第17話 ハクライの森:『騎士団と青年騎士団』

 どうやらハクライの森とは、このクロスタウンとハーレイタウン。


 その間に、位置するらしい。


 歩いて行ける距離であり、魔物が彷徨いているとの事。私達は馬を連れて行かない選択肢を取った。


「んで? そのハーレイタウンってのが、よーは、ここら辺を仕切ってる街。ってことか?」


 愁弥は、陽の差す森の中を歩きながら、私達の後ろからついてくる大柄な赤茶の髪をした男。“クロスタウンのベクトル”と言う貴族の、用心棒。


“ガライ”にそう聞いたのだ。

 彼は銀色の毛皮を腰に巻いているが、それは黒と茶の縦縞が混じる毛であった。


 見た事の無い毛だ。


「そうだ。ここは“ミントス王国”。王都ミントスに近い“ハーレイタウン”は、必然的に王都護衛を任される様になった。その為か、“騎士団”が結成されている。」


 ガライの腰元には……“長剣サーベル”と、短剣ダガーが何本か提げられている。


 歩くとそれらが揺れる。

 両腰に剣。これだけでもかなりの手練れだと、認識出来る。


 それにダガーは曲刀だ。刃も中々大きく鋭い。どの様に扱うのか興味が湧く。


「なるほどな。その騎士団の配下についているのが、各タウンの“青年騎士団”か。つまり、騎士団は青年騎士団を取り仕切る立ち位置にいる。そうゆう事なのだろうな。」


 私は……憶測ではあるが、構図を頭に並べた。私がこの様に背景を組み立てられるのも、村長やクロイから様々な話を聞いてきたからだ。


 文献ーーは、苦手で頭に入らず……余り読む事は無かった。


 今思えば……少し、読んでおくべきであった。


「ああ。そうだ。今回の様に“調査や討伐”を依頼されるのも、騎士団が王都から直接請け負ってくるからだ。それを各タウンの青年騎士団に回す。騎士団に認めて貰う事は、即ち“王都”に認められる事だ。」


 ガライは歩きながら……話す。その声は逞しい声だ。


 森の中のざわめきにも負けず、よく聞こえる。


「周辺調査。それが、今回のクロスタウンに任せられた依頼。“青年騎士団の任務”だった。それが……何故。ハクライの森になど入ったのか。」


 ガライの声が、少し低くなった。


「そのハクライの森ってのは、なんなんだ?」


 聞き返したのは愁弥だ。

 ルシエルは全く興味が無いのか、街で愁弥が買って渡した骨肉に齧りついている。


 大人しいから助かるが。


「魔物が突然……棲み着いた地だ。ハクライの森には、“聖女マリファス”の神殿がある。クロスタウンが“聖女の街”と言われる由縁は、その神殿をずっと護ってきたこと。その聖女を崇拝している事。この二点だ。」


 ガライの声に、私は少し不思議に思った。


「つまり……聖女信仰の街は、クロスタウンだけなのか?」


 そう。ハーレイタウンの騎士団が、青年騎士団の捜索を打ち切る。その事が引っ掛かっていた。


 王都を護衛する騎士団。

 その周りにいるタウンの青年騎士団。


 王都にとっても大切な役割に、なっているのでは無いのか。と、思ったからだ。


 それをみすみすと“見捨てる”。そこに……何か理由があると、思えた。


「さっきも思ったが……。瑠火は賢い。賢臣の様だ。」


 ガライが息をつきながら、そう言った。


「物事を考える事が好きなだけだ。それよりもガライ。答えを。」


 そして、話をさっさと先に進めたいだけだ。立ち止まるのが嫌いなのだ。


「……ああ。」


 少し間をおいた返事のあとで、


「姫様だよな〜」

「我儘なんだ。瑠火は。」


 愁弥とルシエルの“嫌味”の様な声が、聞こえたのだった。


 コイツら。なんなんだ。


「その通りだ。クロスタウンは“聖女”……つまり、“神信仰”の厚い街だ。ミントス王国において、唯一だ。聖女マリファスは、“守護の女神”を司る。王都からすると疎ましい街でもある。最後は“王で無く女神を取る”者達だからな。」


