第10話 聖国アスタリア
ーー港町エルデンを出て大陸を歩く。この先に聖国アスタリアはある。
クロイは同行はしているが、話はしてくれなかった。
『行けばわかる』
その一言だけだった。
私達は“封鎖された国”に辿り着いたのだ。
エルデンから少し離れた山の下。高台の丘の上に神殿と、そして街並みは広がる。
白き建物ばかり。だが、崩れていた。
街並みは近づけばよくわかる。屋根なども崩れ、ガレキに埋もれている。
荒廃した街。立ち入ろうとはしても、そこには門番がいた。
入口からして既に崩壊している。ここには門が建っていたのだろう。円柱が無惨にも、倒壊していた。
立派な門だったに違いない。
彼等は倒壊した門の傍に立っているが、“結界”が張り巡らされていた。光の線で編み込まれたシールドだ。
侵入を塞ぐ壁が私達の前にあったのだ。
「何用か?」
槍を手にしている。十字架の様な穂先だ。独特な形状をしている。だが、尖端は鋭く細い。
彼等は結界の中にいる。そこから話掛けてきたのは、淡いラベンダーの色。その髪をした青年だった。
私達を見据えるマロンの瞳。
蒼と白の法衣。
“
ここまではっきりとしたアルバは、始めて見る。装飾を施し鮮やかな蒼い布地に、白いラインを入れたものであった。
だが、服の鮮やかさとは異なり彼等は酷く、疲れ果てて見えた。
「“聖王アシュラム殿”に、呼ばれてな。」
そう言ったのはクロイだ。
すると一人の男が、目を見開いた。
暗めのブロンドの髪をした青年だ。
「クロイ殿か?」
と、そう言ったのだ。
だが、直ぐに青年はクロイの隣にいる愁弥。彼に視線を向けた。
「……“神剣”。」
そう呟いたのだ。愁弥の腰元の神剣を見つめると、ぎゅっと槍を握りしめたのだ。
「お通り下さい」
ブロンドの髪をした青年はそう言った。それを聞いて驚いた顔をしたのは、隣の青年だ。
「何を言ってるんだ? 誰も通すなとのお達示だ。」
淡いラベンダーの髪をした青年は、槍を立て強い眼差しを、青年に向けていた。
「いいんだ。“運命”は動きだしたのだ。神剣が戻って来た。」
意味深な言葉ではあったが、青年たちは何も言う事は無かった。
彼等の槍がクロスすると結界は消えた。紅い戒めに見える結界が、消えると私達はそこを通る。
「結界で封鎖してたのか。」
そう言ったのはルシエルだ。
私達が通り過ぎると青年達は、槍を掲げ結界を施した。
あの槍が結界の“術”を施すロッドの様なものなのだろう。
「そうだ。この国の出入り口は結界で封じられている。港もだ。アプラスには会ったか?」
クロイは崩壊した街中を歩きながら、そう言った。
「ああ。港があったのは気が付かなかった。」
そう。この大陸に近寄る前にアプラスに、私達は襲われたのだ。
港を見る事は叶わなかった。
「東門。アスタリアの管轄だ。結界で封鎖されているが。」
クロイはそう言った。
「あー。だから船が出ねーのか。なるほどな。」
愁弥は街の中を見ながらそう言った。
「アプラスがいて寄せ付けない。それもあるがな。」
クロイは街の中を見ようとはしない。だが、ある一点。そこに向かって歩いている。
まるで“良く知る街”の様だ。
街の中は倒壊した建物ばかりだ。白い石で造られた家屋。それらが破壊され家であったであろう。それぐらいしかわからない。
だが、そんな崩壊した街を建て直す者の姿は無く、蒼と白の
疲れ果てた顔はしているが、何故だろうか。すっきりしている様にも見える。
だがそれでも……食べる物も無いのではないか? こんな荒れた土地では……。
とても備蓄されているとは思えない。
幼い子などもいる。集落の側で焚火をし、その周りに集っていた。
煤と土。顔はみな真っ黒だ。やはり飢餓。子供達の顔は、痩せ細って見える。小さな身体だ。
手を繋がれているが……その母親もまた、細い。アルバが大きく見せているだけだ。指がか細い。
子供から女性、男性。皆がアルバを着ている。色も同じだ。これが民の衣装なのだろう。
「神剣の事を聴きたくて、ここまで来たのか?」
集落はとても広い。立派な街だったのだろう。大きな建物の名残は無いが、それでも沢山の倒壊した建物がある。
高台に向かいながら、クロイはそう言ったのだ。
「ああ。そうだ。さっきも話をしただろう? クロスタウンの神殿の話だ。“神器”が盗まれた。だからここまで……」
