第7話  シラークタイト王国

 ーー「国境ってのは大変なんだな。」

「そうだな。大陸越えを考えていなかった。知らないと言うのは……不利だな。」


 私達は一度、エレスを出てシラークタイト王国を目指す。


 船の手配が済んでから、ダグラスの所に顔を出そうと思っていたのだが、少し……狂ったな。


 改めて世界と言うものを、私は考えさせられた。島とは違う。それはわかっていたが、想像を越える。


 知らないから想像すらも出来ない。


「俺様に聞けばいいのに。教えてやったのにさ。」


「「先に言え!」」


 ルシエルの、のほほんな回答。私と愁弥は怒鳴っていた。


 ✣


 大国ーー、その言葉の意味は直ぐにわかった。港街エレスから少し西に下る。


 そこに王城はあったのだ。


 草地から渡る橋。その向こうに建つ灰色の古城。だがそれは、城塞。まさにそのものだった。


「まじか。軍隊いそーだな。」


 愁弥は海に流れる川の橋。それを渡りながらそう言った。


 紅い国旗が揺れる円塔。それらは幾つも建ち並び、周辺を警戒しているのだろう。と、勝手に想像させられる。


 巨城は、鉄壁に囲まれている。


 門壁も立ちはだかる。ミントス城も大きいとは思ったが、これは想像を絶する。


 立ちはだかる壁は容易に落ちそうもなく、飛び越える事も出来ないだろう。


 黒い檻の様な門が閉まっていた。


「通行証はありますか?」


 そこに居たのは、銀の鎧を着た青年だ。檻の様な門。その脇にある小さな柵で出来た窓。そこを開けたのだ。


 小窓から覗くワインレッドの髪と、茶の深い眼。青年は手を差し出した。


「ああ。通行証入れぐらい用意した方が、いいですよ。旅には必要なものですから。」


 青年は通行証を確認すると、そう言った。


 今なら納得出来る。今後もこの通行証は、増えそうだからだ。


 大きな門が開き中に入る。


 空洞。この上は城壁だ。橋の様になっているのか。暗い洞穴を潜る様になっていた。


 先には街並みが広がる。


 どうやらこの門を通ると、王都シラークタイト。そこに出る様だ。


 騎士の街……。そう思える程に、銀の鎧を着た男達が多かった。


 街の人もいるが、騎士たちが目立つ。


 女性を侍らかす騎士もいたりする。


「ダグラス達の街なんだな。同じ鎧だよな?」

「ああ。」


 国旗の紅。だから銀の鎧に少し紅い色を、取り入れているのだろうか。


 馬を連れ歩く騎士もいる。


 この先は城だ。街を見下ろす様に建っていた。


「瑠火殿! 愁弥!」


 城近くだ。


 その門の側で声を掛けられた。その声は大きく、はつらつとしていた。


「ダグラス!」


 再会とは時は関係ないものだ。嬉しい気持ちは、駆け出していた。


 私は駆け寄っていた。


 ダグラスはやはり大柄だ。あの国境の砦。あそこで見た“ヴァルナ族”の男達。


 彼等よりは小さいが……それでも、こうして周りに人がいると、大きいのが良くわかる。


 骨格からして違うのもわかる。


 それにこのダークレッドの眼だ。ブラウンの髪は、深みがあり濃い。


 だが、元気そうだ。


「ダグラス。元気そうで良かった。」


 私の声に、ダグラスは少し目を見開くが笑った。


「ん? ああ。レオン殿よりは気が軽いのでな。それよりも……早かったな。ミントスで数日は、過ごすかと思っていたが……」


 ダグラスは私と愁弥を見下ろしている。だが、情の深そうな眼差しは変わりがない。


「色々と……知りたい事が多い。それに私達は、手伝う事は出来るが……民と分かち合う事は出来ない。哀しみを背負い、共に生きて行く事は出来ない。」


 そう。ヨソ者だ。通りすがりの。


 ダグラスは少しだけ目を見張るが、直ぐに穏やかな顔になった。


「心を傷めること。それだけでも充分、共に分かち合う事になっている。そなたらは、目の前の災難に、立ち向かったではないか。それだけで、民は救われた。縁になった。」


 縁……。私達とミントス王国の人達に、それが出来たのか?


