第15話 カース島:『クロスタウン』

 ーー寒気で目が覚める。

 冷たい風が私の身体を攫う。


 いつもの朝ーー。


 毛皮を頭まで被って寝ていた私は、少し退かす。見えるのは……焚き火の痕。

 更に向こう側に敷いてある毛皮。


 白い毛皮の上には、居るはずの愁弥の姿が無い。


「愁弥!?」


 毛皮を退かし起き上がる。

 ルシエル?


 私の頭の上にはルシエルがいる。

 檻篭を置いてある。


 その下には彼のベッド。

 これも毛皮だ。ただ敷いてあるだけだが、違うらしい。


 本当なら置いてあるはずの、檻篭。そこには白い毛皮しかなかった。


 まさか……暴走したのか?


 私は直ぐに傍に置いてある双剣を手にした。


 彼の力は、私にもまだ把握しきれていない。

 ルシエルは緊縛と言う魔術で、力を抑えつけられているからだ。


 暴走したとしても……不思議ではない。


「マジか!」


 ん?


 外ーーだ。


 愁弥の少し弾んだ声が聞こえた。

 雪で出来た階段だ。

 その先にこの洞窟の入口がある。


 そこから聞こえてきたのだ。


 ブラウンのマント。

 それを羽織り剣を持ち……私は、駆け出していた。


 外は吹雪が止んでいた。

 相変わらずの寒さだが、吹雪が無いだけまだ暖かく感じる。


 何よりも陽が差していた。


 眩い白い世界。

 そこで愁弥は剣を振っていた。


「何をしているんだ?」


 雪の上には黒い檻篭。

 その前で愁弥が、クロイから貰った“神剣”を振っていた。


「あー。瑠火。おはよ。ルシエルに教わってたんだよ。軽い素振りだな。」


 毛皮のコートを腰に巻き、白い毛皮の服。少年は……楽しそうに笑っていた。


「瑠火! 愁弥は飲み込みが早いぞ! あっとゆう間だ! そのうち瑠火も追い越される!」


 雪の上から何だかとても嬉しそうな声が、聞こえてきた。


 なるほど。朝から愁弥の剣の指導をしていたのか。それで二人揃っていなかった訳だ。


 肩の力が抜けるーーと言うのは、こうゆうことか。全身から脱力した。


 ホッとしたのだ。

 その様子を見て。


 無事で良かった。


「それは楽しみだ。愁弥。見せてみろ。」


 私もーー、便乗したくなった。


 元より剣を扱う事は、嫌いではない。それに身を護る手段だ。


 私にも愁弥の為に出来る事があるかもしれない。そう思い立った。


 ぶんっ!


 愁弥は照れ臭そうにはしていたが、剣を構え上段切り。


 思い切り良く振った。


 良さそうだ。


「なかなかいいな。」


 私はーー、そこから少しだが、愁弥に剣を教えることにした。


 こんなに光が強く射し込む日はない。それは心まで晴れやかにさせていた。


 いつもなら灰色の雲で隠れている太陽も、今朝はうっすらと姿を現していた。


 世界が光に包まれて見えた。



 ▷▷▷


 氷河を歩いている間も、雲は薄く……。太陽は空から光を射していた。


 眩い光に雪が包まれている。

 こんなに暖かな陽射しを感じたのは、始めてだ。


 それに吹雪が止んでいる。

 それも変わらずだった。

 風は少しあるが、舞う程ではなく時折、雪を攫う程度。


 穏やかであった。


「もう直ぐだな。瑠火。」


 腰元の檻篭からルシエルのやはり……高揚とした声が聞こえてきた。


「島を出る。そう言う事か?」


「そうだ! この吹雪が無いのが証拠だ。禁忌の島から出れるんだぞ。もっと喜べ!」


 ガタガタと檻篭から音がする。

 ちらっと見れば、中で駆け回っている。


 この小さな黒い狼犬はどうもはしゃぐと、全身運動をする傾向にある様だ。


「そっか。太陽も見えてるもんな? 島の外に近いってことか。」


 愁弥は肩に担ぐ革紐を担ぎ直す。私と交代で荷物を運ぶ事を提案したが、やんわりと断られた。


『これも筋トレだ』


 と、笑われた。


 筋トレの意味はわからなかったが、鍛えようとしている事はわかる。


 彼は右と左。

 交互にこの白い革袋を持ち替え、運んでいるからだ。


 この中には氷漬けの肉の塊が入っている。男たちは、こうして肩の筋肉を鍛える。


 そのサマにとても良く似ていた。


「愁弥。大丈夫か?」


 とは言え……しんどそうだ。

 雪道はまだ続いている。根深くはないが、それでも体力は奪われる。


「大丈夫だ。瑠火はこれを運んでんだろ? いやー。すげーわ。さすが師匠!」


 しんどい。と言うのを笑って弾き飛ばす。どうやら彼は……精神力が、とても鍛えられている様だ。


 本当に十七歳なのだろうか?