「瑠火。」
私の言葉を遮ったのはクロイだった。立ち止まる事はしないが、前を歩くクロイは強く私を、呼んだ。
「関わるな。いいな。」
その一言……。だけだった。彼は神殿に着くまで、一切。言葉を発しなかった。
モスグリーンのマントを羽織るクロイの、広い背中もまた“話しかけるな”と、言っている様だった。
何度か愁弥が私の肩を叩いた。
「大丈夫だ。考えても仕方ねーだろ。今は」
そう声を掛けてくれたのだ。
レイネリス神殿ーー。
それは屋根の欠落した崩落寸前の神殿だった。マリファス神殿の様に健在していれば、とても美しく素晴らしい建造物であっただろう。
周りを森に囲まれ高台に聳える神殿は、輝かしいものであったに違いない。
だが、今はとてもじゃないが神の棲む地とは、思えない。
損壊が激しい。
「オルファウス帝国が攻めてきた。そう聞いた。」
私がそう言うと円柱の並ぶ入口。そこを歩きながらクロイは言葉を発した。
「そうだ。昔のことだ。この大陸を巡って、アスタリアとオルファウスは戦争になった。だが、アスタリアはオルファウス帝国と、同盟を結び大陸国となった。」
屋根の無い神殿は光が射し込む。地面は歩くだけで、石とガレキで音をたてる。
クロイは大きめのガレキを避けながら、歩いていた。
中に入るとわかる。壁も破壊されていた。欠落している。崩れ落ちないのは、この円柱が支えているからか。
「大陸国になったが……小さないざこざはあった。オルファウス帝国にすれば、“同盟国”と言うのは建前。本音は“支配国”にするつもりだった。戦争になり……掌を返すのは目に見えている。」
クロイの声は酷く疲れて聞こえた。
「神を信じてるからか?」
そう聞いたのは愁弥だ。
「そうだ。元よりその節が強い。聖国と神国の違いはわかるか?」
クロイはようやくこちらに視線を向けた。
「いや。わからない。」
私はそう答えた。ちらっと横を向くが、ルシエルは全く興味がないのか、さっきから黙って歩いている。
落ち着かない様子にも見える。
「聖国は“聖なる地”を護る国。神国は“神の意志を継ぐ国”。戦争になり手を貸してくれる国は、どちらだと思う?」
クロイからのいきなりの質問だった。だが、愁弥が真っ先に答えたのだ。
「神国か?」
そう言ったのだ。
するとクロイはフッと笑った。
「そうだ。神国は“闘いの神”を象徴してる国が大半だ。つまり“戦士の国”だ。だが、聖国は“聖地”。神を護る為に存在する。ここが……他国からすると厄介な部分なんだ。」
なるほど。神を信仰する国や民の違いか。
「アレか。一つの街なら何とか抑えられるが、国となるとそりゃ面倒だな。そりゃ融通効かねーな。」
と、愁弥はそう言ったのだ。
「歴史は苦手じゃなかったのか?」
「リアルタイムで経験してるからな。お陰様で。」
リアルタイム?? またよくわからない言葉が出たな。
眠くは無さそうだ。
「そう。聖国は……いや、特にアスタリアは、この地を護ること。つまり自国だな。それと……“運命”を受け入れる節がある。それが、今回の制裁の発端だ。」
クロイはそう言うと前を向いた。歩きだした。
運命……。
通路を潜り抜けると、広い敷地が広がっていた。神殿の広間だ。
この奥地に“神器”のあった神の棲む地が、あるのだろう。
広間は崩壊していた。その石台の上に人がいる。蒼と白のアルバ。それは変わらない。だが、酷く弱っているのがわかる。
苦しそうな呼吸が聞こえていた。
「アシュラム殿」
横たわる男性の傍に、クロイは近寄った。
私と愁弥は顔を見合わせたが、傍に近寄る事にした。
男性は白銀の髪を肩程度まで、伸ばしていたが、その髪はボロボロだ。何よりも頬がこけ生と死を彷徨っている。
そんな顔をしている。
手に持つ金色のメイス。煌めくメイスを手に細い身体を起こしたのだ。
手を貸したのはクロイ。
台の上でゆっくりと起き上がる。
「おお……“神剣”……。」
うっすらと開くその眼。銀色の瞳が揺れる。細い手を伸ばし指を開いた。
愁弥は彼の前に立つと、神剣を腰から抜いた。その剣を両手で持ち差し出した。
その所作はまるで……“戦士”の様であった。身を屈め、聖王アシュラムに差し出したのだ。
聖王アシュラムはゆっくりと、身体を動かした。手を伸ばした。
