第18話  聖女マリファスの神殿

ーーハクライの森は濃い霧に包まれているが、道は一本だった。


この道は神殿に続く道。

つまり、他に向かう道は必要ないのだろう。切り開き道として作られているのは、この一本道だけ。


霧の中でも迷う事なく進める。


だが、森の中は酷いものであった。


「……戦死者みたいだな。」


森の至る所には、青年騎士団であろう。彼等の死に様が、臥していたのだ。


魔獣にやられたものである事は、一目瞭然であった。


弓や剣。槍など武器が転がりそこに……“道標”の様に、青年たち……いや、殆どが少年だ。彼等が横たわる。


ガライは深いため息を零し、祈りを捧げていた。皆。ブラウンのマントをしている。


それに軽い防具。討伐ではなく調査。そのつもりだったのだろう。アーマーと言うのをつけてはいない。


胸当てチェストや、脛当てレガースなどの軽装備だ。


「討伐だと言ってれば、こんな軽装備なんかで、彷徨かなかったんじゃないのか?」


ルシエルが周りを見渡しながら、そう言った。大きな身体で森を歩くその様は、異様だ。


「この森に入る予定は無かったんだ。クロスタウンの周辺。そこにも魔物が増えてきていたからな。それを見廻るつもりだった筈だ。」


ガライは私達の後ろから歩いて来ては、いるがその落胆した様子は、見ていられない。


青年騎士団の人達を見て、嘆き悲しむ姿は、とてもじゃないが、声を掛けられない。


「瑠火。抜けるみてーだな。」


愁弥は森の先を指差した。


霧に包まれてはいるが、見通しは明るい。光に包まれているからだ。


これは太陽の光のお陰だろう。うっすらとぼんやりと森の出口が浮かぶ。


どうやらそこまで深い森では無い様だ。奥深く険しい森かと想像していたが、参拝道なのだろう。


歩きやすく短い道であった。


ハクライの森を歩いている間も、気配はしていたが……近寄ってくる者はいなかった。


ただ、行く手に向かい走る音は聞こえていた。どうやらこの先に集まっていそうだな。


私は剣を握りしめた。


森を抜ける。


霧が少し晴れた。

そこに浮かぶのは神殿だ。


鳥が飛んで行く音と、鳴き声が響く。グレーの混じった古びた神殿が、そこに建っていた。


平面矩形へいめんくけいの神殿だ。直方体の屋根には、黒い鳥がたむろっていた。


円柱が迎えるその両脇には、ローブを纏った聖女の像が並ぶ。まるで祈る様な姿で、向き合いそこに建っていたのだ。


荒れ果てた地……。

それが私の印象だった。


「誰もいないな。」


ルシエルが神殿に近づきながら、そう言った。


誰もいない。

その表現は正しいのかどうか。


生きてる者がいない。そう言う事だ。神殿の周りには、やはり……無残な死に様が並ぶ。


これだけ見ても凄惨な場面が、想像出来る。


私はしゃがんだ。


青年騎士団。その傍ら……そこに白いアーマーを着た青年が、横たわっていたからだ。


青いマントが異様に煌めいた。


「ガライ。この者は?」


見渡せば数人。

同じ姿をした者達がいる。


この白いアーマー。それに……ブロンドの髪に、蒼い眼。片手剣ソード


どう見ても……騎士か。


「ハーレイの騎士団の連中だ。」


ガライが目を見開いた時だった。


「うわー!!」

「奥だ! 奥に逃げろ!」


神殿の中から悲鳴に近い……声が聞こえたのだ。


「生きてる……」


男たちの声だった。

私は立ち上がっていた。その生命の声を聞いて。


「神殿の中に逃げたのか。」


ガライが神殿に目を向けた。


「なんかヤバそうだよな?」


物音は聞こえない。それでも、愁弥にもわかったのだろう。悲鳴だと。


「行こう」


生きている者がいる。

それだけでも、私には光明だ。


神殿の中に進む。


古びた神殿だが、中は広く大広間だ。

その先に道がある。


奥に続く道だった。

だが、大広間は散乱していた。


像や石碑が薙ぎ倒され、壊れてしまっていた。それに……男たちの死に様だ。


皆……勇敢に戦ったのであろう。その手には剣や、槍。更に弓。それらを手にしていた。


無残……。

まるで戦争の痕地だ。森から始まり……ここに至るまで。


かなりの人数が殺られてしまっている。それよりも多い魔獣たちが、彼らを襲ったのだろう。



「奥だ!」


そう言って駆け出したのはルシエルだ。


冷たい空気の流れる神殿内部。所々に、たいまつの灯りが照らし、中は薄明かりに照らされている。


この通路は一本道だ。

壁と石床に囲まれたその道を進む。


壁画などもありそうだが、目を向けてる場合では無さそうだ。