 やはり。そうか。


「ガライ。良くわかった。」


 王国からすれば……“崇拝”する者が、別にいるのは疎ましい事だ。

 王は民に“我が為に命を差し出せ”と、考えるものだ。


 いつ裏切るかわからない……クロスタウンは、王都にしてみればそうゆう存在なのだ。


「このまま真っ直ぐだ。そうすれば、ハクライの森だ。」


 ガライの声に、私は先を見据えた。


 ここまでは歩きやすい広い道であった。馬が通れる様に、開けた道を作ったのだろう。辺りは木々に囲まれているが、この道は樹木が遮ることはしない。


 先は、二手に分かれていた。

 真っ直ぐの道と左手に向かう道だ。


 ガライの言うその言葉を聞かずとも、自ずとわかる。


 正面の道は濃い霧に覆われていた。

 深い森の入口の様であった。


 この森の沢山の木々。

 私はそれに興味を向けたかったが、この濃い霧を見て……そんな気分は無くなった。


 嫌な予感しかしない。


「深そうだな。」


 根深い。

 入ってみてその視界の悪さ。何よりも道が開けていない。


 細い道になった。馬を連れて来なくて良かった。険しい訳ではないが、直ぐ側に大きな木から枝が、行く手を遮るかのように伸びてきていた。


 そこにこの濃い霧だ。

 真っ白だ。


「やべーな。瑠火。気をつけろよ。いきなり枝が出てくるぞ。」


 愁弥は私よりも背が高い。突如、出てきた枝に目を当てそうになりながらも、それを掴みそう言った。


 視界の悪さは吹雪にも似ているが、逞しい樹木の枝は飛んでは来なかった。


 この経験は始めてのことだ。


「大丈夫か? 愁弥。」

「ああ。なんとかな。」


 ガライは慣れたものだ。

 ダガーで目の前に出てきた枝を、斬りつけて進んでいる。


 枝ーーの事を、気にしてられなくなったのは、この深い霧の森の中を少し歩いた時だ。


 道に何かが落ちていた。


 草むらと土の地面だ。

 その草むらに茶色の布袋。それが落ちていたのだ。


 先頭を歩く私は、それを前にしゃがむ。


「どうした?」


 聞いて来たのは愁弥だ。


「……これは青年騎士団のものか?」


 よく見れば布袋だけでなく、マント。それも落ちていた。少し先に。


 霧で先は見えないが、道になっている様だ。

 枝の影と樹木の影が浮かぶ。


 木々に囲まれたその道に、その者はいた。


 黒い影。

 光る眼。銀色のその眼がこちらを見ていた。


「愁弥! 離れろ!」


 私は咄嗟だった。

 後ろに立つ愁弥の身体を押し退けた。


 銀色の眼は私達を認識すると、飛び掛かって来たからだ。


 双剣を構える暇は無かった。


「“火炎舞”!!」


 火の発動。


 円を描く炎の渦。

 黒い影の周りを紅炎が囲む。


 ザッ……


 足音。それも無数だ。


 それらはこの森の中にいた。

 出て来たのだ。


「囲まれている!」


 ガライの声が聞こえた。

 彼は既にダガーを握っていた。


 気配に敏感なのはやはり、相当な手練れ。これは……頼りになりそうだ。


「瑠火! 出せ!」


 ルシエルが叫んでいた。彼にも本能的にわかったのか。


 これは……“凶悪”な連中だと。


 私は目の前で炎に包まれつつも、雄然としているその者を見ていたが、直ぐにルシエルを解放した。


 私の炎に包まれてもその身体を振り、炎を弾き飛ばしたのだ。


 ルシエルは出るなりその者に向かっていた。黒い毛に覆われた幻獣が、頼もしく見える。


 銀色の眼をした者は、ルシエルよりは小柄だが、大きな獣だ。


 魔物と言うよりも魔獣に近い。


 見たのは始めてだが、どうやら黒い“大きな狐”であった。


 ルシエルが首元に噛み付いていた。


「狐!?」


 その声に私は振り返る。


 森の中に出て来た大きな黒い狐。

 毛を逆立てたその姿は、呪いの印を全身に施されていた。


「“魔獣”だ。そうか。ハクライの森にいたのは、魔物ではなく魔獣……。愁弥。気をつけろ。コイツらは面倒だぞ。」


 ガライがそう言った。


 愁弥は剣を抜いた。


「術者がいるかもな。」


 ルシエルは狐を前足で踏みつけていた。辺りを見回す紫の眼。


