第1話 カーニャ草原>>島以外の魔物
ーー草原に吹く風は心地良く。
こんなに広大な草に囲まれた大地を、見たのは始めてだ。
風の攫う草地。
緑が靡く。
だが……感動している場合ではない。
“カーニャ草原”と言うらしいが、旅には魔物が憑き物だ。
そしてこうした地には、必ずいる。
草原に棲息する魔物が。
「瑠火! コイツはなんだ?」
愁弥は突然……現れた魔物に、剣を抜いた。
「見た事の無い者だ。」
目の前に現れた巨大な球根の様な魔物だ。胴体が球根。両腕は蔦やツルが何本も生え伸びていた。それ等は、奇妙に動く。
球根を支えるのは根の様に生えた蔦だ。まるで草の怪物だ。
「ルシエル!」
愁弥がそう呼んだが、私の耳に届いたのはZzz……。寝息だった。
「すまない。愁弥。彼は爆睡中だ。」
私は双剣を握る。
「あっそー。それじゃしょーがねーな。」
愁弥は苦笑いしていた。きっと魔物の性質を、知りたかったのだろう。
蔦の腕は伸びてくる。
真っ直ぐと。まるで、私と愁弥を捕えようとしている様だ。
愁弥は隣で剣を振り下ろした。
神剣は当たるだけで閃刃となり、攻撃してくれる。蔦を切り裂く。
剣を使った事の無い愁弥には、とても良い武器だ。
「玉ねぎみてーだな。」
隣で愁弥はそう言った。目の前では、蔦が地面に落ちた。
「玉ねぎ?」
私は蔦を切り裂き落としながら、そう言った。伸びてはくるが、動きは直線的。然程……苦労しなそうだ。
「ん? 知らねーの? こんなカタチした食いモンだ。コッチにはねーの?」
聞き返した私に愁弥は、そう聞いた。ライトブラウンの瞳が見開く。
「いや。知っている。だが……例えに出してくるとは、思わなかった。」
玉ねぎは知っている。里で一度植えて育てようとしたが、あの大地では育たなかった。
凍りついてしまった。
「あるんだな。つーか似てね?」
「カタチは似ている。」
愁弥は発想が面白い。
玉ねぎに似ているのは確かだが、頭の上に咲きそうで開かない紅い蕾が、気になる。
こんな植物系の魔物は始めてだ。
「瑠火……。再生してんな。」
愁弥の驚いた声が響く。
蔦は生え変わる。それは再生だった。
紅く萎んだままの蕾が、少し開きだした。
何だ? あの花は。
奇妙だ。
「愁弥。あの花が気になる。一気に仕留めた方がいいかもしれない。」
私は愁弥に言いつつ“火の発動”を使う。
「気味悪いな。花開くとなんか出てくるとか?」
「わからないが……」
愁弥の少し呑気な声。恐怖を感じないこの精神力は、本当に恐れ入る。
「“
真紅の炎の玉を浮かびあがらせる。
「胴体狙った方が良さそうだよな?」
「ああ。蔦はダメそうだ。」
私と愁弥は同時に、球根の様な魔物に向って行く。蔦を切り裂いても再生する。
胴体を攻撃。その意見は同じだった。
先に斬りつけたのは私だ。
剣が入れば爆撃が起きる。
そこに愁弥が切り裂く。
魔物の身体が止まった。
だが、その直後だった。花が開いたのだ。
「うわ!」
大きく開いた真っ赤な花。そこから黄色の鱗粉の様なものが舞った。
それは風の様に私達を包む。
視界を遮られた。と、同時に喉元に入り込む酸味の強い空気。
穢された喉元から咳き込んだ。
ゴホッ……ゴホッ……
「やべー。身体が動かねー!」
愁弥の言葉はごもっともだった。
「麻痺だ。」
私の身体もビリビリとする傷みが、走る。全身にその感覚が流れていた。身体は動かない。
真っ赤な大きな花は、何とも毒々しい。眼は一瞬だけ視界を遮られたが、今は見える。
大輪の花。その中心が大きく口を開く。刺々しい歯が見える。
「まじか! これってアレじゃね? 人食い花!」
愁弥がそう叫んだのだ。
「人食い花?」
私がそう聞き返した時だった。
同時に蔦は伸びてきた。
身体の動かない私達は、足を捕えられた。
「瑠火! 身体動くか?」
「いや。痺れている。」
私達は宙ぶらりんだった。魔物の蔦は、足をぐるぐると巻きつけていた。
逆さまに吊られていたのだ。目の前には大きな紅い花だ。
「ん? あ? 瑠火? なんか楽しそうだな。遊んでるのか?」
ルシエルの眠そうな声が響く。
「遊んでいる様に見えるか?」
私のこの逆さ吊りに、彼はそう思ったのか。
「うわ! “
ルシエルは檻篭の中で……とても嫌そうな顔をした。
「ルシエル! お前……ちょっとは心配しろ!」
ぶらんぶらんと、足を捕まれ吊られる愁弥は怒鳴ったのだ。
「そうは言われても……俺様は、この中にいるからな。何も出来ない。」
ルシエルはふんっと、頭を横に振った。
このバカ狼! 肉抜きにしてやろうか?
