第19話  神殿の最深部

騎士団は勇敢にも魔獣たちに、立ち向かっていた。私と愁弥も加勢する。


ルシエルは、自由に暴れている。

その横にはガライ。


「愁弥。無理はするな。」

「フラついてる瑠火にこそ、言いてーよ。俺は。」


剣を扱う実戦。これが一番の経験値になる。

それでも本来なら、指導を仰ぎ訓練をするものだ。それを実戦での鍛錬となると……。


心配だ。


それでも剣を構え魔獣に、立ち向かおうとするこの心意気は凄いものだ。


怯まない。


歯向かって来る者に、振り下ろすその太刀筋もサマになっている。


敵を見据える眼。

逃げてはいない。


強さだ。


愁弥の振り下ろす剣の刃。それに魔獣は斬りつけられていた。


この神剣。この刃こそが“奇っ怪な力”を秘めている様だ。


太刀筋が光る。

蒼く。刃がまるで風刃の様に獲物を仕留めるのだ。


「女神の加護だったか……」


私はクロイの言葉を思い出した。この神剣は“戦いの女神”……レイネリスの加護を受けてるものだ。


やはり……“神剣”と言うのはそれだけで、力があるのだな。


魔獣が退く。

神剣の刃に真っ二つに切り裂かれた仲間を、見て。 


「すげーな。」


当の愁弥も驚いている。

剣を見上げていた。刃が蒼く光っている。まるで噂に聞く“魔剣や妖刀”の様だ。


「凄いな。その剣は。」

「ああ。ちょっとは役にたてるな。俺も」


嬉しそうなこの顔を見ていると、力が湧くな。不思議だ。


未だ多い魔獣を前にしているが、それでも奮闘する力が湧く。


「大丈夫だ。危なくなったら手を貸す。」

「りょーかい。」


愁弥の軽い声を聞きながら、私も目の前の敵に立ち向かったのだ。


騎士団たちは、剣での戦い方の様だ。だが

陣形を踏み魔獣を、倒していく。


見事な連携技だ。


何よりも目立つのは紅い髪の男。


指揮を取り剣を奮う。

剣術を使い魔獣を討伐していた。


これだけの“力”があれば、クロスタウンの者達も救えたのではないか。


私は目の前の魔獣を、双剣で斬りつけながら思う。


愁弥は少し……危なっかしい所もあったが、神剣に救われ、回避しながら勇敢に戦った。


愁弥は“怖いもの知らず”なのだな。よく覚えておこう。



▷▷▷▷


騎士団たちの見事な陣形での攻撃。

ルシエル、ガライ。


そして……愁弥。


神殿のなかの魔獣たちは、制圧した。


「大丈夫か?」


私は隠れていた子供に声をかけた。


「はい。」


酷く疲れ果てた顔をしている。十歳……。それよりもまだ、幼く見える。


顔が血と土などで、汚れてしまっていた。彼の前に、しゃがむと私は……白い布でその顔を拭おうとした。


びくっ。


だが、幼い子供は身構えたのだ。


そうか。恐怖を前にしていたんだ。人の手すら恐ろしいか。


「あ……すみません。」


紅の混じったブラウンの髪の下で、黒い瞳が狼狽えた様に向けられた。


「いいんだ。私が悪かった。良ければ使ってくれ。」


私は彼に……白い布を差し出した。


辺りでは騎士団たちが、周辺調査をしている。魔獣たちの死骸も集められている。


そんなごった返す中を……黒い瞳は見つめていた。


「いきなり……だったんです。調査の為に……近くの森を歩いていたら、後列から悲鳴が……」


ぎゅっ。と、白い布を握りしめ膝を抱く。その姿は、怯えて見えた。


「襲われたのか?」


愁弥だ。私の傍にいる。彼もまたしゃがみ、子供の様子を見つめていた。


「はい……。必死で逃げたんです。みんなで。そしたら……ハクライの森でした。ここには近づくな。と、父様や母様にも言われていたのに……」


思い出しただけでも……凄惨な状況だったのだろう。少年は膝に顔をくっつけてしまった。


可哀想に。勇敢な心を折られてしまったのだな。


