第8話  旅立ちの日:『奇妙なメンツ』

 ーー焚火の音だけが、響く。

 

 その他に聞こえるのは吹雪の音だ。

 

 

「光に包まれて気がついたら、ここにいた。んだったな? 少年。」

 

 そんな中、ルシエルが口を開く。

 

 「あ……ああ。」

 

 応えてはいるが、戸惑いは隠せない様に見える。狼狽……しているのが、手に取る様にわかる。

 

 愁弥の顔は一層……険しくなってしまったからだ。

 

 「考えるに……異世界に迷い込んだ。としか思えないな。別世界から飛ばされた。そう考えていいだろう。余り……聞いた事が無いから、ハッキリとは言えないけどな。」

 

 ルシエルのため息が聞こえる。

 それにとても眠そうな顔をしている。

 

 あれだけの肉を、平らげたんだ。

 お腹いっぱいで眠いんだろう。

 

 コイツはハラが膨れれば眠る。

 

 寝ている間は大人しくてとてもいい。

 

 

 「まじか……。異世界ってなんだよ……」

 

 愁弥は頭を抱えてしまった。

 

 

 どうしたらいいのだろうか。

 愁弥の話からすると、彼がここにいるのは、“私”が関係している。

 

 

 そう言うことだった。

 その男性とやらは、私の為にこの男をここに寄越した事になる。

 

 

 だが、一体誰が?

 

 

 そんな事が出来る人間は、“術者”か、“魔道士”しか思い浮かばない。

 

 実際に可能なのかどうなのかは、わからないが……時空を行き来する力がある。と、言う話は聞いたことがある。

 

 だが……それも“言い伝え”でしかない。

 伝説みたいなものだ。

 実際に見た事はない。

 

 

 私達の術の中に“時空移動”や、“転移”は聞いた事がない。

 

 

 「愁弥。一先ず……。明日。私達はここを出る。良ければお前も着いて来ないか? 正直……今の私には、どうしてやる事も出来ない。ただ、ここにいても……お前は死ぬ。」

 

 

 「は??」

 

 愁弥が頭から手を離した。

 酷く驚いている。

 

 

 当然の反応だろう。

 

 

 「ここは“禁忌の島”。唯一あった“月雲つくもの里”はもうない。人が住んでいないんだ。私とこのルシエルだけだ。あとは……“魔物”」

 

 

 そう。驚かすつもりはないが、言っておかなければ。それに……どう見ても無防備だ。

 

 

 剣の一つも持っていない。

 魔物に襲われたら……死んでしまうだろう。

 

 

 どれだけ腕っぷしがあったとしても、この吹雪の中では、人は余りにも無力だ。

 

 

 「魔物……。おいおい。まさか……異世界ってのは、思いっきり“ファンタジー”な世界ってことか??」

 

 素っ頓狂な声をあげた。

 

 なんだろう? この人は……感情が豊かなんだな。表情がくるくると変わる。

 

 

 見ていて面白いな。

 

 

 「ファンタジー? ちょっとわからないな。幻想ではなく、現実なんだが。」

 

 

 と、私が言うと愁弥は、今度はぷっ。と、噴き出したのだ。

 

 

 しかも……あっはっはっ!

 

 

 と、笑ったのだ。

 

 

 私が呆気にとられる番になってしまった。

 

 

 「真顔でガチ返しすんなよ! あーそうか。ファンタジーってのがわかんねーのか。あーそうか。」

 

 

 あっはっは!

 

 

 と、更に笑ったのだ。

 

 

 「おかしくなったか?」

 

 

 ルシエルも呆気にとられていた。

 

 

 「いやいや。そうか。なるほどなー。お前らの格好が、ようやく納得いった。」

 

 

 今度はうんうん。と頷き一人で、納得してしまった。本当に……大丈夫か?

 

 

 おかしくなってしまったのか?

 この吹雪と異世界とやらに来てしまったと、聞いて。

 

 それとも……スノーマウントの肉が、良くなかったんだろうか?

 

 

 「剣とか持ってるし、変な犬はいるし、見た事ねー格好してるしな。しかもこんな毛皮。洞窟とかに住んでて、獣肉焼いて食う。サバイバルな感じかと思ったが……。そうか。ファンタジーの世界なのか。」

 

 

 愁弥は立膝つくと、腕を乗せて私の方を向いた。

 大笑いはしていないが、その顔は笑っていた。

 

 

 「大丈夫か? 変なモノを出したつもりはないが……」

 

 

 一種の錯乱状態なんだろうか?