首元で光る蒼い宝玉で紡がれたネックレス。少し大きめの珠石が、男性の首元で揺れる。
煌めくその石はまるで、愁弥の持つ神剣の刃。その輝きと同じだった。
「この目でまた見る事が叶うとは……」
だが、聖王アシュラムは手を降ろしたのだ。剣に触れようとはしなかった。
弱々しい老人。死を前にしたその人は、愁弥を見上げた。
「“闘神ゼクノス”……。おお。レイネリスの神剣を授かったのは……“神国ミューズの戦士”……。これは……レイネリス様の加護じゃ。」
それでもその顔は嬉しそうであった。苦しそうな呼吸をしつつも、目の前の金色の獅子。そのネックレスを見つめ、笑ったのだ。
「悪いが……俺は、違う。この剣も貰ったモンだ。」
愁弥はそう言うと神剣を、腰に戻した。聖王アシュラムは、クロイに視線を向けた。
「私が渡したのです。アシュラム殿。ここに彼が来たのも“偶然”です。」
クロイは少し……哀しそうな顔だった。だが、聖王アシュラムは愁弥に視線を向けた。
長いメイスを台の上から床に突き立て、まるで杖の様にしながら、身体を支えていた。
「偶然とは“必然”でもある。運命が呼んだのだ。お主がワシの“逃がした神剣”を手にし、再びこの地に戻した。それも……“運命の時が迫りし頃に”」
さっきまでの苦しそうな声ではなかった。聖王アシュラムの声は、強く響いた。
「運命の時?」
愁弥がそう聞いた時だ。
「アシュラム様!」
神殿の広間に急く様な声が、響いた。振り向けばそこには、アルパを着た青年がいた。
「門番の“イシュト”。及び……“東門のカミラ”からの伝達です。オルファウス帝国が、どうやら攻めて来ると。」
青年は広間の入口から声を張り上げた。手には槍を持っている。門番の青年たちが、持っていたものだ。
「来おったか。痺れを切らして……」
聖王アシュラムはそう言うと、深く息を吐いたのだ。
「どうゆう事だ? 聞いた話だと“和解”をしたんじゃなかったのか?」
オルファウス帝国が攻めてくる。これは……戦争と言う事だ。
だが、アクセルは言っていた。
『アスタリアとオルファウス帝国は和解して、協定を結んだ。』と。
その為にアプラス退治に、どの国も手を出さなかった。違うのか?
私は苦しそうに咳き込む聖王アシュラムに、そう言った。
「……このままだと“聖国アスタリア”は、破滅する。帝国はそれを嫌がっていてな。大陸同盟国の破滅は、己の首を絞める様なものだ。何しろワシらアスタリアには、“召喚”の力がある。」
聖王アシュラムは台の上で、腰掛けたままクロイにその背を支えられていた。
「オルファウス帝国が欲したのは、戦争で活躍してきた“召喚獣”の力だ。アスタリア……聖国には、“召喚士”がいる。聖なる地を護る幻獣たち。その力が欲しくて、同盟を結んだ。」
クロイは私とルシエルを見ると、そう言った。
「瑠火。お前ならわかるだろう? 幻獣の力が、どれ程……強大か。」
クロイの言葉に私は、何も言えなかった。確かに……これまでも、ルシエルに助けられている。
この力は確かに……強大で、脅威だ。人間達との闘いにおいて、有利になるであろう。
だが……
「アプラスを使ったのは何故だ? 力を見せつける為か?」
私はぶつけた。
「それもある。だが、そうしないと……この国に物資が届く。帝国の船を追い返す為に始めた事だ。だが、それがいい意味で広まり……結果。この地は孤立した。ワシらの想いそのままに。」
聖王アシュラムは銀色の眼で、私を見据えた。
「想い? 破滅を受け入れることか!? 民は! 街の子供たちはどうなるんだ!? 皆……お腹をすかせているんじゃないのか?」
何と言う事だ。こんな事は許されていい訳がない。あの子供たちは……何の罪もない。
「運命。神を裏切った罪と罰。それが……今この時だ。」
聖王アシュラムの言葉は強いものだった。揺るがない。
「この国は……“聖神戦争”で、人間側についたのだ。神の聖地を護る国であるのに。魔物が増え……この世界に、異変が起きている。だが、それは“制裁”だ。ワシらはそれを受け入れる。それが……裏切った罪の償いだ。」
そんな……。極端だ。戦争で色んな想いをした人達はいる。傷ついた者も、喪った者もいるだろう。
だが……