何しろ声が聞こえてくるのだ。

それに……何かを放つ“波動”の音も。


長方形の白い穴。

視線の先に出てくるのは出口だ。


真っ白な光の先……。


目の前に建つ聖女マリファスの巨像。円形の天井から射し込む太陽の灯り。


上は天窓の様だが、ガラスは割られてしまっている。


魔獣が割って入ってきたのだろうか。


巨像の前には数人の人間。


思ったより少ないが、その前には魔獣たちだ。取り囲む様に黒い大きな狐たちはいた。


毛を逆立てた魔獣たちの前で、剣を握り立ち向かおうとしている、少年たち。


そこに彼等の影に隠れる様にしている子供がいた。


「子供!?」


私は思わず……叫んでいた。


里の子らとかわらない。美夕や忍たちと同じぐらいに見える。


「青年騎士団は……十歳から入れるからな。上は二十五まで。皆。王都の騎士団になる事を、目指して入団する。」


ガライは言うとダガーを握り、駆け出した。

突っ込んだのだ。


魔獣の群れに。


「虎穴乱舞!!」


遠心力を使いながら、魔獣たちを切り裂いていく技。中心から周囲にいる魔獣たちを、葬る短剣技。


魔獣たちは翻弄されながら、切り裂かれていた。


「愁弥。あの少年たちを頼む」


私には剣を構える少年の足元に、倒れ臥す少年の姿が目に入っていた。


彼らを守り息絶えた様に見えた。


さっきの波動の音。それを受けたのかもしれない。


「ああ。わかった。」

「援護はしてやる。」


愁弥が頷くと、ルシエルがその傍で言ったのだ。


神殿の中に、ぞろぞろと出てくる魔獣たち。さらなる獲物の登場に、現れたのか。


闇に染まった者たちは、私達の前に現れた。数が多い。


これほどの魔獣たちを、従えるとは……。一体、どれ程の魔力を持った魔導士なのか。


駆け出すと、魔獣たちもまた“敵”だと判断をしたのか、立ち向かってくる。


風の波動を使うことはわかった。それならば、ここは迷う事なく……一撃必殺。


「“水雨”!!」


水の発動。


水流の中に閉じ込める術だ。

これも多範囲に可動する。


こうした数の多い敵には有効だ。


纏めて数頭。


並んだ魔獣たちに水流が、水飛沫をあげて覆う。この水流の中で溺死させる術だ。


掛からない魔獣たちは、その技の横から向かってくる。


「“雷光らいごう”!!」


これは稲妻だ。

雷の発動。


単体攻撃だが、これも一撃必殺の術だ。頭上から落ちる稲妻で、敵を貫く。


稲妻に貫かれ雷撃を食らいショートする。


つまり感電死。


荒々しい獣の息遣いをさせながら、飛び掛かってくる魔獣。


狐に似ているがそれよりも、狂暴な獣だ。口から風の波動を放つ。


ハリケーンの様なこの技は、突風の様に向かってくる。


「“守護の盾”!!」


白い光の盾だ。それを身体の前に出現させる。直撃する。


白い光の盾の前で、風の波動は弱体化していくが、その力は物凄い。


抑えてはいるが中々、消えてはくれない。


そうこうしてる内にも、周りにいる魔獣たちは向かってくる。


群れとの戦いは、四方八方からの攻撃が多い。私は守護の盾そのままに、右手に向かう。


私の“聖霊術”は一度発動させると、目的を遂行するまで消えない。


守護の盾はハリケーンを防ぐ為のものだ。ハリケーンを抑え消えるまでは、そこにある。


これが魔法や魔術とは、異なるところらしい。


水雨もそうだ。敵を溺死させるまでは、消えない。出現したままだ。


この間も私は聖霊力チャクラを、使ってる事になる。


チャクラを高める為には、修行と聞いている。私の精神力と経験。それらを高め強くする事で、チャクラの容量も増大する。


自分自身でも手探り状態だ。


まだ未完成。


ガコッ!!


穴が開いた。


魔獣が前足で殴り掛かってきたのだ。私が避けた所が、ちょうど床だった。


何という破壊力。

そうか。あの今の前足にも風の力が備わってるんだな。


どうやらこの者たちは、風の力を使う様だ。


「“雷光”!!」


私の足元にいる魔獣に、稲妻を落とす。


脳天直撃! とはいかなかった。稲妻が落ちる前に、避けてしまった。


しまった!


稲妻が地面に落下したことで、爆風が飛ぶ。


私もその風に煽られてしまったのだ。上からは、魔獣が飛び掛かってきていた。


「飛翔!」


これは飛ぶしかない!


風の発動で飛脚する。

煽られつつも真上にいる魔獣に、向かって飛ぶ。


「“火煉”!!」


紅炎の玉。

私の身体に纏う火の玉。


魔獣の身体を突き刺す。


ボンッ!


