第16話  クロスタウン:『タウン長と用心棒』

ーー聖女マリファス。


微笑む白い巨像。

その下で……十字架の街クロスタウンの民は、激昂していた。


神族……。

それはこのアルティミストでは、神として崇められる一族だ。


ここに建つこの聖女マリファスもその一人であろう。


女神として崇められる存在。それは神。


この世界にはやはり。神を崇拝する民が、数多いのだ。


私はたった数分の事であったが、理解した。聖神戦争で追放された神族。


追放したのは“人間”だ。

それは“罪”なのだ。


その事でこの世界の“厄災”を、罪のせいだと信じる者たちがいるのだ。


このクロスタウンの民たちは……どうやら、その思いが強いらしい。

そこにはこの“聖女マリファス”を崇めてる背景があるのだろう。


彼等にとって“神は絶対の存在”なのだ。崇拝者とはそうゆうものだ。


「ちょっと待て。瑠火は何もしてねーだろ。話を聞きてーだけだ。」


そこにまさか……入ってくる。とは思わなかった。愁弥が私の隣に立つと、街の人たちを見下ろしたのだ。


街の人たちは彼の“ブロンド”の髪を見ると、安堵した様な顔をした。


こうして見てみると……ブロンドの人は多い。茶色やダークブラウン。赤毛。グレー混じりの髪。


様々だが……金と言うのは多いな。愁弥の様に鮮やかなブロンドではないが……。彼の髪はとても鮮やかな色だ。


濁りの無い金髪だ。


珍しいと思う。こうして見ていても。皆。茶系やグレー混じりのブロンドだ。


「君は?」

「戦士か?」

「ハーレイの騎士団?」


街の人達は、私の隣にいる愁弥を眺めると口々にそう言ったのだ。


腰元に下げてある剣にも目が行く人もいる様子。この銀色の剣は装飾も宛らだが、煌めく。特殊な物は、存在しているだけで“光”を放つのだ。


それにこの体格だ。騎士や戦士だと思われるだろう。


愁弥は今は毛皮のコートを着ていない。この白い毛皮の服だと、体格の良さは際立つ。筋肉質なのだ。


拳闘士ファイターとまではいかないが、そこそこの体型だと思う。だから、とても十七歳には見えない。


「戦士でもねーし、そのきしだん?? とかでもねーよ。通りすがりだ。とりあえず。ハナシ聞かせてくんねー? 連れが悪く言われるのはガマン効かねーんだよな。」


何だろうか。

このふてぶてしい態度なのだが……逞しいと思ってしまう。


ここまで堂々と言えるのは、凄いな。初対面の人達だ。それもこんな一種のパニック状態の人間達を前にして。だ。


感心してしまう。


「少し待て。お主のつけているのは……“闘神ゼクノス”か? まさか神国ミューズの戦士か?」


そこに入ってきたのは、私が勝手に狂戦士ベルセルクだと思っている赤茶色の髪をした、大柄な男性だ。


この人もとても体格がいい。白いシャツの下で筋肉が、勿体ないほどにはち切れそうだ。


愁弥の胸元の金色の獅子のネックレスだ。それを見つめるヘーゼル混じりの瞳。


近くに来ると覇気がわかる。強そうな戦士だ。


「ん? あー。それも違うな。これは俺が買ったんだ。」


愁弥は少し困った様な顔をしつつも、ネックレスを持ちその男に見せながら、そう言ったのだ。


この獅子は“闘神ゼクノス”を象った物だ。それはドワーフのブラッドさんに、教わった。


男の人もそうだが、街の人たちもそのネックレスを見ると、どよめきだした。


「買った?」

「神皇様から与えられる戦士の象徴では無かったか?」


どうやら……愁弥も“色んな意味”で、騒がれそうだ。


はぁ。


「厄介だな。神を崇拝してる連中ってのは。話が進まない。」


深いため息ついたのはルシエルだ。檻篭の中でとうとうフセをしてしまった。


「お主……それは何だ? “幻獣”か? 精霊か? はたまた“魔獣”か?」


ルシエルの声に、大柄な男の人は私の腰元の檻篭に視線を移した。そこでフセてるルシエルを見ると、とても驚いた様にそう言ったのだ。


「魔獣?? ふざけるな! 俺様は“破滅の幻獣”ルシエル様だ! その喉元掻っ切るぞ!」


ルシエルは立ち上がるとそう怒鳴った。更にワンワンと吠えた。


ルシエル……。そこにいる間は、喉元は掻っ切れない。


「破滅の幻獣??」

「なんて恐ろしい!」

「そんな物を持ち歩いているとは!」

「月雲の民は厄災者だ!」

「この街から出て行け!!」


風向きは明らかに変わり、当初と同じになってしまった。


