうな顔をしていた。


 動かないのに見えた。眼の端に飛んだ血。


 飛沫が愁弥の頬に掛かっていた。


 ああ。私は血を吐いたのか。


「瑠火! 頼む! 口を開けろ。チップを食ってくれ。こんなんで、喪いたくねーんだ!」


 私の口元に硬い感触が当たる。


 愁弥の必死な声が聴こえる。朦朧としてるのに……声だけは、聴こえる。


 口を開こうとしても……苦しくて、開けられない。


 力が身体から脱けおちていくようだ。


「瑠火。悪い」


 愁弥はそう言った。


 虚ろな眼に映るのは、愁弥の所作。朦朧としてるのに、私の意識は今。愁弥に注がれている。


 不思議だ。何故……。


 ガリッと音がした。その後で、愁弥の顔が近づいた。頭を強く抑えられたのが、わかった。


「…………?」


 温かな感触。唇に触れるその感触が、愁弥だとわかった。


 入り込んでくるのは、少し砕かれた欠片。口の中に、甘い味覚が広がった。


 それだけじゃなかった。温かい……柔らかな感触も、あった。


 これは愁弥の……。


 流し込まれる。喉に甘い感覚が広がる。


 この時の事はよく覚えている。


 甘く……温かい。愁弥の想いが流れ込むみたいに、私を潤した。


 ごほっ。


 私は咳き込んでいた。


 喉に通る唾液と混ざった固形物。それが、空気と一緒に、入り込んだからだ。


「大丈夫か? 瑠火……」


 離れていた。でも、顔は近く……私を、見下ろしているその瞳。


「……愁……弥……」


 私がそう言った時だった。


 え………?


 愁弥は私を抱き寄せていた。強く頭を抱えられていた。私は愁弥の腕の中にいたのだ。


「頼むから! 俺の事よりも人の事よりも、自分を護ってくれ。」


 愁弥……? 


 私の耳元で叫んだ彼の……言葉は、とても苦しく刹那く聴こえたのだ。


 ヒュ〜〜。


 口笛?


「いいねー。なに? その純愛っぷり。見せつけてくれるねー。ガキども。」


 ガディス……。


「愁弥。離せ。もう大丈夫だ。ありがとう」


 私は愁弥の胸元を押した。


「へ? はぁ?? なんだそれ!?」


 愁弥はとても不機嫌そうな声を上げていた。


 顔を見上げればとてもムッとしていた。


「いや。大丈夫だ。チップが効いてきた。」

「そーじゃねーだろ!」


 ん?? なんだ?? なんで……そんなに、キレてるんだ?