「それでも! あの子供たちと街の民には関係ない! あの人達が何をしたんだ!? 解放するべきだ!」
私は言わずにはいられなかった。
「お主は“
「わからない! 大切なのは今を生きてる人達だ! 貴方はそれを護る義務がある! 皆、貴方に従い寄り添い生きて来た。貴方がこの国の王だからだ!」
聖王アシュラムと私の言葉のぶつけ合い。それを止めたのは、愁弥だった。
私は愁弥に肩を掴まれた。
「もういい。瑠火。言い合ってもわかりあえない。」
愁弥のその言葉に私は、顔をあげた。愁弥はとても哀しそうな眼をしていた。
「瑠火の気持ちはすげーわかる。けど、通用しねーんだ。」
通用しない……。
私はそう言われて酷く……落ち込んでいた。
「月雲の娘。神剣を授かりし者よ。この地は滅ぶ。だがそれも運命。お主らが訪れた事。それも運命。レイネリスの神剣が、この地の最期を見届け、帝国の手に渡る事なく……戦士の手で再び息を吹き返す。聖地は滅んでもレイネリス様は滅びない。それで良いのじゃ。」
聖王アシュラムのその言葉は、とても強く響いた。隣にいる愁弥もまた……彼を、見据えていた。
「……アシュラム様……。どうなさりますか?」
青年はずっと会話を聞いていたが、心配そうにそう言った。
聖王アシュラムはメイスを掴み、微笑んだ。
「運命を受け入れよ。聖国アスタリアは滅びの時じゃ。」
そう言ったのだった。
✣
「すまんかったな。巻き込んだ。関わって欲しくは無かったんだが……。まさかこんなに早く……お前達が、この地に来るとは思ってなかった。」
神殿から出ながら、クロイはそう言った。
「クロイ……。戦いを止める手立てはないのか? 街の者たちが戦えるとは、思えない。」
私は痩せ細った街の人達を思い出した。さっきの聖王アシュラムも、殆どが飢餓だ。そこに、生きた年月も加わり……命尽きようとしている。
「無理だ。もうわかっただろ? 意志は変わらない。それがこの国の理。因みに俺は、ここ出身だ。」
クロイは明るい。
吹っ切れたのかそう言った。街の中に歩いて行く。
「クロイ。まさか……」
「勘違いするな。俺はここを出た身分だ。死ぬ気はない。」
クロイは立ち止まる。
私達も足を止めていた。
「だが、“神剣”がこの地から失くなれば……もしかしたら、争いも止まるかもしれない。そうは思ったのも事実だ。アシュラム殿は、この地が滅ぶ事よりも、神剣の行く末を心配していたからな。」
クロイはそう言うと振り返った。愁弥を見つめたのだ。
「帝国に渡るのを恐れていたんだ。だから……“
クロイはそう言うと、私に視線を向けた。
「里を失い、愁弥とルシエル。共に旅に出ようとしているお前に会って……、運命だと思った。“闘いの女神レイネリス”。彼女が選んだのは、お前達だった。」
愁弥はそれを聞くと、腰元の剣を掴んだ。その銀色の柄。それを握った。
「運命か……。それはあんまり好きになれねー言葉だけど、選ばれたってのは受け止めるよ。重く。」
愁弥はそう言った。強い眼差しをクロイに、向けていた。
「重く受け止めるのはいいけどな。奴ら来てるぞ。」
ルシエルは空を見上げた。更に街の奥を見つめたのだ。
入口の方だ。
「クロイ殿! 生き残りの召喚士たちを集めておきます。先の闘いでそこまで、数多くありませんが……」
私達と共に歩いて来た青年は、そう言うと街の中に駆けて行った。
「滅びの時か。生まれ故郷の最期ぐらい、見届けてやろう。お前達はさっさと出るんだ。ここにいると、巻き添えくうぞ。」
クロイはそう言うと腰に挿している、剣を抜いたのだ。
「そうはいかない。私も見届ける。」
国の滅ぶ時……。それは多くの大切な物たちを、喪う時だ。
私にはそれを見届ける義務がある。そんな気がした。
「お前達もか? 愁弥。ルシエル」
クロイは剣を抜いた愁弥に視線を向けた。その横にいるルシエルにも。
「ああ。」
「置いて行けないからな。」
ルシエルは私を見ると不貞腐れた様に、そう言った。
「肉くれる奴がいなくなると、困る」
なんて可愛くないんだ!
一瞬、ちょっと嬉しかったんだけど!
オルファウス帝国の騎士団達が、聖国アスタリアに攻め入って来たのは、その直後だった。
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