どうしたものか。私としてはこのままこの街を出て……自力で、その“ハクライの森”とやらに行ってもいいのだが……。


少し“クレム”にしたい。

この毛皮と肉だ。


それらを売り……愁弥と私の装備を少し整えたい。だが、それをするにはこの街の人達に理解をしてもらわらないと……売ってもくれなそうだな。


この先に“売買”出来る場所があるかどうか……少し不安だ。何しろ地理がわからない。


ルシエルは適当だし。


「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。その……良ければ“私達に偵察”をさせて貰えないか?」


私は……そう提案した。

自分の“立場”は弁えてるつもりだ。村長がこれを危惧していた事も知っている。


だが、この先の事を考えるとここは……どうにか理解をして貰うしかない。


クロイの様な商人がいるとは限らないのだ。


「いいんじゃないか? 元はと言えば全ての始まりは月雲つくもの民だ。」

「そうだ。厄災者が適任だ!」


口々に囃し立てるのを聞きながら、私は何処かでホッとしていた。


これで“旅の費用”が手に入る。


「瑠火。こんな奴等のことほっとけ」


と、そこへ街の人たちに聞こえる程度の不貞腐れた声が聞こえた。


ルシエルだ。


「ルシエル。黙れ」


余計な事を言うな。このおバカ狼。

今の流れはとてもいい感じだ。


「ベクトルさん。頼みましょうよ。私の息子は帰って来ないんです。それはもう事実なんですから。」

「そうよ。この街の青年騎士団が、全滅したかもしれないのよ? ベクトルさん。タウン長でしょう?」

「決断を!」


青年騎士団……。

街には若者たちの“騎士団”があるのか。と言う事は……この人達は……“ご両親”と言うことか。


このベクトルと言う紳士に集っているのは、母親たちか。

心配と嘆き。そんな表情をしている。


さっきの話だと……日数も経過している様だ。急いだ方が良さそうだな。


「しかし……。」


ベクトルと言う紳士の細い眼が、私と愁弥に向けられる。戸惑いは隠せていないが、どうもこれは“責任”などの裏の心情もありそうだ。


もうひと押しか。


「私達は“旅人”です。通りすがりに話を聞き、状況を偵察に行く。では、こうしましょう。“依頼”をされると言うのはどうですか?」


これは良く……クロイや、村長から聞いてきた話だ。


人を動かす時には“取引”が必要だと聴いた。それも如何にも相手に有利な様に思わせる取引だ。


私達にとっては大した“得”にならない様に見せること。相手側に負荷が少ないこと。更に有利な条件。


ここではきっと……“私達の身の保障”だろう。これを相手に負わせない。


「私達はその依頼を受けて、ここにある毛皮などで売買させて貰えればそれでいい。依頼が終われば立ち去る。勿論。私達の身の保障は放置して頂いて構わない。如何ですか? ベクトルさん。」


街の人達は顔を見合わせていたが、ぼそぼそと囁く。


「誰か同行するのか?」

「あの森は危険だ。」

「冒険者だろ? 二人で行かせるのか?」


そんな会話が始まっていた。

どうやら審議に入りそうだ。


当初の出て行け騒動は落ち着いたな。


ふぅ。これは骨が折れる。


「ベクトルさん! ああ言って下さってるんですから!」

「そうですよ! 青年騎士団が全滅したら元も子もないでしょう!?」

「今回の事でハーレイには、頭が上がらないんですよ? また好き放題言われます!!」


根深そうだな。このタウンは。


女性たちの話を聞いてるだけでも、このタウンを取り巻く環境が混み合ってるのがわかる。


「しかし……見た所……騎士や、戦士ではなく冒険者。ふらっと立ち寄った者達に頼み……何かあったとすれば……それこそハーレイや“レインズタウン”に……」


こちらも根が深そうだ。

ベクトルと言う紳士は、女性陣に詰め寄られながらも困惑したままそう言っていた。


仕方ない。


「ベクトルタウン長。さっきの話では、かなりの日数が経過しているとの事。急いだ方が宜しいかと。」


私は煽った。

とりあえず……良し。と言って貰う他に、手段はない。


私の話を聞いて、ベクトルと言う男性。周りの女性たち。街の人たちも顔色は変わった。


青年騎士団が行方不明。どう考えても尋常な事ではない。


「姫様みてーだな。瑠火」

「え?」

「いや。なんでもねーよ。」


愁弥の方を向いたが、腕を組んだまま少し笑っていた。


何だ? 姫様って……また言ったか?