「大丈夫か? 瑠火。」


 声をかけてきたのは、クロイだった。グレーの眼が、とても心配している様に見えた。


「大丈夫だ。」


 チップは、治療薬。この身体の傷を癒やしてくれる。


 でも、それだけじゃなかった。


 愁弥のお陰で、私は……傷だけではなく、心の奥深くまで……癒やされた気がしていた。


 そしてそれはーー、力になる。


 私もーー、心は決まっていた。


「完全復活か。中々、いいパートナーを持ってるな。忌まわしき民。」


 フレイルの剣は長さは片手剣だ。だが、その刃は少し太い。剣先も鋭く力を秘めている剣なのは、わかる。


「忌まわしくても構わない。その力で、護る事が出来るなら。」


 そう。私はーー、同じだ。愁弥。ルシエル。貴方たちを、失いたくない。


 その為ならこの力は、私にとって“聖なるもの”だ。正しき強い力だ。


 フレイルは崩れかけた神殿に、視線を向けた。


 だが、直ぐに私達を見たのだ。


「猶予は無さそうだ。抵抗するなら容赦はしない。聖地共々、朽ち果てろ」


 剣は向けられる。


「瑠火。護りに徹しろ。あの技は危険だな。」


 クロイはそう言うと、パンっ! と、両手を併せた。胸元で結ぶ手は、“印相”。


 智拳印。それは左の人差し指を右で握るもの。


 神が結ぶ印相だ。


「“魔獣解放レヴェルティ”」


 クロイがそう言った時だった。


 クロイの身体は湯気の様な、コバルト色の光を沸かせた。背に現れたのは、


 まるで異空間への入口の様な円陣。それは渦を巻き扉を開く。


 そこから飛び出してきたのは、一頭の紅い紋呪を身体に施した“獅子”に、似た者だった。


 クロイの“魔獣”。


 漆黒の身体をした大きな獅子だ。尻尾が長く尾先には、黒い炎を宿している。


 ルシエルや他の幻獣達よりは小柄だが、それでも馬の二倍はあるだろう。



「なんだ? アレも幻獣か?」


 驚いているのは愁弥だった。


「違う。魔獣だ。身体に紅い紋呪。それにあの身体の色……。魔獣は漆黒の身体をしている。」

「魔獣!? ああ。あのマリファス神殿にいたヤツらと、同じか?」


 私の声にまだ記憶の新しい、ハクライの森の先。

 マリファス神殿の事を、思い出したのだろう。


 だが、彼を見てとても驚いていた。


 クロイは魔獣使い。闇魔法で幻獣から魔獣にされた者たちを、鎮め従える術師だ。


 普段は“亜空間”に彼等を放ち、そこで棲息させている。クロイはそこからこの“印相”を結び、入口を創り呼び出すのだ。


「この世界には古くから、闇魔道士の手によって、幻獣から魔獣に変えられた者達がいる。それらの多くは戦争などに使われたが、終結後。世界に放たれた。俺はそんな魔獣を捕らえ、操る術師だ。」


 クロイはそう言うと、私に視線を向けた。


「お前達のように、“鎮魂の術”は使えない。こうして亜空間に封じ込め操り、共に戦うしか出来ない。この者達を“本当の意味で鎮めてやる”事は、出来ないんだ。」


 え……? 何の話だ? 鎮魂の術?


