終章  弔いと旅立ちと……

ーー陽は射す。


何処にでも変わらず。

ただ、ここは美しいほどに太陽が、空の上に姿を晒していた。


ハーレイ騎士団。

クロスタウンの青年騎士団たち……五名。


多くの戦士たちの亡骸を乗せた……篭の様な荷馬車。


彼等の亡骸はこの荷馬車の箱の上に、置かれ運ばれた。クロスタウンに帰還したのは、太陽が少し傾き始めた頃だった。


空が翳りだしていた。

雪がちらつきそうだ。


街には多くの人が、彼等の帰還を待ち望んでいたのだろう。


だが……空が急に曇るのと同じだ。街の人たちの顔色も暗く淀む。


悲哀に包まれた。


聖女マリファス。

白い巨像の佇む大広場。


そこに火が焚べられる。

弔いーー、彼等の亡骸を炎に包み“冥界への道アディスロード”へ、おくりだすのだ。


私と愁弥も弔いを見納めることにした。


紅い火に包まれ戦士たちは、冥界へ旅立つ。


大広場は涙に包まれていた。

その中でも……“再会”はある。


十歳。彼が一番若手だと聞いた。


“ミネア”と呼ばれる少年だ。両親だろうか。涙を流す母親に抱き締められていた。


恐ろしい思いをしつつも、生きて帰れたことを喜ぶ少年ミネアの顔は、嬉しそうであった。


そして……紅い髪のおさげの娘。どうやら幼なじみとの再会を、果たした様だ。


だが、一方では地面に泣き崩れてしまう母親もいた。“マリン”と言うザンギの母親だった。ガライが渡した“形見”のチョーカーを、見ると泣き崩れてしまったのだ。


傍で支えているのは父親だろうか。気丈にもガライに頭を下げていた。


戦士たちの鎮魂……。それはとても哀しいものだ。美しい街。十字架の街クロスタウンは、雪がちらつく中で……涙に包まれた。


「瑠火殿」


その場から少し離れた所にいた私達に、声を掛けて来たのはザックであった。


ピンク混じりのオレンジの眼が、揺らいでいた。


「レオンさんは少し……込み入ってるので。僕が伝えます。」


ザックは私達の前に立つと、とても暗く苦い表情をしていた。


レオンはタウン長のベクトルに詰め寄られ、更に子を亡くした親達に、非難を浴びた。


この街の者からしたら……ハーレイ騎士団は、“外道非道”であろう。


だが、彼等もまた尊い命を喪った被害者。それは、この街の者達にはわからないことだ。


事情を知る私は、少し可哀想にも思えたが……、子を喪った親達の深い哀しみもわかる。致し方ない事なのだろう。


「ザック。大変だな。」


私はレオンの様子を見つめながら、そう言った。今も……街の者たちに、冷ややかな視線を向けられ罵声を浴びせられている。


「僕よりも……レオンさんです。団長代理ですから。」


大柄な男なのだが、丁寧口調。更に優しげで物憂げな表情。


「伝えたい事とはなんだ? 手間を取らせるわけにもいかないな。」


私は……なんとなくだが、彼はレオンの元に行きたいのだろう。そう思ったのだ。


補佐役なのかもしれない。


「はい。王都ミントスに立ち寄ってほしいとの事です。今回の件で王国から、何かしらの褒美があるはず。とのこと。是非、お立ち寄り下さい。」


ザックはそう言ったのだ。


「やなこった! 褒美なら今よこせ! 王国なんか行くか! 俺様はごめんだ!」


驚いた事に喚いたのは、ルシエルだった。それもかなり嫌そうな声だ。


それも仕方ない。

ルシエルは王国に手を貸したが、封印されてしまったのだから。


「ルシエル。わかったから。ザック」


私はザックに視線を向けた。ザックはとても、驚いていた。いきなり怒鳴られたからだろう。


今も檻篭から噛みつきそうな眼で、ザックを睨んでいる。


「そうゆう事だ。私は連れの意見を尊重したい。それに褒美など貰うつもりはない。元々……体良く利用させて貰っただけだ。」


そう。旅に必要なものを揃える為に、首を突っ込んだだけだ。


称賛は望んでいない。


「そうだ! 王国なんか行く必要ない! 港町エレスだ! そこに行くんだ。俺様たちは!」


ルシエル……目的地まで、言わなくていいから。


何だか興奮してしまっている。暴れて眠いし、未だ興奮が解けないのかもしれない。


「エレスですか……。それなら尚更、お立ち寄り下さい。」


ザックがそう言うと、それまで黙って聞いていた愁弥が、口を開いたのだ。


「あー……俺も、それを言おうと思ってたんだけどな。“国境”があるみてーだぞ。地図を見た感じだと。」


愁弥の声にガンッ! と、檻篭に頭突きしたルシエル。


「国境!? そんなものはわかってる! “シラークタイト王国”の領土だからな。エレスは。」


ふんっ!