ビブリスの口から黄色の煙が見える。鱗粉だ。これを食らえば、また麻痺する。
私達の身体はビブリスの大口に、近づいている。飲み込むつもりか。
麻痺させて。
片手……が動いた。私は近づいて行くのを見ながら、
「“火炎焦”!!」
火炎放射を放ったのだ。真紅の花めがけて。
同時に、ボンッ!と、破裂音がした。吹き飛ばされていたのは私達だった。
大きな閃光と爆風を受けた。
草むらに落下した。
「今のは……」
全身に傷みが走る。動かすと骨が軋む様な傷み。それに加えて……ヒリヒリとする傷みだ。
「自爆したんだ。」
ルシエルの声が聴こえた。
「自爆? そんな奴等がいるのか?」
私は腰元に提げてある布袋に、何とか手を伸ばした。腕は切り傷や火傷だ。
酷いな。これは。
「愁弥? 大丈夫か?」
隣で倒れている愁弥の身体も、傷を負ってはいるが、私よりは酷くなさそうだ。
それでも傷だらけだ。
「あー。なんとか。」
私は傷治療薬。それを手にした。
私はそれを齧り、身体を起こした。
「愁弥。チップだ。」
差し出すと寝転がったまま、手を出した。
「なんか板チョコみてーだな。」
眺めている。
「チップだ。」
「あー。そーゆう食いモンがあるんだよ。」
ぼりぼりと齧る音がする。
「愁弥の世界には……色んなものがあるんだな。」
私は座りながら齧っていた。
「そーだな。でもこれ。甘いな。味もチョコみてーだ。ウマい。」
愁弥は大の字で寝転がったままで、そう言った。
「あのな。少しは俺様に感謝しろ。愁弥。クロスタウンで装備を、整えたからコナゴナにならなくて、済んだんだぞ! わかってるのか?」
ルシエルの少し不機嫌な声が、聴こえた。
ヤキモキしているのはわかる。だが、私は始めて出会った魔物に、何だか興奮していた。怪我はしたが、未知の遭遇だ。
嬉しかったのだ。
「そっか。防護服。やっぱ……おっかねー世界だ。ルシエル。ありがとな。」
愁弥は起き上がったのだ。だが、その横顔は……覚悟。それが滲んでいた。
「肉よこせ!」
「ルシエル。何もしてない。」
口を出していただけだ。
「だから! ここにいるからだ! 瑠火!」
ルシエルは檻篭を頭突きした。
「つーか。すげーな。傷だけじゃなくて……服とかも治んのかよ?」
愁弥は自分の身体が元通りになったのを、見ながら目を丸くしていた。
腕などをひっくり返しながら、見ている。
「治療薬は“薬術”を使って精製されるそうだ。魔術だ。愁弥。」
そう。私はこれが苦手だったのだ。村長が教えてくれようとしたのだが、断念した。
「まじ? なんだ? 調合みてーなモンなのか?」
調合? 合わせると言うことか。
「似ているかもな。素材と魔術の混合だ。」
この世界の“薬”と名のつくものは、薬術で作られている。その為、不思議な力を持っているのだ。
カーニャ草原を歩く。傷が癒えてしまえば体力も回復する。
「魔術ってのがすげー。考えらんねー。」
愁弥はそう言ったのだ。
愁弥との会話は実に面白い。お互いの世界が、余りにも違う。だが、似ている所もある。
私と愁弥は暫く互いの世界の話をした。魔物に遭遇しつつ、ミントスを目指しながら。
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