第2話 ミントス王国>>王と騎士団の地

もう時期……陽も暮れる。だが私達の目的地

は明るい。


何故だ。陽は傾いている。既に太陽は陰りを見せていた。


視線の先にあるのは、王都ミントス。


蒼い国旗。それが風に揺れる。白き王城。だが、噴煙が幾つも上がっていた。


「火事か?」


愁弥であった。


暗闇に包まれそうな星の出る空だ。薄明かりに照らされた空に、白と灰色……そして……紅い炎の煙が立ち昇っていたのだ。


炎で燃えているから、先は明るいと……私は知った。


「王都ミントスだ……」


そう言ったのはルシエルだった。起きていたのか。ここに来るまで寝ていたのに。


異変ーー、それに気づいたのか。


「なんだって?」


答えたのは愁弥だ。


王都は城が高い。だからこの草原から城の少しの姿と、揺れる国旗は見える。


だが、その全景は見えない。


その手前には、レインズタウン。ハーレイタウンがあるからだ。


「ルシエル。まさか……」


私は草原の揺れる中で、立ち止まっていた。少し先にいる愁弥が振り向いた。


ブロンドの髪から覗くライトブラウンの瞳。それが、勇ましく私を見つめた。


「瑠火! 考えてる場合じゃねーだろ。行くぞ。」


その奮闘する様な声に、私は駆け出した。


先に通り掛かったのは、レインズタウンだ。高台に屋敷があり、街は畑と家畜農場。それらに囲まれた穏やかな街である。


だが、街の中は……慌ただしい。


ここからでも見える。王城の下にある城下町からの噴煙。そして、手前のハーレイタウン。そこからもまた……紅い炎が上がっていた。


「何があった?」


私は勇ましく駆ける男性を止めた。腰に提げた剣。それを掴み走り去ろうとしていた。


「知らんのか? ハーレイタウンと王都ミントスに魔物が来たんだ。招集掛かってるんだ!」


それだけ。


たったそれだけを言い捨てると、彼は街の奥に走って行った。


この方向……。火の手あがるハーレイタウンの方だ。


この街ではまだ、何も聞こえない。人が慌ただしいだけだ。だが、武器を持ち出発する者達。その姿が溢れ返っていた。


「魔物? 瑠火! レオンとかやべーんじゃねー?」


愁弥は私を振り返ったのだ。


ハーレイタウン。王都ミントス。


騎士団の居る場所だ。私の脳裏に……紅い髪に碧の眼。美しい青年が目に浮かぶ。


魔獣の件を一人……担い、献身的に処理していた青年騎士。


「行こう」


私と愁弥。そしてルシエル。意見は同じだった。


レインズタウンは混乱していた。だが、それは逃げ惑う訳ではない。青年騎士団筆頭に、街の男たち、戦士たち。冒険者たち。


それらが、ハーレイタウンに乗り込もうとしていた。そう、皆。魔物討伐に向かう。中には……、女性騎士や魔道士。女性冒険者もいる。


私はここで始めて、戦う女たちを知ったのだ。


里の者とは違う。勇敢な女性の姿。それを始めて見たのだ。


「酷い……」


ハーレイタウンは塀と壁に囲まれた……要塞みたいな街であった。大きく頑丈な門壁。だが、破壊され街の中は炎に包まれていた。


焼かれて建物が崩壊している。


街の人間たちは至る所で……死に臥してしまっていた。


戦士たちと進むのは荒れ果てた街。私達は、大群になっていた。いつの間にか。


この先に王都ミントスがあるのだ。


家屋は火を使う。その為、戦乱になると必ず火に包まれる。まるで……戦争でもあった。そんな情景が街を包んでいた。


「ルシエル。酷い火傷だ。」


私と愁弥は大群たちから離れ、街の中の人達を、観察していた。魔物。その姿を死人が語ってくれる。


死んだ理由。それは物言わぬ死者が、遺してくれる言霊だ。


「火傷? こんだけ火が昇ってるからな。瑠火。俺様を出せ。この中だと鼻が効かない。」


ルシエルは檻篭から必死にその、黒い鼻先を外に出そうとしていた。ただ、狭いので鼻先が出ない。


檻にくっつけてる状態だ。


「わかった。」


鼻が効かない? 肉の匂いはわかるよな? 