 何か……煎じて飲ませるべきだろうか。

 

 

 私は少し考えてしまった。

 

 

 「大丈夫だ。ハナシがわかれば納得ぐれーする。何だかわかんねーとイラッとするけどな。でも、よくわかった。ここは“俺のいた世界”じゃねーってことだ。」

 

 

 愁弥はどうやら“納得”しての、フッ切れだったらしい。私はまたヤケにでもなっているのか、気がおかしくなったのかと思った。

 

 

 どうやら違うようだ。

 安心した。

 

 

 「そんな事が有り得るとは、私も思っていなかった。私の知らない所とは言え……私のせいかもしれない。すまない。」

 

 

 その男には心当たりなんてない。

 だが、愁弥は“瑠火”と言う名前を聞いて、頼む。と、念を押されて来た訳だ。

 

 

 関係ない。とは言えない。

 

 

 「いや。来た。って事は、帰れるかもしんねーってことだろ? 地道に探すしかねーな。悪いけど、俺も連れて行ってくれよ。何しろコッチのことは、よくわかんねーんだ。それで、チャラってことで。」

 

 

 へらへらと笑ってはいるが……この男は、何だか掴みどころがないな。

 

 不思議な人間だ。

 

 切り換えが早いのか?

 

 

 「それでいいのか? 元の世界に帰れるかどうかもわからないんだぞ。それに……私に対する不満もあるだろう? 命はくれてはやれないが、殴られる覚悟はある。」

 

 

 余りにもすんなりと納得されてしまったので、なんだか申し訳なく思ってしまった。

 

 だが、

 

 

 「は?? あのな。俺はオンナを殴るシュミはねーんだ。それに、お前だって知らなかったんだろ? それなら……“一緒にその理由を探す”ってのはどーだ? 気になるだろ?」

 

 

 と、逆に提案されてしまったのだ。

 それも真っ直ぐな眼で見られていた。

 

 ああ。そうか。

 

 

 “素直”なんだ。この人間は。

 

 曇りがない。

 

 だから、切り換えが早い。

 

 

 「それは……気になる。私の事を知っていて……頼む。と言う人間なんて数少ない。その人達はもういないし……。私達は“疎まれて”いるからな。“呪われた血”だと、思われている。」

 

 

 そうだ。

 

 その為に……こんな地に、追い遣られたのだ。私達一族は。

 

 

 「なぁ? 瑠火。ハナシしたくねーならいいけど。聞かせてくれよ。禁忌ってのはなんだ? それに、里が無くなったってのは? それからこの“犬”はなんなんだ? げんじゅーとか言ってたよな。」

 

 

 愁弥は質問が、浮かんできたらしい。

 それだけ、落ち着きを取り戻したと言うことだ。

 

 

 頭の中できちんと理解しているのだろう。

 

 

 心の整理がついてるのかどうかは、わからないが。

 

 

 私は……洞窟の外を見つめた。

 

 

 吹雪はやはりまだ強い。

 

 

 「……明日。話そう。“見せたい場所”がある。それよりも、寝ておいた方がいい。明日はかなり歩く。」

 

 

 そう。ここから出るのだ。

 その為にも……体力が必要になる。

 

 

 「ん? あーそうか。出るってどーすんだ? 見た感じ。雪ばっかだよな。」

 

 

 愁弥はごろん。と、毛皮の上に寝っ転がった。

 

 

 「……氷河を渡る。海を渡るんだ。」

 

 

 私も毛皮の中に潜り込む。

 

 

 「はぁ?? 氷河っ!?」

 

 

 「オイ。いい加減寝ろよ。明日は早い。」

 

 

 ルシエルだ。アクビしながら言ってる。

 

 「ん? あー。悪い。」

 

 愁弥はぽんっと、黒い丸檻を軽く叩いた。

 

 「瑠火。ここじゃ寝れない。」

 

 

 「ん? なんで? ルシエルのベッドそこでしょ。」

 

 

 愁弥の枕元に、ルシエル専用ベッドはある。

 だから、そこに檻篭を置いたのだ。

 