 私が、クロイの声に聞き返そうとした時だ。


「おいお〜い。まだ掛かる? コッチはいちお、騎士だからな。待ってやってるんだけど?」


 肩に剣を乗せとんとんと、揺らすその男。ヴェールムース……深い翠色の髪をした、シュヴァル。


 待ちきれないと言わんばかりの、不満気な声を出したのだ。


「ふざけたヤツらだな。」


 愁弥はシュヴァルを睨みつけていた。


「楽しんでるんだろう。酷く……好戦的なんだな。」


 本当に……レオンやザック。ダグラスとは違う。国のカラーが、くっきりされるんだな。騎士団とは。


「“ウガルルム”と愁弥で攻撃する。瑠火。お前はスキを見て、“術”を放て。奴等に剣術を使わせるな。」


 クロイがそう言うと、その横で黒い獅子。ウガルルムは、唸った。


 蒼い眼が印象的な魔獣だ。


「わかった。愁弥……」

「ムリすんな。だろ? それは瑠火に言っとくよ。」


 呆れた様な顔をされてしまった。


「魔獣使いか。召喚士に魔獣使い……。聖国アスタリアは、爆弾抱えてんな。」


 ガディスの声だった。


「そこにーー……“あの姉ちゃん”だろ? それに“神剣”持ちのガキ。全く! 物騒な国だな。」


 シュヴァルのその声に、フレイルはブラックトルマリンの瞳を、私に向けたのだ。


「だからこそ……“制圧”する。この世界に……“不必要な存在”だ。」


 フレイルの声は、強く響いた。


 不必要な存在……。


 ぎゅっ。


 私は剣を握り締めた。


「団長。それはちょっと……“俺ら寄り意見”っすね。」


 ポリポリと、シュヴァルは翠の頭を掻く。



 街の中では、召喚士と召喚獣。騎士団たちが戦いを、繰り広げている。


 私達の戦いも始まる。

 第2ラウンドだ。


 クロイは剣を持ちウガルルムと、愁弥と共にフレイル達に突っこんだ。


 私はーー、彼等のサポートだ。


 スキを見て“聖霊術”を使う。


「“黒焔リアマ”!!」


 クロイが叫ぶとウガルルムは、口から黒炎球を放った。


「ん?」


 ガディスが目を細める。


「幻獣崩れが。ガディス! シュヴァル!」


 フレイルの声で、剣を三人とも上に掲げた。


「させるかよ!」


 愁弥はガディスに向って、剣を振り下ろした。


「ガキが!!」


 剣を振り下ろされたガディスは、反射神経だろう。剣を掲げ刃を受け止めたのだ。


 その横でクロイはフレイルに斬りつけていた。


 剣と剣がぶつかる。


「おいおい。」


 シュヴァルの声だった。その直後に、ウガルルムの放った黒炎球は、彼らに直撃したのだ。


 爆発と爆風で彼等は、吹き飛ばされていた。


 愁弥とクロイ。ウガルルムは、彼等から離れた。


 吹き飛ばされたが、彼等は立ち上がり歩いてきていた。


「感謝してくださいよ。団長。咄嗟に“魔法無効リジェクト”使ったんすからね。」


 煤はついているが、その顔は笑っていた。シュヴァルは、鎧をぽんぽんと叩いたのだ、


「そんな事で威張るな」


 フレイルの眼は、鋭さを増していた。


「あー。やっぱ……元幻獣なんだな。」


 ガディスは剣を肩に担いでいた。


「問題無さそうだな。」


 クロイがぼそっと呟く。


「少し……驚いたがな。」


 フレイルはクロイを睨みつけていた。


「さーてと、こっちの番だな。」


 ガディスは剣を下ろすと、構えた。


「“火炬かきょう”!!」


 剣術は使わせない。


 私は騎士に向けて紅炎の火柱を、放った。


「お? なんだ? 火魔法か?」


 炎に包まれるシュヴァルの声が、聴こえる。どうやら彼等は、あの鎧で護られているのだろう。


 本来なら焼き尽くされるはずだ。


「古の民の術か。魔法とは違うらしい。」


 フレイルは剣を掲げた。その両脇では、ガディスと、シュヴァルも剣を掲げたのだ。


「“希望の光ホルスアーク”!!」


 円陣が彼等を包む。白い光の円壁は、私の炎を弾き飛ばした。


 それだけではなかった。


 弾き飛ばしたその力は、私達にも襲ったのだ。


 吹き荒れる風に、弾かれていた。


「愁弥! クロイ!」


 私は足で地面を滑りながら、吹き飛ばされるのを堪えた。


 すたっ。と、愁弥とクロイの襟首。それを口に咥え、着地したのは、ウガルルムだった。


 男二人を軽々と……。


「崩すしかなさそうだな。」


 クロイは降ろされるとそう言った。


「やるしかねーだろ!」


 愁弥はそう言うなり駆け出したのだ。


「愁弥!」


 だから! なんで突っ込むんだ!


 私は慌てて彼を追いかけるカタチになる。


 愁弥は迷うことなく、ガディスに向かって行った。私はその隣にいるフレイル。


 この男を倒さなければ……終わらない!


 双剣片手に、飛びかかる。


 剣で防ぐフレイルに、


「“火煉かれん”!!」


 赤き炎を出す。


「あれ? なんだよ。団長とやんの? ま。じゃー俺は、コッチか。」


 シュヴァルの浮いた声に、イラつきもしつつ、私は、剣を振り下ろす。


 ボンッ!


 フレイルは剣を防いだが、その直後に爆破した紅炎に、驚いていた。


「厄介な技だな。」


 顔を顰めながらそう言った。だが、薙ぎ払う。


 剣を払われ、私は離れた。


 たんっ。着地と同時に飛び上がる。


 こんなふざけた連中に、負けたくはない。


 ザシュ! 


 フレイルの頬に剣先が走った。その直後に、顔の傍で爆破は起きる。


 だが、フレイルはそれを剣の刃で防いでいた。彼の剣が白き光を放っていた。


 覗く黒き瞳。


「調子にのるなよ。死に損ない。」


 フレイルがそう言った時だ。彼の剣は白き光に覆われた。


 これはまた……剣術か?


 私は離れる。騎士の力は、得体が知れない。


「“光と影の断絶レンブラント”!」


 繰り出されるのは白き光の鉄条網の様な、斬撃が飛んでくる。


 まるで私を細かく切り刻む様な斬撃だ。


「“守護の盾”!!」


 フレイルの斬撃を避ける為に、放つ白き盾。網の様な斬撃を、防ぐ。


 くそ! 中々手強い!