 人と人の縁が。


 街の再建を最後まで手伝う事も、出来なかった。だがそれは……私由だ。私の勝手な理由だ。


「瑠火殿。そなたはアレだな。」


 ダグラスは少し笑みを浮かべつつも、短めの髪を指で掻いた。


 私はとても考え込んだ顔をしていたのだろうか? さっき……愁弥に言われたように。


 ダグラスは優しい眼差しを向けたのだ。


「背負い過ぎだ。真っ直ぐなのはいいが、一つ一つを重く受け止めるのは、余り良くない。抱えられなくなる時が来る。割り切る所は、割り切る。出来る事をする。それで良いのだ。人は真摯に向き合ってくれるだけで、嬉しいものだ。」


 ダグラスのその言葉は、私にとても……強く響いたのだ。


 何故だかはわからない。


 だが、この言葉は、この先も私の心を軽くし、支えになるものだった。


「そーなんだよな〜……。瑠火は真面目すぎだ。ま。そこがいいとこなんだけどな。」


 愁弥だった。


 隣を見れば笑っていた。優しい笑みだった。


「俺様からしたら……暗い。ただひたすら暗いを貫く人間だ。見てて心配になる。」


 はぁ。


 ルシエルは深いため息をついていた。


 心配? ルシエル。心配してくれていたのか。少し……言葉のニュアンスは、違う気もするが。


 暗い。と言われたのは忘れよう。


「まあ。愁弥とルシエル。そなたには、素晴らしき仲間がいる。瑠火殿。共に旅をする事は出来ないが、俺やレオン殿、ザック殿も仲間だ。忘れてくれるな。」


 仲間……。ダグラスのこの優しい笑顔と、そう言われた事は、忘れないであろう。


 嬉しかったのだ。仲間だと言われたのは。



 ✣


「聖国アスタリアか……。“聖王アシュラム殿”は、その……。頑固でな。オルファウス帝国も、致し方なく“制裁”した。そんな所だな。」


 ダグラスの案内で、私達は王城に足を踏み入れていた。


 灰色の城壁はやはり物々しい。簡単に崩れ落ちない様に、細かな石で積み重ねて建築されている。


 この古城を建てるまでに、どれ程の年月が必要だったのか……。


「制裁?」


 聞いたのは愁弥だった。


「近国での魔物討伐に、手を貸さなかったのが始まりだ。神信仰の強い国でな。まあ……言葉は悪いが、“融通が利かない”。ミントス王にも共通している所があるが……」


 ダグラスは言葉を濁しつつも、説明してくれた。言いたくは無い事であろう。


 他国の王の批判など。


「ミントスは“自国愛”で生きてるんだろ。それも、手に負えない自国愛。王国と言う言葉が、好きなんだろうな。それさえ壊れなければ、何でもいいんだ。」


 ルシエルは毒舌だ。立場が無いから自由発言だ。ダグラスは苦笑いしていたが。


「悪い事ではないのだがな。国を護ると言う信念は。」


 ダグラスはそれでも反応していた。優しい人なのだろう。


「アスタリアが封鎖されている。と、聞いたが」


 私がそう聞くと


「封鎖しているのは……アスタリア自身だ。寄せ付けない。だから……行く事は出来ても、入れんかもしれんぞ。国境は越えられるがな。」


 ダグラスはとても険しい顔をしたのだ。


「まじか。戦争終わったばっかなんだろ? 困ってんじゃねーの?」


 愁弥がそう言うと、ダグラスは


「行けば分かるとは思うが……。変わっている。とても。」


 そう言ったのだ。


 大きな広間。そこに入るとダグラスは、目の前で鎮座している臣下の所に立ち寄った。


 像が並び明るい光の入る窓に囲まれた部屋だった。机の上には本などが置かれ、紅い羽織りを着た臣下は、ダグラスと向き合った。


 ここは何なのだろうか?


 長細い机と臣下の座る椅子。その奥には国旗。金の縁取りされた、盾の紋が入った真紅の国旗だ。


 シラークタイトの国旗だろう。


「海を越えるとは聞いていたからな、用意はしておいた。」


 ダグラスは暫くすると戻ってきたのだ。


「え?」


 差し出されたのは銀色の鎖のついた板だった。それはプレートだ。どうやら首から提げるものらしい。


 ダグラスが私の頭に通したのだ。プレート穴が開いていて、鎖を通している。


 胸元で煌めく銀のプレート。ネックレスにしては、装飾品が少し大きめだが、それでも煌めいていて、美しい。


 プレートには文字が彫られていた。


「この国の通行証だ。国によって様々だ。それも面白いかもしれんな。」


 ダグラスは眺める私に、そう言った。


 愁弥が私の前に来ると、長方形のプレートを手にした。


「おー。すげー。まじでプレートネックレスじゃん。それもシルバー。ステンレスじゃねーんだよな? これにクロスとか入ってると、カッコいいんだよな。手彫りか? レーザー刻印じゃねーよな?」


 は??