ルシエルの性質について、私は知らない事が多すぎる。いつか、生態について語って欲しいところだ。くだらない話をするのではなく。


思いつつも、私はルシエルの檻篭に手をかけた。


檻を開ければ彼は勝手に、出ていく。


小さな狼犬から巨大な黒い狼犬に変わる。幻獣ルシエルに戻るのだ。


黒い影の塊。それは檻篭から勢いよく飛び出す。


「う〜……これが早く、いつもの感じになるといいのに。」


声すらも変わる。獣独特の唸る低重音。そんな声になる。


「カワイイから掌サイズで、いいんだけど。」


私はとりあえず本音を伝える。


「カワイイって言うな!」


怒っていても巨大化しただけ。私には。なので、対して変わらない。


凶暴そうな気配は増大するが。顔も子犬から成犬に変わるからだ。


「王城は壊滅だ。魔物が制圧した。」


レインズタウンから来た青年騎士団たちだ。その声が聴こえたのだ。


「“ダークレイ”だ!!」


その時だった。そんな声が聴こえたのだ。


ダークレイ??


それは空中にいた。街の上空を飛び回る一頭のダークグレーの色。それにメタリックな光を放つドラゴンに似た者であった。


だが、その頭皮には銀色の角が二本。生えている。獣の顔をしてはいるが、ドラゴンとはまた……格別した存在。


悠々と空中を大きな翼広げ飛び回る。その大きな口を開き、街に向けて波動を放った。


「きゃぁっ!!」

「うわぁ!!」


悲鳴が飛び交う。街の建物が損壊した。その周りにいた冒険者、騎士が吹き飛んでいた。


私達も大きなその建物から少し、離れていたが、爆風に煽られた。


「ルシエル! あれは何だ?」


私と愁弥はルシエルの身体で、爆風を凌いでいた。ルシエルが盾になったのだ。


「“暗黒の使者ダークレイ”。俺様と同じだ。幻獣だ。」


ルシエルは私達の前にいるが、殆ど崩壊しているハーレイタウン。そこに波動を放つドラゴンに似た者を、見据えていた。


「幻獣!? あれが!?」


愁弥は驚いていた。


だが、私には何となくだが理解できた。ダークレイの姿は、獣人に近い。確かに顔はドラゴンに近いが、その姿は人間の様だ。


手足、胴体。腕も足も長い。人の手足。五本の指が見える。ただ、鋭い爪が生えているが。背中に大きな翼が生えていて、それで自在に飛び回っているのだ。


炎に包まれ崩壊した街の上を。


前に本で見た魔神。それに似ている。


「ルシエル……。何故だ? 幻獣が……」


それでも私には信じられない。幻獣とは人間と共存し、その力を貸し召喚獣として契約する聖なる者たちだ。


それが何故……人間を襲うのだ。


「わからん。だが、アイツが暴れたのは確かだ。あの黒い波動。あれで街を崩壊させた。」


ルシエルは大きな身体を前に向けた。黒と紅の混じる毛に覆われた大きな背中。長い尾が揺れる。本当に犬みたいな奴だ。


「瑠火。城に行け。ここは俺様が何とかする。」


その黒い狼犬はそう言ったのだ。私と愁弥を見つめる紫色の眼。


「ルシエル! しかし!」


私は叫んでいた。


「愁弥! 瑠火を連れて行け。」


ルシエルはそう言うと走って行ってしまった。空中を飛ぶダークレイめがけて。


「ルシエル!!」


駆け出そうとした私を止めたのは、愁弥だった。私は腕を掴まれていた。


「愁弥! 離せ。ルシエルは緊縛で……」

「わかってる! でもレオンやザックを放置はできねーだろ! 助けて貰ったんだ。」


それはわかっている。だが、ルシエルは緊縛で、力を抑えつけられている。あの幻獣に……


私がそう考えていると


「大丈夫だ。ルシエルだぞ? 瑠火。信じてやれよ。」


愁弥はそう言ったのだ。


背後で大きな爆発音がした。


ルシエルとダークレイ。波動の撃ち合いをしていたのだ。


だが、ルシエルの周りには魔道士の女性や、騎士。それに、冒険者たち。集っていた。


援護をしていたのだ。


不思議な光景だった。孤独な幻獣であり、恐れられた破滅の幻獣……ルシエル。


彼は今、知らぬ土地で知り合ったばかりの人間たちと、共に戦っているのだ。


「瑠火。」


ぎゅっ。


と、私は強く腕を掴まれた。愁弥は笑っていた。


「行こう。城に」


そう言ったのだ。


「……ああ。」


私はルシエルとレインズタウンの者達を、横目に見ながら城に向かった。


愁弥と共に。


ルシエル……。


勇ましく戦う者達を横目に、噴煙上がる白き城。そこを目指したのだ。













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