 斬撃は少し防げなかった。私の肩を切り裂く。


「その力は“戦乱”には大層……優遇されたそうだな。だが、負の遺産。今の時代には必要ない。」


 振り下ろされた剣から、飛んでくる斬撃。大きな刃の風。


「“旋風”!!」


 斬撃に向けて放つ風の竜巻。

 封殺する為に放つ竜巻は、斬撃を穿き切り裂く。


 フレイルはそれを見ると


「厄介すぎて反吐が出る。」


私に向かって来たのだ。


フレイルの剣は振り下ろされるだけで、斬撃が飛ぶ。あの剣を真っ向から受け止めるのは、得策じゃない。


私はフレイルの前で、左に飛んで避けた。直ぐに着地すると、斬りつける。


ボンッ! 脇腹、背、腹元。


私は彼の動きを封じる為に、俊敏に動き回る。斬りつけ紅炎で爆破させる。


「うろちょろと面倒な女だな!」


ザシュ!!


薙ぎ払う剣から斬撃が飛ぶ。


私はそれを飛翔を使い、ジャンプで避ける。


鎧を着ている胴体は、余り効果がない。やはり、魔法、術耐性がある。


ならば。狙うのは頭。


頭を狙い斬りつけようとした私を、フレイルは見上げた。


眼がぶつかる。


「狙ってくる事ぐらいお見通しだ。」


斬り上げだった。


フレイルは私が頭を斬りつけようとする前に、剣を斬り上げた。


「飛翔!」


斬撃が飛んでくる前に、避ける。

それでも掠った。腹を切りつけられていた。


着地するとポタッ……と、血が滴る。


少し深めに入ったか。

腹から血が流れていた。然程、大きな傷ではいが、抉られたのがわかる。


その事で血が出たのだ。


「素早い動きとその短剣みたいな双剣。それに……“秘術”か? 希少と言われた理由がわかるな。」


フレイルは剣を振り下ろした。


「秘術じゃない。聖霊術だ。」

「どっちでもいい。」


私の言葉にイラついた様な声が、返ってきた。短気だな。レオンやダグラスとは、気質が異なるんだな。


「だが……今は、“騎士”がいる。お前達の様な特異な連中は、不必要だ。返って迷惑な存在だ。」


フレイルは強く言い切ったのだ。


「だとしても……生きる意味はある。存在理由も。私は私だ。世界にとって価値はなくても、生きている。」


フレイルがフッ……と、馬鹿にした様に笑った。涼し気な顔だと思っていたが、中々、感情が豊かだな。


「勝手に存在する分には構わない。だが、目の前に現れれば、やはり“異端”だ。」


この男の話を聞いてると……非常にイラつく。騎士しか認めていないのだろう。


戦う者の存在を。


「理解して貰うつもりはない。それに仲良くする気もない。」


始めからそんなつもりはない。世界にとって、私達は……私は、“厄災者”でしかないのだ。


「来い。ここで終わりにしてやる。お前の存在理由。」


フレイルの鋭い眼差しが飛んできた。


私が立ち向かって行けば、フレイルが斬撃を繰り出す。


攻防は暫く……続いた。



空に狼煙が上がった。


チッ。


閃光走り火花が空を覆う。

フレイルはそれを見ると舌打ちした。


私の前で、剣をおろした。


「シュヴァル! ガディス! 遊びは終わりだ。」


途端にそう叫んだのだ。


私は何度か斬りつけられていた。だが、このフレイルと言う男には、傷の一つもつけられなかった。


格が違う事を……突きつけられた。


「おわ! ちょっと待って貰えます!?」


 クロイと戦うシュヴァルは、剣を払い後ろに飛んだ。


「へいへい。残念だったな。ガキ」


 ガディスは愁弥の頬っつらを、殴り飛ばしていた。


 愁弥は殴りつけられて、ふっ飛ばされたが、足で踏ん張り倒れなかった。


 だが、その顔はとてもキレていた。


 ぺっ。


 と、口から血を吐く。


「なんでもアリかよ。ふざけやがって。」


 親指で口の端の血を拭った。


「騎士ってのは“縦社会”でな。また遊んでやるよ。」


 ガディスはフッと笑う。