と、鼻息荒く言うとどかっと、フセた。


眠いんなら寝ればいいのに。


うるさい。


「シラークタイトとミントスは、友好国だ。国境なんて関係ない! 自由だ!」


ルシエルはそう喚き散らした。頭だけコッチに向けている。


こうしてるとカワイイ黒狼犬なんだが。小型の。喋るとにぎやかだ。


「それは……昔のことですよ。ルシエルくん。」


「は?? 昔?? ん? くん? ルシエルくんって言ったか!? バカにするな!」


がんがん!


頭突きを始めてしまった。檻の柵に思いっきりだ。ザックはとても驚いている。


「ルシエル。少し静かにしてろ。」


私は仕方ないので、腰に下げている布袋から骨付きの肉の燻製を取り出した。


すると、ルシエルは檻篭の中で駆け回った。ぐるぐると。


「くれ! 肉!」


燻製の薫りに気がついた様だ。


私は檻篭の柵の間から、燻製を入れた。ルシエルは被りついた。


「んま。んまんま。」


夢中だ。フセて噛りついてる。器用に骨を前足で持ちながら。


「すまない。」

「いえ。本当に犬みたいなんですけどね。幻獣なんですよね。」


ザックは、ははは。と、苦笑いしていた。


困った幻獣だ。本当に。


「それで、やはり国境越えとなると……通行証がいるのか?」


これはクロイから聞いた事がある。クロイは商人だ。国境越えの為に、幾つも通行証とやらを持ってると言っていた。


「ええ。そうです。“王国通行証”。それを発行されないと……国境は越えられないんですよ。」


なるほど。


「やっぱそうか。」


愁弥がそう言ったのだ。


「ええ。通常ですと……手続きに時間も掛かりますが、瑠火殿達は騎士団が“証人”ですから、然程時間も掛からないでしょう。」


ザックはそう説明してくれた。


「それは助かるな」


「一通の通行証を持っていれば、身分証明にもなります。この先も国境越えに必要な通行証を、発行するのがスムーズになりますよ。」


ザックのその言葉に、私はクロイの言葉を思い出した。クロイたち商人は、取引先の貴族や店の主人などに……“商人”だと言う証人になってもらう。


それで通行証が手に入る。


「面倒くさい」


モグモグとしながら、ルシエルはそう言ったのだ。


この幻獣を連れて歩く事。それもまた厄介なんじゃないだろうか? と、私は思った。


「王都ミントスに立ち寄ったら、是非騎士団の宿舎にも寄って下さい。我々も二…三日で、戻ると思います。」


ザックはにこやかな笑顔を向けた。


「ああ。ありがとう。」


ザックは軽やかに大広場に向かって行った。炎が未だ戦士たちの弔いをしている。


「愁弥。行こう」


「ん? ああ。いいのか? ガライは。」


愁弥は大広場にいるガライに、視線を向けた。ほんの少しの間だったが、共に戦った者と言うのは、それだけで“絆”が出来る。


愁弥の顔は……別れを言いたそうであった。


だが……“人の心”とは不思議なものだ。ガライが、駆け寄って来たのだ。


「行くのか? なんだよ。黙って行こうとしてただろ。冷てえな。」


お互いに……だったのか。


ガライは駆け寄って来るなり、愁弥の右腕をぽんっと叩いたのだ。


男だな。通じるものがあったのだろう。


「ガライ。いいのか? 街の人たちについていてやらなくて。」


私がそう声をかけると、ガライは頭を掻いた。


「暫くは……ゴタつくな。だから離れらんねぇな。本当はお供したかったんだが……」


と、ガライは少し俯いたのだ。


は??


私はその真っ赤な顔に驚いてしまった。


なんだ? 顔が……赤いな。これは照れか?


「え? ガチなのか?? まじか。」


隣で愁弥がひどく驚いていた。目を丸くしていた。


「何がだ? 愁弥! いいか。抜けがけするなよ!」


「どーだかなー。一緒にいるモン勝ちだろ。」


なんなんだ? この会話は。


「何処がいいんだ? こんな我儘姫様の。」


ふん。と、ルシエルは鼻で笑った。すると、ガライと愁弥の顔が……とても、真っ赤になった。


「「ルシエル! 黙れ!」」


二人そろって怒鳴ったのだ。


何だろう? よくわからない。

けれど……私は、少し笑ってしまった。


「あ。それやべーんだけど。」

「笑うとカワイイっすね。」


「は??」


笑いも止まってしまった。


愁弥とガライが……顔を、真っ赤にしてそう言ったからだ。


「あ〜! どこがいいんだかね!!」


ルシエルの一言が……とても苛ついた様子であった。


ガライに別れを告げ……私達は、クロスタウンを出る。


港町エレス。


そこに行く為に先ずは……王都ミントス。


そこに向かう事にした。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る