 里の少年はこんなに……強くなかった。


 それとも生きてきた環境が、彼をこうさせたのか? 一体……どんな生活を送ってきたのだろう。


 私は隣でふぅー。と、息を吐きつつも懸命に歩く愁弥のきらきらとした横顔を、見ながらそんな事を思っていた。


「瑠火! 見ろ! 街だ!!」


 ガンガン!!


 檻篭を叩く音がする。


 ルシエル……。嬉しいのはわかるが、その体当たりはやめたらどうだ?


 檻めがけて体当たりで、彼は主張している。感情そのものを。


「……ルシエル。不思議な街だな? カタチが……歪だ。」


 雪の先にうっすらと見える影。

 少し遠いから……まだ、全景がはっきりとは見えないが、だがその様子はわかる。


 街並みが変わっている。

 建ち並んでいる様に見えるが、集落の様に纏まっている訳ではない。


 何だか……美しい街並みだ。


「“十字架クロス”みてーだな。」


 隣でそう言ったのは愁弥だった。


「“十字架クロス”?? ああ。確かに言われてみればそうだな。」


 街は十字架のカタチに建物が並んでいた。

 それもここから見てもはっきりとその並びが、わかるのだ。


 大きな建物ばかりが目立つ。


「“十字架の街クロスタウン”だ。瑠火。この氷河を越えると、あそこは“カース島”。全く別の“島”だ。」


 ルシエルが檻からそう言った。

 風が街を攫う。


 雪が被っているがこっちよりは、薄い。風で雪が避けると街並みが浮かんだ。


 光に照らされた十字架の街。


 鮮やかな赤茶色の建物が並んでいた。見た事の無い高さの建物ばかりだ。


 大きな街ーー。

 クロスタウン。私達の前にその街並みは、現れつつあった。



 ようやく……氷河を越えた。


 私は風の舞う雪原を振り返った。ここに眠る……月雲の里の者達。白雲村長。


 いつか……あの墓標に、仇を討った事を伝える為に……今は、少しの別れだ。


 雪に覆われた閉ざされた島。

 いつか帰ってくる私の故郷。



 ▷▷▷▷



 雪に包まれた街。

 十字架の街クロスタウン。丸太小屋の様な建物もあるが、皆。屋根は雪で覆われている。真っ白だ。


 その中に赤茶色の見た事の無い建物が、並んでいた。こちらも屋根は真っ白だが、石……なのだろうか? 


 壁が長方形の石ではめ込まれ造られている。それも一つ一つの色が違う。赤茶色なのだが、濃薄が織り混ざっている。


 それらの建物が十字架のカタチを創り、並んでいるのだ。


 街並みの中を歩くこの道も、とても広い。周りを建物に囲まれながら、雪の積もる街中を、私達は歩いたのだ。


 うっすらとしか雪は積もっていない。屋根には積もっているが、この道には然程。


 島一つ違うだけで、降る量も違うのか。それに雪質も違う様に見える。


 硬くザラついている。


 氷にならないのはこの暖かな気候か?