 何だかとても長い付き合いになりそうだな。この騎士たちとは。


 それは予感だった。良し悪しは別として。


「落ちたんすかね?」

「負の遺産如きに。」


シュヴァルの声に、フレイルはとても苛立ちを見せていた。


「どうします?」


そう聞いたのは、ガディスだ。


「目的は果たす。聖王アシュラム殿を、連れて帰る。」


フレイルは剣を握りそう言った。


クロイと愁弥も怪我をしていた。だが、シュヴァルは、別としてガディスもまた、無傷に近い。


愁弥はとても悔しそうであった。


三人の騎士たちは剣を握り、構えた。胸元で掲げるように。


白き光に包まれる。


その時だった。


愁弥の持つ神剣が蒼白く光ったのだ。


「ん? なんだ?」


愁弥は剣を持ち刃が蒼白く光るのを、見つめていた。


その光はどうやらどこからか、浴びていた。線筋が刃に当たり、それが光を与えていた。


「愁弥……」


私はその光の筋を追った。


神殿から蒼白い一筋の光。それが放たれていたのだ。


「レイネリス神殿……」


愁弥がそう言った時だ。まるでその光を辿るかの様に、何かが神殿から降りてきたのだ。


白き光に包まれた美しい女神だった。


それは愁弥の前に浮かぶ。


姿は女神だが、光に包まれていて実体はない。更に大きい。


長い髪を揺らし、サークレットをつけた女神は、


「私の“加護“を授かりし者よ。汝に力を与えます。」


そう微笑んだのだ。


膝丈までの布地が揺れる。戦いの女神。剣は持っていないが、メイルをつけている。


「神剣を解放します。この地を護りなさい」


女神レイネリスは、そう言うと手を差し出した。神剣は光輝く。


蒼白く強く。


「愁弥?」


愁弥のその眼は、ブルーアイ。まるでレイネリスと同じ光を帯びた。


女神レイネリスを背に愁弥は、剣を持ち構えると薙ぎ払った。


「“戦火の鼓動レイネリス”!!」


白き光に包まれていたフレイル達に、向かって薙ぎ払われた神剣。


彼等の立つ地を裂き、閃光が包む。


「うわ!」


三人の騎士たちは閃光と同時に、吹き飛ばされていた。


地が崩れていた。


「何と言う……破壊力……」


閃光やんだ地はまるで、クレーター。崩落した地面には、騎士たちが倒れていたのだ。


愁弥の神剣は、光が消えた。


そして女神レイネリスの姿も無かった。


「う……」


起き上がったのはフレイルだった。


鎧が……砕けている。全部ではないが、ボロボロになっていた。


今の神剣の力で破損したのだ。


ゴホッ……


地に吐くのは血。フレイルは、額から血を流していた。


「面倒な連中だ。」


フレイルはそう言うと、剣を突き刺した。倒れはしないが、その身体は酷く傷ついていた。


肩からも血が流れて腕に滴る。


「……マジか……」


その声に私は愁弥に目を向けた。


愁弥の眼はいつものライトブラウンだった。


彼は酷く驚いていた。


「うっ……くそ……何なんだ。今のは……」


シュヴァルの声だ。起き上がる事はしないが、苦しそうな息を吐いていた。


「身体が浮いた。そう思ったら切り刻まれてたな。ボコボコに。」


そう言ったのはガディスだった。


フレイルの様子からしても、怪我は酷いのだろうが、どうにも頑丈な連中だ。


「退くぞ。海上騎士団もやられたみたいだしな。忌々しい幻獣どもに。」


フレイルは苦しそうではあったが、起き上がると、剣を腰に挿した。


私と愁弥を見つめるその眼は、闘志を燃やしていた。


「ここは一旦……預ける。だが、次に会った時は、再戦だ。」


フレイルはそう言うと、くるり。と、背を向けた。


ブラックトルマリンの眼をした騎士。フレイル。私はきっと忘れないだろう。



聖国アスタリアは、難を逃れた。














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