 

 「そんな嫌うなよ。犬っころ。よろしくな」

 

 愁弥は毛皮を掛けながら笑っていた。

 

 

 「ルシエルだ! それも“破滅の幻獣”だ!」

 

 「はぁ? はめつ?? はは。そりゃおっかねーな。」

 

 

 何だか先が思いやられる。

 

 

 

 ✣

 

 

 翌朝は、吹雪が和らいでいた。

 ここは太陽の光が雲から射し込むが、太陽その物が姿を出すことはない。

 

 

 空は灰色の厚い雲に覆われてしまっている。

 

 

 こんな地では、生命は育まれない。

 

 

 厚い氷の大地。その上にはこの雪だ。

 

 

 私は火を焚いたまま、荷物の整理をした。

 

 

 愁弥は起きて直ぐに外に出て行ったが、青ざめた顔をして戻ってきた。

 

 

 「どうかしたか?」

 

 

 私は少し様子のおかしい愁弥に、気になって聞いた。

 

 だが、紺の服の雪をパタパタとはたきながら

 

 

 「いや。なんでもねーよ。」

 

 

 と、そう言った。

 

 だが、その顔はやっぱり青ざめたままだ。

 

 「凍ったか?」

 

 ルシエルがそう言った。

 

 「やべーとこだった。」

 

 「気をつけないと凍るんだ。この地は。」

 

 

 何のハナシだろうか?

 

 ひそひそと話をしている。

 

 

 「愁弥。その毛皮を着て行くといい。それから、足元にも毛皮を巻くか。ブーツが無いんだ。」

 

 

 愁弥の靴は何だか薄っぺらく、革製なのだろうが、この雪の中を歩くのは、無理があるだろう。

 

 「ああ。ローファーじゃやべーよな。昨日、思った。」


「ローファー?」

 

 私は昨日仕入れたばかりの、スノーマウントーの毛皮を取ると、短剣で切り裂く。

 

 ここの魔物の毛皮は、この雪に耐えてくれる。ここで生きているだけあるのだ。

 

「ああ。この靴のことだ。」


 ローファーと言うのか。

 やはり。

 聞いた事がない。

 

 愁弥のズボンに、毛皮を巻いて即興のブーツを作る。

 

 

 「この服は……何と言うんだ? 随分と薄いが。」

 

 

 ぐるぐると、毛皮の上から頑丈な革紐で巻く。

 固定しておけば、大丈夫だろう。

 

 

 「制服だ。学校の連中は、みんな着てるんだ。」

 

 「せーふく?」

 

 

 きゆっ。

 

 と、紐を結ぶ。

 

 解けない様に硬く結ぶ。

 

 

 「ああ。」

 

 「キツいか?」

 

 「いや。へーきだ。器用だな。瑠火。」

 

 

 器用?? 

 

 私が??

 

 

 「驚いた。そんな事を言う人間はいない。私は剣技や術は好きだが、“薬術や幻術”などは苦手だった。あれが出来るのは、器用な人だけだ。」

 

 

 ぷっ。

 

 

 と、頭の上から吹き出す声が聴こえた。

 

 

 「手先が器用って意味だ。瑠火は真面目ちゃんなんだな。おもしれーな。」

 

 

 愁弥はやはり屈託なく笑う。

 

 面白い?

 

 私が?

 

 愁弥の方が……感情豊かで面白いと、思うが。

 

 私は……言われた事が無い。

 

 大体……何考えてるかわからない。

 冷たい。怖い。

 

 近寄りたくない。

 

 

 の様な事を言われてきた。

 

 村の人間ですら。

 

 

 「……これでいいだろう。」

 

 私は愁弥から手を離した。

 

 

 「おー。すげー。ブーツだ。」

 

 愁弥は立ち上がると、足を動かし試している。

 

 靴底にも皮を剥ぎ覆った。

 多少は違うだろう。

 

 凍傷は恐ろしい。

 

 私はルシエルの檻篭を腰につける。

 

  

 火を消す。

 

 とうとうこの島とも、お別れだ。

 

  

 「行こう」

 

 

 毛皮を被る愁弥に、私はそう声をかけた。

 

 

 こうして私達の旅は始まる。

 

 

 

 

 

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