ふわっとした赤混じりのブラウンの髪。私は無意識であったが、撫でていた。


里の子らを撫でた様に。


ビクッとされたが、少年は受け入れてくれた。だが、膝に顔をくっつけながら、肩を震わせた。


ひぐっ………

ううっ……


泣き出してしまったのだ。我慢していた思いが、まるで零れてしまったかの様に。


「大丈夫だ。もう奴等はいない。街に帰れるよ。」


私は彼の頭を撫でた。

すすり泣きしながらも、こくこく。と、頭だけで頷いた。




「ご協力感謝します。改めまして。“ハーレイ騎士団”の“レオン•ギルバート”と言います。」


紅い髪の青年だ。最初に入ってきたあの騎士だった。


美しい顔をした青年のその碧の眼は、不思議な煌めきをしていた。


美しいが中々……騎士と言う、“覇気オーラ”を全身に纏っている。


腰元に下げられた“金色の柄”。どうやら長剣サーベルの様だ。この青年の体格にはとても合いそうだった。


「クロスタウンの青年騎士団たちは、残念ながら生き残りが……五名。壊滅状態です。この神殿で、最後まで乗り切ろうとした様ですが……」


レオン……は、神殿の中を見回しながらそう言ったのだ。


「五人かよ……」


愁弥は騎士団から手当てを受けている、クロスタウンの青年騎士団。少年たちを見ながら、嘆く様に言葉を吐いた。


そこにはガライもいる。


彼のライトブラウンの瞳が、揺らいで見える。


「全体像は明白です。彼等は王都“ミントス”から、魔物棲息数が極端に増加した事。それ等の調査を依頼されました。彼等の街……クロスタウンの周辺調査です。」


今、ここは、騎士団の手によって、亡骸が運ばれている。神殿の中心。そこを彼は、見つめていた。


聖女マリファスの巨像のたもとだ。


青年騎士団の少年たちが、一箇所に集められているのだ。


「その調査をしてる時に……魔獣に襲われて、ここまで逃げて来た。って事か。」


そう言ったのは、ルシエルだ。

存分に暴れて疲れたのか、大人しく檻篭の中に戻ってくれた。


今はもう眠そうにフセている。前足に顎を乗せて、目はとろん。としていた。


「ええ。そうです。この中で身を潜め、魔獣たちを凌いでいたが……限界だった。もう少し、貴女方が遅かったら……」


レオンは私達を見つめた。

強い眼差しで。


「クロスタウンの青年騎士団は、全滅でした。凡そ……五十名。そう把握しています。五人の生存確認がとれましたので、今回は四十五名。残念な結果になりました。」


白いアーマーが、動く度に光る。不思議な素材だ。銀や銅ではない。何で作られているのか。


「お前らがもっと早くに来てれば、良かったんじゃねーの?」


愁弥の鋭い意見。

ご尤もな言葉だ。


「私もそう思う。何故、一度は見捨てて舞い戻って来たんだ?」


私も愁弥の意見に便乗した。これは不思議だと、思っていたからだ。


すると、レオンの碧色の眼は悲しそうに揺らいだ。その表情も何処となく、悲哀に満ちていた。


だが、直ぐに……苦い顔をしたのだ。


「自分は……団長代理です。この神殿の周辺で“シン”団長は、亡くなりました。ミントス王にその事を伝えた所……。」


レオンは、右手を握りしめていた。だが、少し間を置くと、話始めたのだ。


悔しそうに見えた。その顔は。


「本来なら……シン団長達一陣が、壊滅した時点で、討伐指令が下ると思っていたんです。だが、ミントス王のご判断は“捜索打ち切り”。つまり手を引け。との事でした。」


「は? なんだそれ。」


愁弥が直ぐに反応した。不服そうな顔をしたのだ。


「騎士団団長が殺された。その事がミントス王にとっては、“危険”だと理解されたのだと思います。王国を護るハーレイ騎士団を、討伐に行かせるのではなく、周辺のタウンの青年騎士団に、討伐依頼をするおつもりでした。」


