第5話  崩壊したミントス王国〜結末〜

ーーカース島。私達が禁忌の島から出て、始めて立ち寄った島には、ミントス王国があった。


そこはクロスタウン。レインズタウン。ハーレイタウン。王都ミントスのある国であった。


だが……壊滅した。


王城での負傷者たちの救護。更に近隣の街の巡回。騎士団たちは戦いが終息しても、忙しなく動いている。


それを指揮しているのは……若い青年。


レオン•ギルバート。22歳だとか。

紅い髪に碧の眼の美しい青年だ。


その傍にはザック•アイズワント。レオンと同い年の紺碧の髪に、ピンク掛かったオレンジの眼。とても印象的な眼をした青年だ。


レオンよりも、ガタイもよく背も高いのだが、どうしても温厚な雰囲気が漂い、頼りなく見えてしまう。


そしてーー、彼らの主君。ディオルグ•ミントスは、崩壊した王城を眺めていた。


少しグレー混じりのブロンドの髪の下。その耳元には金の宝玉のピアス。


憂いた光を滲ませるダークブルーの瞳は、王城を見上げていたのだ。


「お父様。お身体に触ります。街に行きましょう。」


あの王の間でもそうだったが、この初老の窶れた男性を支えているのは、ブロンドの長い髪をした美しい少女だ。


サファイアブルーの瞳が、とてもよく似合っている。だが、どこか冷たい印象を持つ。凜としているからだろうか。


「サーシャ。余は終わりだ。王国が亡くなった。何故だ……。何故こんなことに。」


蒼い羽織は金が混じり煌びやかだ。だが、その高価さが、この男の嘆きがっくりと、肩を落とす姿には、とても似合わない。悲哀さえ滲ませる。


とてもじゃないが……一国の主とは思えない。失礼だけど。


「ミントス王。遅くなって申し訳ありませんでした。ですが、民は救えましたぞ。ハーレイタウンは被害も大きいですが、騎士団の」

「良い! もう良い!」


ダグラスが近寄り話掛けたのだが、ミントス王はその言葉を、遮った。


私もそれには少々……驚いた。窶れた顔が激昂したのだ。全身で叫んでいる様にも見えた。


ダグラスのダークレッドの眼が、見開いた。深いブラウンの短めの髪。それを手で掻いていた。


困った様な顔をしたのだ。

だが、ダグラスは紳士の顔になった。


「我等はこれにて失礼致します。今後の事は、改めて我が君より打診があると思われます。」


ダグラスは深々と頭を下げた。ミントス王は、心を失っている様だった。ずっと王城を見上げていた。


サーシャと言う名の王女であろう。彼女は、とても冷たい眼をしていた。ダグラスをまるで……憎む様な眼をしていた。


この国は……色々と根深いな。



▷▷▷


「ハーレイタウンが一番酷いな。だが、騎士団たちの迅速な対応。それが多くの民を救ったな。」


私達は、レオン、ザック。そしてダグラスと、最も被害の大きい、ハーレイタウンに足を運んだ。


ガレキの山。崩壊した建物。焼けてしまった家屋。修復にはかなりの時間が掛かるだろう。だが街の人たちは、騎士団の計らいでレインズタウン、クロスタウンに逃げたのだ。


その事で街の被害は大きいが、人命は救われた。被害に遭ってしまった人もいるが。


レインズタウンの青年騎士団。ハーレイタウンの騎士団。それに冒険者たち。皆で街を立て直していた。


「いえ。助かりました。“伝え鳥ドルフ”を放ち僅かな時間で、駆けつけてくれた事を、感謝します。」


レオンはダグラスに面と向かい、頭を下げた。


ドルフ? 何の事だろう? 気になるな。



「ちょうど……近くにいたのでな。それよりも……。王の事であるが、今度は話を聞き入れてくれると良いな。」


ダグラスはぽんっ。と、レオンの形に手を乗せた。その顔はにこやかであった。


レオンは頭を下げ


「重ねて宜しくお願い致します。」


そう言ったのだ。


「クロスタウンのことか?」

「だろうな。討伐を渋ったんだろ。あの貧弱王は。」


愁弥の声に答えたのは、ルシエルだ。すっかり大人しく檻篭の中にいる。


疲れたのだろうか? もう寝る体制だ。


ふん。と、鼻息強く吹いた。


「そなたらも……災難であったな。だが、助かった。正直。我等だけでは……抑えられなかったであろう。」


ダグラスは、私達に身体を向けた。


紳士と言うのは……こうゆう者の事を言うのであろう。

歳は上に見受けられるが、威張る気配はない。更にこの深い紅と黒の混じる眼だ。思慮深くいて、尚且強い意志を持つ。


騎士とは……男の中の男。


そんな風に思える。


出会った事の無い“人格”だ。


「少しでも役に立てて良かった。王国騎士たちの強さを拝見出来たのは、光栄です。」


何故だろうか。率直にその様な言葉が出たのだ。


ダグラスは少し笑むと手を胸に当て、頭を下げたのだ。


「それは身に余るお言葉。強き姫君。お会い出来て光栄です。」


私はーー、驚いてしまった。

深々と頭を下げられた事もそうだが……姫君??  