 私とダグラス。ルシエルは、ア然としてしまった。


 愁弥の言葉に。


「愁弥。レーザー刻印とはなんだ?」

「レーザーで彫るんだ。彫刻だ。金とかに好きなモンを入れられるんだ。」


 ダグラスの言葉に答えた愁弥だったが、私達は、やっぱりア然だった。


 レーザーで彫る??


 わからない。何だ? それは。


 だが、愁弥はお構いなしだ。


 私の胸元のプレートネックレスとやらを、まじまじと眺めて、『すげー。まじシルバー。』とか、言っている。



「ダグラス。ありがとう。助かった。」

「ん? あ……ああ。しかし……愁弥は、変わっているな。」


ダグラスは首を傾げていた。


異世界からの来訪者と、伝えるべきだったのだろうか。




ダグラスに別れを告げて、港町エレスに向かった。


王国通行証。それを見て驚いたのは、港の管理所ゲートの男。アクセルだった。


「恐れいった。たった数時間で、持ってくるとは。何者だ? お嬢さんたち」


目を見開きそう言ったのだ。


「アクセルさん。すまない。船は他にないのか?」


私はアクセルに、そう聞いた。


「ああ。アスタリアだったな。私の乗る船に一緒に乗るか? アスタリアまでは行かないが、オルファウス帝国の大陸には降りる。そこから歩いて行く事は、可能だ。」


アクセルはそう言うと立ち上がった。テーブルの上の書物を、纏め始めたのだ。


「いいのか?」

「構わんよ。但し、“護衛”と言う名目で頼む。船賃は取らない。」


アクセルは書物を纏めると、私達を見つめた。


「おっかない怪物が出るんだ。」


と、まるで脅かす様な表情と言い方をした。


この男は……意外にも……軽いのか?