爆撃で破裂音が響く。


飛び掛かってくる魔獣の、腹元に剣を突き刺したからだ。


魔獣の身体はよろめく。

爆撃でダメージを負ったからだろう。


紅い炎の爆撃を受け焦煙あげながら、地面に落下する。


その後ろから向かって来ていた魔獣には、私は気が付かなかった。


「“氷の吐息フリーズ”!!」


愁弥の声が聞こえた。


私の目の前にいた魔獣の身体が、吹雪に包まれ氷に覆われた。


凍てついたのだ。


「愁弥!」


私は思わず声をあげていた。


下を見れば、愁弥は少年たちの所にいた。その前にはルシエルと、ガライ。


どうやら三人で目の前の魔獣たちと、戦ってる様子だ。


「瑠火! 大丈夫か?」


愁弥からの声が聞こえる。

心配している声だ。


「問題ない。助かった」


私は地面に着地しながらそう言った。


水雨に包まれていた魔獣たちは、どうやら息絶えた様だ。水雨が消えていた。


それに守護の盾も。


だが、まだ魔獣たちは彷徨いている。私達を囲みその銀色の眼を向けていた。


何故こんな魔獣の巣窟になったのか。それはわからないが、この者たちにクロスタウンの青年騎士団たちは、襲われた。


それはわかった。


私の周りを囲む様にうろつく魔獣たち。黒い毛に覆われた呪術の印。それを纏うその身体。


獰猛な眼。鋭い爪。


更に全身を覆う碧の光。

風の魔法を使う者達である事がわかる。


「魔獣とは言え……闇魔法ではないんだな。」


私は剣を握り、彼等の銀色の眼を見据えた。


一斉に向かってくる魔獣たち。

床を蹴り飛び上がり、更にはそのまま突っ込んで来る者もいる。


敵を捻り潰そうとして来るその獰猛さ。島で戦ってきた魔物とは、やはり違う。


意思疎通は殆ど無かったが、彼等の目的は狩り。だが、コイツらは違う。


命を奪う。それだけしか考えていない。


「火炎舞!!」


向かって来るのであれば、覆うだけ。


火の発動だ。

紅炎の炎の渦で彼等を覆う。円を描き炎で包む。


それでも動く彼等は、脇を縫い向かってくる。


「飛翔!」


飛び掛かってきた魔獣は、火炎舞で覆ったが、突っ込んできたものは上手く避けていた。


更に風の波動を放とうとしていた。


飛び上がるとタイミング良く、風の波動を放った。


突風が巻き起こる。

だが、それは炎に焼かれる魔獣にも直撃した。


相乗効果か。

飛んだ私に、向かってくる魔獣に、視線を向けた。


床を蹴り飛び上がり、向かって来るのが数頭。強い眼を向けながら飛び掛かってくる。


その鋭い牙の生えた口で噛みちぎるつもりか。


「“火炎焦”!!」


私は火炎放射を放つ。

勢いよく吹き飛ぶ紅炎のこの波動に、似た術。これは単体ではなく周りも巻き込んで、攻撃してくれる。


私は……“属性”には左右されない。ただ敵の得意、不得意、それから、弱点属性。それらを突いての戦い方はする。


有効的だからだ。

火属性に強い魔物に、火を使ってもダメージは効果が得られない。


だからといって必ずしも“反対属性”で、攻撃しないといけない訳ではない。私達の術は、少し変わっている。


これもきっと魔法とは違うのだろう。


火炎放射。それをまともに直撃し、焼かれる魔獣。だが、即死とはいかない様だ。炎に包まれたまま落下する。


紅炎を纏い数頭は、地面に落ちた。


私達の術ーー。

それは“絶対の死を与えること”


魔獣を覆う炎は、彼等が焼き尽くされ絶命するまで消えない。


ふらっ………。


私は着地したと同時に、少し目眩を覚えた。


使い過ぎたか。


その為……“チャクラの消費力”は、半端でない。


「こっちだ! 進め!」


無数の足音が聞こえた。

そしてその勇ましい声も……。


神殿のこの奥に入ってくる者達の足音だ。


鎧……アーマーの擦れる音がする。


神殿に入って来たのは、白いアーマーに身を包んだ騎士たちであった。


先頭にいる紅い髪をした男と、眼が合った。綺麗な碧の眼をした男だ。


蒼いマントを翻し剣を手に、颯爽と騎士たちを引き連れて入って来たのだ。


「大丈夫ですか?」


向けられたのはそんな一声だった。


「ええ。大丈夫だ。」


この者たちは、“ハーレイタウンの騎士団”か。かなりいるな。


馬を連れて来てはいないが、剣を片手に入って来たその人数は、多そうだ。


これならこの魔獣たちを……何とか出来るかもしれない。


ルシエルはいるが、それよりも魔獣が後からあとから、沸いて来ていたのは事実だ。


「皆の者! 魔獣討伐だ!!」


青年の声は高らかに。

その声を皮切りに、騎士団は魔獣に立ち向かったのだ。


皆……まだ若そうだ。


クロスタウンの青年騎士団よりは、年が上そうだが。


そんな事を思っていたが、フラついてしまった。


「瑠火! 大丈夫か? フラついてんな。」


愁弥だった。

私の身体を支えてくれたのは。


「ああ。大丈夫だ。それよりも、少年たちは?」


愁弥の腕に支えられながら、そう聞くと


「大丈夫だ。ガライと騎士団か? そいつらに手を借りてるよ。」


少し明るい声が聞こえた。


「そうか。」


魔獣鎮圧。

それにはもう少し掛かりそうだった。

























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