そっちがとても驚いた。


ダグラスは頭をあげた。


「伝承通りであった。月雲つくもの姫君。そなたの力は素晴らしい。」


え? 素晴らしい……。


そんな事は始めて言われた。この力は忌むべきものではないのか?


「今回はミントスの難であったが、我が国。シラークタイトも同様だ。魔物討伐に追われている。我等の国だけではない。近国でも同様の被害が出ている。王都壊滅した国も多数、報告されている。」


ダグラスは私達を見るとそう……、話を始めたのだ。


世界各地で起きているのか。


「聞こえては来ないが、海の向こうでも同じかもしれん。そなたらは旅をしているのであろう?」


「ええ。そうです。海を渡るつもりです。」


オルファウス大陸には、カース島から海を渡る。


ダグラスは私の言葉を聞くと、強く見つめた。


「ならば行く先々で……災難に出遭うであろうな。」


「そんなにすげーの? 魔物の増え方ってのは。」


ダグラスに聞き返したのは、愁弥だった。


「異常だ。街や城を襲い……森などでは、冒険者だけでなく、民たちも襲われていると聞く。」


ダグラスがそう言うと、隣のレオンが口を開いた。


「魔物の棲息地は決まっていた。そこを、禁じられた区域……“禁区”と呼び、警戒していた。それが、ここ最近は禁区が拡大した。各地で魔物に遭遇する者達が、多くなった。」


なるほど。そういう事か。


島と同じだ。魔物が出やすい区域と言うのがある。それは彼等の生態に比例する。


あの雪と氷の世界でも、雪原を好む者。山を好む者。洞窟周辺を好む者など、様々だった。


人間はそうゆう所に立ち寄らない様にする。魔物に遭遇しない為に。


誰もが戦士や騎士の様に、戦える訳ではないからだ。


「“立ち入り禁止エリア”ってことか?」


愁弥がそう聞くと


「その様なものだ。だが立ち入りを制限は出来ない。通り道などに利用される場所もある。行く場合は護衛を頼むなど、準備をして貰う。王国で禁区については、各地に発表され、警戒を促す。我々騎士や青年騎士団。冒険者たちは駆除や討伐を、依頼される。」