レオンの言葉に憤りを感じた。


「新たな犠牲者を増やす事になる。それがわからない君主なのか? お前の王とやらは。」


レオンは、私の言葉に酷く悲しそうな顔をした。


「お言葉の通りです。騎士団で直談判し、討伐指令を受けた。その為……時間が掛かり過ぎてしまった。もっと早くに来ていれば……」


レオンは苦渋な表情をしていた。


「王にしてみれば、討伐に出てる間に魔獣が、王国に攻めてくるかもしれない。その時に護ってくれる“騎士団が不在”。それが怖かったんだろ。」


そう言ったのはルシエルだ。


ふわぁ〜と、アクビすると耳をパタパタとさせながら、


「王国壊滅だけは、避けたいだろうからな。」


と、そう言ったのだ。


「だとしても……民を護るのが王国だ。その為に“忠誠”を誓い、尽力していたのではないのか? あの若者たちは。」


私にはやはり……理解と納得は出来ない。


「瑠火は“甘い”な。そんな生易しいものじゃない。そんな理屈が通るなら“戦争”なんて、起きない。」


ルシエルに軽く受け流されてしまった。


「レオンさん。ちょっといいですか?」


そこに声を掛けてきた青年がいた。レオンより若そうな者だ。


大柄だ。体格はレオンよりいい。紺碧色の髪を短くした青年だった。


鮮やかな眼の色だな。ピンク混じりのオレンジだ。


「ザック。どうした?」


「“墓荒らし”です。」


その青年の声に、私達もついていくことにしたのだ。


▷▷▷▷


神殿には最深部と言う部分があるそうだ。


そこは“柩の間”と呼ばれているそうで、実際に“柩”は無いが、祀られる神の所縁の“品”が、眠る場所だそうだ。


神殿は神の棲む地として建てられている。神の居た場所に眠るもの。


それは“神器”と呼ばれている。と知った。


聖女マリファスの巨像の裏。そこには石碑がある。その石碑は石版のようなもので、それを動かすと下に降りられる階段。


私達はそこから下層に降りたのだ。


「暗いのでお気をつけください。」


私は先に歩くレオンから、手を差し出されたが、


「“火依ひより”。」


右手に紅炎を出した。

たいまつの代わりになる。


「灯りを出すことも出来るのですか? 貴女のその眼と髪は……伝承で聞く、“月雲つくもの民”。それに似ていますが……」


レオンは私の右手に灯る炎のたいまつを見ると、とても驚いていた。


「私は月雲の民だ。」


その言葉にもっと驚いてしまった。

彼の碧の眼がゆらっとすると、見開いたのだ。


「そうでしたか。特殊な力を使われるとは、思っていましたが。魔法とは違うものでしたから。」


だが、レオンはそれだけだった。

私はザックの灯すランタンの明かりを、頼りに階段を降りるレオンを、暫く見つめてしまった。


嫌悪感を出されるかと思ったからだ。


「瑠火。店の人に言われてさ、ランタンを買ったんだ。これで照らすから、少し力を使うのやめろよ。ルシエルに聞いたぞ。無限ってワケじゃねーんだろ。」


愁弥は私の後ろから石段を降りながら、右手には小さなランタンを持っていた。


紅い炎の灯が揺れていた。


「愁弥。用意がいいな。“解除”。」


私は右手に灯す火依を消した。


「持ってねーって言ったら、旅の必需品だ。って言われた。」


愁弥は隣で軽く頭を掻いた。


「そうか。」


右手に持つランタンは小さなものだが、それでも明るい。


愁弥の少し照れた顔がよく見える。


暗い通路だ。

石で出来た狭い通路を歩き、奥に行くと柩の間は現れた。


開けた場所ではあるが、そこまで広い空間ではなかった。


“神器”が眠る場所にしては、仄暗く物哀しい場所であった。


石床と石の壁。それに囲まれて石碑が置いてあった。


「聖女マリファスは“守護の女神”と聞いています。ここに“聖女の護盾マリファスの盾”と言われる盾が、置いてあったとも。」


どうやら直方体の石碑には、盾が飾られていた様だ。


長い年月の間に飾られていた痕が、くっきりとついていた。


だが、その盾はない。


「盗まれたってことか?」


聞いたのは愁弥だ。


「だから“墓荒らし”か。」


ルシエルがそう呟く。


「聖女マリファスは“十二の護神”の一人です。神器は十二の護神を従える“聖神アルカディア”が、それぞれに受け継いだものと聞いてます。」


レオンの声がこの狭い空間の中に、響く。紅い炎の灯に照らさられ、浮かびあがる石碑。


何も無いその空間は虚しいものだった。


「その神器ってのは、なんなんだ?」


愁弥がそう聞くと、答えたのはルシエルだった。


「“破壊神ベリアス”……。それを封じ込める時に使ったもの。」


その声は……ため息まじりだった。


「それが盗まれたってことは……」


愁弥はとても驚いていた。


だが、レオンの隣にいるザックが、私達にピンク混じりのオレンジの眼を向けた。


「西の方でも“神殿”が壊されたと聞いてます。幸い……“神器を持つ十二の護神”の神殿ではありませんでしたが、それでも……神殿を壊すと言う事は……“破壊”を意味します。」


風が吹いた。

それもじんわりとした……嫌な風だ。生温いこの身体に纏わりつく様な風だ。


「……背徳。神への暴挙であり、冒涜です。神の棲む地を“破壊”すると言う事は、その存在そのものを、否定している事になります。ああ。これは“神国ミューズ”の教えですが。」


ザックはそう言ったのだ。


つまり、それは……破壊神の復活。それを誰かが、目論んでいる。


そうなるのか?


「ザック。正直に答えてくれ。それは、破壊神を復活させようとしている。そう捉えていいのか?」


ザックは私の問いかけに、とても苦みのある表情をした。顔を歪めたのだ。


「考えられます。“神器”は、破壊神を封じた時に使ったものです。それを集め……復活の儀式をするつもりかもしれません。」


と、ザックが言うと


「この地での“魔獣”の出現と、各地での魔物増加。この世界で何か不穏な事が起きてるのは、確かです。」


と、レオンはそう言ったのだ。


どうやら……私が思っていた以上のこと。

それが、この地で聞けたのだった。


私達は“アルティミスト”の混乱に、巻き込まれる事になるのだった。






















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