何処からそうなるんだ。


「わかりました。お願い致します。それで出発はどうなさりますか?」 


話が決まれば早いものだ。

ベクトルタウン長は、女性たちに囲まれながらも一歩前に進み出た。


さっきまでの困惑している表情はない。


「準備が出来次第。直ぐにでも。」


私がそう言うと顔を見合わせていた街の人達から、安堵の息が溢れ落ちたのだ。


やはり心配している様子だ。



▷▷▷▷


遠巻きに私達の姿を見ている街の人たち。

私と愁弥はとりあえず毛皮と肉。それらをクレム❨お金❩に変えた。


この世界の通過だ。


金貨で全てがまかり通る。

便利な通過だ。


買い物をする私達を眺めながらも、ひそひそと話をしている。


だが、店の者もそうだったが直接的に何かを言われる事はなかった。


特に毛皮を売りに出した時は、大層喜ばれた。禁忌の島には皆、狩りになどいかない。あそこにいる魔物たちの毛皮は、高級品だ。


それに最も喜ばれたのはスノーマウントの角だった。


「おい。」


装備を整え店から出た所だ。


店の前にはあの狂戦士ベルセルクがいた。そうなのかどうかはわからない。


「本当に行く気か? ベクトルさんは言ってなかったが、ハーレイの騎士団が“諦めた”のは昨日だ。ベクトルさんは一日遅れで、連絡を貰ったんだ。」


この人はどうやら若そうだな。二十代前半か? さっきまでは何処と無くかなり歳上だと思ったが……。


この話し方と表情からして若そうだ。


それに何やらさっきから人の事を、ちらちらと見ては視線が泳ぐ。


挙動不審だな。


「そんな事を伝える為にわざわざ? 帰って来たら幾らでも聞く。」


私がそう言った時だ。

隣の店のドアが開いた。


驚いたのだが、ここはガラスのドアを使ってるらしい。


愁弥とルシエルが出てきた。

何故かルシエルを連れて愁弥は、お店に入ったのだ。


「あ……。連れか。」


ん? なんだ? この男は。

愁弥の姿を見て急に顔色が変わったな。


それも不機嫌そうだが……。


「瑠火。見ろよ。これ。なかなか良くね?」


愁弥は毛皮の白い服を売り、黒のジャケットを着ていた。その下は白い布素材のシャツだ。


胸元少し開けてるのが気になるが。


だが、良く似合っている。


「いいんじゃないか? 腕当てバングルだけにしたのか? 胸当てチェストはいいのか?」


ジャケットの袖元から銀の腕当てバングルが見える。

防具だ。


「あー。ルシエルに聞いたら別にいらねーってさ。このジャケットか? これが“防護服”みてーなもんなんだと。」


腰元までのジャケットを引っ張りながら、愁弥はそう笑った。


ぼうごふく??


また知らない言葉が出てきたな。


「ついてってやるよ。」


あ。まだいたのか。


私はその声に振り返った。

そうだった。この男の存在を忘れる所だった。


腕を組み何だかとても不機嫌そうな大柄な男の存在だ。


「なんだ? お前さっきのヤツだな。」


聞いたのはルシエルだ。

愁弥から私はルシエルの檻篭を渡された。


「“ガライ”だ。ベクトルさんの用心棒として、雇われている。」


用心棒だったのか。

一緒にいた女性はそうなると……侍女か。貴族と言う人達がいるのは知っている。


ベクトルと言う紳士は貴族か。タウン長と言っていたが……領主に近そうだな。


「ガライだったか? 行きながら話を聞かせて貰いたい。」


私達は早々に街を出る事にした。

ベクトルタウン長の用心棒ガライを連れて。








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