レオンがそう答えた。


そうか。クロスタウンの者達が、“討伐”と言っていたのはこの事か。


禁区にいる魔物たちを討伐すること。


更にクロスタウンの青年騎士団は、禁区以外に棲息する魔物の調査。


それを依頼されていた。そうゆう事か。


この時、ようやく“繋がった”のだ。


「各国で発表された禁区。それ以外のエリアでの魔物の棲息。どの国も、騎士団、騎士たちが調査に乗り出している所だ。」


ダグラスがそう言うと


「人手が足りないので、冒険者に頼む国もあるそうです。」


そう言ったのはザックだった。


「“聖地”と呼ばれる地……。神殿などの周辺にまで、魔物が棲息し始めた。今回の“クロスタウン”……マリファス神殿も、その一つであったな。」


ダグラスが言うとレオンは、頷く。


「ハクライの森に魔物がいる。と聞いた時点で、調査をするべきでした。クロスタウン青年騎士団の件は、完全な人災です。」


レオンはダグラスにそう伝えた。憂いた瞳を見ると、ダグラスは肩に手を乗せた。


レオンはその所作に驚いていた。


「そう責めるでない。そなたら騎士団は勇敢である。それは我等の知る所。でなければ、駆けつけん。」


ダグラスの言葉に、レオンは嬉しそうであった。


騎士たちは国。と言うよりも、各々で繋がっているのかもしれない。


国と国を結ぶ架け橋。


そんな存在なのかもしれない。



『海を越える前に立ち寄ってくれ』


ダグラスは騎士たちを連れ、シラークタイト王国に帰還した。


彼は帰る前にそう声を掛けてくれたのだ。


太陽はすっかり沈んでいた。


星の降り注ぐ空の下で、私達はハーレイタウンの“簡易宿泊所キャンプ”で、一泊する事にしたのだ。


街の者達は生存を祝し、冒険者たちや騎士団たちと……酒を酌み交わしていた。


まだ荒れた街の中に用意されたテントだ。だが、彼等は陽気だ。この明るさが国の活力の源なのだろう。


星空を見上げ草地に寝転ぶ愁弥。私はその隣で、空を見上げた。


私達は少し離れた場所に、このテントを張った。皮膜で覆われた三角テントだ。


木を建て即興ではあったが、ミントスの者達の手を借りて、作ったのだ。


「すげー。星だ。こんな星空は見たことねー。」


愁弥はそう呟く。目を丸くさせていた。


「美しいな。降ってきそうだ。」


私の声に愁弥は手をあげた。広げられた手。


「掴めそーだよな。こうしてると。」


私は思わず笑ってしまった。


「掴める? 星をか? 遠いぞ。」


愁弥は手を挙げたまま笑う。空に散らばる星は、近くに見えるが遠い。


だが、なんとなくわかる。


「そーゆう感じがする。ってハナシだ。」

「うん。わかる気がするよ。」


私と愁弥は星空を見つめていた。


本当に綺麗な星空だ。澄んでいて何処までも広がる。零れ落ちてきそうだ。


「あのさー。俺様の事を忘れてるよな? いるぞ。ここに。」


ルシエルの不貞腐れた声が聴こえた。


私の隣にルシエルの檻篭は置いてある。


「起きてたのか?」

「起きてるよ!」


可愛くない声が返ってきた。


愁弥は手を降ろし少し……身体を起こした。


ルシエルの檻篭を覗く。


「ん? なんだ? 愁弥。」

「ルシエル。空気読めよ。」

「は?? 空気?? 見えないし読めるか! 訳のわからん事を言うな!」


この二人のやりとりも面白い。




昼を過ぎた頃だ。


ハーレイタウンの立て直し。私達もそれにたずさわった。一食一泊のお礼にと思ったからだ。


ルシエルはよく働いた。ガレキ集めに、廃木運び。一緒に戦った女魔道士。女騎士とデレデレしながら勢力的に、働いた。


あのバカ狼。


愁弥は街の男たちと家屋建築の手伝い。赤茶系色の“ターメル石”を、泥と“サンド”と呼ばれる糊の様なもの。それを塗りたくり積み上げ造る。


灰色のサンド塗れになりながら、楽しそうにしていた。


ルシエルも愁弥も笑顔が咲いていた。


ターメル石は、近くの鉱石で採れるらしい。それを削り研磨して、直方体にするそうだ。


全てが手作業。だが、みんな手慣れている。


私は木材運びを手伝った。これも家屋にするそうだ。


そこに、レオンとザックが立ち寄った。彼等は城の再建に、朝早くから駆り出されていた。


「瑠火殿」


レオンもザックも白い鎧ではない。作業をしていたからだろう。剣は腰に挿しているが、軽装だ。


鎧を着ていないと雰囲気が変わる。若者に見えた。それに騎士の体格。


鍛錬された姿は、精悍だ。


「助かりました。ありがとう。」


私達は、作業する街の者達を見つめながら、木陰で向き合う。


レオンは疲れている様に見えた。微笑んではいるが、その顔はとても痛々しい。


この青年の重圧は……果てしない。あの王と騎士団。街の青年騎士団。


この洗練された美しい瞳は、どれだけの苦渋を受け入れるのだろう。


「レオン。大丈夫か? その……なんだか抱え過ぎてる様にも見えるが……」


大きなお世話であろう。

だが、言わずにいられなかった。彼の澄んだ瞳を見ていたら。


だが、青年は微笑んだ。変わらずの澄んだ眼差しで。


「瑠火殿。ご心配なく。これが俺の務めです。それに……民を喪い里を失ったのは、貴女も同じ。いや……重みは違うな。」


レオンは少し哀惜の表情を、浮かべた。


「俺は貴女の強さを尊敬する。何かあれば駆けつけます。貴女の背には、ハーレイ騎士団がいる事を、忘れないで欲しい。」


碧色の宝石の様な煌めきを持つ眼。あたたかな眼差しだった。


私は……白雲しらく村長を思い出していた。彼も同じ眼差しを、私に向けてくれていた。心配と応援を込めたあたたかな眼だ。


レオンは似ていた。その眼差しに。


「ありがとう。私も同じだ。レオン。ザック。何かあれば駆けつける。」


ハーレイ騎士団との出会いは、私にとって大きなものになった。


強い存在だ。彼等がこの空の下で生きている。そう思うだけで、私もまた……強くなれる。


「愁弥とルシエルくん。彼等にも宜しく伝えてほしい。街の再建にまで尽力頂き、感謝している。」


レオンの声に、ザックが


「本当に頭が下がります。貴女たちがいなければ、この街は無かったでしょう。僕ら騎士団の街を救ってくれた事。忘れません。ルシエルくんに、感謝している。と、お伝え下さい。」


そう言ったのだ。


このハーレイタウンは彼等の街だ。だが、彼等は王国を護る騎士だ。


だが、街を護りたかったであろう。それでも、彼等の“任務”は王国を護ること。


「ルシエルはきっと喜ぶ。伝えるよ。」


恥ずかしそうにしながら、尻尾振ってそっぽ向くルシエルが、目に浮かぶ。


「瑠火殿。“王国通行証”です。」


レオンが差し出したのは少し厚手の、クリーム色をした紙だった。


直方形の紙は金色の刺繍が施されていた。滑らかな材質の紙を、受け取った。


「レオンありがとう。」


美しい刺繍だ。それにとても頑丈なものだった。折れたりしなそうだ。


「お気をつけて。近くに来たら寄ってください。」


「必ず」


私は通行証を手にして頷いた。


紅い髪の騎士と紺碧の髪の騎士は、王都に戻った。城を建て直すのだろう。


私は見送っていた。


若い騎士たちを。


私達はそれから程なくして、ミントス王国を出発したのだ。




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