「魔獣?? それはなんだ? 魔物ってのと違うのか?」


 愁弥の声が聞こえるなかで、私は双剣を抜いた。逆手に持ち構える。


「“闇魔道士”に呪術と言われる呪いまじないを施された元幻獣だ。幻獣は基本的に魔物と戦う所謂……、聖なる者たち。闇堕ちさせられた者。それを“魔獣”と呼ぶ。」


 私の古い知識ーー。

 ではあるが、知っている事を伝えた。


「幻獣って……ルシエルのことだよな? 闇堕ち? 何だかよくわかんねーな。」


 ご尤もだ。愁弥。

 私も聞いてはいたが、実際に見るのは始めてだ。本当に存在しているのかすら、疑っていた。


「全身に“入れ墨”みたいな呪いをされてるだろう? あれが呪術だ。闇魔術と言う闇魔道士の使う術だ。幻獣を魔獣に変える。」


 ガライが狐の黒い身体を、ダガーで指しながら説明していた。


 彼等の全身には呪印が描かれている。丸やそれから言葉の様なもの。闇魔術で施されたもの。全身に浮かびあがる……“紅い印”。


 それが闇魔術で呪縛されている証。


 補足だが、クロイの様な魔獣使いは、コイツらを抑えつけ“使い魔”の様にする事が出来る。


「騎士団が尻尾巻いて逃げる理由は、コレか。」


 ルシエルは魔獣の頭を踏み潰していた。相変わらず……強暴なヤツだ。


「そうだろうな。魔獣相手となると……己の身の危険を感じたのかもしれないな。」


 騎士団がどれだけの力を持っているのかは、知らない。だが、討伐するのを断念した。


 それはここに魔獣がいるのだ。見ればわかる。つまり……彼等は、魔獣相手に戦うのは得策ではないと、踏んだ。


 そこに……王都とクロスタウンの確執もあるのだろう。


「行方不明になったヤツらは……これに、殺られたのか?」


 愁弥はじりじりと、近寄ってくる魔獣たちを前にそう言った。


「かもしれない。」


 私はそう答えるしかなかった。


 何故なら……目の前にいた魔獣の口元から、ドサッと、マントが落ちたからだ。


 さっき草むらに落ちていた、茶系色のマントだ。それと一緒に腕も落ちた。


 人間の腕だ。

 それも肩からのものだ。

 血だらけの腕はマントの上に落ちたのだ。


「マジか……」


 人間の腕など見ないだろう。愁弥の顔色が変わる。


「飲み込まれるな。恐れは身体を硬直させる。愁弥。無かったら、心をしっかりと持て。」


 言うしかない。

 頷いてはいるが、その顔はやはり強張ってしまっていた。


「来るぞ!」


 ガライの声と同時だった。

 取り囲む黒い狐たちは、私達に一斉に向かって来たのだ。


 この先の事も気になる。

 ここはさっさと片付けるしかない。


 私は向かってくる魔獣たちに向けて、


「“火炬かきょう”!!」


 火の発動。


 向かってくる魔獣たちめがけ、火柱があがる。地から燃え上がる火柱に魔獣は包まれた。


 だが


「五頭。くそ……。逃げたか。」


 咄嗟に何頭かは、火柱が上がる直前に脱した。そこにルシエルが、黒い波動を放った。


 破滅の波動。

 それは逃げた魔獣を撃ち砕く。


 巻き込まれた数頭は、その波動で消滅する。


 それでも数が多い。


 火柱に焼かれる魔獣たちの周りから、私達めがけ向かってくる。


 銀色の眼が光り魔獣の口から、風の波動が放たれる。


 ハリケーンに似た波動は、木々を粉砕しながら向かってくる。


「“旋風”!!」


 竜巻を起こす。


 風の発動だ。

 盾になるはずだ。


 コチラには愁弥とガライがいる。


 ガライは向かってくる魔獣に、ダガーで応戦していた。


 彼の技はどうやら多数を巻き込むものらしい。


「“虎穴乱舞”!!」


 ガライから繰り出される短剣技。

 大柄な身体を回転させながら、魔獣たちを斬りつけていく。


 囲まれた状態でもその乱撃で、魔獣たちを斬りつけ倒していく技のようだ。


 回転させながら斬撃で敵を乱れ撃ちの様に、粉砕していくのか。


 凄いな。


 私は倒れてゆく魔獣たちを見ながら、感心してしまった。


 舞う様な戦いをするとは、正直……思えなかったからだ。


 人は見かけによらない。