「よしよし。そうと決まれば行くぞな!」


と、一人で頷き出した。

それもさっさと歩いて行ってしまう。


「疲れそうなオヤジだな。」


ぼそっと言ったのはルシエルだ。


「まーいいんじゃねーの? 俺はキラいじゃねーけどな。あーゆうノリ。」


愁弥は何だか楽しそうにしながら、歩いて行った。


「瑠火。愁弥も軽いぞ。」

「いいんじゃないか? 私が“暗い”から。」


私はそう言いながら歩きだした。


「あ。アレはだな。口がぽろっと。瑠火! 肉はよこせよ! 悪気はない!」

「どうだか。」


ルシエルは檻篭の中から、必死にそう言っていた。どうにもこの顔を見ると、毒を吐きたくなるな。




港町エレス……。そこからアクセルの乗る商船。それに乗せて貰うことにした。


アクセルの用心棒として。


甲板で私達は、大海原を見つめていた。


風を切り走る船。帆が風を受け揚々と走る。紺碧の海が船の下で水飛沫を上げる。


豪快だ。掻き分ける水面は白と紺碧。こんな色は見た事がない。


「やべー。すげー気持ちいい。」


海風を受けながら、愁弥はそう言った。さらさらのブロンド髪が風で靡く。


綺麗な横顔に太陽の光で照らされた、海の水面。キラキラした光が反射していた。


「綺麗だ。それに気持ちいい。」

「だよな。」


甲板の木の柵。その手すりに捕まり、私達は暫し海を満喫していた。


アクセル達は、甲板にある船室にいる。積荷は、この下に乗せているのだとか。


船というのも始めて乗ったが……、人が多く広い。驚いた。


船室から男達が出てきた。

そこにはアクセルもいた。


周りを囲むのは船員と商人たちだ。


それにこの甲板には、私達と同じ様に雇われたのか、冒険者らしき人間たちもいる。


アクセル達は、私達の側に立つと海を見つめた。


「この先ですよ。」

「大陸近くか。」


まだ何も見えてはいない。


海が広がるだけだ。だが、地図を見た感じだと、この先にオルファウス大陸がある。


私達はそこにある“エルデン”と言う港町に、向かうのだ。


エルデンは国境付近にある町で、オルファウス帝国の領土だと言う。


国境とはオルファウス大陸の入口のことだ。この場合。大陸に入ること。それが国境越えになるそうだ。


海はこの世界では誰のものでもない。


そうゆう決まりになっているそうだ。


生命が誕生し還る場所。そう言う教えは、私達……月雲つくもの民と変わらない。


神聖な場所なのだ。


暫く走っていると大陸が見えてきた。


大きな大陸だ。紺碧の海の向こうで広がる。緑の多そうな大陸が、姿を現した。


「アクセル……。怪物とは一体……何の事なんだ?」


私は側にいるアクセルにそう聞いた。


アクセルは手すりに捕まったまま、大陸の方を見つめていた。


「そろそろだ。出るんだ。ここは。“聖国アスタリア”に近づくと……」


私はアクセルの言う声に、大陸に視線を向けた。白い大きな神殿。その塔が丘の上に見える。


この海の近く大陸の入口付近。その白き建物たちは、密集していた。


だが、崩壊しているようにも見えた。


「あれが聖国アスタリアか?」

「そうだ。封鎖された国だ。」


街と神殿のある国。丘高い神殿から下に広がる街並み。


そして見つめる海の海面は、揺れた。


大きく。


黒き影が海面に写り込んだ。


大きな水飛沫を上げて現れたのは、怪魚であった。蒼い背に黒い腹。その者は突然現れたのだ。


私達の船の前に。


「出た!」

海の守護神アプラス!」


海の守護神?


商人たちの声は、一気に震えあがっていた。


「デケーな! クジラか!?」


愁弥の言うその生き物は、私にはわからない。だが、海洋生物なのだろう。


背びれや尾びれなどが見える。くるっと巻かれた長い尾びれが、海面から覗いたのだ。


「ルシエル。あれは……幻獣か?」


私が聞くと


「幻獣だ。」


ルシエルはそう答えると、頭を低くしていた。檻篭の中で身を低くし、唸っている。


「ルシエル?」

「海を護る幻獣が、何で人間を襲う? 召喚獣に成り下がったか?」


ルシエルは牙を剥き出しにしていた。


アプラスは一度、姿を現したが弧を描く様に海に潜る。


そのせいでこの商船は、大波に揺られたのだ。荒れる波の上で、水飛沫を浴びながら商船は、揺らされた。


「うわ!」

「沈むか!?」


私は愁弥に支えられながら、手すりを掴んでいた。


激しい横揺れにひっくり返るかと思った。


大きな音をたてて黒い腹を見せながら、アプラスは飛び上がった。


海面から現れたのだ。


「捕まれ!!」


誰かが叫ぶ。


船を飛び越えアプラスは、海に潜った。


「きゃーっ!」

「うわーっ!!」


荒れる海の波で船は、まるで浮かんだ様に思えた。高波に打ち上げられた様になった。


次に襲うのは船の上を覆う波だ。


飲み込む様に船を波が襲う。


波が船を包む様に落ちる。


「瑠火! 離れんな!」


愁弥に引き寄せられながらも、波に飲み込まれるのを見ていた。


転覆はしなかったが、甲板では人が倒れていた。飛ばされたのだろう。


アクセルや船員たちも何とか、手すりにしがみつき波が、鎮まるのを待っていた。


揺れてはいるが、高波は消えていた。


「消えたのか?」


大陸からかなり流された様だ。遠くに見える。


「いや。また来るんだ。アスタリアに近づくと。」


アクセルは濡れた髪をだらだらと、させながら手すりにしがみついていた。


「いつもなら迂回して離れるんですけどね。アクセルさん。今回もそうしましょうよ。」


疲れ果てた顔をした船員。

彼は手すりの下でしゃがみこんでいた。


どうやら皆……無事な様だ。


「大丈夫だ。今回は凄腕の用心棒がいる! それにこの人達は、シラークタイトからたった数時間で、通行証を発行されたんだぞ? これはそれだけ王国と、繋がり画あるということだ。」


アクセルは力説している。


船員たちはそんなアクセルに、ため息はついているものの


「まあ。いいですけどね。退治してくれるなら。」

「海路を絶たれる状態なんで、退治してくれると助かりますよ。」


と、言ったのだ。


それには甲板にいる商人たちは、どうやら満場一致の様だ。


困っているのは本当の様だ。


「進め! 敵はアスタリア付近にいるぞ!」


アクセルはそう怒鳴ったのだ。


「わかってますよ。船は動いてます。」


船員の冷たい声が響いた。


私達は、こうして聖国アスタリア付近にいる、海の守護神アプラスの退治を、任される事になったのだ。





































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