「風がねーからだな。暑く感じるな」


 愁弥は毛皮のコートを降ろした。

 腰元で結ぶこのスタイルは……斬新だ。さっきも思ったが。


「あの島が異常なんだ。大陸コッチでは、雪の降る場所でもこのぐらいだ。あの島の寒さはおかしい。」


 ルシエルはぶるぶると身体を振った。思い出して身震いしたのか。


 確かに……太陽が空から顔を出している。灰色の雲は広がっているが、風で流れる雲は薄い。


 丸く白い太陽の姿が、空の上に浮かんでいる。


「あれが太陽。」


 暖かな光だ。世界を照らす日の光。

 私の居た場所では見られなかった姿だ。


 本当に丸い。

 柔らかな光だから眩しいとは思わないが、それでも神々しいとは思う。


 街の入口から中に入るとようやく……人の姿が見えてきた。


 広場なのだろうか。

 十字架の街の中心にある大きな像。巨像だ。

 ローブを纏った“聖女”の様な姿を、象った像が建っていた。


 白いその巨像の周りには、大勢の人たちが集まっている。


 皆。薄着だ。

 私達の様に毛皮で全身を包んではいない。


 だが、何か……緊迫している様子だった。


「うちの子もですよ。」

「一体……何があったんだ?」

「“ハーレイ街”の偵察隊からは、何の報告も無いの?」


 街の人ーー、達の声は聞こえてくる。それだけの人達が集まり、話をしていた。


 口々に聞こえてくるのは、


『連絡がない』

『帰って来ない』

『魔物に襲われたのでは?』


 と言う不安な声だった。


「何かあったんだね。」


 私は気になったので、そう言った。

 そんな時だ。


 少し大柄な男と、身なりが綺麗な白髪の紳士。そこに少しふっくらとした女性が、来たのだ。


 その三人が来た事で、像の前にいた街の人達の様子が変わった。


 皆。一斉に詰め寄ったのだ。


 これだけでもこの三人が、このタウンの中心人物であろう事はわかる。


「“ベクトルさん”! ハーレイの偵察隊から連絡は?」

「もう三日ですよ? 何があったかぐらいわかるだろ!」


 ベクトル……。

 そう呼ばれたのはどうやら白髪の紳士の様だ。きちっとした格好をしている。


 黒の上下の服だが……周りを囲む街の人達とは異なる。


 布地からして違うのがわかる。

 ヨレっとしていない。


「今朝。連絡がありました。どうやら“ハクライの森”。そこで途絶えた事がわかったそうです。」


 ベクトルと言う人は、とても細い目を細めながらそう言った。


 体格は小柄だがふくよかだ。

 どうにも腹回りが気になる。満腹になったルシエルの腹みたいだ。


「ハクライの森!? なんでそんなところに!」

「今回の調査は“周辺調査”ですよね? 討伐じゃないですよね?」


 皆が興奮していて、ベクトルと言う紳士に群がってしまった。


 察するに……“調査に行った者達”が連絡が途絶えた。


 それも行く筈ではない“ハクライの森”とやらに、立ち入ったと言うところか。


「面白そうだな。瑠火。金になるかもしれんぞ。肉が食える!」


 どうやら……私とルシエルの考えは同様だ。

 根本は違うが。


「そうだね。気になる。」


 ここは“金”になる。

 のと、世界での情勢を知るにはいい機会かもしれない。


 何しろ島と里の事しか、私にはわからない。魔物と言うのも、早目に遭遇しておきたい。


「愁弥。いいか? 首を突っ込もうと思うんだが。」


 旅は道連れとは良く言ったものだ。だが、異見は聞かなくては。


「ん? ああ。いいんじゃねーの?」


 ん? 愁弥の前に赤毛の女のコがいた。私達と同い年ぐらいの女のコだ。


 いつの間に……。


 話をしていたらしく、私が声を掛けるとその娘も振り向いたのだ。


 ぺこっ。


 と、頭を下げられたが直ぐに走って行ってしまった。


 美夕に似た二つに纏めたあの縛り方。走るとぴょんぴょんはねる。


 あの後ろ姿は少し……似てるな。


「あの娘は?」


 白いワンピースひらひらさせて、走って行った少女を目で追いながら……、私は聴いた。


「ん? ああ。なんか“行方不明”の幼なじみを見ませんでしたか? ってさ。俺が剣を持ってるから、知ってると思ったんだろうな。」


 愁弥は雪の上に布袋を置いていた。腕を組みそう話したのだ。


「と言う事は……彼女のその幼なじみとやらも……」


 私がそう呟いた時だ。


「そんな……っ! 打ち切りって!」

「どうゆう事ですか!?」


 後ろの方でざわめきが起きていた。緊迫した状態が、更に深まっていたのだ。


「ハクライの森は霧に包まれている。調査に行ったハーレイの者達も、苦しいが断念せず得ないのだ。あそこには“魔物”が多く棲み着いている。」


 そう……説明をしたのは、大柄な男だった。紳士の脇にいる銀の胸当てをつけた、腰に毛皮を巻いた男だ。


 赤毛と茶色の毛が混じった髪は腰元まである。狂戦士ベルセルクと言う言葉が、浮かんだ。


 獣の様に強靭な戦士のことだ。


「だから! その魔物が多くなったことを、もっと早くにハーレイが調査していれば、こんな事にならなかったのよ!」

「そうだ! あのハクライの森はこのクロスタウンの領地だからな。奴等は知らん顔だっただけだ!」

「“聖女マリファス”の神殿を護るのは、我らだと考えている。アイツらには関係ないのさ!」


 クロイ……や、ドワーフのブラッドさんの話が、私の脳裏に浮かんだ。


“神の信仰”……。

 それは厚いものなのか。


 だが、私達はその神に付き共に戦い迫害されてきた。


 時代の流れなのか。

 どうにも“神を憎み軽蔑している様子”ではない。


「聖神戦争で神族を追放したからこんな事に、なるんだ!」

「そうよ! この世界の均衡が崩れたのもそのせいよ!」


 え?


 どうゆうこと?


 この世界では……今。


 何が起きている?


 私は歩み寄っていた。


「詳しく聞かせて欲しいのだが。」


 私がそう声を掛けると……皆の目は、変わった。


「黒髪……」

「真紅の眼……」


 紳士を始め……そこにいる者達が、私の姿を見てその顔を、表情を強張らせたのだ。


 言われなくてもわかる。


 これは“憎悪の眼”だ。


「“月雲つくもの民”!!」

「お前たちが神族をそそのかしたから、こんな事になったんだ!」

「神族じゃなくお前達が、追放されれば良かったんだ!」


 怒号……。

 怒声。


 全ての怒りをぶつけられているのが、良くわかる。こうなる事はわかっていた。


 だが、少しだけ……“神族”への信仰の厚さに、私は期待をしていたのかもしれない。


 だが、歴史は変えられない。

 その広まりも“私達。月雲の民は神族をそそのかし、戦争を起こした厄災者”なのだ。


 百年……。

 時は流れてもそれは変わらない。











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