「“氷の吐息フリーズ”!!」


 愁弥だった。

 ガライの後ろから魔獣が飛びかかったのを、見ると愁弥は覚えたての“氷の魔法”を放っていた。


 なるほど。


 吹雪か。だがそれだけではない。吹雪に覆われた魔獣の身体は、凍てついた。


 氷の塊になり地面に落ちたのだ。


 凍死させる魔法の様だ。


 これは中々、強いものを貰ったな。


「“虎牙散撃”!!」


 ガライの振るう短剣から、閃刃が魔獣に突き刺さる。それは光の矢の様だった。


 魔獣の全身に突き刺さっていた。


 一撃必殺の技の様だ。魔獣は閃刃を食らい息絶える。あれだけ突き刺されば大きなダメージになるだろう。


 私も負けてはいられないな。


 ガライと愁弥のダブルな戦いを横目に、私は目の前に襲ってくる魔獣たちに、向かっていた。


 ハリケーンを抑えた竜巻はもう消えている。ルシエルがその後で、破滅の波動を放ってくれた様だ。


 魔獣は消えていた。

 だが、囲む魔獣たちはまだ多い。


 向かってくるのだ。


「えぇい! 面倒だ! 纏めて消えろ!!」


 ルシエル全開の様だ。


 魔獣たちに向かい、破滅の波動を放つ。この大きな口を開けて放たれる波動は、凄まじい。


 木々を薙ぎ倒し魔獣たちを消滅させる。

 まるで暴れん坊だ。



 暫くーー、攻防は続いた。

 だが、殆どルシエルの力だ。


 魔獣たちを纏めて消滅させてしまった。その分……森の木々も破壊されてしまったが。


 大嵐でも来た様な状態になってしまった。


「何とか抑えたみたいだな。」


 ガライが静かになった霧の森を見ると、そう言った。


 荒れ果てた森の木々は無惨だった。だが、ルシエルがいなかったら、こうはいかなかったであろう。


「ルシエル。大丈夫か?」


 私がそう声を掛けると、黒い大きな狼犬は頭を傾げた。


「何がだ? ハラか? まだ減ってないぞ。」


 目を丸くしながらそう答えが返ってきた。

 どうやら何て事は無いらしい。


「そうか。」


 心配無用。そう言うことか。


「瑠火!」


 私はその声に視線を向けた。

 愁弥がさっき……見つけたマントと布袋。その先にいた。


 彼はどうやら気になったのだろう。


 私もそちらに向かう。

 しゃがみこむ愁弥の前には、無惨にも殺されてしまった青年がいた。


「酷い怪我だ。」


 身体は黒ずんでいた。腹部に強い傷を負ったことで、出血してしまったのだろう。


 もう動かない。

 それに喉元からも血が出ていた痕。


「“ザンギ”!!」


 ガライの声だった。


 彼はしゃがみこむと血も変色してしまっている青年ーー、ザンギの身体を抱えた。


「知ってんのか?」


 愁弥は身体を抱え俯くガライの横で、そう聞いていた。


「クロスタウンの青年騎士団だ。これが初任務だったんだ。何て事だ。まだ十五だ!」


 哀しみーー、ガライの声は振り絞る様であった。ブロンドの髪をしたザンギの身体を、抱きかかえていた。


「ガライ。気持ちはわかるが……先を急ごう。彼の様な人を増やさない為にも……」


 暫く……ガライは、ザンギの死を嘆いていた。だが、私は言うしかなかった。


 哀しみに飲み込まれている訳にはいかない。


 この状況では、他の青年騎士団の者たちのことも、気になる。


「ああ。そうだな。」


 するとガライは、彼の右手につけられている真っ赤に染まってしまったチョーカーを、取った。


 裏側は黒だ。

 編み込まれたチョーカー。


 御守りなのかもしれない。


「これは……“マリン”さんが、ザンギの為に編んだ御守りだ。持ち帰ってやらないと。」


 ガライはそう言うと血で変色してしまった、チョーカーを握りしめた。


 私達は声を掛けられなかった。


 霧に覆われたハクライの森にいたのは、魔物ではなく魔獣だった。


 この先には“聖女マリファスの神殿”がある。青年騎士団の行方を追い……、私達は先を急ぐ事にしたのだ。


































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